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音速催眠  作者: 逢空 懍太郎
第1章
4/14

音速催眠到達


「皆さん、ごきげんよう。本日のテーマは、モーニングルーティンでコーヒーは飲むな、です。皆さんは、朝、コーヒーを飲まれますか。僕は、コーヒーは飲みますね。キリマンジャロが好きですねえ。ははは、冗談です。さっそく本題に移りましょう。なぜ、朝コーヒーを飲んではならないのか、それはね……」


 孔雀院が微笑みながら、やや下を俯く。


 さっきはここで、総士は動画を止めた。


 今回は動画をそのまま流す。


 時間にして1秒もたたず、孔雀院は顔を上げた。


「あなたに、過度な覚醒負荷を与えてしまうからです」


 孔雀院は続ける。


 総士(そうし)閔莝(みんざ)の顔を見た。


「お前の声が聞こえたよ」


 苦笑いする総士。閔莝は笑みを浮かべて黙ってうなづく。


 孔雀院に先回り閔莝の声が総士に届けられた。


 成功した。


 しかし、閔莝は孔雀院の言葉を鼓膜に受け止めることになった。


「ニューヨークの某大学の研究論文に次のようなものがあります。カフェインはアルカロイドの一種であり、覚醒作用、強心作用があります。人間には朝の目覚めとともに自然に覚醒していく身体作用があるにもかかわらず、そこに過度な覚醒作用を付加してしまうということです。これがどのような意味を人の体にもたらすかと言えば……」


 孔雀院の解説は続いていたが、閔莝は、そんなところに注目していなかった。それは総士においても同様だろう。


 孔雀院がわずかにうつむいた1秒足らずの間ーー


 たしかに孔雀院は音速催眠を使ってきた。


 孔雀院の声は閔莝の耳に届いた。


 その届いた言葉の一文字めを聞いた瞬間、


 閔莝は、孔雀院の音速催眠に干渉させる音波を総士に向けた。


 その時間はおそらく、0.01秒以下であろう。


 閔莝の高速聴取の技術は向上したが、高速術話を発するのに遅れ、閔莝の体感では、孔雀院から3文字ほど遅れた。


 結果、孔雀院の言葉の3文字分は総士の耳に届いたが、そこから先は、閔莝の言葉が総士の鼓膜を占めることができた。


 超催眠に限らず、催眠は術者の言葉が100%、被術者に届いて初めて効力を発揮する。


 そもそも音速催眠とはなにか。


 世の中に、骨伝導イヤホンというものがある。

 骨伝導イヤホンは耳にそれを当てることなく音を聞くことができる。


 一般に人は耳から音を聞く。

 これは空気を伝って鼓膜を振動させ聴覚神経に伝わる音である。


 これに対して、音の振動が頭蓋骨を伝わり、結果、直接聴覚神経に伝わるもの、それが骨伝導である。


 催眠は、言葉によって人を誘導する。言葉は耳から伝わってくるのだから、耳を塞げば、その言葉は聞こえてこない。

 しかし、骨伝導により伝わる音は、耳を塞いでも聴覚神経に伝わってくる。


 つまり聞こえてくる。


 孔雀院は声帯を独自に振動させているのだろう。自らで超音波のような音声を発生させ、その音声を相手の頭蓋骨にまで届け、それを振動させ、自らの言葉を強制的に相手の耳に届けているはずだ。


 これがDefが名付けているところの音速催眠である。


 孔雀院の音速催眠の方法が、そのようなものであるに違いないと推定されるわけは、閔莝が同様の方法を使って、相手の聴覚に自分の声を届けているからだ。


 同じ音速催眠使いであることを考えれば、孔雀院も同じやり方を使っているはずだろう、というのがDefの現状の見立てである。


 音速催眠で音が聴覚に届くとはいえ、鼓膜が振動し音を認識しているならば、別の音を聞いていれば、音速催眠の音が打ち消されるように思うだろう。


 例えば騒音の中に身を置いていれば、すでに鼓膜はその騒音により大きく振動し、別の音が入る余地がない、ように思える。


 しかし、音速催眠によって頭蓋骨を振動させる骨伝導超音波は通常の音より遥かに深く鋭いため、通常の音を突き抜け、最優先の音として、人の聴覚を占めるのである。


 だから、音速催眠により届けられた言葉は、いかなる音も貫き、対象者の鼓膜に届く。

 

 この音を打ち消すことができるのは、同様に骨伝導で音を届かせる音速催眠、つまり、閔莝の言葉をおいて他にはない。


 孔雀院の発した言葉が全て届く前に、閔莝は音速催眠による自らの言葉を総士に向け、閔莝が言葉によって総士の頭蓋骨を振動させた。


 これにより、総士は孔雀院の言葉を聞くことを回避できた。


 しかし、総士に音速催眠を送る閔莝は、孔雀院の言葉を受け取ることとなった。


 孔雀院が発した言葉は、閔莝には次のように聞こえた。


 ひかりのなかにしずむはすのはな


 孔雀院の音速催眠の言葉はささやきに近く、かつ高速であるため、普通の人間にはその内容を聞き取ることはできない。


 しかし、無意識下にはその言葉は確実に届いている。


 音を知覚できていないのに、潜在意識ではその音は確実に対象者に届いているのだ。


 しかし、閔莝はそのわずかな音を認知することができる。

 これも、孔雀院以外で閔莝のみが音速催眠を使うことができるからなのかもしれない。

 

 ひかりのなかにしずむはすのはなーー


 光のなかに沈む蓮の花?


 音を意味として考えれば、光と蓮の花がイメージされる。


 ただ、この言葉が意味する内容はわからない。

 

 しかし、孔雀院は、この言葉にたしかになんらかの暗示を込めているはずだ。


 孔雀院の狙いはなんだ……。


「閔莝、孔雀院はなんて」

「ひかりのなかにしずむはすのはな」

「ひかり? はす? どういう意味だ?」

「わからない」

「俺はお前の声のおかげで、孔雀院の声を聞かなくて済んだ。しかし、閔莝、孔雀院が仕掛けた音速催眠の意図がわからないと、俺はその催眠を解いてやることができない。中和催眠は、かけられた意図がわからないと、それをうちけす催眠をかけることができないことは知っているだろう」

「わかってる」

「なにか、体に症状はでてるか」

「何も出てないよ」

「くそっ、それだと手の打ちようはない」


 動画は孔雀院の微笑みのうちに、朝、コーヒーを飲んではダメな理由が延々と語られたのち、そのまま終了した。


「今回の動画に怪しげな動きは他にはまったくないな。なにが朝にコーヒーがダメだ、だ。わけのわからない能書きをただただ垂れ流しているだけじゃないか」


 動画が終了し、ブラックアウトした画面を睨みながら総士は毒づいた。


「くだらない動画だ」


 舌打しながらつぶやく総士を横目に、閔莝が動画の欄外に目をやると、数時間前にアップされたこの動画の視聴回数はすでに5000万再生を超えており、グッドボタンは600万件、コメントは15万件。


 バッドボタンはわずか100件だった。

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