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音速催眠  作者: 逢空 懍太郎
序章
1/14

人を傷つける人の正体

日本がこういう人ばかり増えて怖い。犯罪行為ですから。


ほんとビッチ、とりあえず地獄に行ってください。


弁解? だからなに? 一生やってればいいよ^^


人を傷つけても、平気な顔でいられるんですね。


お前が4ね。



 次々に誹謗中傷が書き込まれたコメント欄を、デフラグメンテーション、通称Def、地域部隊所属の宇賀神優佳(うがみ ゆか)が無言でスクロールしていく。


「コメント総数は 700 件」


 スクロールを終えた優佳がつぶやいた。左利きの優佳はマウスを左手で握っている。

 

 左手の薬指にシルバーの指輪が光る。さすがに未成年というわけでもないが、まだ高校2年の津軽閔莝(つがる みんざ)とはたいして年も違わない見た目であっても、マリッジリングを目にすると、ずいぶん大人のように思えてしまう。


「よくもまあ、次々と沸いてくるものよね」

「いつもながら、どいつもこいつも相変わずひどい……」


 閔莝は顔をしかめた。


「獣たちにひどいも何もないでしょ。奴らは獲物に飢えたオオカミと同じよ」


 マウスから手を離すと、優佳は垂れた長い黒髪をその手で後ろになでた。


 コメントはいまから 2 か月前あたりで書き込みが止んで、それ以降は同情的な新規書き込みが数件入っているだけとなっていた。


 誹謗中傷が収まった日、批判にさらされていた女性はこの世を去った。


 自殺だった。


「この女性も軽はずみなところはあったと思う。でも、なんの関係もない第三者に私刑にさらされなければならない道理はないわ」


 自殺した女性はシングルマザーだった。


 いまから 1 年ほど前、彼女は 2 歳の娘をアパートの自室に残し、新しい彼氏とデートしていた。


 スモーカーであった彼女は、部屋で煙草の火が不始末のまま外出した。彼女が不在の間にそれが出火原因となり、部屋は全焼し、女児は死亡した。


 その後、女性は保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された。


 女性はそれまでは子供に対し、育児を行っており、子供を愛していた。まだ 20代前半という若さもあり、新たな恋に傾倒しすぎた結果の過失のようにも思えた。


 裁判において、女性は嗚咽を繰り返し、しばしば裁判の進行を中断するほどの状況だった。


 女性は自分の軽率な行動を大きく後悔しており、また我が子を失った絶望に押しつぶされるほど悲しんでいるように見えた。


 女性は日常、ネグレクト(育児放棄)と認定されるような行為は見当たらず、また体罰などの虐待をしていたわけではなかったことも、わかった。


 初犯であったことや過失であったこと、女性の反省の姿勢などから、判決は懲役 4 年執行猶予5年となった。


 女性は再び社会に出ることとなったが、我が子を愛していたはずの女性は、生涯にかけて贖罪の日々を重ねていくことになったであろう。


 そのまま生をつないでいたならば。


 悲しい事件ではあったが、これで一区切りとなるはずだった。


 しかし、その後の女性は、司法の裁きのみならず、彼女に無関係なものたちによる、私刑にさらされることとなった。


 事件当日、女性は個人の SNS に、彼氏とのデートの様子を投稿していた。これが炎上のきっかけとなった。

 遊園地やカフェで撮影された画像や、彼氏と楽しそうにするツーショット、これらが投稿された時間、彼女のアパートの一室は猛火に包まれていた。


 事件後、女性のサイトには、多くの誹謗中傷のコメントが書き込まれた。これがさきほどのコメントの数々である。


 女性は、投稿していた画像を後にすべて削除したが、すでに画像や投稿コメントはアーカイブされ、善意の皮をかぶったコメントとともに他の掲示板サイトやブログなどに次々と転載、そこでも炎上した。


 やがて、女性の住所、職場、実家、はては卒業アルバムもさらされ、女性は社会復帰後に働いていたアルバイト先を退職せざるをえなくなる。


 女性は事件の後、実家に戻っていたが、実家には連日のように無言電話が鳴り、脅迫文もポストに投げ込まれた。自らの過ちに対する後ろめたさから、女性も彼女の家族もこれら内容を警察に届けることはなく、じっと耐え続けていた。


 誹謗中傷は日々エスカレートすることとなり、ついには父親の職場、母親のパート先にも無言電話が鳴るようになる。


 家族はこれら批判の嵐が過ぎ去るのをただただ待ち続けていたが、その嵐が止むことはなかった。


 この炎上は、新たな事件が発生するまで止むことはなかった。


 新たな事件―――彼女は線路に飛び込み自殺した。


 女性の死亡したとの報道の後、ようやくこれら嵐は止むことになった。


「たしかに、この女の人にも問題はあったのかもしれないけど、何の関係もない人たちがここまで彼女を追い詰める権利なんてない」

「そうね。彼女だけでなく、家族すら攻撃にさらされた。権利なんて関係ないの。それが獣たちよ」


 閔莝は唇をかみうなずいた。


「今回、彼女自身のサイトで発見されたコメントだけでも 700 件以上ある。このうち、批判コメントが 600 件以上。ただね、わかると思うんだけど、獣たちはアカウントを複製して他人に成りすまして批判コメントを作っていく。おそらく、ここでの獣たちの総数は 50 人以下だとは思う」


 そう。この手の誹謗中傷が行われるとき、それらは一部の者がなりすまし、大量のアカウントを作っていくことが定石だ。ひどい場合だと、500 件の批判コメントを作っていた獣は、わずか 5 人だけだった例もある。


 そもそも、自分になんの関係もない人に対して罵詈雑言を浴びせるようなコメントを入れたり、身辺を調査したり、無言電話をかけたり脅迫文を書いたりすることなどあるのだろうか、というのが普通の人の考えだろう。


 その考えは間違っていない。そう。こんなことをするものは人ではないのだ。


 世界を見渡しても、実はそんな人などそもそもいないのだ。


 では、なぜ、こうした書き込みが日々、世界で増殖しているのか。


 これら行為のすべては、魂を売り渡し、人の心を失ったもはや人でない者たちによって行われていることなのだ。


 これは言葉のあや、ではない。この連中は現実的な話、もはや人ではないのだ。

 では彼らは何者なのか。


 亡霊? 死霊? ゾンビ? 


 これら連中について、閔莝らが属するデフラグメンテーションでは、(けもの)と呼ぶ。


 獣がいなければ、現代のネット社会においては、いかなる炎上もアンチも存在しないといっても過言ではない。


 では、この獣たちがなぜ生まれてきたのか……。


 それは人の心の闇につけ込み、次々と人を闇に堕とし、獣へと変える者たちがいるからだ。


 彼らの多くはインフルエンサーとかカリスマだとか世間にもてはやされる地位につき、善意に見せかけて、弱い人々を次々に獣へと落としていく。


 彼らをDefでは、邪徒(じゃと)と呼称している。


 邪徒により、人が獣に堕とされたとき、その獣たちのほとんどはもう人間に戻ることはできない。


 だから、Defよって、獣は駆逐されていくこととなる。


 デフラグメンテーション(def)のデフラグとは、通常、ハードディスクなどの記録媒体において、断片化されたファイルを連続的な領域に配置し直すことである。


 世界で網の目のように走るネット社会を巨大な記録媒体としてとらえれば、その占める領域をだんだんと分断化する断片化、フラグメンテーションの災いとなっているのが、獣たちである。


 獣たちは、フラグメンテーションが生じた空白の存在で真空のような存在である。彼らを除去デフラグし、断片化を解消することが、Defの使命であるともいえる。


 Defのメンバーは人を駆除しない(まあ、どこの組織であっても、人を駆除などはしないが)。


 しかし、獣が獣であり続けるならば、これら獣たちは駆除対象となる。


 しかし、獣を駆除するだけでは、世界に増殖する獣たちを絶滅させることはできないどころか、駆除と増殖のイタチごっこである。だから、これら獣たちを生み出している根源こそ、殲滅しなければならない。


 それが、いまもなお獣たちを作り出していく邪徒であり、さらにその上に君臨する唯一無二の首領ーーー

 音速催眠の使い魔、孔雀院(くじゃくいん)鳳凰(ほうおう)である。


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