流浪へ 前編
1
「ん~~~効くねえ~~~まずいかなあ?」
マルコがレイに一方的な攻撃を受けている。彼は先の要塞戦で死んだはずである。
「いい加減にくたばりな!炎砲!!」
レイの炎砲の直撃を受け、マルコの姿にノイズが走り、消えた。景色も要塞から計器の完備したトレーニングルームに変わった。2人は今、レオンの研究所に戻っていた。部隊再編でローチは不在であったので、久しぶりにかつてのメンバーに戻れ、レイは心底くつろいでいた。やはり、ローチはこころのどこかで受け入れられなかったようだった。
「お疲れ様、レイ、ライ。それぞれ独力でマルコクラスまでは倒せるようになったな。それに二段解放にもだいぶ慣れて負荷も減ったようだな。」
レオンがパソコンで解析を行いながら無感動に言った。ライの方が先にレオンのいる管理室に戻った。
「すごいですね、このログシステムは。まさか戦闘データがメダルに残っていて、記録を取り出してシミュレーションを構成できるなんて!」
「ライの方がメカには興味があるんだな。だからこそこのような分業体制をとったわけだが。」
「俺が先行試作システムのテストタイプで、ライが実用テストタイプだっけか?レオン先生?」
このころレイはレオンも先生と呼ぶようになっていた。ようやく懐いてきたようだった。ノエルが言い聞かせていたのも大きいのだが。
「そうだ。」
レオンが2人に向き合って答えた。
「レイが新たな戦闘システムの構築の、ライが実用化の道標となるわけだ。というわけで2人にそれぞれ新システムを導入してみた。まずはライからだ。記録装置を改良したもので、任意で記録、再生ができる。再生機能が特に優れていて、脳内に直接イメージを投影し、先ほどのシミュレーションのような臨場感が得られる。」
ライは早速自身のメダルデバイスを弄り回していた。
「さて、それで早速記録してもらいたいものがある。レイの新システムだ。マルコとの戦闘データを解析した結果、彼は二段解放よりもさらに顕著な変調を起こしたと我々は結論付けた。二段解放ではエナジーの絶対量は増えるが、変質はしないが、奴の場合は変質が認められた。通常のニルヴァ兵のようなエナジーから、より無機的な、ある種金属的なものへの変質が見られた。おそらく本人も自覚していなかっただろう。していたら、おそらくそれを生かした能力開発をしていたはずだからな。」
「つまり、あいつは宝を持ち腐れた、というわけか・・・」
「レイもたまには鋭いな、そういうことだ。幸いなことに、お前たちの場合は先に能力が与えられている。そこで資質に迷うことはないわけだが・・・もちろん、可能性の幅という点では悪いことをしたとは思っているが・・・ともかく、この変質に着目し、さらにこれを強める方向でのシステムを今回は開発した。今のレイナなら、振り回されないだろう。名付けて、三段覚醒。」
「三段・・・覚醒・・・」
レイはゆっくりとその言葉を飲み込んでいった。レオンの口ぶりから察するに、またしても負荷の大きなシステムだろうとは察しが付く。だが、立ち止まってはいられない。レオンの調子からすると、はるかに強力な敵がまだたくさんいるのだ。
「さて、今回はマルコのデータに手を加え、金属オーラを発展させ、能力を仮定してみた。この改造データと戦ってもらおう。」
「了解です。すぐ行けます。」
「では、またトレーニングルームだな・・・いや、外を使おう。計算では建物が吹き飛ぶからな。」
2
結局、テストは翌日となった。隔離された試験場を探すのに手間取り、場所も遠かったからだ。この延びた時間で、事業を引き継いだノエルは、シミュレーションデータを仮想から引っ張り出してきた。すなわち、擬似メダルで動く人形を作り、そこにデータを入力したのである。これも試作段階で、現状では本体バッテリー用とは別に、擬似メダルを積んだ塔で、いわゆるプロレスのリングのように囲み、結界を作らなければならないため、戦闘には使えない。
「でも、結界があるおかげで逆に訓練には最適なのよね。」
ノエルがシステムを確認しながら呟いた。
「さて、今回はライの希望で人格データをリアルタイム接続のライにさせてもらったわ。」
「それって、マルコの能力を持ったライと戦うってことか。いいぜ!」
「ごめんよ、レイ。どうしても間近で三段解放を見たくてね。それに、高い能力の世界も見てみたいのさ。」
ヘッドセットをつけたライが結界の外から呼びかける。
「じゃあ、接続するわよ。痛覚とかは遮断した分、シンクロが悪くなって、たぶんゲームでキャラを操作している感じになると思うわ。」
「かまいません、よろしくお願いします。」
「じゃあ・・・接続!」
数秒後、マルコ人形が動き始めた。声も人形から出ている。
「なるほど、ゲーム操作とはよく言ったもんだ・・・よし、ちょっと準備運動したら
行こうか!さて、こういう能力なわけだが、レイ君はどうするかな??」
マルコ人形は重く変質したオーラを纏っていた。
「ヘビーアーマー・・・確かにあのスタイルには似合わないな。重さの代わりに圧倒的パワーだから・・・俺には合うけど。さて、行くぞ!!」
「まずは二段解放で様子を見るか・・・炎砲!」
しかし、マルコは炎砲を気にせず直進した。鎧が炎砲を簡単に防ぎ、そのままレイに体当たりした。
「グッ・・・なんて重さ・・・これをやられていたら、間違いなく勝てなかった・・・隊長の回転剣も折られそうだな・・・」
一撃のダメージが想像以上に大きい。もう少し様子を見たかったが、そんな余裕は吹き飛んでいた。
「じゃあ、行くぜ・・・?三段解放!!!」
レイの体の炎が、より赤く、激しくなった。
「でやあああ!」
「正面から来るとは!もう一度思い知れ!!」
正面から二人の拳が衝突した。その直後には、今度はマルコが吹き飛んだ。それだけではない。鎧が溶け、人形の素体が露出していた。生身であったら、おそらく腕は失われていたであろう。
「なんという威力・・・だが、ヘビーハンマー!」
マルコは、残った左腕に金属エナジーを集め、球体を作った。
「いいアイデアだな、それ、もらったぜ!・・・炎球!!」
レイも右手を掲げ、マルコのように炎を集めた。しかし、規模がマルコの作り出す球、半身ほどのサイズ、とは比較にならず、結界を覆わんばかりのものとなった。
「ぐっ、うまくまとまらねえな・・・まあ、とりあえず今はこれで・・・!」
レイは既に三段解放の負荷のために、頭痛がし、集中ができなくなっていた。健全に動けるのはやはり、まずは数十秒なのだろうか。
「炎!!球!!!!」
結界の中が炎で包まれ、何も見えなくなった。炎が消えたころには、マルコ人形の姿はどこにもなく、レイが眠るのみとなっていた。
「やっぱり、負荷が大きすぎたわね・・・実用化は遠いなあ・・・」
ノエルが残念そうにつぶやいた。
3
三段解放の凄まじい力を体験したレイの身体には、異変が起きていた。
「メダルが体から出てこない!?じゃあ俺は一体どうなるんですか!先生!」
「落ち着いて、レイ。調べた限りでは、メダルは体に吸収されたと言えるわ。体に悪影響を与えることはないと考えていて、考えようによってはメダルデバイスなしでも、あなただけはメダルの力を借りてエナジーを操ることができるって、良いことにも捉えられるのよ?」
「まあ、そうだけど・・・とりあえず、動いてみるよ、先生。トレーニングルームに行ってくる!ライはどうする?」
「んー俺は・・・俺は飯が先だなあ。それにさっきので割と疲れたし、今日はもうやらないかなあ・・・」
「精神転送は本人のエナジーも結構消費するものね・・・今日はもうゆっくり休んだ方が、いいでしょうね。」
「ありがとうございます、そうします。それにしても、レイは先生のためなら、本当に何でもできてしまうんですね・・・」
「本当ね・・・無茶をしすぎないように、見守ってあげてね?」
「ええ、はい・・・本当に・・・」
こんな会話をしている間にトレーニングルームで、早速レイを見ながら、ライがゆっくりと言った。
「本当に・・・」
「おーいライ!二段解放が前より楽だぜー!お前も体にメダル、取り込んでみろよ!」
ライはしばらくレイのことを無言でじっと見つめていた。
「少しお伺いしてもよろしいですか?先生?」
4
レイたちが新たな力を得て、着実にそれをものにしつつあった頃。
ニルヴァが建造し、イーサンの所有物となった要塞を見ながら、エリザは演説を始めた。ここは国境地帯である。結局要塞奪取後、イーサンは侵攻することは今まで無く、こちらから仕掛ける散発的な偵察戦闘のみであった。それを彼女はイーサンの臆病だと断ずる。
「お前たち!まずはここまでの偵察戦闘、ご苦労であった!やはりイーサンにはまともなエナジー技術は無いということが、お前たちの働きでよくわかった!奴らは我々正規軍の敵ではないのである!!そしてついに今、重い将軍府が、ついに動いた!ここに命令を下す!」
エリザには、イーサンもニルヴァも怯懦だと考えていた。イーサンは要塞攻略の勢いで侵攻すればもう少しでも領土を広げられたし、そもそもニルヴァもマルコなどに要塞を遊ばせるからこのような事態となったのだ、と考えるからだ。ミリタンのように自分なりを投入してさっさと蹴りをつければよい、と不満であった。彼女はイーサンの内情など知らないし(既にボロボロである)、ましては彼女の祖国の目的が侵略にはない、とは知らないから、このように無邪気に思えるのであるが、もちろんそれを自覚する日は来ない。
「我々の目的は、要塞の奪取にあらず!内部の兵士の殲滅並びに要塞の破壊、及び新要塞の建造である!奴らを一掃し!我らニルヴァの誇りをあの地に示すのである!!」
「「「うおおぁー!」」」
エリザ隊は進撃を開始した。数は50人に満たない、小規模な部隊である。しかし、将軍府グスタフの信任を得るほど、その戦闘力はニルヴァの中でも高かった。
「ん、さすがに初動は向こうも早いか・・・しかし!」
イーサンのからの砲撃は、エリザの作り出した氷の壁によってすべて弾かれた。
「さて、ダイヤモンド・ダスト!」
たちまち要塞の周りに氷の塊が現れ、それが要塞に降り注いでいった。あまりに突然のことであったため、要塞内は大混乱に陥った。
「うわあああ!砲台がつぶされた!」
「こっちは出口が!」
「一部隊丸ごとやられた!」
「急いで出撃だ!あの女が一人でやっていることだ!」
イーサン部隊が慌てて出てくるのを眺めながら、エリザは笑った。
「なんだ、技の1つも完遂させてくれんのか・・・それ!」
エリザが気を放つと、要塞に落ちた氷塊が変形し、針となり、要塞に更なるダメージを与えた。もはや、機能を果たせそうにはなかった。
「さて、行くか・・・兵は待機し、後詰と新要塞建設の準備を始めよ!ここは私1人で良い!・・・あまりにも他愛ないな・・・バージンロード!」
エリザから要塞まで、氷の道が伸びた。射線上にいたイーサン兵は氷漬けになり、まもなく砕け散った。まもなく、要塞とエリザを結ぶ清らかな氷の道ができた。その上をエリザが滑り、周囲のイーサン兵を造作もなく蹴散らしていく。エリザは小さな氷柱を飛ばしながら、優雅に、美しく道を進んでいき、簡単に要塞に到着した。
「さて、兵士は引き返してきたか・・・残した我が軍の残りより私を脅威とみなすのは正しいな、褒美に一掃してやろう!ダイヤモンド・ダスト・スピア!」
棘の鋭い金平糖が何もない空間からいくつも飛び出し、イーサン部隊を襲った。
「さて、さっさと要塞を潰してしまうとするか、これ以上ウジ虫に付き合ってもなにも面白くないしな。」
「ここまでだよ!竜穿砲!」
竜巻の砲弾がエリザに降ってきた。
5
「なんだ、この敵襲は!?」
ローチは要塞の自室でエリザの襲撃を知った。それは今までにない衝撃だった。
「わかりません1突然氷塊が降ってきたのです、それもいくつも。今、急ぎ部隊が出ていきました・・・あれはもしや、ミリタン殲滅の主戦力であったエリザ隊なのでは?」
「恐らくそうだろうな・・・急いでレイたちに連絡してくれ。あいつらが希望だ。」
まずいな、とローチは感じていた。恐らく自分1人では太刀打ちできないであろうことは、すぐに分かった。しかし、やらねばならない。このままでは数分で要塞が陥落してしまう。どうにかレイたち到着までの10分程度を稼がねばならない。
ニルヴァが、イーサンとミリタンを分断しているのをいいことに嘘情報を流しており、エリザを誇大に広告しているのを差し引いても(実際にミリタンを滅ぼしたのは将軍府の3人である。エリザは、初期の攻略戦で戦果をいくつか挙げたに過ぎない)このローチの懸念はおおむね正しかった。現有の要塞戦力ではエリザ1人で殲滅されるのは確実だった。だからこそ、現在の最高戦力である自分が命を賭して更なる高戦力であるレイとライの到着を待つ必要があった。
(せめて、イーとヤンの後任が決まっていれば・・・いや、無駄か?)
こう思いながら、ローチはメダルを起動させ、竜殺しを持ち、エリザのもとへ向かおうとした。しかし、その時、氷塊が変形し、巨大な氷柱が襲い掛かった。
{!!!!なんてことだ!}
咄嗟に竜穿砲を放ち、氷柱を破壊したローチはさらに絶望的な感情を抱えながらエリザのもとへ向かった。もはや、どうしようもないかもしれない。だが、負けるわけにはいかない。
ローチが道中の氷柱を斬りながら要塞の外へ出た時には、すでにエリザが到着していた。思ったよりはるかに早い!まったく足止めできなかったか!と思ったが、長く伸びた氷の道と倒れた兵士の群れが目に入り、すぐに納得した。今、この女と戦闘状態に入ることが許されるさえ自分しかいないと。
「さて、さっさと要塞を潰してしまうとするか、これ以上ウジ虫に付き合ってもなにも面白くないしな。」
「ここまでだよ!竜穿砲!」
ローチの放った竜穿砲は、直撃しなかった。エリザが回避したのである。
(弾かなかった・・・ということは、この竜穿砲ならば、あるいは・・・)
一方エリザは、余裕そうに言い放った。
「少し・・・ほんの少し、まじめなのがいるようだな?名前だけは聞いてやろう?」
「俺はローチだ!これ以上はやらせん!かまいたち!」
「ほう?だが、このアイスパッドを砕くには力不足だな?」
ローチの攻撃は全てエリザの作る氷の壁に受け止められていた。
「だめだ、直接叩き斬らないと!」
「ならば、この氷の名刀、エタニティの錆がまた1つ増えるな!」
エリザがその場で作り出した氷の剣と、ローチの回転する竜殺しが激突し、あたりに衝撃波が走った。