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第八話「龍鬼人の宴」

 日が沈み満月が昇る夕闇時、龍流(りゅうりゅう)神社では神事が行われた。

 臼に魚肉を練ったものを入れ、それを餅に見立ててつく。これ団子祭りという。村が水没して龍ヶ島ができる以前、農耕をやっていた頃の名残だ。豊作ではなく大漁を祈る祭りに変化し、伝えられてきた。

 また団子祭りにはもう一つの性格がある。それは団子を供えて荒ぶる神をもてなし追い返すということで、時代とともに荒ぶる神は鬼とされた。つまり鬼を神社に迎えつつ龍ヶ島(りゅうがしま)には鬼を入れないようにする、というここならではの神事だった。

 龍流ミコトは舞いながら、魚肉を杵でつく。それを何度か繰り返した後、魚肉を手で掴み丸めて団子にし、一つ一つ社の前に置かれた棚に供えていった。

 その様子を龍ヶ島の長、猟師達、そして鬼狩りの歩き巫女吉備津(きびつ)マキナが眺めていた。

 神事は終わり、宴へと変わる。ミコトは見物客に団子と酒を振舞っていった。酒は山で取れる果実から作った代物である。

 その頃になると黒い外套(がいとう)に身を包んだ退魔師、御門(みかど)レオンがマキナに駆け寄ってきた。


「いやぁミコト氏は立派に務めを果たしておったなぁ。それにしても良かったのであるマキナ氏。元気になって」

「身体だけは丈夫なんでねぇ。そういやレオン氏は酒は呑まないの?」


 手ぶらのレオンに対しマキナは訊く。するとレオンはもじもじとし始めた。これは内緒にしてほしいのだが、と前置きしながら言う。


「ワシは……実のところ下戸(げこ)なのだ。一杯で潰れる。そういうマキナ氏も?」

「あっしもまぁ」

「おやおや、下戸の鬼なぞ聞いたことがありませんなぁ」

風花(かざばな)イバラ……」


 洋服を着て目立つ白髪の美しい少女が会話に加わろうと近づいてきた。その二本の角を隠しもしないのが風花イバラである。彼女は風花商店の店長として神事を見に来ていた。

 マキナは鋭くイバラを睨む。


「おお怖い。随分と殺気立った目つきじゃあないか、吉備津マキナ」

「当然だろう」

「こちらにはやり合う気はないのですがね」


 刀鞘に手を掛けたマキナをイバラは咎めた。レオンもマキナの袖を引っ張る。


「ここで仕掛けるのは得策ではないのである」


 マキナもわかっていた。イバラの大掛かりな鬼道(きどう)は人を巻き込む。神事の後でこうも人が集まった神社の境内では戦えないと。

 イバラは呑みに来たのだと言った。


「私の酒を分けてやろう。なぁに、神便鬼毒酒なんて代物じゃない。ただの鬼殺しだよ」


 酒瓶を取り出して(ます)に注ぐイバラ。それをマキナの前に差し出した。ここでは貴重な純米酒だ。

 だがマキナは首を横に振って拒絶した。


「私は人と生きる。お前の酒は受け取れない」

「それでは龍ヶ島の人間にはなれぬぞ。なぁミコト殿、そなたは呑むよな」

「呑む呑む!」


 いつの間にか傍に寄っていたミコトはマキナの目の前で枡を引ったくり、くいっと飲み干した。すでに顔が赤い。出来上がっているようだ。


「さぁ帰った帰った。いつまでも鬼がうろちょろしてちゃあ皆帰れないわ」


 ミコトは物怖じせずにイバラを払いのける手つきをした。イバラはその場で酒瓶に直接口を付け、残りを全て飲み干すと背を向けた。


「では明日のご来店を」


 あっという間に夜の闇に紛れ、白髪の鬼の姿はふっと消える。これを見てレオンも外套を翻した。


「それじゃワシも帰るのである。またのミコト氏、マキナ氏」


 手を振りながら神社裏の鬼ヶ岳(おにがたけ)の方へ歩いていく。


「レオン氏……レオンさんって山に住んでるんです?」

「そっ。よく鬼に食われないわよね」


 ミコトは軽く笑ってみせる。鬼にさほど害がない退魔師となれば人間牧場のガス抜きにでも生かしておいた方がいいという鬼の都合で御門家は見逃されていた。これも龍ヶ島の人と鬼ヶ岳の鬼のバランスを取るためか。

 だがレオンとていつか鬼に食われるかもしれないと覚悟の上で暮らしていた。レオンに限らず龍ヶ島の人間はほぼそう考えている。

 マキナはそんな在り方に異を唱えたくて鬼狩りをやる。実際彼女はかなりの鬼を狩ってバランスが人間側に傾いたと言えるだろう。それから龍ヶ島がどう変わっていくのかは、今のところ当のマキナにさえわからなかった。


「マキナ、あんたはこれからも酒を呑まずに生きていくの?」


 ふと、ミコトが訊いた。


「多分、ね」


 率直にマキナは答える。鬼の本能を理性で抑え込む。そういう生き方をマキナは選んだのだ。でも未来はどうなるかわからない、とも思えた。


「私はあんたが人間の味方で良かったと思ってるわ。かよわい人間としてはね」


 ミコトはマキナの肩をポンと叩いた。それから大人達の手招く方へ行ってしまった。マキナはじっと自分の手を見た。


「人間の味方、か。でも人間にはなれない、か……」


 マキナは呟いて、折れて見えない頭の角を触る。ブロンドの髪は穏やかな風に揺れる。社の傍で村の長達と談笑するミコトを遠巻きに眺める。

 自分はあの輪の中に入ってはいけない。そう思うマキナは人知れず神社を去った。




 水平線の向こうに日の出が見える。

 鬼ヶ岳の山頂からブロンドの髪の歩き巫女は眺めていた。東から昇る太陽に照らされて、湖が光を反射して輝く龍ヶ島を。

 今日も家屋は水面(みなも)に浮かべられている。美しい村にマキナは思えた。

 マキナは振り向いて西を見やる。すると向こう側にはコンクリートで固められた街があった。そびえたつビル。文明がまるで違う。

 この世界の境界線上でマキナは両手を広げ、風を受けた。今後の身の振り方を風で占うのである。

 ブロンドの髪は東から西へと流れる。

 マキナは心を決め、崖を飛び降りた。歩き巫女はさすらう。心のままに。(終)

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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