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第七話「覚醒、鬼巫女マキナ」

 そろそろ夜明けだというのに昇る日は分厚い雨雲に遮られ仄暗い。

 雨が降り出した。それも豪雨が。洗い流す。吉備津(きびつ)マキナの全身から噴き出した赤い血を。

 彼女の巫女装束には穴が開いていた。一体どういうことか。それは彼女を覆った植物に棘がついていて、鉄の処女(アイアンメイデン)のように突き刺されたからだ。

 雨林(あまばやし)オオエは植物を急成長させ操る鬼。そうマキナは認識した。


「次は……食らわない」

「お主に次があるなど思い上がりじゃ」


 マキナは巨大植物の幹を蹴り、飛び掛かる。それに対しオオエは飛び降りた。天守閣、だった物の土台の傍に着地する。マキナもそれに続いた。

 しかし着地の瞬間、よろめいた。マキナらしからぬミスか。そうではない。ふらついて立つのもやっとだが、マキナは自分の体調が優れない理由に思い当たった。


「これは、毒か?」

「御名答。鬼道(きどう)・鳥兜は獲物をじわじわと(なぶ)り殺しにする。最初の一撃をかわせなかったお主が悪いのじゃ」


 地面から生えてきた樹木を頭の上に傾けて雨傘にするオオエ。マキナは立ってもいられず地面に手をついた。この強力な毒性こそオオエの鬼道の真骨頂である。


「くっ、力が」

「動けまいよ。わらわの前では誰も彼も赤子同然じゃな。だが」


 マキナの足元から(つた)が生えてきて、腰回りをグルグルと巻く。そして蔦が跳ねて身動きできない彼女を五メートル離れた地点に叩きつけた。

 マキナは血を吐く。骨が折れる音がした。脚が変に曲がってしまっている。蔦の棘が食い込んで、さらに毒まで流れ込んでくる。

 苦痛に顔を歪めるマキナを面白がってオオエは眺めていた。蝶の羽を千切って遊ぶ幼い子供のように。


「もっとわらわを楽しませてもらわなければ困る。早う立ち上がれ鬼狩り! 立ち上がれるものなら!」

「マキナ氏!」


 御門(みかど)レオンが黒い外套(がいとう)はためかせてマキナに近寄る。懐から小型の短刀を取り出し、マキナを縛る蔦を切ろうと躍起になる。


「今助けるのである」

「逃げ……」

「あっ玩具じゃ。もう一つ増えた」


 オオエの傍の樹木が枝分かれし、レオンの方へと伸びる。レオンはとっさに紫外線射出装置を取り出しオオエの額に放ったが、効果は全く見られなかった。あっという間に食人植物に捕まってしまう。


「お主は吉備津マキナより耐えよ」

「いぎぃ!」


 棘が食い込み毒に冒されてレオンは悲鳴を上げる。そのなんと心地いいことよ、とオオエは満面の笑みを浮かべる。残虐! なんと鬼らしい鬼か。

 毒で痺れたマキナはやっとのことで顔を上げ、オオエを睨む。だがどうすることもできない。今の彼女はじわじわと死んでいく力尽きた蝉であった。

 そんな時遠くで雷が落ちた。雨は強まる一方だ。オオエは空を見上げて呟いた。


「龍神様の降臨じゃ。龍流(りゅうりゅう)の巫女が呼んだか? わらわの強さを讃えているようじゃぞ」


 同時刻。実際龍流神社でミコトは舞を待っていた。龍流の巫女に代々伝わる雨乞いの舞である。大幣(おおぬさ)を振り回し、汗を流す。それはマキナらを思ってのことだった。

 鬼の角には雷を引き寄せる性質があった。故に鬼は恐れる。龍神の怒りの一撃を。彼らは龍ヶ島の下にある村を大雨で沈めた龍神の力を目の当たりにしている。鬼の中には龍神を敬う者もいた。

 しかしオオエともなると恐れない。むしろ龍神の雷など見世物に過ぎないと思い上がっていた。

 また雷が落ちる。今度はオオエの目の前、マキナの直上だった。

 なんという不幸か。絶命は必至だ。これにはオオエも怒った、獲物を龍神に盗られたと。


「こんな結末は聞いていないぞ。面白くないのじゃ!」


 オオエは年相応の(わらべ)のようにぐずった。しかしこれから何か起こることまでは期待していなかったのかもしれない。

 逆に、マキナが起き上がるなんてことは。

 拘束する蔦を引き千切り、ゆらりと立ち上がる。信じられないと思わず目を丸くするオオエ。だがそいつは素早く動き、凄まじい力でレオンを縛る枝も折った。

 果たして吉備津マキナか。先程までとは比べ物にならないプレッシャーをオオエは受ける。


「お主……」


 指差す。マキナの頭を。見れば彼女の側頭部に一本ずつ、角が生えてきていた。大昔に折られたはずの角が。

 龍神の雷を受けて覚醒したのだ。鬼として。

 その足は電撃より素早かった。一瞬でオオエまでの距離を詰め、腕を振るう。オオエは鬼道で木の幹を生やし盾とする。だがそれは容易く引き裂かれた。刀より鋭い爪で。

 まずいと思って後ろに飛び退きつつ、オオエは蔦でマキナを雁字搦めにしようとする。しかし全て引き裂かれた。マキナの全身から刃が飛び出して。鬼道・剣製だ。もっとも風花(かざばな)イバラ相手に使ったソレとは桁違いの術であったが。


「毒が効いているはずなのに何故動ける? まさか今まで人のふりして本気を出していなかった、であるまいな」


 マキナは突撃でもってオオエの問いに答える。その圧倒的早さにオオエは対応できない。蹴りが入る。思いっきり小さな鬼の体は吹き飛んでいった。だがそれで終わりではなく、マキナも跳んで追い討ちに何発も、オオエの腹を殴打する。さらに勢いよくオオエは吹っ飛ばされ、天守台の石垣に打ち付けた。

 数刻前の状況がひっくり返った。倒れたオオエは血反吐を吐く。マキナはじわじわとにじり寄っていった。


「雨林オオエ」


 鬼神はついに口を開く。


「なぜお前は鬼を従え人を襲う。なにゆえに。答えろ」

「そんなの……わらわが鬼に、生まれたからじゃ……」

「ならなぜ、鬼は人を襲う? なぜ人と相容れない」

「わからぬ……意味のない問いじゃ」


 マキナは右手でオオエの頭を鷲掴みにし、左手で首元を抑え込んだ。そして凄まじい腕力で脊髄ごと頭をぶっこ抜いた。

 そうまでして、マキナは気付く。この構図は前に見たことがある、と。

 思い出される。三匹の獣を連れた若侍に退治された時のことを。オオエは、かつての自分。

 この時思い知る。ことのむなしさを。


「鬼は、哀しい生き物だ……戦うことでしか己を表現できない」

「どうした、わらわの角を折ってトドメを刺さないか!」


 オオエの首が叫ぶ。だがマキナは背を向け、レオンの下に足を運んだ。それからレオンの首筋に噛みつき、体内に回る毒を吸い取る。これも鬼道の一つであった。


「わらわを生かしてみろ、必ずお主に復讐する。地獄の果てまで追い続けてやる」

「ならば来るといい。何度だって相手をしよう。納得できるまで」


 今はオオエを殺すことには納得がいかない。何よりもただ力を振りかざす自分に納得がいかない。マキナはそう思った。

 ちょうど雨が上がる。雲の切れ端から日が差した。空は明るさを取り戻し、虹がかかる。

 マキナは気を失っているレオンを背負い、静かに下山を開始した。




「気が付いた?」


 ブロンドの髪の少女が目を開けると、黒髪の綺麗な少女が顔を覗き込んでいた。


「ミコト……ここは?」

「うちの神社に来るなり倒れてどうかしたのかと思った。良かった。目が覚めなかったらどうしようかと」


 ミコトの口調には珍しく棘がなかった。マキナはすぐに布団から上体を起こす。

 オオエの鬼道による毒が体に回っていたのだ。しかし鬼として覚醒したマキナは自然治癒したのだった。でなければ二度と体を動かすなんてことはならない。


「レオンさんは?」

「あいつなら先に目が覚めて帰ったわよ。あんたより軽傷。マキナ氏によろしく~って」

「そう、なら良かった……」


 マキナはホッと胸を撫で下ろす。それも束の間、ハッとして頭の角を触る。


「ああ、それ? あんた鬼だったのね」


 しまったとマキナは思う。しかしもう遅い。誰が見ても正体は明らかであった。バツ悪そうにマキナは顔を背ける。


「ミコトは私のこと、怖くないか? 怒ってないか? 裏切ってしまった」

「何が? 意外だったけど、別に龍ヶ島(りゅうがしま)じゃ鬼は珍しくないしね」


 あっけらかんなミコトの言い分にマキナは驚く。鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。それこそ変だとミコトは笑う。

 するとマキナは腕に力を込め、自分自身でもう一度角を折った。


「ちょっと、何も折ることはないんじゃない! 頭から血が出てるわよ」


 慌ててミコトはマキナの頭に触れようとする。それをマキナは払いのけた。


「私は人になりたいのよ!」


 珍しくマキナは感情的な声を出す。


「人を食う鬼でなんかいられない……だから鬼を狩る……鬼が許せないから……でもわからなくなってきた。何が正しいのか、私はどう生きるべきなのか、何もわからない……」

「あら、初めてあんたから本音らしい本音が聞けたわね」


 ミコトは息を吐いて、腕を組んだ。それから少し間を置いて右腕を立て、人差し指を天井に向けた。


「でもまぁ、気ままに生きればいいんじゃない?」

「気ままに?」


 きょとんとするマキナを尻目に、ミコトは指を振った。


「そう。鬼だの人だの関係ない、好き勝手にすればって感じ。うちの商売を邪魔しないならね、歩き巫女」


 龍流の巫女はマキナの額を人差し指で突っついて笑った。つられてマキナも笑う。ぎこちなくも。

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