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第六話「朱天城攻略」

 三層の天守閣を背景に二体の鬼が相対していた。

 片方は三メートルにも届きそうな丈に横幅も広い巨漢で黒い肌、もう片方は二メートルに満たない細身の青い肌であった。角は一本と二本。もっとも角の数で鬼の格は決まらない。

 だから今、格付けを行わんというのだ。シンプルに、どちらが強いか。周りを見物する客、いずれも鬼ども、が囲っている。審判は天守閣の三階から見下ろしていた。

 この見た目は(わらべ)のようで短く切った藍色の髪が着物を着崩して露出した肩に掛かっていた。角は二本額から上向きに生えている。下の鬼達よりも華奢でか弱そうな少女のようだが、張り詰めたような空気は彼女から流れていた。

 盃を片手に持ち、くつろいでいる姿は城主の貫禄があった。


「では始めよ」


 天守の鬼の号令と共に、二鬼は走り出した。

 小柄な鬼は大柄の鬼に向かって。しかし大柄の鬼の方は反対側に距離を取ろうとした。


「逃げようったって逃がさねぇ」


 小柄の鬼は跳んだ。それから口を大きく開け、何かを吐き出した。それは糸だ。蜘蛛の糸のような網目状に広がり、巨体の鬼に上から覆いかぶさる。

 鬼道(きどう)だ。肌の黒い巨漢はその場で身動きできなくなった。しめたと蜘蛛糸鬼は着地し、正面からじりじり接近する。

 だがそれがいけなかった。

 フン、と捕まった鬼は鼻息を鳴らしながら全身に力を込める。すると体中から突起物が出た。それらには穴が開いていた。そして穴から何かが勢いよく飛び出した。

 バン、と音が伝わる。それは銃声だった。鉄砲鬼が放った無数の鉛玉は蜘蛛糸鬼を瞬く間に蜂の巣にした。穴だらけになった小鬼はその場に倒れた。


「鬼道・長篠(ながしの)よ! 死んだなてめぇ!」


 今度は縛る糸を手で引き千切った鉄砲鬼が相手に向かって走り出す。そして蜘蛛糸鬼の血だらけの頭を掴んで角をへし折ると、首をねじ切った。

 勝敗は決した。見物客達は鉄砲鬼に拍手を送る。天守閣から眺める童鬼は満足そうな笑みを浮かべると盃の酒を一気に飲み干した。

 本来鬼同士がこうして争うことは滅多にない。だが城主は配下の鬼どもを度々競わせた。強い鬼だけが残れば良いと。

 この地獄を形成している童こそ、鬼ヶ岳(おにがたけ)四天王雨林(あまばやし)オオエである。

 鉄砲鬼は天守に向かって頭を下げた。この強力な鬼でさえオオエには敵わないと思っている証だ。


「良い(さかな)じゃ」


 それを見たお山の大将はケラケラと笑った。見た目相応の無邪気な童のように。




 鬼ヶ岳の山の茂みに今、二つの人影が潜む。

 ブロンドの髪に紅白衣装の歩き巫女にして鬼狩り、吉備津(きびつ)マキナと茶髪に黒い外套(がいとう)を羽織る退魔師、御門(みかど)レオンの二人だ。彼女達は夜明け前に龍流(りゅうりゅう)神社に集合して山に入った。

 朝になれば鬼はどこぞへ身を隠す、夜も更ければ鬼も人狩りから帰る、という考えから鬼狩りをこの時間にした。成程、山の中なのに灯りが漏れて妙に明るい場所がある。

 そこは石垣がそびえたつ山城だった。今頃鬼が中で宴会でもしているのだろう、とレオンは言った。


「ここが朱天城である」

「朱天城?」

「見よ、天守閣の一番上の屋根が赤い」


 レオンはゴーグルをして城の外観を覗き込んでいた。そして見当違いの方向を向いていることにマキナは気付く。マキナは夜目が利く。レオンと違いハッキリと朱色の天守閣が見えた。

 観察し、大体城の構造を推察するマキナ。彼女は歩きだす。


「マキナ氏、どこへ向かうのである?」

「正面から入ろうと」


 マキナが指差した方に朱天城の正門があった。レオンはよく見ようとゴーグルのレンズを調整する。

 その時だ。木の上から鳥が一斉に飛び立ったのは。バンという音がした。そして弾の雨がマキナ達に降り注ぐ。


「危ない!」


 マキナはレオンの小柄な体を抱えて跳躍した。彼女達が先程いた傍の木にいくつも穴が開いた。銃撃だ。マキナは上を見上げる。その視線の先、石垣の上に三メートル近い巨人が立っていた。角は一本、鬼だ。

 つい先刻、蜘蛛糸鬼を倒した鉄砲鬼である。

 鉄砲鬼は大声を出して笑った。


「ガハハハ、我らが城に手を出すたぁいい度胸してるじゃねぇか。ええ、鬼狩りの」

「あっしは有名人ですかい」

()れたことを。雨林様が手を下すまでもないわ、死ねぃ!」


 鉄砲鬼は掴んだ石垣の上の柵が千切れんほどに力を込め、全身から銃弾を撃った。弾幕の嵐が吹き荒れる。マキナはレオンを抱えたまま走り出し、これを避けていく。

 さて厄介だとマキナは考えた。逃げているだけでは埒が明かない。かといって石垣の上から弾を飛ばしてくる相手に近づくことも容易くない。


「さてはお困りであるなマキナ氏」


 妙に自信ありげにレオンが言った。


「こういう時は、ババーン、紫外線射出装置!」


 レオンは懐から玩具の拳銃のようなものを取り出す。それは何かとマキナが問う前にレオンは口早く説明した。


「鬼は通常夜に活動する。日中は陰に潜む。それは日光が苦手だからと考えられる。そこでこれは日光をレンズに溜めていざという時に照射することができる代物である。御門家に代々伝わる究極の武器なのだ」


 そいつを鬼めがけてかざし、引き金を引く。すると銃口がライトのように点灯し光放った。光線銃だ。

 光を当てられた鉄砲鬼は途端に苦しみだした。


「何だこの光は! 眩しい!」


 とはいえ弾の発射はやめない。だがその攻撃は散漫になっていた。行ける、とマキナは判断する。彼女はレオンを置いて石垣に向かって走り出した。

 そして重力を感じないかのように石垣を足で上る。なんという体捌きか。マキナは小太刀(こだち)を投げた。それが鉄砲鬼の角に当たって折った。その間にもう一本、小太刀をマキナは構えている。

 石垣をあっという間に上りきって、鉄砲鬼にトドメを刺した。鬼だったものはさらさらと石垣を滑り落ちていく。それを見てレオンは驚きの声を上げる。


「おおっ、鬼は死ぬと砂になるのか!」

「塩よ。鬼を退治する退魔師ではなくて?」

「ワシは退魔師だから鬼を退(しりぞ)けるが殺したことはないのである!」


 またも自信ありげにレオンは答えた。マキナは肩を竦める。


「結局私だけか鬼狩りは……」


 そのまま柵を越えて城の中に突入しようとするマキナ。その背中に声が掛かる。


「待つのであるマキナ氏! ワシを置いて行くなんて殺生な」


 どこからともなくレオンはロープを取り出し、石垣の上の柵に括り付ける。そして自分の身体に巻いて石垣を登り始めた。


「無理しちゃいけませんなぁ、正門に回ります?」

「いや、向こうも罠じゃろうて。それにマキナ氏にできてワシにできないことはないのである」


 それを聞いたマキナはクスクスと笑う。やけに対抗意識を見せるちっぽけな人間を、鬼のマキナには愛おしく思えた。




 マキナとレオンの二人は山城を登っていく。

 石垣の上には石垣、そしてちらちらと増えていく武家屋敷。それは鬼の飛び出す魔窟であった。

 朱天城が城主雨林オオエの配下の者達だ。その数十や二十を下らない。

 しかしマキナはこれらをことごとく返り討ちにした。レオンの紫外線射出装置の援護があったとはいえ、鬼神のごとき強さだ。その辺の鬼が束になってもクルクルと回る小太刀の前に敵わない。


「マキナ氏、大丈夫であるか? あれほど鬼を退治しては疲れるのも」

「全然平気、御門さんこそ帰ってもよろしくて」

「うむ、そうだな……」


 レオンは曖昧な返事をした。ついに朱天城の天守閣を目の前にして。


「本当に赤いであるな」

「赤いですねぇ」


 天守閣の朱色に塗られた屋根を見上げる二人。レオンは足を止めた。


「よし決めた。ワシは行かぬ」


 マキナは怪訝な顔をする。ここまで来たのに一体全体どうしたのと尋ねる。レオンはきっぱりと答えた。


「足手まといになるだけである。紫外線射出装置は役立たずだ、鬼ヶ岳四天王のように強力な鬼は日光など克服しておるからの。マキナ氏もそうであろう?」

「……いつ、気付いた?」


 マキナは僅かに呼吸を乱した。鬼であることを悟られてしまうなんて、予想だにしないことだった。


「ニオイが違うのである」


 レオンはくんくんと鼻を鳴らしマキナに近づける。それで判別するらしかった。


「これも代々御門家に伝わる技のようなものだがまぁ。安心するのである。ワシは口外しない。同業者だもの」

「そう、ありがとう。レオン氏」

「マキナ氏~」


 名前で呼ばれて感極まったレオンがマキナに抱き着く。そのぬくもりがマキナには心強く感じられる。一人で戦うことになるが決して独りぼっちではないのだと。


「それじゃあ行きますか」

「応援してるぞマキナ氏」


 レオンが離れるとマキナは単身天守閣に乗り込んでいった。

 一階には鬼も誰もいなかった。しかし強力な鬼の気配は隠し切れるものではない。レオンが言っていたような臭いをマキナは意識する。

 二回、三階へと急な階段を駆け上がる。そして襖を開けると鬼が出た。

 マキナより小さい童のような、雨林オオエだった。

 オオエは柵を背もたれにして来訪者に話しかけた。


「我が軍団も随分不甲斐ないものじゃ。でも弱い奴はいらぬ。そう思うじゃろう」


 マキナは答えない。ただ腰の鞘に手を掛ける。


「お主、わらわの下に着かないか。わらわ達が手を組めば龍ヶ島(りゅうがしま)の人間を食いつくすなどあっという間じゃ。そしたら宴を開こうぞ」

「そちらが私の下に着いて鬼狩りをやるなら良いでしょう」

「ぷっ、あははは」


 オオエは盛大に噴き出す。


「わらわを笑い殺そうというのか鬼狩りは、ふざけるのも大概にせぇよ。風花(かざばな)の奴に敵わないお主がわらわの上に立つなど!」


 嘲笑いながらオオエは体の向きを変えて柵に手を掛けた。


「言っておくがわらわは風花より強い。この世で最強の鬼じゃ。思い知るがよいぞ。そして死ね」


 マキナは小太刀を抜き、一瞬で距離を詰めてオオエを斬ろうとする。だがオオエも俊敏に柵を飛び降りた。というよりも向こう側の木の幹に飛び乗った。

 何故そんなところに木が生えているのか。考えるより先にマキナは震動を感じた。何かによって天守閣が揺らいでいる。その何かは床を突き破ってマキナを襲った。

 太い(つた)のような、植物だ。それが何本も何本も重ねられて、マキナを閉じ込める。

 生えだしてきた植物は天守閣を内より食い破り、巣くい、やがて破裂させた。代わりに天まで届きそうな螺旋の幹を形成した。

 まるでジャックと豆の木だ。しかしこれは鬼の出てくる残酷物語である。外にいたレオンは驚愕しそれを見上げた。


「なんちゅう大掛かりな鬼道であるよ……」


 これは流石の鬼狩り吉備津マキナもお手上げか。否。今幹に切り込みが入り、中からブロンドの髪が飛び出してくる。


「ほーん、圧死は嫌じゃと……ならばさらに(むご)い死に方をすることになる」


 オオエは余裕を崩さなかった。

 巨大植物の上に立ちながら今、二人の修羅が対峙した。

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