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赤と青と緑  作者: まるうさぎ
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晶先輩1

 晶先輩は三年生になってからもそれなりにリハビリもこなしてきて、体育の授業で軽く運動するぐらいなら問題がないほどには回復しているものの、本格的にスポーツに打ち込めるほどの回復はやはり見込めないそうだ。

 本当はスポーツ推薦で大学に入り、陸上選手として活躍するのだと、周囲はもちろん、自身もそうなるものだと思っていたのに、それがいきなり無理だとなったのだから、途方に暮れて過ごしてしまうのも頷ける。


 だがそうもいかない時期が否が応でもやってきてしまう。


 スポーツ推薦が受けられないとなったということは、学校推薦や一般入試でどうにか合格しなくてはならないということだ。

 意外と言うと失礼だが、幸いにも晶先輩は普通に勉強の出来る人だった。

 それでも受験勉強に関しては少し遅れ気味なようで、成美先輩や美波先輩に調理実習室で勉強を教えてもらっている姿をよく見る。

 夏子先輩は胡桃先輩の勉強を見てあげているので、晶先輩のサポートには回っていない。

 私もあまり勉強が得意な方じゃないので、少し教えてほしいときが多々あるが、私は一年生で先輩たちは受験生。優先順位は弁えている。

 先輩たちと勉強をしていると、やっている範囲が違う故の疎外感があったのだが、その疎外感から開放してくれたのは、これまた意外にも晶先輩だった。

 中間テストの結果が良かったらしく、ようやく部活に打ち込んでいた分を取り戻したことで余裕が出来たのか、私に「はるちゃん、分からないところあったら聞いてね」と言ってきた。

 今まで教えてもらってる側だったくせにという思いと、なんだか置いて行かれたような寂しさを感じてしまった。

 試しに分からないところ聞いてみたらものすごく丁寧に分かり易く教えられてしまった悔しさで、なんとも言えない顔で「ありがとうございます」としか言えなかった。


 中間テストも返却された五月の末、そんな晶先輩から映画のお誘いが来た。

 ゴールデンウィークから中間テストまでみんな勉強詰めだったので、少し息抜きしようというのと、勉強を見てくれたお礼だそうだ。

 私は別にお礼をされる憶えはないし、他の先輩たちも同様に悪いからと口をそろえる。

 しかし、晶先輩は「それでもお礼!」と言って聞かなかった。

 そこまで言うなら甘えない手はない。


 日曜日、私達は最寄りの映画館がある街の駅前で待ち合わせをした。

 私は十分前に着いてしまい、ちょっと早かったかと思ったが、すでに夏子先輩と成美先輩が来ていた。


「すいません、お待たせしちゃって」

「はるちゃん、おはよー。お待たせってまだ時間あるじゃない」


 夏子先輩がそう言ってくれた後すぐ、私の背後から「そうだよ」という声がした。


「へやぁ!?」


 変な声が出た。後ろには美波先輩がいた。


「普通に声かけてくださいよ」


 実は電車内ですでに私を見つけていたが、面白そうだったので声をかけずに後をついていくことにしたのだそうだ。ちょっと趣味が悪い。

 それから集合時間丁度に胡桃先輩と晶先輩がやってきた。


「あれ、早いね」

「なんだよー、あたしらが遅れてきたみたいじゃんかー」


 晶先輩の姿を見て、私はほんの少し驚いた。

 元運動部なのだから私服もスポーティなものなのだと思っていたら、かなりフェミニンな服装だ。


「晶先輩、可愛いですね」


 ポロッと思わず褒めると、晶先輩ははにかみながら「ちょっとがんばってみた」と言った。

 なるほど、この人も周りが思っているより乙女なのだ。


「あたしはどうよ?」

「思った通りです」


 胡桃先輩はイメージ通りというか、スキニージーンズに薄手の半袖パーカーという、いかにもな服装だった。

 そういえば先輩たちの私服姿を見るのは今日が初めてだ。

 ちらりと先に来ていた先輩たちに目をやると、次は自分たちの番かというような目線でこちらを見ている。


「えっと、お三人方も可愛いですね」


 なにが嬉しいのか今度は私のことを褒めてくる。胡桃先輩はともかく、先輩たちと比べると本当にただのガキンチョなので、あまり服装については触れないでほしいのだが、なぜだかみんな可愛いと言ってくれる。


 なんだか気を遣わせている気がする。


「じゃあ早速行こうか」


 映画館は駅に隣接するビルの上三階分が劇場になっていて、今日観る映画はその中でも最上階の一番大きな劇場での上映で、晶先輩曰く、超人気作なのだそうだ。


「はいこれ」


 晶先輩は慣れた手付きで機械を操作し、全員分のチケットを発券し手渡す。

 そして、私達は晶先輩のおごりで、ゴールデンウィークには超満員になっていたであろうハリウッド超大作を、ガラガラの劇場で観ることとなった。

 映画館離れが囁かれる昨今とはいえ、日曜日だというのに私達六人以外の観客はまばら。

 内容がつまらないから客が少ないのかと思ってしまうほど、映画の内容は私にとってはちょっと退屈だった。

 ジャンルはアクションスリラーで、なんだか色んな人がいろんな銃をばんばん撃ち合っているだけにしか見えない。そのおかげか、上映前に買っておいたポップコーンとコーラの進みはすこぶるよかった。

 大体一時間四十分で映画は終わり、それからファミレスで昼食兼お茶会となった。

 晶先輩と胡桃先輩は、まるで男の子のように誰々が強いだの、誰々がかっこよかっただのという話で盛り上がり、それを夏子先輩はただ菩薩の笑みで眺めていた。

 私はと言うと、美波先輩からドリンクバー定番のジュースのブレンドを試飲させられ、成美先輩が注文した期間限定の巨大パフェをやっつける手伝いで忙しかった。

 気がつけばもう夕方になり、各々注文した分を払って店を出る。


「昼も私がおごったのに」

「いやいや、流石に悪いって」


 映画料金は高校生割引とはいえ馬鹿にならない。それが六人分ともなると、私の一月の小遣いを軽々超える。

 これ以上はお礼どころか大きな借りになってしまう。それはなんとなく晶先輩に対しては申し訳ないを通り越して悔しい思いがする。


「なら今度ウチに来てよ! サービスするからさ!」


 そういえば晶先輩の家は中華料理屋だった。胡桃先輩が絶賛する腕前を持つ晶先輩が、敵わないと言ったお父さん。どんな人なのか、そしてどれほどの腕前なのか気になる。

 機会があれば是非とも行きたい。


「じゃあまたな!」

「また明日ね」


 路線の関係上、私と美波先輩は同じ路線の同じ方面、他の先輩達は別の路線だった。

 四人を見送ってから自分達の乗る路線の改札に行こうしたら、美波先輩が急に私の背後をとり、両肩を掴んだ。


「え、なんです……?」

「実は私ね、晶ちゃんには悪いけど、ちょっと映画退屈だったんだ。だから、これから二人で別の面白そうなの観に行かない?」


 私は、今日イチで心が踊った。

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