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赤と青と緑  作者: まるうさぎ
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胡桃先輩1

 胡桃先輩は長身でスラッとしていて、顔立ちも中性的で、見た目はまさに憧れの王子様系先輩像そのまま。

 王子様と言うには少し口調は乱暴だが、先輩はとても気が利く人で、学園内では誰もが彼女を慕い、少なからず本気の恋心を抱いた生徒だっているはずだ。

 しかし、我ら調理研究部の面々は、みんなが知らない彼女の隠された一面を知っている。

 胡桃先輩は実は自分の胸が小さいことを気にしていた。

 モデル体型で美人で、普段の口調からサバサバしてる性格の男勝りの女子かと思いきや、彼女も私達と同じ、悩み多き女子高生なのだ。


 去年の夏休み前、私達は部で旅行の計画を立てていた。

 鴨羽女学園では家族旅行であっても、生徒は担任と部活顧問の教諭に旅行の場所と日程を知らせなければならない。

 ましてや生徒だけの旅行となると、場所や日程によっては保護者、もしくは教諭同伴が義務付けられていて、粗方決まった夏の旅行の場所と日程を顧問の河西先生に話すと、誰かの同伴が必要になると言われた。

 あまり友達同士の旅行で保護者同伴は気が進まないので、河西先生に同伴をお願いできないかと聞くと、兼任している剣道部の活動で忙しく同伴は出来ないとのこと。私のクラスの担任や先輩たちの担任も同様で、同伴してもらえそうな先生は誰も居なかった。

 夏とはいえ受験を控えた三年生ばかりのグループなので、さすがの胡桃先輩も「校則なんて無視して私達だけで行っちゃおう!」とは言わなかった。

 どうしようかと調理実習室でチーズケーキを作りながら話していると、不意に「良いこと思いついたかも」と晶先輩が呟いた。


 晶先輩は肌が浅黒く、とても健康的な見た目の元気な人だ。それもそのはず、彼女は元は運動部の所属で、訳あって私より少し前に入部したのだ。

 その訳というのは、元々陸上部で短距離の選手だった晶先輩は、二年生のときに競技会で好記録を出したものの、ゴール直後に転んでしまい、膝と足首に怪我を負ってしまった。

 日常生活に支障はない程度にはすぐに治ったが、在学中の復帰には厳しく、残念ながら引退となってしまった。


 途方に暮れて日々を生気のないまま過ごしていたのを、胡桃先輩に調理研究部に入ってみないかと誘われたのが、入部の切っ掛けなのだそうだ。

 晶先輩は実は中華料理屋の娘で、中華料理は簡単なものなら何でも作れると言っていたが、それは嘘だった。

 試しに私が「作れるので一番難しいのってなんですか?」と聞いてみたら、さらっと「小籠包かな」と言った。

 私でもわかる。小籠包は難しいけど作れると言えるようなものじゃない。きっと。

 更に得意なものを聞くと「炒めものは割と簡単に出来るよ。スープはちょっと難しいかな。あ、あとチャーハンはどうやってもお父さんには敵わないんだよね。やっぱプロは違うよ」なんて返してきた。

 ある日晶先輩の作ったチャーハンと青椒肉絲を食べさせてもらったら、私の家の近所の中華料理屋のものより美味しかった。勿論チェーン店のものとは格段に違う。

 一体どの口が「プロは違う」なんて言うのか。

 胡桃先輩もたまたま調理実習の自由課題で晶先輩が作ったエビチリを食べて誘うことに決めたらしいのだが、そのときに作ったエビチリは晶先輩曰く「あれは史上最低の出来」なんだそうだ。

 それでもそのエビチリは、エビチリの素を使って私の母が作ったエビチリよりも遥かに美味しかったに違いない。

 その話になったとき、胡桃先輩はしきりに晶先輩の料理を褒めていたので、今考えると夏子先輩はちょっと機嫌が悪そうだったようにも思える。

 ただ私もそのエビチリを食べたいという思いでいっぱいだったので、そこらへんのことはあまり憶えていない。


「あ、そろそろ焼き上がるね」


 夏子先輩がカウントダウンを始め、そして焼き上がりのチャイムをオーブンが鳴らすと、胡桃先輩は早速食べようと言わんばかりに包丁を取り出した。


「ごめんね胡桃ちゃん。これ、今日は食べられないんだ。一晩冷蔵庫で寝かせてあげないといけないの」


 その言葉に胡桃先輩はひどく落胆していたが、昨日作って寝かせていたプリンがあることを私が教えると、胡桃先輩は「そういえばそうだった! それが楽しみで今日来たんじゃん!」なんて言いながら、冷蔵庫へ小さなスキップをしながら近づき、扉を開けた。


「ひい、ふう、みい、あれ? ねえ夏子、いっぱいあるけど」

「河西先生にも持っていってあげる分と、どうせ胡桃ちゃんそのサイズのプリンだと一個じゃ足りないでしょ?」

「まあ、たしかにそうだけど……」


 胡桃先輩は事実そうであっても、あまり食いしん坊だと思われるのは快くないようだ。


「……ねえ夏子ちゃん、それ私が河西先生に持っていっていいかな?」

「晶ちゃんが? 良いけどなんで?」

「私が戻ってきたときに、良い知らせが出来るかもしれないよ」


 晶先輩はすぐに河西先生にプリンを持っていき、しばらく経ってから戻ってきた。すでに胡桃先輩は三個目のプリンに手を付けようとしていた。

 戻ってきた晶先輩の口から聞こえたのは、確かに嬉しい報告だった。

 元々予定していた一泊二日のテーマパーク旅行はどうにも行けそうにはないが、代わりに二泊三日の調理研究部夏合宿が出来ることになった。


「はっはっはっ! プリン一つでちょろいもんだぜ! 河西先生に学校での合宿なら同伴も必要ないですよねって持ちかけたら、プリン頬張った口でオーケーもらえたよ。それに合宿申請って文化部でも出来るんだね。あ、でも合宿するなら二泊以上じゃないと駄目なんだって。なんでだろ?」


 テーマパークには行きたかった。でも、三日間も先輩たちと共同生活が出来ると思うと、行きたかったテーマパークよりも遥かに心が躍る。


「それから日程は予定の日とその次の日で申請したけどそれで良いよね?」


 みんな一様に首を縦に振る。


「あと剣道部もその日合宿なんだって」


 続けて晶先輩が言うと、なんだか胡桃先輩は嫌な顔をした。


「なにか問題あるんですか?」

「いや、まあ、なんというか……」


 胡桃先輩にしては歯切れの悪い回答に首をかしげると、夏子先輩が「胡桃ちゃんと剣道部の主将って仲が悪いんだ」と教えてくれた。

 それを聞いて晶先輩が日にちをかえようかと聞くが、胡桃先輩は断った。

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