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お見舞い

 院長と看護婦達と連れ立って、病院の廊下を歩む。


 色々と聞きたい事はあった。院長は、いわゆる幽霊の類いだとしても、この影法師みたいな看護婦は何者なのか? 照明を始めとして電気はどこから来ているのか(そもそも電気で動いているのか)? 私たちを初めとした患者達は一体どうやってこの病院に運ばれてくるのか? ……とか。


 ……それでも気にしない事にした。だって、これは夢なんだし。逃げる時に車は転落したかもしれないけど、きっと今ごろは普通の病院に運ばれてるハズだし、そもそもこの肝試し自体が夢なのかもだし、確かに今でも腰とか足首とか痛いけど、これだってきっと寝違いとかそう言う


「ここデス」


 院長の声でふと我に帰った。ここは所謂、大部屋であるらしく扉の脇にはアサミとミカとフトシの名前が記されたプレートがあった。室内には六つのベッドがあって、内二つにカーテンが掛かっている。


「いや……いやぁぁ……」


「フヒ……フヒヒヒ」


「たすけて……たすけて……」


 カーテンの向こう側から、アサミ達の呟くような小さい声が聞こえて来る。よかった。無事だったんだ。いや、でも呻いてる様にもすすり泣いてる様にも聞こえる。気味の悪い笑い声はフトシかな?


 ……いや待って。アサミ達三人の声がするのに何で使用されてるベッドは二つだけなの?


「回診デス」


 私の疑問を他所に、院長は手前のベッドのカーテンを一気に引き開けた。


 ベッドの上にはフトシのモノと思われるブヨブヨの肥満した胴体に、アサミの自慢だった細長い脚が生えていて、まるでハンプティ・ダンプティが寝転がっている様に見えた。両腕は、ツギハギだらけの女の腕で、以前、ミカが私に自慢げに見せびらかしていたタトゥーが入っているのが見える。……じゃあ、腕はミカのモノ?


 そして肩の上には、アサミとフトシの頭が仲良く並んでいた。胴体の左側にあるフトシの頭の両目には、ハンディカムとデジカメのレンズ部分が埋め込まれていて、反対側に植え付けられた泣き叫ぶアサミの顔をジッと見つめて(撮影して?)いた。


「カ……カナコ? ……いやああああああああ、見ないでぇえええええええええ! こんなの嫌ぁああああああああああ‼ 殺して! お願いだから殺してよおおおおおおおおおお‼」


「そ、そんな事言わないで下さいよ。ぼ、僕は嬉しいですよ。憧れのアサミさんとこうして一緒になれたんだから」


 フトシは右手でアサミの髪を掴んで、その顔を無理矢理フトシの方に向けさせる。


「ほら、ももももっと泣き叫んで下さいよ。ぼぼ僕はああアサミさんのそんな顔が見たかったんですから」


「嫌ああ! お願い、もう許してぇええええ‼」


「フヒヒヒ良いですねぇ。その表情、最高だああああ。ほら、もっと悲鳴出して」


「ひぎゃあああああああああ‼」


 フトシの右目……デジカメのレンズのあたりから、シャッターを連続で切る音が聞こえる。多分、アサミの泣きわめく表情をその目で記録しているのだろう。変わり果てた二人の姿に呆然として言葉も出ない私に、院長がこの有り様を説明してくれた。


「三人のカラダはグッチャグチャでしたノデ、ドウニカ無事ナ器官を生かシテ、この様ナ処置を取らせて貰いマシた。身体が完全に動ク様にナルには、長期のリハビリと精神的なケアが必要でしょうガ、なに、スグニ良くナリマスよ。君、鎮静剤ヲ」


 看護婦が二人(一人?)にカラーインクか、かき氷のシロップみたいな鮮やかな青い液体を注射すると、たちまち異形の巨体は大人しくなってベッドに伸びてしまった。つかの間訪れた静寂を縫って、今度は隣のベッドからやはり聞きなれた声が聞こえてきた。


「……ねえ、カナコ? そこにいるの?」


「ミ……ミカなの?」


 ベッドから何かが床に落ちる音がすると、床スレスレの辺りのカーテンの隙間からミカの顔が現れた。そのまま起き上がる事もせずに、床を這ってカーテンから全身を……首から下が、犬の身体になってしまった全身を露にした。


「……みてよ。あたしのカラダ……こんなになっちゃった……キャンキャン! キャンキャンキャンキャンキャンキャン! キャンキャンキキキキキキャキャキャキャ……キャハハハハハハハハハハハ‼」


 起き上がる事が出来ないのか、這いつくばったまま、タールみたいな黒い涙を流しながら半狂乱で笑うミカを、言葉も無く見下ろす私に院長が再び説明してくれた。


「彼女モ無事な部分がホボ無かったのデスが、事故現場ニ新鮮な野犬の死体ガあったノガ幸運デシタ。大変な手術デシタガ、雌犬(ビッチ)同士、上手く接合シテくれましタ。新しいカラダに慣れルまでに、ヤハリ長期のリハビリとケアが必要でしょうガ、なに、スグニ良くナリマスよ。君、彼女をベッドに戻シテ」


 看護婦にベッドに戻されながら、まだ笑い続けるミカを、私は馬鹿みたいに突っ立ったまま凝視していた。さっきから脳内では逃げろ逃げろと、本能が五月蝿いくらいに連呼しているが、身体がショックで全く動かせない。それとも、やっぱりこれは夢で金縛りにでも掛かってるんだろうか。それとも、これは現実? それとも本当に夢? それともそれともそれともそれとも……


「サテ、貴女ですガ……」


 院長の手が私の肩にかけられて、思わず床にへたり込んでしまった。股間から湯気が上がって……失禁したのが自分でも判る。これが夢なのか現実なのか解らない。でも、今のこの状況がどっちでも、私に出来る事は一つしかない。


 私は院長の脚に取りすがって、涙と鼻水と自分の尿でグシャグシャになりながら必死に命乞いをした。


「お願いです私にはしないで下さいこんなバケモノになりたく無いんですお願いしますお願いですから私にはしないで下さい嫌嫌嫌嫌バケモノになりたく無い赦して許してゆるしてユルシテ逃がして何でもしますからやめてやめて赦してお願いですからやめて許して何でもしますからお願いしますからあああああああああああああああああああ‼」


「ハイ。勿論、貴女にはシマセン」


「……え?」


 またも思いがけない院長の言葉に、少し冷静さを取り戻す。彼は相変わらず私の心境を無視して説明する。


「貴女は軽イ打撲と捻挫だけデスのデ、手術の必要はありマセン。恐らく、ご友人達ノ身体がクッションになったのデショウ。デスから、一日安静にシテイレバ、スグに治りマス。解りマシタラ、病室ニ戻りましょうネ」


 看護婦の手助けを借りて立ち上がると、院長達に付いてフラフラとベッドを後にする。すると、私の背後から早くも鎮静剤が切れたらしいアサミ達の声がした。


「ま、待ってよ! そんなのってアリ!? 私たちはどうなるのよ!?」


「そそれは、僕とアサミさんとでこれからも、ずっと一緒に暮らすんですよ」


「そんなのイヤ! 嫌よおおおおお! 待ってカナコ! 置いて行かないで!」


 アサミの絶叫にミカのそれが加わる。バックにはフトシの幸福な笑い声が響く。


「助けてカナコ! なんとかして! 嫌よこんなの! 嫌……いやあああああああああ‼」


「たすけてええええええええええええええ‼ 待ってえええええええええええええええ‼」


「フヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ‼ ブッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ‼」


 病室の戸が閉められるのと同時に、地獄のコーラスは聞こえなくなった。安堵した私は糸が切れたマリオネットみたいに床に倒れて……そのまま意識を手放した。でも、いいよね。これは夢なんだから。


 ……絶対に夢なんだから。

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