回診
……気がつくと、私は薄汚れたベッドの上に横たわっていた。
身体の節々が痛む……私は腰をさすりながら、どうにか上体を起こして周囲を見渡した。薄汚れた廃墟みたいな、と言うよりその物の荒れ果てた部屋。日焼けしてボロボロのカーテンが窓に掛かっている。今は夜みたいで、カーテンの隙間かは暗闇しか見えない。天井には蛍光灯がボンヤリと薄暗い青白い光を放っている。
ここは……
私はここが、さっき逃げ出した病院の一室だと言うことに気がついて、短い悲鳴を上げた。どうしてこの病院に? 私達はフトシの車でここから逃げて、でも車は道から落ちて……。そうだ、アサミ達は?
ベッドから降りて病室を出ようとした時、病室の扉が開いて、あの影法師みたいな看護婦が入ってきた。ちょうど鉢合わせの形になった私は、痛む脚を引きずって窓際まで後ずさった。看護婦の影は、襲いかかってくる訳でも無く、戸口に立ったまま……どことなく困惑してる様にも見える。
このまま仲間を呼ばれるかもしれない。一か八か窓から逃げようと、窓の鍵に手を掛けようとした時、不意に背後から微妙に調子の外れた男の声が聞こえた。
「暴れてはイケマセン。アナタはまだ安静にスル必要があります」
振り返ると、いつの間にこの部屋にいたのか、白衣を着た大柄の男が私のすぐ後ろに立っていた。その顔は赤黒く汚れた包帯に覆われていて、素顔は全く見えない。ただ、包帯の隙間から赤く光る両目が私を見据えていた。
私は白衣の男の脇をすり抜けて逃げようとしたが、また腰が痛んでバランスを崩して床に転倒した。そこにいつの間にか三人に増えた看護婦達が私を取り押さえた。私はそれでも必死にもがきながら、大声で泣きわめいた。
「いやああああ! 助けて! お願い、殺さないでええええええ!」
「はい。モチロン助けます。ですから落ち着いて下サイ」
え? 思いがけない言葉に困惑した私は、この白衣の男を改めて見つめた。その胸には名前を記した小さなプレートが付いていて、そこには院長と言う肩書きと一緒に、この病院のかつての経営者であり自殺したハズの院長の名前が書かれていた。
「どう言う……事ですか? あなたは……死んだハズじゃ」
白衣男は、私の質問に戸惑った様子も無く答えてくれた。慣れっこなのだろうか……
「はい。ワタシはこの病院の院長デス。かつての私は私利私欲に捕らワレテ、取り返しのツカナイ過ちを繰り返してキマシタ。ソノ結果、多くの犠牲者を出シタ末に病院は破綻。全てを失ったワタシは、コノ病院で自らのイノチを断ちマシタ」
いつの間にか、看護婦は私を押さえるのを止めていた。私は彼女(?)達の助けを借りてベッドの縁に腰かけながら、院長の独白の続きを聞く。
「デスガ、ワタシの霊魂はこうしてコノ病院に留まりマシタ。ソノ時、ワタシは悟りマシタ。これがワタシの償いデあると! ワタシの過ちニよって亡くなられた方々の分、イヤそれ以上の命ヲ救いツヅケルのがワタシの使命デあり贖罪でアルと!」
「は、はぁ……」
「デスカラ、コノ病院の手の及ぶ範囲デ発生シタ怪我人や病人ハ“どちら側ノ住人”デモ、可能な限り救い続けてイマス。きっとコレカラもそうでショウ」
どちら側の? あ、じゃあ、私たちが出くわした、あのムカデみたいなバケモノは! 院長は、私の表情から察したのか疑問に答えてくれた。
「アア、彼女はコノ近くの山に棲ム祟り神でして、先日アヤウク祓われカケタ所を当院に運ばれてキタのです。危ういトコロでしたが、ドウニカ救う事ガ出来マシて、先程、無事退院サレマシタ」
「そう……ですか」
そうか。アレは患者だったのか。不気味な姿をしてたけど、私みたいに安静にしてたんだろうに、覗いたりして悪い事したな……。とか思わず呑気な事を考えていたが、不意に大事な事を思い出した。
「そうだ! アサミ達は!? 彼女達はどうなったんですか?」
「アサミ……ああ、貴女のお友達デスネ? ご心配ナク。ココに運ばれてキタ時はかなりノ重症デシタガ、今は手術もオワッテ安静にしてイマス。ヨカッタラ、お会いになりマスカ?」
よかった! みんな無事だったんだ。私は院長の提案を受けて、彼等と一緒に病室を後にした。包帯だらけの院長と影法師の看護婦達の付き添いと一緒だったけど、不安は全く無かった。
だって、これは夢に決まってるんだから。……そうでしょ?




