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顔無い男と朝の町


朝日が昇る頃。

小さな町の人々は動き始める。

朝靄が広がる中、1人の男が家から顔を出すと外を確認し、いくつかの小さな木箱を手に外へ。


石造りの道路端に木箱を配置すると、後から籠を持った男の妻がやった来た。

籠の中はトマトにニンジン、ナス、ピーマン。野菜が選り取りみどり。

その籠を妻は木箱の上に並べていく。


彼等の隣では別の夫婦が同じように木箱を配置していた。

ただ、上に並べるのは、こちらは野菜ではなく木で出来た食器や小物類だ。


その光景はあちらこちらで見て取れた。

ただし、木箱の上に並べられるの物は皆違う。

魚や肉。果物にミルクに焼きたてのパン。

アクセサリーや手縫いの洋服まで並べる所もある。


準備が終わるのは6時頃。

どこかで"いらっしゃい!"の声がする。


殺風景だった道路は露店が並ぶ賑やかな市へと早変わり。

沢山の人が集まり、値引きの声に笑い声。賑やかだ。


そんな賑やかな声に引かれるように。

ある宿の一室で金髪の少女は大きな椅子を懸命に引っ張りながら窓の側までやって来た。

「うんしょ。うんしょ。」なんて、小さな声を出しながら。


ベッドに潜り込む男も、枕の上で大の字で眠るテニスボール程の緑のもふもふも全く気が付かない。


やっとこさ椅子を窓の側に持ってくると、彼女は椅子の上に立ち上がり、窓にかかるカーテンを開けて、窓越し外を見つめた。



青い瞳に映るのは賑やかで楽しそうな市場。

あまりに楽しげな光景に少女、ルルは顔いっぱいに笑顔の花を咲かせた。



────。


宿屋の1階。

のっぺらぼうは片腕にルル、片手にお盆を手に降りてきた。

顔には熊のお面をしているが、その様子はまだかなり眠たそうだ。


「…や、おはよう。早いね意外と。」

そんなのっぺらぼうに声をかけたのは、猟師でありこの宿屋の娘。森で出会った娘である。


そんな娘にのっぺらぼうは"おはようございます"と一言挨拶して、続けてやはり眠たそうな声で答えた。


「その…お嬢さんに…この子に起こされてしまいまして。…市場の音で目が覚めてしまったみたいです。」

「はは。うちの宿、すぐ隣が市だからね。」

「…その上、此方の店主…貴女のお父様がやって来まして…」

「はは。うちの親父、ヘタレのくせに声だけは大きいから。」


娘の言葉にのっぺらぼうは無い口で大きな欠伸を1つした。


のっぺらぼうが起こされたのは1時間ほど前だ。

彼の言った通り、宿の隣。部屋の窓から見える市場の様子にルルが起きて、物珍しさにのっぺらぼうを起こしたのだ。

大きな声と共に宿屋の店主が朝食を手にノックもせずにやって来たのは同じ頃。


お面を付けていなかったのっぺらぼうは大慌てする羽目になったのだが。それは、また別の話だ。

ちなみに、プクタは驚く程の素早さで毛布に隠れた。



「ベッドから転げ落ちたんだって?顔を思い切り打ったらしいけど大丈夫か?」

「……はい……」

「父さんが心配してたよ。断固として顔を上げなかったって。」

「……ご心配を…お掛けしました…」


無い顔は痛くて熱いが、正体がバレていない様子にのっぺらぼうは安堵した。

そんな恥でしかない話は置いといて、のっぺらぼうはコホンと咳払いを一つ。


娘にお盆を手渡す。

「これ、お願いします。あの…食事、美味しかったです。」

「!…おいしかった…です!」


のっぺらぼうが答えると、ルルも合わせるように元気よく声を上げる。


「ああ。そいつは良かった。」


娘はやはりぶっきらぼうで、しかし優しげな声である。

のっぺらぼうの手からお盆が離れた。

娘がお盆を受け取ってくれたのに間違いない。


「それで、おチビちゃん。名前は?」

ふと、娘の声がのっぺらぼうでは無くルルに向けられた。

思えばルルは昨日の夜から眠っていたので娘の事は知らないし、娘もルルの、事は"捨て子"としか認識していない。


「ルルです!」

ルルは相変わらず元気よく答えた。勿論、名乗るのはのっぺらぼうの付けた名だ。

仮であるが自分の付けた名だのっぺらぼうは何だか嬉しい。


娘は小さく笑って、わしゃわしゃとルルの頭を撫でた。

のっぺらぼうには見えないがルルが笑っているので楽しい事をされているのだろうと考える。


「あ、そうだ。コレやるよ。」


と、前触れもなく娘が突然、そう言いのっぺらぼうに何やら棒を押し付けてきたのは、その時の事だ。

いきなり押し付けられたソレは棒であるのは間違いない。

のっぺらぼうの腰あたり程の長さか、先端にゴムが付き、反対の先端は"L"を逆さにした形をしている。


どう触っても、それは杖で間違いないだろう。

娘は言う。


「うちにあった忘れ物。もう数年も持ち主がいないから遠慮なく使いな。」


──ま、余計なお節介。いらないならいいよ。


やはりどこまでも、ぶっきらぼうにそう最後に付け足して。



のっぺらぼうは悩んだ。

住み慣れた森なら全く必要ない物のだが。正直、知らない町では心許無い。欲しい。


しかしだ、出会ってすぐの女性に無償で物を貰うのは如何なものか。貰えない。

そう判断して、のっぺらぼうは断ろうと口を開き。


「いえ、お気持ち…」

「あ!のっぺらさん!その杖、先っぽが鳥さんです!」


ルルの声で、言おうとしていた言葉は最後まで続ける事は出来ず消えた。

のっぺらぼうはルルの方に顔を向ける。


「そうだよ。握るところが、鳥の形なんだ。」

「かわいい!かわいい!」


杖を何度も可愛いと連呼する幼い少女。

そうだと思い出す。今はこの少女が一緒なのだ。

のっぺらぼうが倒れると、抱いているルルも被害は免れない。

かと言って、手を繋ぐだけだと万が一手を離してしまえば見失う事は目に見えている。


やはり、杖は必要である。



──ただし、やはり無償ではどうしても貰えない。


のっぺらぼうは銀貨を1枚、娘へと差し出した。

「…ありがとうございます。…しかし、無償では頂けません。その杖、私に売ってください。」



娘は暫く黙っていた。

小さなため息が聞こえる。同時に"堅物め"その一言は聞き間違えでは無いだろう。手の平から銀貨の感触が無くなったのは直後だ。


ふと、肩に誰かの手の感触。のっぺらぼうの身体が90度ほど回転する。


「うん。ここだな。…ここから真っ直ぐ歩け、出口は直ぐそこだから。」


本当に何から何まで優しい娘だ。

のっぺらぼうは娘の声が聞こえた方向に一礼。


のっぺらぼうは杖をつきながら、恐る恐ると前に進み出す。

何度か机か椅子か障害物に杖の先が軽く当たった。

その度、誰かがその障害物を退かしてくれる。そんな音がする。


何とか宿の出口までやってくる。

のっぺらぼうが何もしていないのに、扉は音を立てて開いた。

どうやら誰かが、気を利かせて開けてくれたらしい。


のっぺらぼうは最後にもう一度、宿の中に向かって出来る限り大きく頭を下げた。


「ありがとうございました。」



そう、声に出すと、何処からともなく何故か沢山の応援、声援が聞こえた。



いや、のっぺらぼうからすれば全く理解不能だ。



実は、今この宿ではのっぺらぼうは有名人。それは。

のっぺらぼうが森で捨て子を保護し。

冒険者で盲目でありながら、その少女の保護者になった。等とおかしな噂話が広がっているからなのだが、のっぺらぼうは知る由もない。


首を傾げながら出ていく子連れの男を見送って、娘はポツリと呟いた。


「やっぱり冒険者って頭おかしいよ。」



────。



のっぺらぼうは宿の外に踏み出す。

後ろで扉が閉まり、身体に暖かな日差しが当たる。


その瞬間、のっぺらぼうは息を呑み空を見上げることになった。


──いつも森で浴びていた太陽の光と違う。


その日差しはとても柔らかく暖かかった。

柔らかな光が身体を包み、暖かな光を肌で感じる。

だが、何故か何処か肌寒い。


のっぺらぼうは驚いた。

そして思い出した。


よくよく考えれば当たり前だ。

今は"昼"ではない。"朝"なのだ。



「そうか…朝…ですか…久しぶり…ですね…」

「ひさしぶりですか…?」

「…いつもはお昼に起きていたので…」


ルルの言葉にのっぺらぼうは小さく頷いた。


のっぺらぼうの住む森は昼の短い間しか光を通さない。

暗い森に住む彼にとって短い昼が朝の代わりであった。


それでも肌に感じる昼の日差しは、森の中でも暖かい。最早それは熱いと言ってもいいかもしれない。



──のっぺらぼうは"いつも"を思い出す。

体内時計頼りで何とか昼に目をさまして、獣が騒ぎ出す頃を夜として眠りにつく。



目の見えない自分にとって朝も昼も同じものだ。

そう長年思っていたが、光の暖かさも、周りの温度も全く違う。違ったらしい。


──嫌、"違った"と思い出した…



のっぺらぼうは小さく笑った。


「朝の光は意外と暖かなものですね。」

「はい!…でも、ルルには少しさむいです…」

「ええ。少し肌寒いです。」


ああ、それでもそれが朝だ。


「でも、のっぺらさんが、あったかいのでルルはじゅーぶんです!」


突然ルルはモゾモゾとのっぺらぼうに引っ付いてきた。

感触から首に抱き着いてきたとのっぺらぼうは気付く。

ルルはのっぺらぼうが温かいと言ったが、彼からすれば子供のルルの方が、心地よいほど温かい。本当に暖かい…


「…ええ。私も十分です。…お嬢さん、ありがとう。」

「??ルル、何かしましたか?」


ふと、突然のっぺらぼうはルルにお礼を口にした。

ルルはのっぺらぼうに抱き着いたまま小さく首を傾げる。



「…朝を感じさせてくれてありがとう。」



彼はそう、小さく口にした。


朝、市場の音でルルが目を覚まし、のっぺらぼうを起こさなければいつもの様に昼まで寝ていたかもしれない。

久しぶりの朝を感じる事は出来なかったかもしれない。


それ所か宿屋の店主にだって正体がバレていたかもしれない。



「ルルのおかげ…ですか?」


ルルはどこか嬉しそうな声を上げる。

のっぺらぼうは大きく頷いた。


町にいる間、"朝"は何度か体験する事になるだろう。

それでも、今日ほどの感動は味わう事は、きっともう無い。



──のっぺらぼうは改めて前を向く。

彼女の為、当初の目的を達成するため。


「それでは行きましょうか。お嬢さんがお家に帰る方法を探しに行きましょう。」

「はい!!」


ルルを"天国"に返すため、のっぺらぼうは人が多い町へと身体を向ける。


この町で彼女がお家に帰ることが出来ますように。

お家に帰れなくても、お父さんお母さんに連絡が取れればいい。

取れなくても、お家に帰る方法が見つかればいい。



そんな思いを胸に、のっぺらぼうは覚悟を決め町へと歩み出すのだった。





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