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のっぺらぼうと宿での一コマ


硬いベッド、柔らかな毛布に枕。

淡いランプの明かりに照らされて、ルルはゆっくりと目を覚ます。


モゾりと1度ベッドの中で寝返りを打ち、寝ぼけ眼で欠伸をひとつ。


「ママ…?パパ…?」

「申し訳ない。ママやパパではありませんよ。」


ルルの目に1番に映ったのはベッドに腰掛け、仮面を外したのっぺらぼうの姿だった。

少女は首を傾げ辺りを見渡す。


そこは"天国"でも、おんぼろ小屋でも無い。

8畳程の部屋に小さな机と椅子が2つとベッドが2台。クリーム色の壁には淡いカーテンの掛かった窓が1つ。

質素だが、綺麗に整えられた部屋だ。


全く見覚えのない場所に、目を擦りながらルルは何度も首を傾げた。

状況を分かっていない少女を察してか、のっぺらぼうが答える。


「こんばんわ。お嬢さん。ここは町の宿屋。とっくの昔に森は抜けましたよ。」

「……しょーなんれすかぁ…」


簡単な説明を受けて少しの間。

何とか理解したようだが、寝起きのためか上手く呂律が回っていない。

そんなルルが何だか愛らしくて、のっぺらぼうは顔のない顔に笑みを浮かべ立ち上がった。

向かうのはテーブル。テーブルにはお盆とコップ2つに水差し。

ルルが目を覚ます少し前、森で出会った猟師の女が持って来てくれたものだ。


のっぺらぼうは手探りで何とか、コップを手に取り水を注ぐと寝ぼけ眼のルルに手渡す。


「お水です。」

「はひ。ありがとうございます…」

冷たいコップがルルの手に伝わる。

ルルはコップを受け取ると1口。口に広がる冷たい水。

1口飲むと安心したのか一気に水を飲みほしてしまった。


コップから口を離すと"ふぅ"と一息を着いたような表情。

同時に"くぅ"と腹の虫が鳴る。


「お腹すきましたか?」

「はい!」

相変わらず良い返事だ。全く忙しない娘である。そんな事を思いながら、のっぺらぼうは呆れたように小さく笑うとテーブルへと視線を戻した。


「それでは、食べてしまいましょうか。」

「たべる?」


ルルは再び首を傾げ、のっぺらぼうはテーブルを手で示す。

──テーブルの上に何かあるのだろうか。

ルルはモゾモゾとベッドから這い出るとテーブルの側へ。テーブルの上を覗き込んだ。


そこには1つのお盆。その上にはまだ、湯気の経つ野菜たっぷりシチューとオムライスにパンが二人分用意されていた。

一人分は子供用に少なめだ。


「…ご飯!おいしそう!」

ルルは満面の笑顔である。寝ぼけ頭は完全に覚めたらしい。

のっぺらぼうは大きく頷いた。


「はい。ご飯です。ほら私は人前で面を外す訳にはいかないでしょう?持った来て貰ったんです。」


──下に降りてこい。

1時間ほど前、猟師であり宿の娘に言われたのっぺらぼうだったが、人前でお面を取る事もできず、食事も必要としない彼は断っていた。

しかし、全く食事を取らないというのも怪しまれるため、変わりに"顔の火傷を見せたくない"そう理由付けて部屋まで食事を持ってきて貰う形にして。


──部屋なら人と関わる心配だって必要ない。


女にはかなり不服そうな声を上げられたが。

最終的には宿の店主の一声で納得してくれた。


そんなのっぺらぼうの苦労も知らず、料理の前でルルはキラキラした瞳でのっぺらぼうを見上げる。


「食べていいですか!ルル、食べたいです!」

「勿論です。好きなだけ食べてください。」


ルルが再び満面の笑顔を浮かべたのは言うまでもない。

勢いよくイスに座って、スプーンを握りしめ


「いただきます!」


元気な掛け声と共にルルはオムライスを大きな口で頬張った。

口いっぱいに広がる卵とチキンライスの味。


「おいしい!!」


シンプルだが子供なのだからそれで十分だろう。

歓喜の声を上げてルルは、パクパクと美味しそうにオムライスを頬張る。ちなみに子供用の小さなオムライスだ。


余程お腹を空かせていたのか、ルルの食欲は止まらなかった。

思えば昼から何も食べてないのだ。仕方が無いのかもしれない。


「シチューも美味しいです!」

「そうですか。良かったです。」


ルルの様子はのっぺらぼうには見えない。彼女の頬っぺに付くご飯粒だって見えやしない。シチューがどんな物かも見たことない。

しかし、何処と無く少女が食べている姿を想像は出来る。

美味しそうに食事を食べる少女の姿を想像して、無い顔に笑みを浮かべ見守っていた。


「……あれ?」


ルルが手を止めたのは食事が半分程減った頃だったか。突然、ルルは首を傾げた。


「どうかしましたか?」

「…そっちのオムライスはのっぺらさんのですか?」


彼女が気にしたのはテーブルの上のもう1つの手付かずのオムライス。

のっぺらぼうの分と宿が用意してくれたものだ。

しかし、勿論のっぺらぼうは食べられない。


ルルは目を輝かせた。

彼が食べられないのはルルも昨日の時点で知っている。


なら、そのご飯も自分が食べても良いのではないか。幼い子供が期待するのも仕方が無い。

目は見えず、ルルも何も言わなかったが、何となく察したのっぺらぼうは"ダメですよ"とルルを優しく制した。


「お嬢さん。そんなに食べられないでしょう?無理しては駄目です。」

「!たべられ…ません…」


確かにその通りだ。

お腹はペコペコだが、大きなオムライスは入りそうにない。ルルは納得した。


しかし、素直に納得したようであったが不思議そうでもある。

当たり前だ、のっぺらぼうは食べられない。ルルも食べてはいけない。ならこの食事はどうするつもりなのか。


「では、このご飯はどうするですか?」

ルルは少し悩んだ様子だが、考えるのを辞め素直に聞き。

そんな素直なルルにのっぺらぼうは顔のない顔に笑みを浮べた。


「私の手を見てください。」


のっぺらぼうは少女と向かい合うようにイスに座り。突然、水を掬うように両手を差し出す。

ルルは不思議そうであったが、のっぺらぼうの言葉に素直に従い彼の両手をマジマジと見た。



「──《 召喚(ゲート)》」


そんな、魔法の言葉と共に彼の手の平が光った。

光は蛍のよう沢山の小さな淡い輝きとなり、のっぺらぼうの手の平の中をフワフワ舞い出す。

薄暗い部屋の中、ルルの青い瞳に淡い輝きが映り。

少女は"わぁ"と声をこぼす。


やがて、疎らだった光は徐々に1つに集まり、まん丸の形を成していった。

形を成せば光はゆっくりと消えていく。

のっぺらぼうの手の平にフワフワとした感触。


完全に光が消えた時、見慣れない生物が1匹。


まん丸な体、もふもふフワフワの緑の毛に、ちょこんと飛び出した鼻。大きな手足。



「……むぴ!」


可愛らしくも可笑しな鳴き声が1つ。


例えるなら、そう。

まるで、マリモとモグラを足したような生き物。


テニスボールほどの大きさのその生き物は、ヒクヒクと鼻を動かして辺りを見渡していた。



その生き物を前に、ルルが向日葵のような大きな笑顔を浮べたのはすぐ後である。



「──ねずみさん!魔法だ!緑!フワフワ!かわいい!!!」

「むぴぴゅ!」



その歓喜の声は正直、今までで一番嬉しそうであった。

のっぺらぼうにはルルの表情も生き物も見えないが、その声だけで十分。ルルの喜びは大いに伝わる。


手の平で謎の緑の生き物がモゾモゾ動き出す。

のっぺらぼうがテーブルの上にそっと置けば、緑の生き物は器用に二本足で立ち上がった。


「むぴ?」

鳴き声と共に小さな鼻がしきりに動く。

お盆の上の食事に気がついたようだ。


食事も忘れ、キラキラした瞳のルルの前で緑の生き物は何度も匂いを嗅ぎながら、どこか覚束無い歩き方でお盆へ。


パンの前までやってくると、くんくん。

そして、迷いなく小さく大きな口でパクリ。


「むぴゅう!」


胡桃のパンは気に入ったようだ。緑の生き物はその場に座り込むと勢いよく食べ進めていった。

生き物の頬袋はあっという間にパンパンだ。


「この子は森から召喚しました。底なしに何でも食べるんですよ。町にいる少しの間、この子に私の食事をまかせましょう。」


のっぺらぼうの説明の間も緑の生き物はパクパクパクパク。

ルルも生き物の方に興味津々なのか、返事は無い。


生き物の方はシチューにも興味を示したのか、シチューの野菜を1つ手に取りかぶりつく。こちらも気に入ったようだ、ペロリと舌なめずりをして器用にスプーンを使うとスープを1口。

同じようにオムライスもスプーンでパク。


「か、かしこいです!す、スプーンつかってます!」

これにはルルも指をさして驚くしかない。

のっぺらぼうからすればかなり食い意地の張った食いしん坊なのだが。


この生き物に名前は無い…多分。

ただ、害もなく無駄に大食らいな生き物として、彼が住む森に多く生息している生き物だ。


のっぺらぼうは苦笑いを零した。


「まぁ。一応、化け物…モンスターですしね。普通のネズミよりは頭はいいと思いますよ。…多分。」

「…ああ!ネズミさんが!ぷくぷくになりました!」


そんな話をしている間に、生き物は食事を終えたようだ。皿は空っぽ。ケチャップ1つまで舐め取られている。


そして、満足気にテーブルの上に横になるその姿…否、大きさは先程よりもどう見ても大きくなっていた。

その大きさ、なんとサッカーボールほど。ぷくぷくだ。

のっぺらぼうは見えないが何となく察した。


「…暫くしたら戻りますよ…多分。」

「なまえ!名前つけます!…プクタ!」


突然、前触れもなくルルは興奮したように言う。

名前をつけるのはいいのだが子供だからなのか、やはりその名前は見たまんまだ。


「…お、お好きにどうぞ。」

直ぐに森へと帰すつもりだったのだが、何だか言い出しにくい雰囲気になってしまった。


「ああ!!」

「ど、どうしましたか?」

再び突然、ルルは何かに気づいたように声を上げた。


「プクタがルルのオムライスねらってる!」


何事かと思えば、なんと"プクタ"の命名された生き物は、舌なめずりをしながらルルのオムライスへ近付いているではないか。


どうやら、まだ食べられるらしい。

巨体を引きずってオムライスへ向かう、その姿まさに飢えた獣。


「だめー!!!ルルの!!」


ルルは自分のオムライスを守るべく椅子の上に立ち上がると、両手で高くオムライスを掲げた。

しかし、シチューとパンは守れるだろうか。存在を覚えてるだろうか。


「あ!ルルとパンとシチューが…」

知れていたが駄目だったようだ。

プクタは舌なめずりをして、シチューのニンジンにがぶり。


「ああ…ああ!」

あまりの光景にドタンドタンとルルは椅子の上で足踏みする。

「お嬢さん。ちゃんと座りなさい。」

のっぺらぼうが注意をするも、ルルからすればそれどころじゃない。

ルルとプクタは初日から、ご飯の取り合い戦をする事となった。


「だめだめ!ブロッコリーはあげるから他はだめっー!!」

「むびっ!」


ルルの悲痛な叫び声、パクタの満足気な鳴き声。

その様子は何一つ見えないのっぺらぼうだが、1人と1匹の様子を想像して呆れたように楽しそうに声を出して笑った。





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