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のっぺらぼうと迷子の天使


「さて、どうしたものか…」


森のオンボロ小屋の前でのっぺらぼうが呟く。

少女が"天使"と分かった以上、町に向かう理由もなくなり小屋へと戻ってきていた。


しかし、困ったものだ。

少女に家まで送って行くと言ったものの、天国の行き方なんて知るはずもない。どこにあるのさえ分からない。


「お嬢さん。お家はお空の上でしたね。どの辺でしょうか?」


そうなれば、少女に聞くしかないのだが、幼い少女に答えられるだろうか。

のっぺらぼうは見えないが、少女は空を見上げ、悲しそうに俯いた。


「…分かりません。」


その姿は見えないのだが、彼女の悲しげな声は彼にも分かる。やはり、全く困ったものだ。のっぺらぼうは考える。


「…けれど、お嬢さんは空から落ちてしまったんでしょう?どの辺に落ちたのですか?」


そう言えば、少女は空…天国から落ちてきた。泉の前で見つけたが、実の所、別の場所に落ち泉の前までやってきたのかもしれない。

そうなれば、落ちた場所の真上が"天国"ではなかろうか。


「…そこの泉のまえです…」

「……そうですか。」


けれども、そう上手くいかないものだ。

さらに悲しげになった少女の声を聞いて、のっぺらぼうはまた考える。

"天国"とやらの特徴を聞くにしても真っ暗闇の、のっぺらぼうには意味が無い。空を見上げても彼には何も見えないのだから。


「……あ!お家!」

「え!?」


──しかし、それは突然やってきた。

近くで、とてとて走る音。転ける音。

のっぺらぼうは少女に近づくとコケた少女を抱き上げて真っ暗な空を見上げた。


「何処です?どこ?」


結局何も見えないが、聞かずにはいられない。

少女はのっぺらぼうの腕の中、必死に必死に小さな手を伸ばしていた。


「あれ…です!あのおっきい雲!すぐ上にあります!」

どうやら少女のお家は大きな雲らしい。


「あ!いっちゃいます!いっちゃいます!」

しかも、どうやら動いている。雲なので当たり前であるのだが。少女は必死に声で訴えた。


「飛んでいけませんか?」

のっぺらぼうは思いついたことを口にした。

思えば少女には羽がある。しかし、無理がある。少女は訴える。


「まだ羽が小さくて飛べません!」

彼女の羽はとても小さい。そもそも、飛べるのであれば、空から落ちて迷子にならないであろう。

のっぺらぼうは考えた。


「──おーい。おーい!」


考えた末、彼が思い付いたのは大声で叫ぶ事であった。


「おーい!おーい!」

「おーい!おーーい!」

のっぺらぼうは必死に声を張り上げ空へと叫ぶ、少女も真似して空へと叫ぶ。


「おーい!おーい!ここに天使の迷子がいますよ!」

「おーい!──いっちゃいます!」


しかし、相手は空の上。勿論、聞こえるはずもなく。

のっぺらぼうの腕の中で叫んでいた少女の声は次第に段々小さくなり、遂には途絶えてしまった。

のっぺらぼうにも分かる。空の上 の"天国"はもう見えなくなってしまったのだと。


「ママ…。パパ…。」


腕の中で少女が今にも泣きそうな声を上げる。

そんな少女の頭を撫でて、のっぺらぼうは何度目か分からないが考えた。


「やはり町に行ってみましょうか。」

思い付いたのは、やはり町へ行くこと。こんな森の中より、情報は多いだろうと考えての事だった。"天国"とやらの情報も案外あっさり集まるかもしれない。


「…まち?」

「はい。私は森の事以外分かりません。しかし町ならば何か…お家に帰る方法が分かるかも知れません。」


少女にも分かりやすく簡単に説明すると、彼の目には見えないが彼女は嬉しそうに笑った。

勿論、町に行ったところで帰れるなんて保証はないのだが「お家に帰れるかも」その情報だけで、少女には十分なようだ。



──ただし、問題も幾つかある。

まず1つ、既にあたりは暗い。真っ暗だ。

のっぺらぼうには日常的だが、幼い子を連れて町に向かうのは危険すぎる時間だ。

既に日が落ちていることは、のっぺらぼうも気づいていた。


「…今日は休んで明日、町に行きましょうね」

「はい!」


次にもう1つ、のっぺらぼうは少女のフワフワした髪を撫でた。

前髪から後ろ髪まで地面に付きそうな程にふわふわ長い髪。

その姿は傍から見れば毛玉の化け物である。



「…女の子らしく可愛くしましょうか。」

「…?はい!」



──────。



「これぐらいで如何ですか?」

「はい!それぐらいでおねがいします!」


ランプの光で照らされた小屋の中、ヒビの入った鏡を手に、少女はのっぺらぼうに髪を整えられていた。

長い前髪を眉毛少し上まで切りそろえて、後ろの髪は取り敢えず、地面には届かなさそうな程まで切りそろえる。


勿論のっぺらぼうには見えないので少女の声だけが頼りである。


「…どうですか!」

切り終えると、少女が楽しそうに髪型について聞いてきた。正直、聞きたいのはのっぺらぼうの方なのだが、手探りで少女の頭を触ってのっぺらぼうは、やはり困ったように首を傾けた。


「すみません。見ての通り、目がないものでして。お嬢さんがどんな姿をしているか分からないのです。」

「……そうですか…ごめんなさい。」

のっぺらぼうの言葉を聞いて、少女はどこか悲しげな声を上げた。


「いえいえ。お嬢さんは悪くありません。」

悲しげな少女を前にのっぺらぼうは考えた。


「…では、お嬢さんの姿をお嬢さんが教えてくれませんか?」

「すがた…ですか?」

「はい。どんな髪の色とか目の色とか、どんな顔をしているか。なんでもいいですよ。」


それは、ちょっとしたゲームのつもりだった。

こうすれば、のっぺらぼうは少女の容姿を知ることができ、少女はゲーム感覚で楽しめる。一石二鳥である。

後は少女が乗ってきてくれるかだけであったが心配を他所に少女が「はい!」と元気良く答えたのは、すぐの事だった。


早速、少女は鏡を見る。まずは目だ。


「えと…目の色は青色です!」

「そうですか、青色ですか。」

瞳は青。

のっぺらぼうには青色は分からないが、綺麗な色だろうと想像した。

少女は再び鏡を見る。次は髪の毛。


「えと…かみの色は金色です!…でも、かみの先は赤色です!」

「そうですか、金色と赤ですか。…ん?」

「ぐらでーしょん。になってます!パパがよくほめてくれます!」

「そうですか。グラデーションですか。」

髪は金と赤。

こちらものっぺらぼうには分からないが素敵な色だと想像する。

少女は再び鏡を見る。最後に顔。

しかし少女は自信の顔を確認すると、自信が無いのか表情を曇らせる。


「……お顔はなんと言えばいいか分かりません。」

「大丈夫ですよ。お嬢さんはとても愛らしい顔立ちをしている。」

のっぺらぼうは即座に答えた。

これは自信を持って言える。最初に少女の顔に触った時、既に大体の輪郭を把握したからだ。

少女はとても愛らしい顔をしている。


「……えへへ。」


のっぺらぼうの言葉に少女は嬉しそうに笑う。その声にのっぺらぼうも幸せな気持ちで、側にある櫛を手に取った。

彼がもう1つの問題に気がついたのは、その櫛で少女の髪をとかそうとした時だ。


考えれば、その問題は何よりも重要かもしれない。

のっぺらぼうは少女の髪をとかしながら聞いた。


「そう言えば、お嬢さん。お名前を教えてはくれませんか?」

「おなまえ?」


そう、問題とは少女の名前の事だ。

出会ってからずっとのっぺらぼうは少女のことをお嬢さんと呼んでいたが本当の名前は、まだ聞いていない。

たが、解決も簡単である。少女が、一言教えてくれれば済むだけなのだから。


──数秒、数十秒、数分後。


何故だろうか、いくら待っても返事は来ない。

何か悩むような事でも聞いただろうか。名前を聞いただけなのだが、何か問題でもあっただろうか。のっぺらぼうが焦り始めたころ、少女はようやく口を開いた。



「…ママも、パパもみんな、おチビちゃんと呼ぶので名前は分かりません。」

「え?」


のっぺらぼうは素っ頓狂の声を上げる。仕方がない、少女は名前が無いと言ったのだから。

そんな事あるのだろうか。そう思ったがのっぺらぼうは自分自身にも名前が無いことを思い出して「あるな。」と片付ける。

そんな、のっぺらぼうに気づくことも無く、少女は言葉を続けた。


「6さいになったら、名前を…いただけたのですが…」

「そうなんですか…」

「今日がその6さいの、おたんじょうびだったのに…名前をもらう前に落っこちちゃいました…」


今にも泣きそうな声。


──嗚呼、なんという災難であろう。

想定外の事に今日はもう何度目だろうか、のっぺらぼうは考えた。

正直、名前が無いのなら"お嬢さん"呼びでも構わないと思っていた。別に名前を聞いたところで"お嬢さん"呼びは変えないつもりであったし、名前を聞いたのは親を探すのに必要であっただけだ。

しかし少女は今日、誕生日で正式に名前を貰うはずだったのに、地上に落ちて名前を与えられなかったのだ。

悲しくて悲しくてたまらないだろう。

それに名前が無いとなると今後問題ではないのか。


だからこそ、のっぺらぼうは考えた。


「では、私が名前を付けてもよろしいですか?」


考えて出した結論は1つ、自分が名前を付けてあげると言う事だった。勿論、本名のつもりは無い。親元に届けるまでの仮の名前。愛称。

少女はのっぺらぼうの突然の提案に首を傾げる。


「え?」

「私からの誕生日プレゼントと言う事で、嫌ですか?」

「……」


しばらくの沈黙。やはり嫌だったのだろうか。

考えてみれば、出会ってすぐの男が「名前を付けてあげる」等、喜ぶわけがない。

少女の表情が見えないのっぺらぼうは不安でたまらなくなった。


もし、彼が少女の顔が見えていたなら、直ぐにその考えは消えた事だろう。


少女は大きな青い瞳をキラキラ輝かせてのっぺらぼうの、のっぺりとした顔を見つめていたのだから。

それはそれは、本当に嬉しそうに。

そして、たっぷりと間を置いた少女は歓喜の声を上げるのだ。



「いいえっ。いいえ!!ほしいですっ!プレゼント!」



その声色と言葉を聞いて、不安気だったのっぺらぼうは無い顔に笑顔を浮かばせた。



少女の承諾を得たのっぺらぼうは早速彼女の名前を考える。

──しかし、いざ名前を付けるとすると悩むものだ。

のっぺらぼうは今日1番、深く考える。誰かの名前を考えた事など1度も無い。それも女の子など。

色々な名前が頭に浮かび消えていった。

考えて考えて考えて、導き出した答えは…



「…では、"マル"で。」


どこかで聞いた名前だな。と思いつつも、のっぺらぼうはそう答えていた。

いい名前じゃないか、なんて思いながら。

少女は、きょとんとした呆気に取られた表情をして、再び小さく首をかしげた。


「……じゃあ、あなたは"ララ"ですか?」


沈黙が流れる。


──数秒、数十秒…


そこでやっとこさ、のっぺらぼうは思い出した。

ああ、そうだ。"リスのマルくん"に"小鳥のララちゃん"どちらも自分が作ったおとぎ話の登場人物の名前ではないか。

しかも、少女はどちらかと言えば"ララちゃん"だ。

それよりも、少女はあの話をちゃんと聞いていてくれたのか。


──のっぺらぼうは、こほんと咳払い。


「いえ、ダメですね。考え直します。」

「じゃあ、"ララ"であなたが"マル"?」

「ダメです。当てはまる所が多々ありますが、ダメです。」

「どうして?」

「その名前を付けたら物語みたいな人生になりそうじゃないですか。考え直します!」



仮とはいえ人の名前を付けるのだ、いい加減ではいけない。

のっぺらぼうは顎をしゃくって、再び悩み始めた。

しかし、1度思い付いた名前は中々消えてくれない。

のっぺらぼうは、必死に考えた。


──ララ、ララ、ララ、マル、ララ、ララ、マル…

──レレ、ロロ、ママ、ミミ、リリ、ルル………ルル?



「────ルル!ルルにしましょう。」


のっぺらぼうは、名案を思いついたように声を張り上げた。


正直な所、ララからルルに変わっただけである。

傍から聞けば、いい加減であったかもしれない。しかし、


──名前のない少女にはそれだけで十二分。



「──はい!今日からルルはルルです!」


のっぺらぼうには少女の表情は見えない。しかし今日一番の嬉しそうな声色。のっぺらぼうは無い顔に安堵の表情を浮かべた。



「はい。お嬢さん。いえ、ルル。よろしくお願いします。」



名前を呼ばれた少女は満面の笑みを浮かべる。

ただ、直ぐに悩ましげな表情になるのだが、のっぺらぼうは言われるまで気づかない。


「……では、ルルはあなたのこと、なんて呼べばいいですか?」


──問題が終われば次の問題だ。少女の問いに、のっぺらぼうは固まった。


考えてみれば少女と同じく、のっぺらぼうにも名前はない。

しかし、少女─ルルと同じようにのっぺらぼうも名前がなければ町で苦労するのではないか。それならば、仮でも良いので自身の名前も考えなくてはいけない。


だが、のっぺらぼうはもう考え疲れしていた。

正直、"マル"以外なら何でもいい。


「…私には名前もありません。好きに呼んでください。」


だからこそ、ルルに考えを押し付けた。

振られたルルは考える。小さい頭で必死に考える。そして──



「──じゃあ、"のっぺら"さんで!」


子供らしい見たまんまの答えである。しかし、それは如何なものか。

のっぺらぼうは結局最後にもう一度考えた。


「………二人きりの時は構いませんが、出来れば町では"のら"とでも呼んでくださいね。」



のっぺらぼうの言葉にやはり、ルルは元気よく頷くのであった。




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