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第1話

久しぶりの投稿。

ぜひ読んでいってくださいませ。

 私には幼い頃に決められた婚約者がいる。

 

 眉目秀麗。そんな大袈裟な言葉が似合う人。国宝のサファイアと同じ色の瞳と、金糸の髪を携えた美しい人だ。

 

 初めて会ったのは五歳の頃らしいのだけれど、あまり覚えていない。

 

 一番古い記憶の彼は、私が八歳で彼が十三歳の頃。屋敷の庭の一番大きな木に登るというヤンチャをしていた時のことだ。

 

「お嬢様! 危のうございます! 降りてきて下さいませ!」

 

 婆やが声を荒げる中、私は笑い声を上げて空を目指していた。しかし、目の端にキラキラと光る金を見つけて意識がそっちにいってしまったのだ。気づけば木から滑り落ち、宙を舞っていた。

 

 叫び声を耳にしながら呆然と遠くなる木の葉を見上げる。それがどんな結果になるのか理解していなかったから、悠長にしていたのだと思う。

 

 何度か木の枝にぶつかってしまったが、そんなことは大したことではない。このまま地面へと落ちてしまうのだから。しかし、私を受け止めたのは、木の根でも草むらでも土でもなかった。

 

 強い衝撃に目を固く閉じた。

 

「あぶなかった……」

 

 聞きなれない声。高いボーイソプラノ。

 

 何が起きたのか分からず、私は何度も目を瞬かせた。目の前の空を隠すように影が広がる。

 

 サファイアが二つ姿を現した。

 

 あまりにも綺麗で私は手を伸ばす。それが人の目だと気づいたのは、頬に手が当たった時だった。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

「……う、うん」

 

 柔らかそうな金の髪の毛。人形のように整った顔。いつもお母様の胸に下がっているサファイアよりも澄んでいて綺麗な瞳。彼は私が知っているどんな物よりも美しかった。

 

 私よりもずっとずっと年上のお兄さんで、意地悪なお兄様よりも大人びて見えた。

 

 そんな綺麗な人に顔を覗かれていると気づいて、子供ながらに突然恥ずかしくなって身を縮めた。しかし、私の身体は彼の腕の中にすっぽりと収まっていて、その恥ずかしさから逃れることはできない。それでも彼に迷惑をかけたことは幼いながらにわかった。

 

「あの……ごめんなさい……」

「木登りは楽しいかもしれないけど、よそ見は駄目だよ」

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

「その時ね、ライナス様に恋をしたのよ」

 

 ふわりと笑う甘い笑顔。まだ幼さは残るものの、八歳の私には十分なほど魅力的だった。目を瞑れば何度だって思い出すことができるわ。あの時の笑顔は国宝級。しかも私しか知らない特別なもの。

 

「何度聞いても素敵な話でございますね」

 

 私室で化粧を施しながら、鏡越しに侍女のケリーが何度も頷いた。

 

「やだ。私ったら、またこの話」

「よろしいではありませんか。お嬢様の楽しげな話は何度聞いても飽きませんもの」

 

 彼女が私の栗色の髪に櫛を入れる。もっと華やかな色に憧れていたけど、お父様もお母様も栗色の私には生まれる前からこの色以外の選択肢は与えられていなかった。

 

 ライナス様みたいな綺麗な金色になりたい。あ、でも、ライナス様との子供ができた時には金髪の可能性も……。

 

「いやだわ、まだ婚約者なのに子供だなんてっ……」

 

 恥ずかしさのあまり思わず頰を両手で押さえて体を左右に揺さぶった。

 

「お嬢様ったら、少し落ち着いてくださいませ。このままではお迎えまでに支度が終わりませんよ」

「ごめんなさい。またケリーに迷惑かけているわね」

「気にしないで下さい。それがお嬢様の魅力なのですから」

「ううん。もっと落ち着かないと。だって、ライナス様ったらいつまでたっても子供扱いなのよ? ……もう私だって十六なのに」

 

 唇を尖らせている時点でまだ子供なのだと言われそう。だけど、ライナス様の私への扱いは八年前とあまり変わらないと思う。もっともっと大人の女性にするように扱って欲しいと願って何年経っただろうか。

 

 ライナス様は私の五つ年上で、しかも次期公爵の地位が約束されている凄い人だ。今は子爵としてお家のことなどを手伝っているらしい。

 

 そんな彼からしてみれば、社交界にデビューしたばかりの私はまだまだ子供のようなものなのだろう。

 

「まあ……そうでしょうか? 子爵様はお嬢様のことをこれでもかと言うほど溺愛なされているように見えますが……」

 

 鏡越しにケリーが首を傾げる。

 

「ケリーは分かっていないのよ。ライナス様の優しさは、子供に対するものと同じだと思うわ」

「……どのようなところがでしょう?」

「まずね。夜会では『絶対側を離れてはいけない』って言うのよ。私が迷子になると思っているんだわ」

 

 実はデビューした日に王宮で一度迷子になっている。だから、あながち間違いではないのだけれど、それは王宮が大きかったからに過ぎない。

 

 個人の主催の夜会なら、屋敷がいかに大きくても迷わないと思うのだ。

 

「それはお嬢様を他の殿方から守っていらっしゃるのですわ」

「物は言いようね」

「まあまあ。子爵様の想いは全く通じていないのが悲しいですわね」

 

 今日のケリーはちょっと意地悪。ライナス様の味方なんだ。口を尖らせると彼女が「あらあら」と笑った。

 

 私もケリーくらいの落ち着きがあったら、ライナス様も子供扱いをやめてくれるかしら。そんな風に思って行動したこともあったけど、うまくはいかなかった。

 

 でも、ケリーは私よりも六つも年上なのだから、私も六年後はこんな風に落ち着いた雰囲気を醸し出して、「うふふ」と笑えているのだろうと思う。

 

「さ、できました。ほら、本日もお人形のように可愛らしい」

 

 鏡の中にいるのはもちろんお人形のようなお嬢様ではなく背の小さな私。ケリーはいつも大袈裟なの。栗色の髪だって一般的どころか地味な分類だし、人形のようなという形容はライナス様こそ合っていると思う。

 

「ケリーは褒めるのが本当に上手ね」

「何を言いますか。本当のことしか申しておりませんわ。可愛らしいお嬢様を更に美しくしたことを少しは褒めてくださってもよろしいかと」

 

 ケリーは今にも唇を尖らせそうな勢いだ。代わりに少し眉尻が下がっている。私は椅子から立ち上がり慌てて振り返った。

 

「そうね、ありがとう。私、ケリーがいなかったら、ライナス様の隣に立てないもの。ケリー大好きっ」

 

 抱きしめると、ふわりと甘い香りがする。彼女のお気に入りの香だと聞いたことがあった。

 

 こういうのがさりげなく似合う女性ってかっこいいなぁ。

 

「あらまあ。とんだ役得ですわね。子爵様に見られたら睨まれてしまいそう」

 

 彼女が肩を揺らして笑う。意味が分からなくて、思わず首を傾げた。――その時だ。

 

 窓の外に馬車が見えた。

 

 思わず窓の外を凝視すると、ケリーの小さな笑い声が耳に入る。

 

「定刻通りですわね」



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