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秋の桜子の物語集

鏡の瞳のアリス

作者: 秋の桜子

 アリスは、悲しく辛くとも、涙を流せなかった。彼女が産まれた家の者には時々にして、その赤子が生をうける。


 それはある時が来たら、目覚める瞳に宿る力の為に、それを蓄えているとも……


 鏡の様に、相手の心のままを映す瞳。彼女はそれを持っていた。


 彼女に対して、優しく声をかけ、裏切らない友になる者は、アリスの瞳には善きヒトと映る。


 彼女に対して、辛い言葉を放ち、傷つける者は、アリスの瞳には禍々しいモノと映る。


 それはアリスに接する、他人の心をそのままに映し、時が満ちればありのままに、跳ね返し相手の心に届くモノ


 彼女のそれにはそういう『力』が宿っている。


 今はまだ眠っているアリスの力。最初に流す一粒の光。その時に彼女に向けられる他者の心により、その先放つ瞳の力が、癒しとなるか、刃となるか、それが決まる。


 彼女の時が満ちたとき、最初に流す一粒が、対するヒトにとって、癒しとなるか、刃となるか、審判の時は近い。


 どちらになるのか、もうすぐアリスの時が動き出す。


 瞳にうつった世界が、善きものならば、それは癒しの光で、皆に幸せの雫を心に放つ。


 そして、瞳にうつった世界が、禍々しいモノならば……



 アリスは、鏡の瞳を持っている。もうすぐ、満たされ溢れ、そして動く彼女の時。


 ×××××


 痛い、苦しいとアリスは思う、投げ掛けられるクラスメートの言葉が、鋭く切り裂く。その多感に満ちた、柔らかな心に突き刺さる。


 何か言ったらどお?ふふ、言えないの?言えないの?


 些細な行き違いから、仲の良かったかつての幼なじみが、彼女を追い詰めている。それに荷担する仲間を誘い、アリスに救いの手を差し出さぬように、卑怯な手を使い孤独に詰めていく。


 嘲り、卑しめ、見下し、アリスの存在を無視しながらも、皆と協力をし彼女に、届くように風の魔法を操り、先生には届かぬように、密やかに揶揄する言葉を、アリスの周りに散らす。


 ……だから、あの子はねって……刃物の様なそれが聞こえる、何故みんな一緒になるの?私は何も言って無いのに、授業以外でヒトに対する攻撃魔法を使うのは禁止でしょう?……


 悲しく思いながら、授業の為に移動をしようとしていた時に、わざとらしくぶつかり、持っていた荷物を落とさせ、蹴散らす取り巻き達。


 ため息と共に、床にうずくまる彼女に、皆と共に上から冷たい視線と言葉を投げ掛ける。


 ……言葉を返したら負けよ……さらに言われる、何を言ってもあげ足を取るように、よってたかって攻められる、だから、私は言わない。


 唇を噛みしめ、何をするのと言いたいのを、、ぐっとこらえ、荷物を集める涙を流せない少女、それがかんにさわるのか、ますます激しく罵られる。


 泣けばいいのに!何で泣かないのよ!


 ザッと、ペンケースを拾う手に幼なじみの足が乗る。


 痛い!手が、アリスの心が、ザクザクと、刺さり切り刻まれる、ジンジンとヒリヒリと、痛みを伴うモノを与える、彼女に対する幼なじみに荷担するクラスメートの言葉や行動。


 涙を流せないアリス。しかし器はいつか溢れる、最初の一粒。それがその先、彼女の他者に使う力となる。彼女は両親から、そう教えられいた……


 ×××××


 アリスは孤独だった。教室では冷たい視線と囁きに絡みつけられ、それは喉元に巻き付く透明な蛇の様。じわりじわりと、彼女の呼吸を止めようと締め付けていく。


 そう、アリスはそこで過ごす日々を戦ってきた。ひとり孤独に、負けまいと、理不尽なモノに一人立ち向かっていた。


 ほぼ一日をそこで過ごすアリス。満身創痍な彼女の心。そこで見つけた、僅かな癒しの時が無ければ、透明な蛇に喰われていたであろう。


 ……昼休みは、彼女にとって少しばかりの穏やかな時。教室から離れ、校舎の裏庭へと向かう。


 大きなニセアカシアの樹が植えられているそこは、アリスの大切な友人がいる場所。


 仲の良かった頃に、幼なじみと共にここにこっそりとピンクの薔薇の枝を地面に、挿していたのだ。


 それは一時は枯れそうになりながらも、大きなニセアカシアの木陰が良かったのか、はたまた神様の気まぐれな思し召しか、


 孤独なアリスの願いが届いたのか、彼女のまだ拙い魔法の力が、支えになったのか……細い細い、枝から赤い芽をだし、やがて葉を開き根を下ろした。


 晴れていれば、拙い魔法の呪文を唱え、糧を与え水をやるのが、アリスの楽しみ。雨が降れば、みずみすしく伸びる様に立っている姿を見るのが、孤独なアリスの楽しみ。


 優しく声をかけ、つぼみをつける様に願いを込めて、小さな小さな薔薇と語らうアリス。


 些細な癒しの時。しかしある日それすらも蹂躙された。日々裏庭に向かう事が気になった、幼なじみが後を追い、やって来た。


 取り巻きを連れて、小さな小さな友と語らう彼女の元に……


 ……気持ち悪いわ!花なんかと話して!ねぇ、そう思わない?みんな、アリスって小さい時からこんなのでさぁ、お陰で私迄変な子って言われたし!迷惑なのよね!


 残虐な色に幼なじみの目が光る。アリスの瞳がそれをうつす。彼女のまとう空気が、幼なじみにとっては我慢ならないもの、嫌悪するものになる。


 しかしそれは自分自身が、放っているモノなのだが、気がつかない彼女は、愚かな仲間と力を合わせ、アリスの小さな夢を踏みにじった。


 細い枝葉は折られ、踏みにじられ地面に無惨な姿と化した小さな命。言葉が無くとも辛い日々を、小さいながらも、優しく支えてくれていたアリスの友。


 ここでの居場所が無い、アリスにとって小さな薔薇と過ごすこの場所が、唯一認められていた小さな小さな世界。


 何をするの、可哀想じゃない!アリスは声を震わせて彼女達に対した。今だかつて無い、青ざめ大きく見開き、潤む瞳の色を目の前に、せせら笑うクラスメート達。


 ……可哀想?バッカじゃない?学校に、変なもの持って来たり、植えたら行けないのよ!アリスってやっぱり変よね!花なんて、痛みなんか無いじゃない!


 花の側にしゃがみこむアリス、幼なじみは踏みにじったそれに再び足を乗せる。


 かつて二人で試しにと、いたずら半分でそこに挿したひと枝。枯れそうになりながらも、命をつないだ小さな小さな薔薇。小さな小さな世界。


 ……言った、言わないそんな些細なケンカから何時しか幼なじみは、ある時から、アリスにむき出しの敵意を持つようになった。


 それは彼女よりアリスの方が、家柄も魔法の才能も容姿も優れていた……からかも知れない。


 懐いていた鬱々としていたモノが、それで解き放たれたのかも知れない。何もわからない。彼女の闇に染まった過程……心の中迄は、アリスはわからない。


 分かるのは、たとえ大きな力を持つ先生が、その癒しの力を使っても花は甦らない事実、もう二度と幼なじみと以前の様に、触れあえない現実の悲しみ。


 胸に、思考に、瞳に、熱い何かが満ち溢れて来た。アリスにとって、初めての感覚……


 周りの皆にとっても、初めて目にする彼女の涙。その時、幼なじみは叔母から聞いた、戒めの話を思い出す。


『いいかい、アリスには優しくするんだよ、でないと初めて涙を流したその時に、呪いを受けてしまうからね』


 その後直ぐに病に伏し、別れてしまった為に、今の今まで思い出しもしなかった、その言葉をここに来て思い出した。


『私もね、辛く当たってね、もらっちまったんだよ、あの家の一人にさあ、バカだったよ……だから、結婚も夢も、幸せも……何もかも、私からは離れて行っちまった……』


 ポツリと呟いた叔母の声。それが鮮やかに甦る。逃げなくては!逃げなくては!アリスから離れないと……


 幼なじみはそう思う。涙が浮かびあがるアリスを目の前にし、その場を離れようと思う、しかしどういうわけか、体が捕らわれ動けない。


 周囲の取り巻き達も、皆同じ様に立ち竦んでいる。さざぁー、と冷たい風がアリスを中心として、うまれる。


 頬を伝わる一滴、それが風が拐う、彼女から放たれる今までアリスに対してきた己らの所業、


 それが風の中に、黒い氷の破片となり幼なじみ達に襲いかかる。キラキラと、黒曜石の如く輝きを放ちながら……


 ……風がおさまる。大地には踏みにじられた、小さな薔薇の残骸。


 地面に伏しているクラスメート達。胸を抑えて、涙を流し首をふる者、気を失っているもの。助けを求める者……


 それを、冷たい視線で見下ろすアリス。何が起こったのか、自身が何をしたのか、彼女はわかっていた。


 ……これからは、そう、私が貴方達を……見下す。


 アリスは、すいっと制服のスカートを翻し、ニセアカシアの樹に、地に果てた友に別れを告げると、午後の授業の為に教室へと向かった。



『完』















































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