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人類最後の日に男がしたいこと

作者: うんばば

 現在夜中の三時、真っ暗な部屋でテレビだけが煌々と光っている。テレビに映し出されたアメリカの大統領が、涙ながらに、地球は終わると宣言した。巨大隕石が地球に衝突するらしい。核兵器などで迎撃を試みたらしいが、すべて無駄に終わった。日本のスタジオに画面が切り替わると、アナウンサーが仕事であることを忘れ、号泣していた。


 人類が滅亡すると聞いて、俺が抱いた感想は、どうでもいいというものだった。確かに、死にたくない。だが、すぐに諦めがついた。自分がこれだけ、命に執着がないことに驚きすら感じた。


 映画では主人公は自分の命を引き換えに隕石の上で自爆し、全人類を救った。俺だったらどうするだろう。手の中に爆弾の起爆スイッチがあり、自分を犠牲にすることで人類を救うことができる。そんな状況になったら、スイッチを押すのだろうか。たぶん、押さない。確かに命への執着は薄いかもしれないが、人のために死ぬなんて、真っ平御免だ。

 だから疑問に感じるのだ、何故あの主人公は躊躇いなく、スイッチを押すことができたのかと。映画を面白くするための演出だと言ってしまえばそれまでだが、それでも俺は知りたい。


 考えるのは、あの主人公と俺の違いだろう。違いは何なのだろうか。隕石に立ち向かう勇気の有無か、それとも人類を救おうとする正義感か。おそらく、どちらも正解であり、どちらも違う。もっと根本的何かだ。そして、少し考え、導き出した答えが、誰かに愛されていたかどうかというものだ。

 あの主人公の周りには仲間がいて、愛すべき娘もいた。それに対し、俺はどうだろうか。俺は生まれたときから、一人だった。親もおらず、彼女も友人もいない。誰も愛したこともなく、愛されたことのない人生。もし、俺と同じ人生をあの主人公が送っていたら、スイッチを押していたのだろうか。そもそも、宇宙船にすら乗ってきなかったと思う。陳腐な言葉ではあるが、やはり愛の力とは強いものなのだ。

 そこで、俺は今まで感じたことのない願望が湧き上がっていることに気づいた。どうせ死ぬなら、誰かに愛されてみたい、愛してみたい。あの主人公みたいに、迷わずスイッチを押せるように、なってみたい。


 そんなことを考えていると、窓の外が明るくなっていた。確か隕石が衝突するのは明日の午前十時、今は何時だろうか。時計に目をやると、針は六の数字を指している。時間が経つのが早い気がする。いつの間にか寝てしまっていたのかもしれない。

とりあえず、願望を叶えるためには外に出なければ、始まらない。一人で部屋にいても何も変わらない。お気に入りの革ジャンを着る。少ない給料を貯めて買った、かなりの値段がする奴だ。

 洗面所に行き、顔を洗う。鏡に映った自分は相変わらず、死んだ魚の目のようだ。こんな目になったのはいつ頃だろうか。もう分からないほど昔だ。そんなことを考えながら、ボロアパートを出た。

 


 街に出ると、様子はかなり変わっていた。どこかの馬鹿が、割って周ったのか、街中のガラスが割れている。道路に車は殆ど走っていない。人類最後の日は、家族と我が家で過ごしたいと思う者が多いのだろう。だが、全くの無人ということではない。もちろん人はいる普通ではないが。


 普段の街では見られない様子の人間を見るのは、ちょっと面白かった。意味不明な言葉を永遠と叫んでいる者、道路の真ん中で裸で、寝てる者なんかもいた。

  そんな人間を見物しながらだれか仲良くなれそうな人間はいないかとすれ違う者を物色していると、強い鉄の匂いがした。余り嗅いだことない匂いに興味が湧いくる。鉄を集めている者でもいるのだろうか。もしいたらそれはどんな人間なのか。どうして鉄を集めているのだろうか。好奇心に負け、匂い元へ向かった。


 匂いを辿っていき、行き着いたのは、薄暗い裏路地だった。そこに一人の男が座りこんでいた。何をしているんだと声を掛けようとした時、異変に気付いた。足元に血溜まりが出来ているのだ。よく観察すると、男は眉間に穴を開けて死んでいた。

 余りにも非現実的な光景に、目の前が真っ白になる。胃の中から物が逆流してくる。反射的にその死体から逃げていた。


 どれくらい走ったのだろか。かなり遠くまで走ったのは間違いない。だが、体力の限界まで走ったことで少し冷静になれた。人が死んでいた。しかも、あれは他殺体だ、拳銃で眉間を撃ち抜かれていた。

 世界は無法状態と言ってもいい。犯罪を取り締まる警察は機能していない。警官も人類最後の日は仕事などせず、好きなことをしたいだろう。明日死ぬのならと考えて、人殺しをする人間がいても、不思議じゃない。

外が危険というのは、少し考えたらわかることだ。何も考えず軽率な行動をした自分に腹が立つ。

 とりあえず武器を手に入れるために、ホームセンターを訪れた。店内には誰もいない。照明も消えていて、朝だというのに夜のように暗い。 迷った結果、武器に選んだのはスコップだ。何処かで、武器にするならスコップと聞いたことがある。本当かどうかはわからないが、これで殺人鬼に襲われても、反撃ぐらいは出来るだろう。拳銃を持った相手には、無意味だと思うが。


ふと、腕時計に目をやる。時刻は午前九時十四分、タイムリミットは約二十五時間。人生二十四年間、一人も出来なかった存在を二十五時間足らずで、作らなければならないということだ。正直、かなり難しいだろう。

 


 ホームセンターを出て、街を何の当てもなく歩き続ける。すれ違う人間は、何処か頭のネジが飛んでいるような者ばかりだ。流石にそんな者たちと仲良くなろうとは思わない。


 それから小一時間ほど歩いていると、男が三人、裸で群がっているのを見つけた。また、絶望で頭がおかしくなった者だろうか。溜息が出る。もう、こんな人間は見るのは飽々だ。最初は面白いと感じていたが、何度も同じような人間を見てしまうと、やはり飽きてしまう。

 その三人に少し目をやると、合間から裸の女が見えた。こんな路上で、お盛んなことだ。立ち去ろうとすると、女のすすり泣くような声が聞こえた。振り返ってみると、女は叫び声こそ上げないが、涙を流していた。


 これって強姦じゃないのか。そんな考えが頭をよぎる。しかしそうであったとしても、助けてやる義理はない。俺も人のことを言えないが、こんな状況で不用心に、外に出歩くのが悪い。ただでさえ時間がないんだ。こんなことに時間を、取られたくない。


「あー、クソ!」


 思わず、愚痴が溢れてしまう。ここで見捨てるのは、胸糞悪い。俺の知らないところでやれよと、強く思う。

 次は深い溜息をつく。スコップを構え、一人の後頭部に叩きつける。頭蓋骨を割る感覚が全身に伝わってくる。


「何すんだよ、コノヤロウ!」


 人を殺めてしまったかもしれないという、罪悪感を感じる暇もなく、大柄な男に殴られた。右の頬から痛みが広がっていく。殴られた衝撃でスコップを落とし、倒れてしまった。そこから大柄な男は、追い討ちをかけるように馬乗りになり、左右の頬を殴った。反撃しようと、落としたスコップに手を伸ばすが、大柄な男はそれを許さない。意識が朦朧としてくる、このまま死ぬのだろうか。


 別に死ぬことは、怖くない。一番の恐怖は、誰からも愛されず消えることだ。不思議なものだ、人類が滅亡すると知る前はこんなこと考えたこともなかった。だが今は、もうこれだけのために生きていると言っても過言ではない。心の何処かでは、そんな存在が出来ることを、望み続けていたのだろうか。

 気を失う直前、女が大柄な男の背後から、蹴りを入れた。そのおかげで、男の拘束が弱まりその隙に、スコップを手に取る。

 自分でも驚くほどの雄叫びを上げながら男の頭目掛けて、スコップを振りかぶる。スコップで殴られた男は地面に倒れ、少し痙攣したかと思うと、動かなくなった。最後の一人はいつの間にか、いなくなっていた。


 最低の気分だ。まだ、頭をかち割った感覚が、手に残っている。目の前には、男が二人倒れている。生死を確認したわけではが、血が見たこともないほどあふれ出している。死んでいるだろう。


「おい、大丈夫か?」


 蹴った衝撃でヘタレこんでいる、女に話しかける。女は首を縦に振って答える。裸の女に着ている革ジャンを手渡す。お気に入りを渡すのは、気が進まないが仕方がない。


「ありがとう」


「気にするな、着てるのがそれだけじゃ、心許ないだろ。ユニクロでも探すか?」

「大丈夫」


 そう言うと女は、男達が脱ぎ散らかした服を着始めた。意外とワイルドだな。

  服を着た女の様子を見ると、かなり興味が湧いた。容姿は平凡で、特別美人というわけではない。会ったことはないが、どこがで見たことがある顔という感じだ。歳は十八から二十の間ぐらいだろうか。興味が湧いたのは、目だ。いつも鏡の前で見ている、死んだ魚のような目に、そっくりなのだ。この女も俺と同類、なんならこの女の方が暗い過去を持っている。同類なら理解し合えるかもしれない。


「名前は何ていうんだ?」


「多村 望」


「で、なんでこんな所に一人で居たんだよ?」


「それは・・・」


 望は少し言い淀む。


「別に言いたくないなら、言わなくていい」


「死ぬときぐらいは、自由になりたかった」


 一度、声を発すると、何か詰まっていたものを吐き出すように、望は言葉を続ける。

「分かる?たまたま血の繋がりがあるだけで、大っ嫌いな奴らと離れらない苦しみが」

 半袖のシャツから見える肌には、男につけられた、ものとは違う、古い痣がいくつも見える。


「最後には人類滅亡のニュースを見て、一家心中をしようとして、女の方が私のことを首を絞めてきた。本当にふざけてると思わない?」


「あ、ああ・・・」


「でも、私は生きていた。あいつらの首吊り死体を見たときは、うれしすぎて、感情がコントロール出来なかったぐらいよ」


 思った以上にハードな人生を送っていることに、驚く。


「で、自由を求めて外に出たらあのざま、笑えるでしょ」


 望は自虐気味に笑った。


「本当にありがとうね。あのままだったら死んでだろうし」


「これから、どうするんだ?」


「人類が終わるまで、自由を満喫するわ。まあ、自由と言っても、何をすればいいのか分からないけど」


「また、襲われるぞ。絶望で頭がおかしくなった奴が多いからな」


 そう言うと、望は困ったような顔を見せる。


「行くところが無いなら、俺のところに来るか?」

「なんで?」


 あからさまに警戒される。さっきあんな目にあったばかりだ、しょうがないだろう。だが、どうすれば、警戒を解いてくれるだろうか。


「俺は今までの人生、ずっと一人だった。だけど、最後まで一人は嫌なんだ。最後ぐらいは、誰かと一緒に居たい」


 自分の願望を少しオブラートに包んで話す。考えた結果、出した答えがこれだった。本当は愛されてみたいというのが本音だが、初対面の人間にそこま求めるのは、やはり気恥ずかしいものがある。


「変なことしないなら、いいよ」


「いいのか?」


「私も、死ぬまでに一度でいいから普通に過ごしてみたい。このまま、街を放浪したところで襲われるか、何もできずに、最後のときを迎えるだけだろうし」


 心の中に、温かいものが溢れて出してくる。何か、救われた気分だ。


「そんなにうれしいの?」


 気づいたら、次は俺が涙を流していた。そんなに誰かと居たかったのかと自分でも驚くほどだ。


「貴方も貴方で大変だったのね」


「君ほどじゃないさ」


 それから、傷を舐め合うように笑いあった。



 さすがに男の衣服をそのまま着させておくわけにもいかない。途中で見つけた適当な服屋に寄った。店内は、やはり無人で、照明もついていない。薄暗い店内を二人で歩く。


「そういえば、貴方の名前、聞いてなかったわね」


 名前か、確かに教えてなかったな。


「私も教えたのに、貴方だけズルいわ」


「田中 博之だ」


「博之ね」


 望は俺と会話しながらも、目を輝かせ、気にいった衣服をカゴに入れていく。


「どう、こんなの可愛いと思わない?」


 望が白のフリフリが着いた服を、見せてくる。


「服なんてなんでもいいだろ。それに多い、二着で充分だ」


「貴方、女心には疎いのね」


「は?」


 心外なことを言われ、思わず変な声が出てしまった。


「ねえ、試着室行ってきていい?」


 望の服を決めるのは、まだ時間がかかりそうだ。


 服を決め、帰路につく。店の外に出ると、恐ろしく感じるほど、真っ赤な夕日が上がっていた。荒廃した街と合わせて見ると、ハリウッド映画のワンシーンのようだ。時刻は午後五時二十四分、残りあと十七時間足らずか。

 望の様子を見ると、人類の滅亡など知ったことではないと言わんばかりに、服屋から拝借してきた衣服を着て、うれしそうにステップを踏んでいる。


「ねえ、夕食はカレーがいいな」


「却下だ。家に材料がないし、そもそもあっても作り方が分からん」


「材料なんて途中でスーパーにでも寄ったらいくらでも手に入るし、作り方はパッケージの裏にでも書いているでしょ」


 言われてみればそうだが、最後の晩餐がカレーというのは寂しい感じがする。だが、豪華な料理を食べようとしても、何処も店なんて開いていないだろうだろう。


「反対なら、何か他に食べたいのあるの?」


「もっと何かあるだろ」


「特にないならカレーでいいでしょ」


 反論出来ない。確かに、特にリクエストがあるわけではない。


「わかった。カレーだな」


「やったー」


 望は子供のように、無邪気に喜んだ。

 


  材料を手に入れ、自分の部屋に着く。なんだかすごく疲れた。惰眠を貪りたい気分だ。


「さ、カレー作りましょうか」


「君は疲れないのか?」


「時間は有限よ。お腹も空いたから、早く食べたいし」


 重い身体を引きづって、台所に行く。

  包丁なんて長い間握っていない。野菜の切り方など、もちろん知るはずもない。人参や玉ねぎなどを切ってみるが、かなり不恰好な形になってしまう。望の方はもっと酷い。最初は人参の皮すら剥かず、切ろうとしていた。


「料理って意外に難しいのね」


 野菜を煮込んでいるときに、望が言葉を漏らした。


「野菜を切るのは難しいが、後はカレー粉を入れるだけだ」


「そうなの。それなら簡単ね」


 カレールーを入れ、何分か煮込む。カレーのいい匂いが部屋を満たす。そんな匂いを嗅いでいると、自然と腹が減ってきた。

 できたカレーは水のように、薄かった。うまそうなのは、匂いだけだ。最後の晩餐が、こんな味のないカレーなことに、軽くショックを覚える。


「まずい・・・」


「水を入れ過ぎたか」


「カレールーを入れるだけだから簡単って、言ったじゃない」


 残すのはもったいないので、水のようなカレーを無理やり口に流し込む。


「君の入れた水が、多すぎたんじゃないか」


「やっぱり多かったかな、ごめん」


 望が申し訳なさそうな表情になる。

「ふふっ・・・」


 そんな望の表情を見ていると、面白くて、笑ってしまった。


「いや、誰かと一緒に食事をするなんて、何年ぶりだろうと思ってな」


「私は初めてよ」


 他愛もない話をしながら、カレーを食べた。味は最悪だが、人生で一番楽しい食事だった。

  そこから、家にあったトランプをした。子供に戻ったような気分だ。


「貴方、トランプ強いわね」


「君が弱すぎるだけだ」


 望はとにかく弱かった。ポーカーや大富豪はもちろん、運勝負のババ抜きですら、負けなかった。


「もう一度勝負よ」


「まだ、やるのか?」


「ええ、このまま負けっぱなしじゃ嫌だもの」


 やる気とは裏腹に、望は眠そうに、大欠伸をする。


「眠いんだろ?」


「いいえ、まだ起きていられるわ」


 時刻は午後十一時三十五分、俺もいい加減限界だ。残された時間を睡眠に使うのは少し抵抗もあるが、致し方ない。望もかなり疲れたようで、半目を開け、なんとか起きているような状態だ。


「こんな状態でトランプなんかやっても、楽しくないだろ。ゆっくり寝て、最高のコンディションで再戦した方がいいだろ?」


 適当な理由をつけて、睡眠を取るように仕向ける。


「それもそうね、分かったわ。明日は絶対に負けないわ」


 望は案外、扱いやすいらしい。

  望にはベッドを譲った。地べたに女を寝かすのは、抵抗があった。


「ベッド貰っても良かったの?」


「ああ、気にするな」


「ありがとう」


 その言葉を最後に、部屋には沈黙が訪れる。電気は消したが、街灯の光が窓から漏れているので、目を開けると部屋の様子が薄っすらと見える。目蓋を開けたり、閉じたりしていると、やはり疲れていたらしく、望の寝息が聞こえてきた。一定のリズムを刻んでいる呼吸に意識を向けると、精神が落ち着き、心地の良い睡魔に襲われる。横に人がいるだけで、こんなにもいつもと違うことに驚きを感じる。睡魔に抗うのも限界になり、そのまま意識を落とした。



  朝、目を覚ましてすぐに時間を確認する。最悪もう死んでいて、今は死後の世界という可能性もある。時間は八時だった。


「やっと起きたのね」


 以外にも望は既に起きていて、鍋を煮込んでいる。


「朝食でも作っているのか?」


「そうよ、昨日は失敗したからね。悔しいじゃない」


「そうか」


 味噌汁の味は、予想通りあまり美味くはなかった。だが、人生で二回目の料理でここまで出来るなら、才能はあるのだろう。


「やっぱり、美味しくないわね」


「そうだな」


 後、人類も二時間で終わる。そう考えると不安になる。俺は結局、誰かを愛することが出来たのだろうか。一日では分からない、もっと時間をかけて確かめたい。望は俺のことをどう思ってくれてるだろうか。


「元気ないわね」


「君は本当に自分の願いが叶ったのかどうかと、不安にはならないのか?」


「まだ、願いは叶ってないけど、不安にはならないのわ」


「え?」


 さも、当たり前のように望は答えた。


「私はさ、最初は一日だけ自由を満喫出来たら、それで十分だと思ってた。生まれたときから人並みの幸せなんて望めないって、諦めてたし。だけど、貴方と過ごして、今はもっとこの時間を長く続けたいと思った」


「時間と言っても、後二時間しかないんだぞ。二時間経ったら、それで全て終わりだ。諦めろ」


「私、いや私達ってさ、ずっと何処かで、そうやって幸せになることを諦めていたんじゃないかな」


 望の言葉が心に刺さる。


「私もアイツらから逃げるのを諦めて、ずっと服従してた。結局、解放されたのも、自分の意思じゃない。でも偶々手に入れた、このチャンスを手放したくない。もう幸せになることを諦めたくなの」


「だから、隕石が落ちてこようが、私は絶対に生き残って幸せになってやる。絶対に諦めない」


「貴方はどうなの?誰かと最後のときを、一緒にいたいってやつあれは嘘じゃないけど、本心じゃない。そうじゃなかったら、私といる時点で願いは叶ってるしね」


 俺が本当にしたかったことは決まっている。


「俺は君に・・・」


 そのとき、俺の言葉を隣に住む女の悲鳴が遮った。そのあと、火薬が破裂したような音が聞こえたた。

 普通は花火の音だと思うような音。しかし、俺の頭の中には、昨日見つけた射殺された死体がよぎった。拳銃を持った殺人鬼が近くにいるかもしれない、そんな考えが頭を駆け巡る。

「隠れろ」

「どうしたのよ、いきなり」

「拳銃を持った殺人鬼がいるんだよ」

「え!」

 俺の部屋は一階の二部屋目、順番的に次は俺の部屋だ。懐に包丁を忍ばせ、クローゼットに隠れる。

 こんなボロアパートだ。外に誰かが歩いたら、足音が聞こえる。足音が俺の部屋の前で止まった。殺人鬼がドアノブを何度か回すが、鍵はかかっているため、ドアは開かない。諦めてくれることを祈るが、そんな神は甘くない。二度の発砲音が鳴り響く。もちろん、銃弾に耐えれるようなドアではない。ゆっくりとドアが開く。殺人鬼の正体は普段なら、市民の味方であるはずの警官だった。

 息を殺し、殺人鬼が隙を見せるのを待つ。だが、そんな俺を嘲笑うように、殺人鬼はこちらを見る。


「僕ね、勘だけはいいんだ、そこにいるんだよね。出てきなよ」


 殺人鬼が俺にそう言った後、銃弾をこちらに向けて撃つ。弾は俺のいるすぐ横に着弾した。隠れるのは限界か、横を見ると望は小さくなって震えている。


「待って、撃たないでくれ」


 手を挙げて、クローゼットから出る。


「もう一人いるだろ、僕の目は誤魔化せないよ」


「俺一人だけだ」


「じゃあ、こう言うね。もう一人出ないと、この人殺しちゃうよ」


 望が手を挙げながら、クローゼットから出てくる。


「なんで出てきた!」


「貴方を見捨てるなんてできないでしょ!」


 クソっ!どうする?どうすればいい。


「どうして、こんなことをするんだ?お前、警官だろ」


 意味があるかは分からないが、とりあえず時間稼ぎをする。


「ずっと僕はさ、ずっと警官になって誰かを拳銃で撃ち殺してみたかったんだよ。でも、実際なってみるとさ、弾を一発撃つだけで、いちいち理由書を書かないといけない。しかも、不適切だと判断されたら懲戒免職、下手すれば逮捕される。だけど、今ならそんな縛りはない。堂々と使うことが出来る。だからね、僕が街を見ていて、殺しても問題ない、いらないと思う人間を撃ち殺していっているんだ」


 いらない人間か、確かにそうかもしれない。生まれてこの方、誰かに必要とされたことがない。そんな人間に存在価値はあるのだろうか。


「ふざけてんじゃないわよ!」


 望の怒号が部屋に響く。


「なんで、あんたがかってに人の価値を決めてるの?どんなに他人から必要とされてなくたって、博之は博之なりに不器用でも、頑張って生きてきた。それを、あんたの物差しで勝手に測って、いらない人間だから殺してもいい?そんなの絶対におかしいわ!」


 そんなことを他人から言われたのは、初めてだった。その言葉だけで今までの人生の全てが、報われるような気がした。


「うるさいな、そこの女。まあいいや、君から殺そう」


 殺人鬼は望に銃口を向け、引き金を引こうとする。


「望!」


 とっさに望の体を突き飛ばした。倒れた望の様子を見ると、少し擦り傷を負ったようだが、弾丸は当たっていない。無事でよかったと、胸をなで下ろす。


「ひ、博之…」


 望が驚愕したような顔で、こちらを見てくる。何だよその顔、もっと喜んでくれてもいいだろ。そんなことを考えていると、脇腹にまるで真っ赤になった鉄を、押さえつけられているような感覚に襲われた。脇腹と見ると大量の血が溢れ出している。


「なんだよこれ?」


 足に力が入らなくなり、その場に倒れてしまう。


「ハッハ!まさか、そっちに当たるとは思わなかったな。寂しくないように、女の方もそっちに送ってあげるよ」


 一歩一歩、近づいてくる殺人鬼に対して、望は家中にある物を投げつける。


「さっさと起きなさいよ、博之!」


 意識が遠のいていく、俺は死ぬのか。だが、ここで死んだら、望もこのまま撃たれてしまう。殺人鬼は俺が動かないと思ってこちらに意識を向けていない。最後の気力を振り絞り、懐の包丁を持って、殺人鬼に飛び掛かる。


「何だよお前!」


 殺人鬼は俺を振り解こうとするが、その前に首を掻っ切ってやった。

 力尽き、殺人鬼と共に倒れこむ。すると、望がこちらに走ってきた。


「今、血を止めるから動かないで!」


「もう、む..り...だ。」


「何言ってるの!」


 望が涙を流しながら、傷口にタオルを押しあてる。


「お…れの本当の…ね‥がいは、誰かに愛されたかった」


「私に恋人になって欲しかったってこと?」


「関係な…んて..なんでも…いい。ただ、誰かに…愛され…たかった」


「たった一日で愛せなんて言われても無理よ。だから、これから、本当に博之を愛せるまで、一緒に居たい」


 目の前の景色がだんだん白くなっていく。そうだよな、一日じゃ、さすがに無理があるよな。俺も望を愛しているかと聞かれれば、素直に首を縦に振ることができない。まだ、死にたくないな


「お願いだから、生きることを諦めないでよ...」


 懇願するように望が言ってくる。自分じゃどうしようもないだろと思うが、まだ俺も死にたくない。絶対に生き残ってやる、俺は心の中で決意する。


「そう…だよ‥な、俺は…絶対に生き残る。そう..したら‥一緒に…居てく…れるんだよな」


「もちろんよ、だから頑張って!」


 意識が白い靄の中に吸い込まれていく。時計を見ると、時刻は午前九時半、残りは三十分というところか。結局のところ、たった一日で愛を知ることなんて、できなかった。だから、この先も生きて探し続ける。だから、今だけはこの白い靄に意識を預ける、絶対に戻ってくることを誓って。


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