✞ Ⅱ. 死んだ色
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中川さんが教室で首を吊って自殺をした日の次の日の昼休み。私はいつも通り、教室の隅っこで、コンビニで買ったおにぎりを鳥みたいに啄んでいた。
ただいつもと違うのは、中川さんが居ないって事。
一昨日の中川さんのお弁当は、確か卵焼きとハンバーグが入ってた。いつもコンビニ弁当の私が「美味しそうだね」って言ったら、中川さんははにかんで「これ、私が作ったの。」って言ってた。確か中川さんのお母さんは体が弱いんだっけ。だから中川さんはバイトしながら、家事もお母さんのお世話もしてるんだっけ。……あ、してたんだって。
なんて一昨日の事を思い出してたら、授業中ずっと抑えていた分の涙が、一気に溢れてきた。
そうだよ、一昨日までは生きてたじゃん。何で死んじゃうの? 何で死んじゃったの?
昨日だって教師に強制的に帰された後、家で脱水症状になるまで泣いたじゃん。もう頭の中に渦巻いた色んな感情が全部流れ出るくらい。
それなのに、涙ってまだ涸れない。いい加減早く止まれよ。もうやだ。泣いたって中川さんは戻ってこないのに。
もう何をしたって、中川さんは生き返られない。私が「手紙、ありがとう」って伝える事も、中川さんのあの恥ずかしそうな笑顔を見る事も。全部全部、もう記憶の中でしか見る事が出来なくなっちゃったんだ。
……中川さんだけじゃない。×××も――
急にクラスメイト達が憎たらしく思えて、私は教室中を睨んだ。教室中が真っ黒に見える。
全部コイツらのせいだ。中川さんが死んだのは、全部お前らのせいなんだよ。
お前ら全員の命を合わせても、中川さんの命の重さには敵わないよ、きっと。
そう思いながら教室の端から端まで視線を移動させていると、一部のクラスメイト達が、教室から居なくなっている事に気が付いた。
居ない子達には、共通点がある。
……そういうことか。
私は自分にも聞こえないくらいの小さい小さい声で呟いてから、ガタンと音を立てて立ち上がった。クラスメイト達の肩がびくっと跳ねて、私から視線を逸らした。たらちらこっちを見てる奴も居るけど、そんなのどうでもいい。害虫が何をしようと、私には関係ない。
私に害を与えないならね。
私はその害虫を他所目に、教室を飛び出した。
あの子達が居る場所は何となく予想出来る。
だって、よくあそこで、色ーんな事をやってたんだもんね。
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「__……」
「__……」
「__……」
やっぱり、思った通りだった。
うさぎ小屋がある学校の裏庭から、ごにょごにょと話し声が聞こえてきた。
気付かれないようにそろそろと近付いて、校舎の壁に隠れながら、そっと耳を傾けてみる。
「中川自殺ってやばくない?」
「しかも教室でやったんでしょ……」
「警察とか来たらやばくない?」
「どうしよう……」
「確実にヤバいよね、遺書とかも残してたみたいだしさぁ」
「絶対私らに恨みがあるよね」
なんて、勝手に怖がってた。
自業自得の癖に。中川さんの方が何倍も怖かったに決まってる。
「てゆーかさぁ」
もう聞き飽きたくらい聞いてる気色悪い低い声が、直接頭の中に聞こえてきた。
何度もハウリングしながら、少しずつ小さくなっていく。
「まじ迷惑じゃない?」
――え?
今、何て?
私は耳を疑った。え、迷惑? お前が生きてると迷惑なんだよって言ってた癖に、今度は死んだらそれが迷惑だと?
私は壁から顔を半分だけ出して、そいつらを睨み付けた。目が痛い。
「だよねー、死んでも迷惑しか掛けられないんだね」
「元々悪いのはあいつじゃん」
「普通におかしいと思う」
何、何言ってんの、この人たち。
中川さんが、迷惑?
中川さんが、悪い??
中川さんが、おかしい???
私は耐えられなくなって、その場から逃げた。このままアイツらの首を絞めてやっても良かったんだけど、今はまだ早すぎる気がして。
でも、もうどうしようもないくらいのドロドロした感情が私の中を埋め尽くしていて、私は冷静にはなれなかった。
そりゃそうだよ。だって、大切な人が死んだんだ。
事故とか病死ならまだ認められたかもしれない。でも、中川さんは自分の意思で死んだんだ。あのクラスメイトの様子じゃ、無理矢理自殺させられたっていう訳ではないみたいだし。
そうだよ、自殺したっておかしくないような事をされてきたんだもん。中川さんは、ずっとずっと耐えてきてた。だから私も、中川さんは大丈夫なんだって過信して、崖っぷちまで追い詰められていた事に気付いてあげ――
涙はもう、出てこなかった。
中川さんの苦しみに気付いてあげられなかった自分に、中川さんの為に泣く資格なんてない。
空を見上げると、青々とした透き通った色の中に、ぽっかりと白い雲が浮かんでいた。
人が死んだっていうのに、空が綺麗なのが憎たらしい。
いっそのこと、濁った血色にでもなればいいのに。
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