ある昼下がりの出来事
なんだこれは。そう思わざるを得なかった。
『たかし君は秒速一万キロメートルの速さで重力圏を離脱し地球から六百光年離れたベテルギウス星まで直進しました。到着まで何年かかるでしょう。ただし光の速さは秒速三十万キロメートルとする。またたかし君の能力により重力の影響は考えなくてもよいとする。』
もう一度見返しても、この狂気的な文章は何一つ変わらなかった。むしろより一層動揺するだけ。俺はなんとも言えない顔を親友である小太りの男、堀田に向けた。すると彼はそれをどう受け取ったのか、訳知り顔で語り始める。
「あー、それなあ。これって国語の問題もあるから縦書きでさ、だから本当は普通に書きたいんだけど漢数字なのも仕方無いっていうか。な、分かるだろ?」
全く分からないし、俺が聞きたいのはそこではない。
「そうじゃなくて。突然俺の部屋に押し掛けてきて、感想教えろって言われたのが、この怪文書って、俺はどうすればいいんだ?」
奴は俺の言葉にその太い眉を歪め、ふて腐れたように信じたくなかった真実を言い放つ。
「違えよ。テストだよ、小学校の」
何ということだろうか。いつの間にかに常識破綻者が小学校教師を勤められる時代が到来していたのか。いやもしかしたらたかし君とやらは宇宙船の名前なのかもしれない。それならまだ信じられなくない可能性が微粒子レベルで存在するようなしないような。そんなことを奴に言ったら、得心がいったようで、
「そっか、たかし君の方か」
と頷かれた。
「たかし君も昔は普通の小学生男子だったんだ」
その発言からすると、今のたかし君はアブノーマルなように聞こえるのだが。
「確か俺が問題設定ミスってたかし君が高速移動するようになったからだっけな、それが生徒にやたら受けてさ、俺もヒートアップしちゃったという訳よ。気づけば他の先生、教科も巻き込んでたかし君が魔改造されていってな。今やたかし君は地を駆け空を飛び確率も重力も操る不死身の少年なんだ。生徒たちにも大人気だぞ」
もう俺も苦笑いするしかなかった。そうか、これは先生「達」の情熱が斜め上に突き抜けていった結果だったのか。
俺は覚悟を決めて異様にぶ厚い問題用紙『五年生一学期算数・国語・理科・生活複合総合テスト』の次のページをめくった。