3.新米調剤師
3話目です。
一度目の模擬戦の後、僕の生活は少し賑やかになった。
カルネに来て二年間、脇目も振らず道場中心の生活を送って来た。
コレージュで知り合いは出来たが、友人は道場関係のみだった。
今年は最終学年という事もあり、みんな忙しい中にも、他者との交流を持とうとする雰囲気がある。
模擬戦で話題の幅が広がったことも大きい。
だが、そのような中、異彩を放っているのが、ルジェルの周りである。
何故か、おっさん率が高い。
本草学など、一般の者も受ける事が出来る授業もあることはあるが、今まで、それほど多くは無かった。
今年に限って、冒険者っぽい人が、多いのだ。(ルジェルがいるなら俺も~・・・てか。)
因みに、本草学の授業はランベルト先生で、彼らがコレージュ在学中も、ランベルト先生だったらしい。(その時に学んどけよ。)
「バトラー・ランベルト未だ居たのかよぅ。」
「幾つだ。変わってねぇー。」
ルジェルは寮で、ランベルト先生の蔵書を学んでいるらしく、授業では、助手の様なことをしている。
教室の一番後ろの席で、ノートも取らず、授業を受けているオヤジ共。
はっきり言って、ウザい。
「現場で呑気にノートなど見てられるか」とのことで、必要なところだけ、頭に叩き込んでいる・・・みたいだ。
偶に、知らない植物を持って来ては、質問をしている。
僕らとしても、カルネ近辺の植生を知る上で、とても役に立つ。
写真や絵と、実物は違うのだ。
持ってきた植物や鉱物等々は、そのまま錬金の実習に使われる。
錬金と言っても、調剤がメインで、初級回復薬が生成出来れば、合格である。
重要なのは、主材料、副材料の無い状態で、代替えの材料を用い、如何に目的に合う品を、作れるかである。
錬金メンバーの中でも、住み分けは出来ているようで、一般的な材料は他の生徒、マニアックな素材は、ルジェルが扱うらしい。
作ると、効能を知りたくなるのが人情で、みんなに、ばら撒いている。
データを取っているらしく、後で体調をしつこく聞いてくる。
ランベルト先生のチェックが入っているので、おかしな物は飲まされていない・・・はずだ。
道場でヘトヘトになる僕にとって、回復薬は有りがたい。
回復の主成分は、糖類とクエン酸で、速効性の付与魔法が掛けてある。
決して、欠損部位が生えてくるような代物ではない。
偶に、何やら怪しげな薬(媚薬(笑))も、試作しているようだ。
オヤジ共が、ハイランドエルクの角(に似た物)や、咬みつきタートルの肝(に似た物)や、エレクトリックイール(に似た物)等を、ルジェルに渡して、悪い顔をしていた。
怪しげな薬(媚薬(笑))の効能のデータを、いつ取っているのかは、秘密らしい。
ただ、回復薬の製造では、理解できなかった%(割合)と純度の概念の必要性を、怪しげな薬(媚薬(笑))を試行錯誤している内に、理解出来るようになったらしい。
(パソコンの苦手な人が、ネットの十八禁動画で、マスターするのと同じだろうか。)
彼が研究者の目で、我々を観察している時、我々は一服盛られているのだろう。
殆どの場合、回復薬なので大事には、至らず寧ろ歓迎されている。
怪しげな薬(媚薬(笑))の生成に対し、ランベルト先生は、『錬金を志す若者が一度は通る道だ』と目を細めるだけだった。
相変わらず、どこかの貴族の筆頭執事のような佇まいのままゆったりしている。
おっさんから小僧まで、世の男どもは怪しげな薬に対し寛大だった。
エビの様に腰を曲げたり、鼻血を出す者もいたが寛大であった。
その反面、女性への受けは悪かった。
特に、リリアーヌとマルティナは、実力行使で止めにきた。
「なんてもの作るのよぉ。没収よ。」何故か僕までに叱られている。
「あなた達コンビでしょ」
マルティナが飲んだ薬が当りで、動悸が激しくなり、身体が熱くなったらしい。
「変なもの入ってないよ」
「だったら成分レシピ教えなさいよ」
「やだ」
リリアーヌも錬金を学んでいるので、成分レシピを聞けば、判断できるらしい。
ルジェルは、苦労して開発したレシピを、教えたがらない。
2人掛りで、ルジェルを捕まえようとする。
マルティナは、剣士を目指す女の子で、背は僕と同じくらいある。
足はルジェルより早いだろう。
一つ年下のリリアーヌは魔法が使える。
軽く肘を曲げた状態で、上に向けた人差し指の周りを、小さな炎が回っている。
実は、女子でありながら、ナンバーワンの模擬戦コンビだ。
「ルジェル君捕まえるの、手伝ってくれたら、関係無い事認めてあげる。」
是非もなし、である。『ルジェルすまん』
あっさり捕まえて、ルジェルにレシピを吐かせ確認する。(確認するのはリリアーヌだが。)
「強壮剤とカプサイシン・・・辛みを付与魔法でうまく取り除いてる。
大丈夫なのは分ったけど、女の子に飲ませちゃだめ、
動悸が激しくなるのを、カン違いする子もいるでしょ。」
結局、変な薬で無い事は、納得してもらえたが、怪しげな薬の製造は中止となった。(表向き)
オヤジ共は、強壮剤で雰囲気を楽しむらしい。『それで女性とうまくいった』という話は聞かない。
とにかく、錬金系の生徒が練習で作った回復系の薬を、剣士系の生徒や、仕事で疲れた生徒(一部冒険者)が飲み疲れを癒す。
この需要と供給の図式は、多少紛い物が混じろうと、止まらないのである。
オヤジ共が、怪しげな素材を、こっそりルジェルに渡す行為は、無くならないのである。
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練習で作られる薬について、誰も話題にしなくなったころ、一人の女性がコレージュにやって来た。
ケバイ感じのおばさんだ。
ランベルト先生と話している。
「こちらで作っている回復薬、飲み過ぎた次の日に丁度いいの、
お店で売っていないみたいだし、定期的に分けて下さらない。」
「滋養強壮の薬は調合出来ますが、奥様が御使用されたのは、私の手による物ではありません。
その者、今日は牧場に寄ってから来ますので、今しばらくお待ち頂くこととなります。」
「お店の時間まで、未だ充分時間がありますので、待たせて頂きます。」
コレージュの応接室に移動し、待つ事になった。(何故か僕まで)
「グレン君、ルジェル君はまだかね?」
「今日は、見てません。」
「えっ、ルジェル! ルジェルってあの・・・」
おばさんは心なしかソワソワしているようだ。
しばらくして、応接室のドアが開き、ルジェルが入って来た。
「ルジェルちゃん・・あなたが、ルジェルちゃんなの?・・・ごめんなさい・・・ルシアンを許してあげて。」
おばさんは、ルジェルに駆け寄り、抱きしめながらそう言った。(はなしが見えない。)
ルジェルは、一瞬目を大きく見開いた後、状況を理解したのか、無表情になり
「おばさん?・・・・そっか。」
「ルジェルちゃん、寂しかったでしょ。心細かったでしょ。お姉さんと一緒に住む?」
「大丈夫。みんないるから寂しくないし。ギルドも登録したし。一人でも大丈夫。」
「ランベルト先生、この子の後見は?」
「教会行きには、忍びなかったので、私が後見しております。」
「今後は、私が後見人ということで、よろしいでしょうか?」
「構いませんが、彼の事は弟子の様に思っておりますので、私もそのままでお願いします。」
・・・そんなこんなで・・・・
しばらくして、おばさんは、目の回りの化粧が崩れ、ヤバい状態で帰って行った。
そして、薬は予備が無かったので、作り次第に届ける事となった。
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2日後に完成し彼女のお店に届ける事となった。
何故かランベルト先生に頼まれ、僕も付き添いで、お店に向かっている。
お店は、冒険者ギルドに近い飲み屋街に在り、名前は『木漏れ日の花かんざし』、3軒長屋の右側で他の2件は食べ物屋だった。
中に入ると、カウンタにテーブル席が5席、いわゆるスナックだ。
そのまま奥へ通される。
「ママー、お客さんよー。多分、ルジェちゃん。 しかも二人。」
「ばかねぇ、ちっちゃくて可愛い私のルジェちゃんは、ただ一人よ。」
「ルジェちゃん早速来てくれたの。お姉さんうれしいは。細マッチョのお兄さんもありがとう。」
奥は、控え室で3名ほど店員の女の子が寛いでいる。
下着姿の子もいるが、僕等が入っても、全く動じない。
目のやり場に困っていると、早速からまれる。
「お兄さん顔が赤いけど、こういうお店初めて?細マッチョ触ってもいい?」
(って、もう触ってるし。胸あたってるし。)
「あんた、あたしが目付けてんだから、ちょっかい出さないでよ。」
「ママにはルジェちゃんがいるじゃない。」
「うるさいわね、私は欲張りな女なの。」
「年下の男の子なんて初めてなんだから、ママ相手でも遠慮しないわよ。」
などと、グダグダになりかけた雰囲気を、ルジェルの不用意な一言が引き裂いた。
「おばさんこれ。約束の薬。」・・・・・一瞬で氷点直下だ。
「ルジェちゃん、 お姉さんの名前は、ルイーゼっていうの。
この前は、柄にも無く取り乱して、名乗って無かったわよね。
ルイーゼお姉さんって呼んでくれる。
何ならお姉さんでもママでもいいわよ。」とルジェルの頬を、左右に引っ張りながら言う。
「ルイーゼでもいい?」
「年下の男の子に、呼び捨て!!・・・新鮮だわー」
機嫌は直ったようだ。流石、おば様キラー恐るべし。
薬は、定期的に持って行くことになった。
態々辛さを取り除く必要は無いらしく、色んな味が有る方がうけるらしい。
「お代は?」
「材料代タダだし、練習だからいらない。」
「じゃあ、ジュースやノンアルコール、お隣から出前も取れるし、サービスしちゃう。」
御馳走になって、ギルド方向に帰る。
(沢山の料理が出ただけで、大人のサービスがあったわけではない。念の為。)
多分、薬はどうでもよかったんだ。
ルジェルに会う、定期的に会う口実がほしかったのだ。
新米調剤師が、有り合わせで作る薬の効能など、タカが知れてる。
それが、分っているからルジェルは、薬代をタダにしたのだ。
「おまえって、わかって無い様で、よくわかっているよなあ。」
「何が?」
「んー」
「だから何が?」
「んー」
ルイーゼさんがルジェルの為に必死になり、周りの女の子も、ルジェルを温かく迎える。
ルシアンて言う人。多分ルジェルのお母さん。
あのお店の中で、結構好かれていたのだろう。
そう思いたい。
主人公がどっちか分らなくなってます。