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Starry Pandemonium  作者: 焼肉の歯車
第一編 灰色の胎動
8/21

回想二

 ――熱い。


 返り血を浴び全身を深紅に染め上げた少女は、ただ独り、骸の山の頂上で空を見上げていた。

 周囲には四肢や頭部を欠損した無数の死体が転がっており、死体が山を築いていた。山から石造りの地面へと夥しい量の血液が流れ出しており、赤くない場所を探す方が難しかった。

 屍山血河がまさしく具現化していた。

 つい五分前に消し飛ばされた少女の顔の右半分が再生を始めているが、彼女はそこに頓着していない。


「あーあ、やってしまったな」


 その一言に、どれほどの後悔が詰められていたのだろうか。純真であった少女の瞳からは光が消え、鮮やかなルビー色の瞳は眼前の(おぞ)ましい赤色を反射していた。

 手のひらには肉を裂いた感覚が残っている。

 足の裏には頭蓋を砕いた感触が残っている。

 体内の血液は惨殺の大魔術を発動した余韻に未だ浸ったままで、僅かに熱を帯びていた。

 血のシャワーを浴びた少女が見つめる先は無数の死体、死体、死体であり、同時に血の海だ。


 そこでふと、右足で踏みつけていた死体を見た。

 まだ、年端もいかない女の子だった。見た目だけで判断すればクリスとそう変わらない。そんな少女が、自分を殺すために刃を振るってきて、反射的に右手を突き出して心臓を抉った。

 左足に目を向けると、まだ年若い男が憎悪を貼り付けた顔でこちらを見ていた。当然死んでいるが、死んでなお殺意は消えていないように感じる。この男は頭の上部が切り飛ばされていた。クリスが手刀で頭を上下に断ち切ったのだ。

 十メートルほど離れた所には、半径五十メートルはあろうかという巨大な岩の下に大量の肉が埋まっているのが見えた。


 覚えている。

 覚えている、覚えている、覚えている。

 全部覚えている。


 最初は単なる正義感だった。強姦や殺人を繰り返す非道な魔術結社を叩き潰して、そしてこの街を去るつもりだった。

 だけど、この街は狂っていた。全員が全員殺す技術を持っていて、何よりもあの魔術結社はこの街の深くまで根を張っていた。

 結社の魔術師によって強姦された女は皆体内に魔虫を埋め込まれており、己たちが滅ぼうとも、魔虫を媒介にして洗脳魔術を発動し、ある大願を成就させようとしていた。

 それは、この街を儀式場にしての魔獣の召喚であった。黙示録にて言及される『獣』の一体を召喚しようという試みだったのだ。

『教会』の名を借りなければ何もできない弱小の結社でありながら、執念だけは異常であった。


 それでも、成功することはなかっただろう。

 だが成り損ないであろうとも、『獣』が現れれば国が一つ滅ぶこともありえた。クリス一人で討伐することは可能だったが、その戦闘で何万の命が失われるか分かったものでない。


 だから、まずは強姦の被害者たちを殺した。

 だけど、彼女たちにもまた家族や愛すべき恋人がいて、だからその者達がクリスに復讐をしようとした。それも、出来るだけ殺さずに返り討ちにした。

 無用な殺傷は避けようと思っていたのだ。


 だけど。

 その圧倒的な力と残忍にも見える所業は、ただの少女を魔王へと変えていく。

 そんな時にこんな声が上がった。


 ――正義のために、あの魔王を打ち滅ぼすために、自分たちを犠牲にし『獣』の力を借りてでもあの悪魔を討滅しよう。


 それ以上は、譲歩できなかった。

 街の総意がそうなった。老いも若いも男も女も関係ない。全員が同意した。

 だから、もう殺すしかなかった。

『獣』を召喚させようとする街の住人を一人残らず捕まえてその四肢を八つ裂きにした。

 あの結社の思想に寄生された哀れな人々を全て。

 一人残らず殺し尽くした。


 ――もうこれで、私は赦されない。誰にも愛されない。救われることは諦めよう。もう二度と、あの日だまりに憧れることすらありえない。


 これから私が歩くのは何もない乾いた砂漠だ。草一本生えない無窮の荒野。道も無ければ太陽も昇らない。

 これからの人生は終わり続けて、死に続けるだけのものだ。


「だからもう、諦めよう。これ以上のこだわりには意味がない」


 そうして少女は歩き始めた。何もない不毛の土地を。


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