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Starry Pandemonium  作者: 焼肉の歯車
第二編 虚構騒乱
20/21

第一章 歩き出したその後 2.耐えられぬ敗北

 修人たちが乗った電車は、市外へ出るものだった。これまで修人は、己の服は市内のデパートへ行って買っていたのだが、今日はクリスの服を買うということなので、適当には済ませられない。よって隣の市にある、アパレルショップなどが建ち並ぶオシャレなスポットへ出掛けることにした。

 カップルや女子高生・女子大生が楽しそうに道を歩く中、幼女と二人手を繋ぐ修人とクリスは浮きまくっていると言えよう。


「なあ、これ……俺って凄く危ない奴じゃない?」

「吸血鬼だしな」

「そういうことじゃなくて」

「分かっている。だが、今さら何を後ろめたく思う必要がある。私たちの関係は私たちだけのものだ。余人にどう思われようが関係ないだろ」

「まあ、それはそうなんだけどさ……」

「それに、私を風俗街に連れて行ったこともある男が今さらそんな事を気にするな」

「そういうこと言うと勘違いする人が現れるでしょう!?」


 指を絡めて二人寄り添い、大勢の人たちの間を縫って歩いていると、ふとクリスが立ち止まった。

 吸血鬼の真祖らしい凄まじい膂力で無理やり引き留められた修人は、何事かと思いそちらへ目を向ける。見ればそこには、カラフルな可愛らしい看板に、大人気アイスクリームチェーン店の名前がプリントされているお店が。建物の中では、アルバイトのお姉さんたが可愛らしい笑顔でアイスクリームを渡していた。アイスが入れられている冷凍庫越しに商品を受け取る男の子が、キラキラとした瞳で受け取ったアイスを眺めている。


「なんだ、アイスクリーム食いたいのか?」

「ああ。実は千年間も生きていて、食ったことがないんだ」

「そっか」


 修人はそれだけ言って、クリスと共に店に入っていく。

 列に並ぶと、先ほどアイスクリームを渡していた人とは異なるお姉さんが、メニューを渡してくれた。


「すごいぞしゅうと。メニューが百個くらいあるぞ!」

「百個はなねえよ。ていうか興奮しすぎ、鼻血出ても知らないぞ」

「出るか!」


 ぎりぎりぎりぎり、とクリスが歯を食いしばり、怒りの表情を隠しもしないまま修人の頬をつねった。力いっぱい引っ張られる上に、『捻じり』を加えられたため、尋常でない痛みが頬を襲う。


「いだだっだだだだだだだだっだ!」

「仮にも女に向かって何たる口の利き方だよ、あぁん⁉」

「痛い! 痛い怖い酷い! やりすぎだって!」

「女に向かって鼻血出るとかいうからだ!」


 ちゃっかり繋いでいる手は離さない所がクリスらしいところではあるのだが、修人はそんなクリスの可愛らしいところにはつゆほども気付かず、ただただ頬の激痛に耐えていた。

 皮膚が千切れるのでは――と、白昼堂々、こんな昼間から、それもアイスクリーム店の中で吸血鬼の再生能力を発揮することを恐れた修人は、強硬手段に出た。


「おら!」

「いった――――ッッ!」

「お返しじゃあ!」


 ぎゅぅうう! とお返しとばかりに頬をつねるクリスの腕をつねった。


「お前しゅうと! コラ! ほんとに……ッ!」

「うるさいバカ! 痛いから離せバカ!」

「バカバカ言い過ぎだバカ! しゅうとの方ががバカだバカ!」

「うるせえ!」

「しゅうとがうるさい!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人は、確実に他の客に迷惑になっている。そのことに気付いた修人が一旦手を放すと、クリスもつられて手を放した。

 修人は頬をさすりながら涙目のまま息を吐いた。順番が回ってきたため、あらかじめ決めておいた商品を二つ注文する。クリスは少し悩んでいたが、それでもすぐに決めていた。

 お金を払い。商品を受け取ると適当に空いた席へ腰かけた。


「んー! 美味いなこれは!」

「そっか、それは良かった」

「すごいぞ! こう……とにかく凄く美味い!」

「食レポが出来ない人かよ」


 などと他愛もない雑談しながらアイスを食べていると、新たな来店客が店内へ入ってきた。

 一人はミルクに砂糖を融かしたかのような、少し毒々しさの感じる白髪を肩で切り揃えたボブカットの少女。髪は肩の辺りで切り揃えられている。

 もう一人は、天使の羽根のような、神聖さを感じさせるような白磁の髪を持つ少女だった。長い髪をツーサイドアップに結わえていた。


 両者共に白磁のような肌を持ち、端正な顔立ちをした少女だが、ボブカットの少女は少し活発な、どこか悪戯っぽい小悪魔のような印象を与えてくる。歳は中学生くらいだろうか。きわどいミニスカートのメイド服を身にまとっており、可愛らしいオーバーニーソックスとの組み合わせによって、透き通るように白い少女のふとももが大変なことになっていた。上半身はなぜか肩が切り抜かれているデザインで、おおよそ中学生がしていい服装とは思えないような、煽情的な衣装である。


 そしてもう一方の少女は、感情の起伏が薄い西洋人形のようにも、神に仕える天使のようにも見える少女だった。着ている白のワンピースが涼しげな印象を与えてくる。季節は冬だが、下に着ているカーディガンが防寒性に優れているのだろう。こちらは小学生のような容姿だが、修人は彼女が高校生であることを知っていた。


 白髪をツーサイドアップにまとめている少女は、天川白奈。風鳴修人の通う高校の一年生。つまりは後輩だった。

 修人と白奈が同時に互いを認識し、「ほぇ?」と間の抜けた声を上げた。

 突然のことに処理が追い付かない修人は、なんとも曖昧な表情のまま片手を上げた。


「あれ? お姉ちゃん知り合い? 彼氏?」

「ううん、学校の先輩。……というか、あの……」


 ボブカットの少女があっけらかんと尋ねるが、白奈はそれを訂正し、修人に向き直る。


「よ、よお、奇遇だな。……お前、こんな所で何してるんだよ」


 声を掛けると、白奈が返事をしようと栗を開きかけるが、少し驚いたようにビクッと肩を強張らせ、目を見開いて修人を見た。


「……な、んで」

「……? どうした?」

「あ、いえ……その、何も。お久しぶりですね、先輩」


 すると白奈は明確にクリスへと視線を向け、


「…………このご時世に、幼女と、デートですか? さすがの私も、その……」

「いや、待ってくれ頼む! それは大きな誤解だッ――――たぁああああああああッ!? 痛い! いった! おいクリス! お前いきなり脛を蹴るなよな!」

「ふんっ」


 白奈に対し己の無実を証明しようと立ち上がった修人は、脛に走った激痛に思わず叫んでしまった。脛を手で押さえ、片足で跳ぶ姿はとてもダサかった。


「とに、かく……誤解だ……」


 絞り出すような抗議の声も、白奈は聞いていなかった。ただただみっともない己の先輩の姿に、氷のように冷たい視線を送っていた。


「ロリコンだったんですね、先輩」

「誤解ッ――ぃっだあああああああッ! だから痛いってクリス! 何でいきなり不機嫌になってるんだよ!?」

「ふんっ!」


 どうやら本気で怒ってしまったらしい。よく分からないが、後で機嫌を直すために何かさらなるお菓子を買ってやる必要がありそうだ。


「とにかく、どうせあったなら一緒に食べるか」

「へ……? え、はあ……そうですね」


 修人が一緒にアイスを食べようと提案した。だが、なぜか思ったよりも歯切れの悪い返事が返って来る。


「? どうした? もしかして嫌か?」


 不思議に思った修人がごく自然に尋ねると、当の白奈は未だ困惑から抜けきらない様子で「いえ」と答え、さらに続けた。


「先輩から私を食事に誘うというのは、少し珍しいなと思って」

「ああ……まあ、そうか」


 確かに思い返してみれば、修人と白奈が共に食事をとる際は、白奈から修人を刺そうというのが一般的だった。それは、かつて修人が持っていた罪の意識から来るものなのだろうが、ある事件以来、これまでとは心境や行動が変わっていると、修人は己でも自覚していた。

 白奈が列に並び、その後ろをボブカットの少女がスキップをしながらその後ろに付いて行く。だが、連れの少女のことなど目に入っていないかのように、白奈は何か考え込むような表情のまま、アイスクリームを眺めていた。

 二人が戻ってくる前に、修人とクリスは荷物を持って四人掛けの席へと移動する。


「チッ、何故私が人間の小娘なんぞのためにいちいち移動しないといけないんだ。めんどくさい……」


 などとクリスがブツブツと言っていたが、修人は適当に流した。


「おいしゅうと、あの女には気を付けろよ。というかあまり関わるな。ロクなことにならん」


 途中、そんなことも言っていた。どうやらクリスは、白奈のことが嫌いらしい。彼女のことは、修人の影越しに見たことはあっても、直接会話をしたことなどは無いはずなのだが、何故そうまで彼女を毛嫌いするのだろうか。ひとまずはクリスが白奈を快く思っていないということだけは、頭の片隅に置いておいた。

 修人とクリスが対面に座る。白奈たちを待っている間に、互いのアイスを食べさせ合ったりしていると、二人が手にアイスを持って戻ってきた。


「どうも、お待たせしました」


 そう言って白奈が修人の隣にごく自然に着席した。


「あっ」


 それを見たクリスが、一瞬固まるも――すぐにいつもの不遜な表情に戻った。

 クリスの隣にはセミロングの少女が座った。彼女はクリスへ可愛らしい笑顔を向けて小さく会釈していた。


「こんにちは。お隣、失礼しますね」


 礼儀正しい子なのだろうと、修人は眺めながらそんなことを考えていた。少しボーイッシュではあるが、それがまた魅力的な可愛らしい声だった。


「おい」


 修人がそんな風に白奈が連れてきた少女を見ていると、クリスがドスの利いた声を上げた。また何かされるのだろうかとクリスへと視線を戻すと、予想に反して、彼女は修人を見ていなかった。その瞳は、あくまでも白奈へと注がれている。


「おいこら、ガキ。あまりしゅうとに近付くなよ」

「え」


 露骨な敵意を隠そうともせず、クリスは白奈へ呼びかけた。そのあまりな態度にさすがの修人も絶句していたが、対する白奈の反応がさらに修人の胃を痛めることになる。


「あの――口の利き方がなっていないのではないですか? 見た目での判断で本当に申し訳ないですけど、あなたの方が年下でしょう? まさかその程度の礼儀も教わっていないのですか? 底が知れますね」

「ははは、すまんすまん。あまりにも貧相な身体で小学生と間違えたよ。許せよ、ジョシコウセイ」

「別に構いませんよ。人の価値は外見ではなく中身で決まるのですから。そう考えると、あなたは体も貧相で教育の行き届いていない……駄目女ですね」

「あ? 殺すぞ」

「無理ですよ、小学生では」

「えっ、え、え……えっ、えっっ、えっ⁉」


 突如始まった少女と少女の正面からの言葉の殴り合いに、驚愕のあまり修人の語彙が消え去った。


「ま、待って待って待ってくれ二人とも。なんで? 何で二人で喧嘩してるの? え? まさか二人、どこかで会ったことがあ――」

「うるさい黙れ死ね」

「喋らないでください先輩、耳障りです」

「言い過ぎだろ! 俺が何をし――」

「だから黙れぶっ殺すぞ童貞ッ!」

「はあ⁉」

「いい加減にしてくださいポンコツ先輩ッ!」

「酷いってだから!」


 喧嘩を止めようとした修人の決死の努力は、少女たちの心無い暴言によって叩き潰されてしまった。ただただ修人が傷付くという悲しい結果になった。が、当の本人たちはそんなことを気にしていなかった。それどころか、今すぐ殺し合いを始めかねないほどの敵意を、互いにぶつけ合っている。


(え、え……えええええっ?)


 もはや訳が分からない。

 修人は理解することをやめ、嵐が過ぎ去るのを待つことにした。

 差し当たって、ポケットからスマートホンを取り出す。こういう時にスマホは便利だ。スマートホンの画面に集中しておけば、とりあえず無関係のまま時間を過ごすことができる。両者から暴言を受けた修人は、既に心身ともにボロボロであるため、逃げの一手に出たのだ。

 SNSアプリを開き、更新のないタイムラインをしばらく眺めていたが――


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 き ま ず い 。

 すぐ至近で火花を散らしている二人の少女が視界の隅にちらちらと入ってきては、修人の意識がそちらへ向いてしまう。

 しかも、一方は人類を遥かに調節した吸血鬼という種の、そのまた最上位種――シンソの一人なのだ。クリスが白奈に手を出すことは絶対にないだろうが、それはそれとして、彼女がクリスの逆鱗に触れないかは修人の気がかりではあった。

 そんな重苦しい空気に耐えかねたのか、ボブカットの少女が「そうだ!」と元気に声を上げた。


「あの、私まだ自己紹介してなかったよね! お姉ちゃんも喧嘩ばっかりしてないで、先に名乗らないと!」

「む、まあ確かにそうですね……失礼しました。では私から。天川白奈です。先輩と同じ高校に通う高校一年生です。どうぞよろしくお願いします」

「ふんっ。クリスティア・アイアンメイデンだ」


 ボブカットの少女の提案に乗り、白奈とクリスが不機嫌そうな態度を隠しもせずに自己紹介をした。


「じゃあ俺も。クリスと天川は知ってると思うけど、風鳴修人です。よろしく」

「はい。初めまして! 私は天川みるく! 修人さんの隣に座ってるお姉ちゃんの――――」


 そうして少女は、花の咲くような輝く笑顔で言った。



「――――弟です!」


☆ ☆ ☆


「へえ、弟なのか。似てるけど、天川とはまた違った感じだな」

「そこの根暗女よりも明るい印象だな。性格も好感が持てる。姉が姉だけにな」

「あははは……ありがとうっ」


 照れたように笑うみるく。

 修人とクリスはそんなみるくを見つめ――少ししてから違和感に気付いた。


「……んんっ???」

「……む……? むぅ???」


 何か引っかかる。何かこう、見落としてはならないものを見落としているというか、聞き落としてはならない単語を聞き落としたというか……とにかく、何かが腑に落ちない。


「……あれ」

「何かおかしいな」


 修人の対角に座るみるくは、二人の視線を受けながらニコニコと楽しそうに笑っている。何が可笑しいのか、悪戯が成功した子供のような、茶目っ気のある笑み。


「なあクリス。いま、みるくちゃんは自分を天川の何って言ったっけ?」

「……妹だな」

「ほんとに?」

「………………」

「俺、弟って聞こえたんだけど」

「ハハハっ、マサカ。そんな訳ないだろう」


 そう言って二人は一緒にみるくを見た。



「私ですか? 男ですよ!」



「「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………???????????????????????????????」」


 修人とクリスの頭の中でクエスチョンマークが踊り狂った。クエスチョンマークのエントロピーが無限に増大し、修人クリスは数秒間黙りこくった。

 そして。


「「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッっっ⁉」」


 絶叫が見事なハーモニーを形成した。

 修人とクリスは馬鹿みたいに口を半開きにして、みるくの全身を舐め回すように眺めた。

 顔立ちはボーイッシュながらも整った、美少女そのものだ。くりくりとした丸い目に、整えられた眉。姉と同様、雪のように白い肌。ふっくらとした唇も色気を醸し出している。ユニークなデザインのメイド服は完璧に似合っているし、露出した肩は男に抱擁欲を抱かせるには十分過ぎるほどに煽情的だ。極めつけはふともも。ミニスカ×ニーソックス=絶対領域という、至高至上の完全方程式も成立している。


 だが男だ。


「うそだろ……」

「そんな、馬鹿な……」

「あはは。初対面の人はみんなこういう反応するんだよねえ。でもでも、体は素材のままだけど、顔は少し化粧しているんだよ? リップ塗ったりっていう簡単なやつだけど」


 そうだとしても衝撃だった。

 男は、こうまで可愛くなれるのかと、修人とクリスは言葉も交わさず視線だけで驚愕を共有し合う。


(おいクリス……)

(ああ……負けた……男に、男に色気で、負けてる……ヤバい、マジでヤバい。ほんとにヤバい、泣けてきた……)

(全然意思の疎通出来てなかった……)


 修人は悲しくなったので視線だけでの会話を断念した。

 クリスは謎の敗北感に打ちひしがれたまま、みるくを穴が空くほど凝視していた。その表情からは悲哀が滲み出ていた。先まで喧嘩していた白奈が、共感するように悲しそうに頷いていた。


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