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Starry Pandemonium  作者: 焼肉の歯車
第一編 灰色の胎動
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終章 灰色に差した一筋の明かり

 ヴィロス・アスカスィバルやオルガ=ディソルバートとの激闘から二週間の時が過ぎた。

 陽炎によって刻まれた傷は未だ完治はしていないものの、吸血鬼の持つ超速再生能力によってもう既に動ける程度には回復していた。今は目立つところに傷もないため、普通に学校に通っている。

 今はその帰り道。午後の授業も終えた修人は、後輩である白奈と共に橙色の街の中を歩く。

 今日も空は暗く未だに雪はやまないが、後輩と共に歩く通学路はこれまで見てきた景色とは少し違うようにも思えた。


「あの、先輩……私の話聞いてましたか?」

「え、は……? ごめん、聞いてなかった。何か言ってたのか?」

「はい……というかやっぱり聞いてなかったんですね。ズボンを脱いで正座してください」

「嫌だよ、冷たいだろ」

「誠意を見せてください。さあ早く、ズボンを脱いで」

「お前むしろ俺のパンツを見たいだけだろ」

「なんと愚かな思い上がりですか……こわっ」

「怖くないわ。俺はお前の方が怖いよ」


 今日もいつものように軽口を交わし合う。

 今まではこんなやり取りにあまり意味を見出していなかったが、今ではこんな下らない会話も、少し大切なものなのかもしれないと思っていた。

「うーん……」

「ん? どうしたんだ? 俺の顔に何かついてるか?」

「いえいえ、何となくなんですけれど、先輩、最近少しカッコ良くなりました?」

「何だよそれ。別になってないと思うぞ」

「そうですか? だったら私の見まちがいでしょうか……? 少しこう、なんでしょう……先輩の目が」

「目が?」

「……キリッ、というか、ふわっ、というか……言葉で表すのが難しいんですけど、雰囲気が変わったんですよね」

「いや、意味が分からん」


 ぴしゃりと言い捨てた修人だったが、少し心当たりがあった。

 きっとあの戦いと、彼女の言葉のおかげだろう。


「でも、少し変わったんなら、確かにそうかもしれないな」

「そうですか。――それは、良かったです」


 すると白奈は修人の前に回り込み立ち止まると、いつか浮かべたような淡く優しい天使のような笑みを浮かべて、頭一つ以上高い所にある修人の頭を撫でた。


「お、おい……」

「役得です」


 相変わらず表情の変化の乏しい女の子だが、少し喜んでいるのがしゅうとには分かった。

 今日は影から手を出して脛をげしげしと叩いて来る謎の生物はいないので、修人はなすがままにされていた。

 彼は軽く息を吐いて、けれどどこか穏やかな表情のまま再び歩き始めた。


「あ、先輩。もうなでなでは良いんですか?」

「俺が後輩に撫でられたくて仕方ないみたいな言い方はやめろよ」


 白奈が隣に並んでくる。修人は歩く速度を緩め、歩調を合わせてやる。

 その歩みも、今までとは違ってどこか軽いもので、けれど修人はそのことに気付いていない。





 白奈と別れた修人は、そのまま家には直帰せず近くの喫茶店に寄った。適当にいつものフラペチーノを店員に注文すると、赤髪の少年が座るテーブルに向かった。


「よう」

「やあ、久しぶりだね」


 赤い髪の少年は穏やかに笑うと、対面の椅子に促した。愛飲するホットココアに口を付け、淡い笑みを浮かべている。


「手紙を見て来てくれたのかな?」

「そうだよ。ていうか回りくどいことするなよ」

「ふ……どうだった? 僕の暗号は」

「面倒くさかった。めんどくさ過ぎてクリスに解読してもらった」

「ああ……彼女なら一分くらいで解読したんじゃないか?」

「なんか普通に読んでたぞ? 多分解読とか無しに普通に読めるんだと思う。さすが千歳のババアだ」

「その発言を録音してあの子に聞かせたら君殺されるよね」

「絶対やめろよ」


 修人は半眼で怒ったように指を差す。

その指摘を受けて、目の前で少し勝ち誇ったように笑っているのはオルガ=ディソルバート。修人をからかって笑うその顔が何とも腹立たしい。


「それで、話って何だよ。何となく察しは付いてるけどな」

「そうだね。ただその前に……」


 苛立ち交じりの声を受けて本題に入ろうとするオルガだったが、その前に、密談をするように声を潜めた。


「クリスティアは連れてきていないよね」

「ああ、いつもは学校に付いて来ようとするんだけど、今日は家で留守番だ」


 その時のひと悶着を思い出してげんなりとした顔になる修人だったが、首を振って目の前の現実に目を向ける。


「まあ大丈夫だ。さすがにもう盗聴器を仕掛けたりはしてないと思うし」


 クリスは修人に対して異様に過保護であり、一人で出かけようとすると、行く場所や帰って来る時間、それに何をしに行くのかまで逐一聞かれ、さらには知らぬ間に盗聴器が服に取り付けられていることもある。

 そんな背景もあって、今日は体育で服を着替えた際、制服はもちろん、カバンや筆箱の中に盗聴器が仕込まれていないかをチェック。その結果、計四つの盗聴器を見つけた。……毎月上げているお小遣いを、あの少女はこんなものに使っているのだと思うと、家主の修人は少し心配になる。


「それでまずは何からだよ」

「そうだね。なら最初は、ヴィロス・アスカスィバルの処遇から話すとしよう」


 修人との激闘の一週間後、回復魔術によって日常生活を営める程度にまで傷と体力を治した彼は、スペインのバルセロナにある『総聖堂』へヴィロスを連れて帰還し、その身柄を引き渡したようである。

 殺した数や危険な計画など様々な要因から彼の極刑――即ち死刑――が決まり、今は地下牢で囚われているとのこと。

 早い判決だと思わなくもないが、ヴィロスのような力を持った吸血鬼ならばあまり時間をかけすぎると再生する可能性があるためだろう。


 クリスに関してはずっとオルガが独断で追っていたためまだ総聖堂やその暗部組織〝十一尖兵〟が刺客を差し向けてくる可能性は低いそうだ。

 事件の顛末とこれからの総聖堂の動きを明らかにすると、オルガはここからが本題とばかりに咳ばらいを一つした。


「ええと……」

「うん? どうしたんだよ」

「いや、その……」


 だが、修人が促しても、オルガは顔を赤くして下を向くだけで何も言わない。

 恥ずかしがっているのか、修人の顔を見ようともしない。

 しかしやがて顔を上げると、オルガは深呼吸をしてこう前置きをした。


「僕がこんなことを言う資格はないと分かっている。それでも、言わせてほしい」

「なんだよ」

「――あの、僕も、君に付き合わせてくれ!」

「――――? ……。いや、なに言ってんだお前ッッ!?」

「は? ……いや、君こそ何を下らない勘違いをしているんだッ!?」

「いや、言い方考えろよッ!」

「うるさいな!」

「じゃなくて本当のことを言え!」

「君も言い方が紛らわしいなっ!?」


 近くで眼鏡を掛けた大学生ぐらいの女性が鼻血を吹いていることにも気付かず、二人は額をぶつけ合って騒ぎ散らす。

 周囲が二人に注目していることに気付き、修人は顔を赤くし矛を収めた。

 椅子に腰かけ、顎をしゃくる。


「それで、俺の何に付き合いたいんだ?」

「ああ……僕もクリスティアを守るのを手伝いたいんだ。君ひとりじゃ不安……と言いたいところだけど、まあ、そこに関しては証明してくれたから大丈夫だ。ただ、君は僕にその道を教えてくれたからね。なら僕も、その道を行きたいと思ってね。――散々彼女を殺そうとした僕がこんな言葉を吐くのは都合が良いとは思うけど――」

「いいぞ」

「え……?」


 皆まで言わせず即答した修人は、さわやかな笑みを浮かべて言い切った。


「オルガ、力を貸してくれ。お前がいたら心強い。お前と俺が組んだら、多分誰にも負けないだろうしな」


 そう言うと修人は、立ち上がって右手を差し出す。


「ていうかあの喧嘩で勝ったのは俺だ。それくらい協力してくれないと俺が困る」

「まったく――君という奴は」


 オルガは嬉しそうに笑うと、その手を握った。





 オルガとの共戦協定を結んだ修人は今度こそ自宅へと向かった。いつの間にか雪はやんでいて、陰っていたランプの光が徐々に明かりを増していく。雪が風鳴修人の心を冷やし凍らせることはもうない。

 帰路を行くその足取りは軽い。

 なぜなら――


「ただいま」

「遅い! それとなぜ盗聴器を外した!」


 共に歩く少女がいる。手を繋いで隣に立ってくれる仲間がいる。それだけで、風鳴修人はこれから自分に待っているであろう過酷な人生に立ち向かうことが出来る。

 あるいは、これから辛く険しい道を歩くことそのものが、彼の心を軽くしてくれているのかもしれない。


「いいか? しゅうと、お前はもう私の眷属だ。お前は私の所有物なんだ。ならば勝手な行為は許さん。勝手に死ぬことはもちろん、危険なことも極力させないからな」

「はいはい。でも盗聴器はやり過ぎだ」

「ふんッ、お前があの白いガキとつるむのは気に食わんからな」

玄関でずっと修人の帰りを待っていた金髪の幼女――クリスティア=アイアンメイデンはその手を握って、彼が靴を脱ぐのも待たずにリビングへと連れて行こうとする。

「あ、おい待てよっ。くつ……っ、く、くつが」

「早くしろ」


 苛立ちを隠しもせずに修人を急かす。対する彼は苦笑しながら靴を脱いで家に上がった。


「……おかえり」

「うん。で、どうしたんだ?」

「む……いや、今日も早く私をもてなせ。眷属だろうが、膝に座らせて頭を撫でろ」

「またかよ」

「文句を言うな、行くぞっ」


 今度こそクリスは修人の手を引く。その顔が真っ赤になっていることに修人は気が付かないまま、成すがままにされてソファに腰かけた。

クリスは彼の膝の上にちょこんと座り、赤い顔を隠したまま、いつかと同じように少年の胸に背中を預けた。


「ほれ」

「はいはい」


 また小さく笑って、修人はクリスの頭を撫でてやる。

 金色の髪はまるで絹のようにさらさらで、撫でた指先から修人を優しい気持ちにしてくれる。

 頭頂から毛先までを、ゆっくりと優しく指で梳いてやる。目を閉じて上を向くクリスの口元は少し緩んでいた。


「なあ、しゅうと」

「なんだ?」

「お前最近、笑うようになったな」

「そうか?」

「ああ。よく笑う。満面の笑みではないにしろ、それでもきちんと笑えている」

「そうなのか……」

「ああ。私が一度見たお前の笑顔は本当に酷いものだったぞ? それはもう、笑っているとは思えないくらいボロボロで……。お前あの時、実は泣いていただろう?」

「いつだよ」

「私に幸せになるのに権利は必要ないと、そう言ってくれた時だ」

「――――」


 幸せになるには、権利がいる。罪人は幸福を手に入れてはならない。――かつて彼はそう思い込んでいた。

 いいや、あるいはそれは真実なのかもしれない。本当は人を殺した人間が幸せになってはいけないのかもしれない。その答えは今も分からず――あるいはきっと、答えはない。

 ただ、クリスティア=アイアンメイデンという少女が風鳴修人に教えてくれたひとつの道は、たとえ正しくはなくとも、優しさはあった。


 どれだけ罪を重ねた人間でも、

 浅ましくて、汚くて、醜い願望を持つことは許されるのだと。

 分不相応の大きな夢を持ってしまったとしても、それが罪になることはないのだと。


 だって、人間は誰だって幸せになっていいはずだから。

 救いを求めることは間違っていないはずだから。

 何をすれば赦されるのかだなんてことはまだ分からない。

 だけどきっと、罪を償おうと足掻くことは悪なんかではない。赦されようと願って必死に悩みながら諦めずに歩くことは、きっと綺麗ではなくとも間違ったことではないはずなのだ。

 そしてきっと、道の途中で折れそうな時、隣で一緒に歩く誰かに助けてもらうことは卑怯なことではないと思う。


 この決意が糾弾されるようなものだとしても、それでも諦めたくはない。

 修人は髪を梳く手を止めると、クリスを避けて立ち上がった。クリスは不服そうな顔をするも、それを無視してベランドと部屋を隔てる窓の前まで歩いた。そこからは、街の景色がよく見える。


「なあクリス。俺が笑えるようになったんだとしたら、それはクリスのおかげだ」

「む……」

「クリスが俺に道を教えてくれたから、俺は本当の意味でつながりを持つことができた」


 空は暗い。けれど雪はやんでいて、街を照らすランプから橙色の光が漏れていた。


「これからきっと長い道になると思うけど、クリスは一緒に付いて来てくれるか?」

「ふんっ――」


 不機嫌そうに唇を尖らせ顔を背けたまま、少女は少年の隣に並び立つ。

 少女は雪が融け始めた街を見下ろしながら、全く関係のないことを言った。


「雪はやんだが、夜は明けていない」

「え……?」

「街を照らす光は偽りのそれのままで、何も解決していない」


 白と橙色の世界を見下ろしながら、一歩だけ隣の少年に近付いた。


「だが、私たちの心を冷やし凍らせていた雪はやんだ。それは確かな事実だ。心の中に光が差す日は遠くとも、歩き始めることはできる」


 もう一歩近づいて、少女は己の小指を少年の小指に引っかけた。


「だが、雪がやんだ後の雪解けの道はとても歩きにくい。――なあ、しゅうと。きっと私たちを待つものは、とても苦しくて辛くて怖いものばかりだ。それでも……」


 そこでようやく少女は顔を上げて、雫の溜まった瞳で少年を見つめた。



「私を……連れて行ってくれますか?」



「ええ――握ったこの手を放しません」



 夜はまだ明けない。

 それでも、凍った二人の(じかん)ぬくもりを得た(動きはじめた)





 ――ありがとう、君と出会えてよかった。



 その言葉はそっと胸の奥にしまって、二人は笑顔を咲かせあった。


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