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Starry Pandemonium  作者: 焼肉の歯車
第一編 灰色の胎動
15/21

第五章 旅のはじまり 1.光と闇

 ヴィロス・アスカスィバルとオルガ=ディソルバートの戦いは、未だ決着の時を見せていなかった。

 否。

 既にオルガは戦える状態にない。全身をズタボロにされ、所々から白煙が上がっていた。四肢はまだ動くが、背中は炭化して真っ黒になっており、肩を少し動かしただけで激痛が走る。


 だが、赤髪の少年はまだ立っていた。槍を杖の代わりにし、愛しい少女とその想い人を守る。

 既に意識が薄れ、目に見える景色は現実感を失っていた。

 それでも。


「はぁ……ぁ、ぁああああッ、まだ、だ……僕はまだ倒れていないぞ、太陽の吸血鬼……早く掛かって来い。僕を倒さない限り、二人には手を出させない……」

「――見事」


 大切な少女を守るためだけに、未だ立っている少年に惜しみない称賛を贈るヴィロスは、その頬に笑みさえ浮かべていた。


「私は君のような真の戦士に出会えてとても嬉しい。真なる強者よ、君もまた、世を照らす太陽の礎となれ」


 そうして、黄金に輝く無数の暗器が少年の身体を刺し貫かんと唸りを上げた。

 その、瞬間のことだった。



「――『(クレプ)(スクルム)』――」



 契約が完了し、真祖の従僕となった旅人の宣言が木魂(こだま)した。

 乾固の瘴気が流出し、少年を殺そうと現出した無数の太陽炎暗器を一つ余さず腐らせる。

 蹲る少年は全身から禍々しい灰色の霧を漏らしながら、幽鬼のように立ち上がる。

陽炎燃え盛る黄金の吸血鬼の腕を掴み、凶悪に伸びた牙と緋色の瞳に闘気を乗せて、己の真実を謳い上げる。



「――――『流刑地、その名は(マイアズマ・イン)ノドの無間異郷(・ファレンアス)』――――」



 それは、己の全てを認めるという証明だ。

 風鳴修人は家族を殺した。その罰として、その魂は不毛にして無間の地(ノドの地)へ落とされるべきだと断じている。

 原初の殺人を犯したカインが追放された何も生まない無為なる土地。そここそ我が領土だと少年は認めている。


 その上で、彼はその流刑地から逃れることを望んだ。

 たとえ今は皆と異なる地へ流された罪人の魂であるとしても。

 いつか必ず、皆が笑って暮らす日常の輪の中(エデンの園)へ入るという覚悟の証。

 故にここから、この不毛の地から、贖罪を始めよう。


 赦されないと思っていた。救われないと諦めていた。幸せになどなれないと泣いていた。

 家族を殺した罪は重く、誰かを助ける行為に見返りを求めることは間違っているのかもしれない。それはとても醜くて汚ない感情なのかもしれない。

 いや、きっとそうに決まっているのだ。

 誰かを救うことに見返りを求めてはならない。

 英雄やヒーロー、正義の味方なら、そこに何かの価値を置かないだろう。

 彼らにとって大切なことは、目の前にある悲劇を止めること。泣いている誰かの涙を止めて、世界に笑顔を一つでも増やすこと。きっと、助けることそのものが最も大切なことなのだ。

 だから英雄は、自らの命を顧みない。だからヒーローは、迷わない。だから正義の味方は、過去を振り返らない。

 大切なのは今と未来。そして他者と世界。全てを完膚なきまでに救ってしまう存在は、そうやって自分以外のモノのために自分を使い潰すことができる。何の感情も何の恐怖も何の感傷もなく、簡単に自らの命を燃やし尽くせるのだ。それらは全て、他こそを想うがため。

 風鳴修人は、その理屈を理解している。

 人助けとは、救済とは、救世とは――無垢な自己犠牲の上に存在する概念だ。


「でも俺は英雄じゃない。ヒーローが倒すべき邪悪で、正義の敵だ」


 殺人を犯した者は赦されない。それが世界の認識だろう。

 ならば。


「俺は――世界の敵として、俺とクリスの二人を救うために足掻き続ける」


 それでも、悪のまま。

 私利私欲、我欲が命じるままに救済を成そう。

 俗に染まった醜悪な存在として。

 ただ己のためだけに。

 たった二人のためだけに。

 あらゆる嘆きに手を差し伸べ、(あまね)く涙をぬぐってみせよう。



「教えてやるよ、太陽を信奉する真なる救世主。

 愚物には愚物の正義(ワガママ)がある。

 その黄金(輝き)、この灰色の瘴気でもって曇らせてやる」



 手始めに人を喰わねば輝けぬという太陽を落とすとしよう。

 太陽の敵、それこそ吸血鬼の真実故に。


☆ ☆ ☆


(まさか……彩喰だと……? 吸血鬼の眷属として新生しただけでなく、彩喰……?)


 風鳴修人に握られた右腕がさらさらと砂のように乾いて分解されていく。

 慌てて腐り落ちた傷口から黄金の血の暗器を生み出し、修人を蜂の巣にせんとした。

 だが――その身に纏う大量の灰色の瘴気が修人の意のまま変化し、盾の形を成した。暗器は盾に激突すると、ほんの数センチ盾を傷付けるに終わり、切っ先から柄までが飲み込まれるように砂へと分解されていった。


 彼の腕や暗器を乾かしたのは、灰色の瘴気。

 彼の心象世界は何も存在しない不毛の大地。水も空も太陽も木も生物も何もない灰色。この世のありとあらゆる『恵み』を拒絶したノドの地そのもの。

 ノドの地では、家畜も作物も育たないとされている。人類で初めて殺人を犯し、嘘を吐いたアダムの長兄カインは、神の怒りを買いこの地へ流された。

 彼もまた、同じだった。だから、彼の心象世界はノドの地と類似した世界となったのだ。

 そして、その心象世界は、彼が己の心の全てを受け入れ、加えて吸血鬼として新生したことにより彩喰としてこの世に具現化された。


「行くぞ」


 その効果は至極単純――己が血液をノドの地を覆い尽くしている不毛を促す乾固の瘴気へと変化させ、それを自らの身に纏って武装すること。

 木も水も土も生物も人も長命種も悠久種も何もかも全て、この瘴気を受ければ極限まで乾かされ、意味を失い形を()くす。


「歯を食いしばれ」


 修人は主たるクリスと酷似した緋色に変じた瞳を凶悪に細めて、左の拳を固く強く握った。灰色の霧を纏とわせて――重いアッパーがヴィロスの顎を打ち抜く。

 脳を強引に揺さぶられるだけでなく、灰色の乾固の瘴気によって顎が砂へと変化し一瞬にして消し飛んだ。


 右の肘から先、そして顎をごっそりと消し飛ばされたことにより、さしもの黄金の吸血鬼もほんの一瞬意識を飛ばし宙を舞う。

 巨体がマンションの天井の床に叩き付けられ、衝撃で骨が砕ける音がした。


「ばか、な……」

「しゅう、と……?」


 窮地を助けられたオルガと、今や彼の主となったクリスが声を失う。

 クリスですら、たった今このタイミングで修人が彩喰を発現するとは考えていなかった。

 彩喰に至る者など、自身の在り方を確固たるものとし、その上で世界を塗り替えんと自身を信じ続けられる狂人の他にいないのだから。

 ――否、彼はまさしく、狂人だった。

 ただの人間の分際で、確固たる深層心理を持っていることがその証左だ。


「これで終わりだ、お前はさっさと――寝てろ!」


 拳を握り、ヴィロスの食道大動脈を抉らんと腕を振り上げた。

 損壊が大き過ぎるため吸血鬼の特性である驚異的な再生力が追い付いていない。彼は未だ激痛によって意識朦朧となったままで、立つことが出来ない。故に今こそ好機。最も多くの血が通る血管を穿つことによって、死亡とはいかずとも瀕死に追い込むことは可能なはずだ。

 だが――


「――ま、だ……終わってなるものかッッ!」


 陽炎の暗器が数本、消し飛んだ右肘の先から射出された。その内の一本が不用意に近付いた修人の脇腹を深く裂き、血が吹き出す。


「がぁああああああああああッ!?」

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」


 黄金を纏いし男は立ち上がると、その損傷をものともせぬ勢いで修人へ左の拳を叩き付けた。

 修人の身体が派手に吹っ飛ぶ。空中で制動を取った修人はしかし、背後にて光る黄金を目の端に捉え、戦慄した。


(ま、ず――っ)


 腕よりも先に顎の修復に時間を費やしたヴィロスは、怒りと嘲りを含んだ瞳のまま告げる。


「その効果、その目、その言動……なんと後ろ向きな心象だ。少年、私は君が好かんよ」

「ク、ソ――」

「それに、風鳴くん――その彩喰、己を信じられなければ弱体化するね?」

「――――ッ」

「図星か」


 未だ再生し切っていない右腕が真っ直ぐ修人を睨んでいる。修人はヴィロスの身体を踏み台にして跳躍することで何とか距離を稼ぐも――しかし完全回避は叶わなかった。数本の刀剣が修人の腹に刺さり、絶叫と共に血が溢れた。


「しゅうと!」

「…………っ」


 受け身も取れず地面に叩き付けられる修人へ、クリスの悲鳴とオルガの真っ直ぐな視線が投げられた。

 修人は何とか無理やり立ち上がろうともがくが、損傷が深く再生が間に合っていない。


「なるほど、彩喰の名から察するにノドの地の伝承と酷似した心象か」


 オルガは三百年生きた目でもって、修人の心象を暴いていく。


「その根底にあるものは己への怒り。なるほど……なるほど――」


 何が可笑しいのか、くつくつと小さく笑ったヴィロスは、やがてその表情を初めて怒りに染めた。


「ふざけるな! そのような己を卑下する人間が、何かを成せるはずもないだろう! そんな覚悟で……己を嫌い、己を幸福から遠ざけることしかできぬ君に、私の夢を邪魔させてなるものか! そんな、そんな下らない覚悟で、光を奪おうとするなど恥を知れッ!」

「うる、さい……な……」

「君は心象世界において主たる真祖から何らかの言葉を受けたのだろう。その末に何か夢を掴んだと――そう錯覚したのだろう」

「錯覚じゃ、」

「だがな、心の奥底で己を嫌っている以上、君が自分を赦し、救われ、幸福を手にする日はない。なぜならその彩喰は――君の覚悟ではなく、どこまでも君の恐怖や諦観を具現化したものでしかないのだから」

「――――」


 どくん、と。

 強く心臓が跳ねたのが分かった。

 そうだ。どれだけ取り繕ったところで、己があの幸せな輪の中にいることは許されない――そんな心象を具現化させたことは事実だった。


 ああ、やっぱり――どこまで行っても、風鳴修人は愚かだ。覚悟を決めたふりをして、まだ弱いままだ。まだ諦めたままだ。クリスの言葉すら、彼の心には届いていなかったのだ。

 なんて醜い。なんて腐っている。本当に、本当に――そんな自分が嫌いだ。

 修人が己に嫌悪感を抱いた瞬間、彼の全身を纏う瘴気の総量が減少した。身体能力が低下したことも、何となくだが自覚できた。


「やはりな。彩喰や染色には往々にして諦観から生まれる弱点や欠点が存在するものだが、君のそれは致命的だ」


 己への嫌悪が増すにつれ、纏う乾固のオーラは減っていく。己への嫌悪をぬぐい去れない彼の心を最も分かりやすく表したものだった。自分が嫌いだ、こんな自分は許されないに決まっている。道半ばで折れるんじゃないか――そんな恐怖や諦観が、彩喰の弱体化という形で表れているのだ。


「終わりだな、少年。少し驚いたが、所詮は下らぬ罪人の駄々でしかなかったか。損傷も回復したことだ。君には消えてもらおう」


 そうして、剣を振り上げた。


「く……ッ!」


 ヴィロスの言葉を否定できず、その場で固まっていただけだったクリスも、我に返って修人を庇わんと走ろうとした。だが、焦燥のあまり足が上手く動かない。コンマ五秒だけ遅れた。だが、その一瞬が致命的。既に切っ先は修人の脳と僅かばかりも距離を空けておらず、瞬きの後には、誰かの亡骸がそこにあるだけだろう。


 ――だめだ。ダメだダメだダメだ! お前は、しゅうと。お前は――! 私と一緒に幸せになるんだ! だから、だから言い返せ! 今はそうかもしれないけど、でも、本当は……いつかそんな自分を許すために戦ってんるんだと!

 ――お前は、前を見ているんだと言い返せ!


「しゅうとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 叫びは、聞き届けられない。

 黄金の剣の切っ先が修人の脳を貫く――


「言ったはずだ」


 その寸前、一人の少年の声が、槍の一閃と共に必殺の剣を弾いた。


「彼もまた、僕が守ると」


 半身を焼かれ、ゼエゼエと苦しげな息を吐く聖槍の尖兵は言う。

 槍を構えるその姿は満身創痍。それでもただ、愛した少女を泣かせないため、恋敵を庇いここに立つ。

 その様は、男の中の男という他ないだろう。敵に守られ地に伏す修人から見えるその背中は、英雄やヒーローのそれのようにも見えた。


 ――俺は、こんな風にはなれない……。


 諦めかけた時、首根っこを掴まれて無理やり立たされた。


「立て」

「おま、なにを……」

「いいから、まだ戦いは終わっていないだろう?」


 オルガはこれほどボロボロになりながらも、まだ諦めていなかった。その雄々しい様はどこまでも眩しくて、妬ましい。


「はっ……」


 これほどに強い背中を見せられて、まだ妬みなどという感情を抱く自分の下らなさに笑いが漏れた。

 本当にどこまでも愚かだ。下らない人間だと思う。倒すべき敵に守られて、庇われて。

 自嘲する修人に、しかしオルガはこんな一言を告げた。



「少し期待している」



 オルガ=ディソルバートはきっと、風鳴修人のことが嫌いだ。

 己の手を汚してまでその苦しみから救いたいと願った少女を、たかが数日一緒にいただけの男に奪われたのだ。そんな彼が、修人に悪感情を抱いていないはずがない。

 そう、思っていた。

 だけど、不器用な一言に込められた想いに、そんな無粋なものは一ミリとして含まれていなかった。ただ、愛しい少女を守ってほしいという願いだけがあった。任せたぞという、そんな思いが込められていた。


 だから、ああ、そうだ。


 ――なあ、風鳴修人。

 ――宿敵にここまで期待されてるんだ。

 ――だったら、それに応えなくちゃ男じゃないだろう?


 確かに彼の心は、自己嫌悪でいっぱいになっているのかもしれない。

 確かに彼の心は、己が許される日が来ないと諦めているのかもしれない。

 確かに彼の心は、幸せを拒絶しているのかもしれない。

 だからこんな風に自分を卑下する彩喰しか生み出せなくて。

 それはクリスの涙を無駄にするようなものでしかなくて。


 でも、だけど――


 ――歩き出したんじゃなかったのか?

 ――たとえ無理かもしれなくても。

 ――赦しも救いも幸せも手に入れられない道だとしても。

 ――俺は、クリスに背中を押されて、だからクリスの背中を押そうって誓って。

 ――一歩を、踏み出したんじゃなかったのか……?


 なら、きっと。

 どんなに迷っても、それでもきちんと前を見ていないとだめだ。

 誰から何と言われようとも、自分だけはその道を信じないといけない。


 だって。

 この道は、歩くことそのものに意味があるのだから。

 だから、修人もまた、気付かせてくれた借りを返すように告げた。



「お前の本当の気持ちは、きっと叶う」



 オルガ一瞬面食らったようだが、すぐに微笑を浮かべると。


「――そうか」

「ああ」


 会話はそれで終わった。

 修人が一歩踏み出す。――呼応するように、オルガもまた一歩踏み出した。

 共に並び立ち、眼前に立つ強大な敵を見やる。


「「なら、最後の戦いだ。こっちに合わせろ」」


 示し合わせもなく、共に太陽の吸血鬼へと駆けた。



「「どけ馬鹿! 前衛は任せとけ!」」



 共に仲悪く押し合いながら、最速でヴィロスの懐へと潜り込まんと足を動かす。


「チームワークがなっていないのではないかッッ?」


 閃光が修人のこめかみを、オルガの脇腹を掠り、その肉を焦がす。激痛が全身に伝播するも、しかし速度を緩めない。

 対するヴィロスは無数の暗器をばら撒いて二人の進路を塞ぐが――


「乾けェぇェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!」


 乾固の瘴気が直径二メートルに及ぶ灰色の盾として展開された。無数の暗器が盾に阻まれ、一本、また一本と(ちり)と消える。

既に瘴気の総量は彩喰発動直後のそれにまで戻っていた。

 彼の彩喰は己への嫌悪感に反比例するようにその瘴気の総量が減る一方、己への好感度が上がればその総量が上昇する。とはいえ今の彼はそこまで己を好きになることが出来ない。まだ、自分を許すには歩かねばならない道は長すぎる。


 ――でも、罪を償おうとしている俺自身を認めてやることぐらいは、できる。


 修人が全ての暗器を消し飛ばすと同時、その肩を踏み台にしてオルガが空から急襲する。槍を大きく構え、ヴィロスの心臓を穿たんと腕を振るった。

 深紅の槍が大気を裂いてヴィロスの中心へと迫る。

 対するヴィロスは回避の素振りなど露ほども見せず、前へ一歩踏み込んだ。体をほんの少し左に倒し、心臓ではなく右の胸で槍を受けるつもりだ。

 致命傷を避けて攻撃を受けることでオルガを捕まえ、至近距離から暗器をぶちまける腹積もりだろう。


「――――ッ」


 その意図をすぐさま理解したオルガだったが、しかし腕を止められない。肉を切った上で骨を断たれることが分かっていながら、既に体の制御が効かない段階に入ってしまっているのだ。


「離れろッ!」


 その彼の足を無理やり引っ張り、オルガを後方へとぶん投げる修人。赤髪の尖兵の視界は大きくぶれ、槍はあらぬ方向へ振るわれる。

 オルガを投げた修人だったが、しかしそれ以上の行動をする余裕はなかった。

 ヴィロスが勝利を確信した笑みを浮かべ、肩の破壊された左の腕を裏拳のように振るい、黄金の暗器を束ねたハンマーを修人の腹へとぶつけた。腹から全身へと身を焼かれる激痛が広がっていく。

 ヴィロスは修人を吹き飛ばすのではなく、地面に叩き付けるようにして腕を振り抜いた。背中から鈍い音が鳴り響き、血反吐を吐いた修人は、ゴミのように打ち捨てられる。

 黄金の吸血鬼は修人から意識を外し、今しがた放り投げられたオルガへと視線を向けた。


「さあ、次は君だッ! 強敵よ、共に魂を燃やし合おうッッ!」


 ヴィロスは楽しそうに笑うと、最速でオルガとの距離を詰めようと左足を一歩踏み出した。

 しかし――その足の裾を、叩き潰されたはずの修人の手が、炎に皮膚が焼かれることも構わず強く固く離しはしないとばかりに意地と根性のみで握る。


「なに――」


 動きがほんの一瞬だけ鈍り、


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっッッ!」


 その隙を逃さぬと、床に膝を付いた不安定な姿勢のまま、赤髪の尖兵は聖槍を投げた。夜気を裂いて一直線にオルガの胸の中心へ深紅の槍が突き進む。

 だがその距離は遠く速度は僅かに足りない。ヴィロスは修人の手を振り解くと、左足を後ろに引いて身体を半身にする最小の動きだけで聖槍の軌道から逃れた。

 槍は虚空を貫き――しかし。


「あぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 裂帛の気合が響き渡り、標的を失った聖槍の柄を血に濡れたボロボロの五指がしかと掴む。

 そこには歯を食いしばり、必死に手を伸ばして深紅の槍を掴む風鳴修人の姿があった。

 血を流し、身体を焼かれ、それでも腕を伸ばす姿は泥臭くも雄々しい。

 吸血鬼の特性である武装の私有化を発動。深紅の聖槍に己の血液を浸透させ、乾固の瘴気を纏わせる。ここに魔を滅する神性と、この世の全てを(ちり)へと分解する乾固の法が共生した、聖邪併せ持つ無二の槍が生まれる。


 修人は槍を振りかぶり、竜巻のように回転して決着の一閃を放たんと腕を唸らせる。

――――だが、半秒遅い。ヴィロスは後ろへ跳ぼうと左足を強く踏み込んだ。


「まだ動けたとは。しかし――、……ッ!?」


 だが――その足は、何も踏まない。


(まさ、か……)


 ゆっくりと変化する景色の中、黄金の吸血鬼は自らの足元を見やる。

 視線の先。左足首から先――先ほど修人が右手で握っていた部位から向こうが、さらさらと砂となって崩れ落ちていく様をその視界に収める。


「行け――修人(しゅうと)ッッ!」

「ああ――オルガッ!」


 それは、聖の象徴と邪の象徴が手を取り合った末に編み出された複合奥義――



「「覆滅槍・太陽落し(クリス・ウィズ・ファレンアス)――ッッ!」」



 乾固の瘴気を纏いし聖槍が、これまでで最も楽しそうな笑みを浮かべる吸血鬼の胸の中心へと吸い込まれていく。


「見事――……っッッ!」


 槍の穂が大動脈を破る。神性により吸血鬼の再生能力は阻害され、乾固の瘴気が全血管を巡り血液を一つ残らず凝固させた。

 ヴィロスを貫いた槍は地面に突き立ち、――やがて穂の先から砂へ変じていく。

 たった一人の少女を守るために立ち上がった二人の男は、太陽を狂信する男を完膚なきまでに下した。


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