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Starry Pandemonium  作者: 焼肉の歯車
第一編 灰色の胎動
13/21

第四章 風鳴修人 1.オルガ=ディソルバートという男

 そして、そんな少女は夢を見る。

 何万と死体を積み上げてきた末、人生を諦めた少女は、一人の少年の記憶を見る。

 終わったはずの人生を、未だ歩き続ける死体の少女は、風鳴(かざなり)修人(しゅうと)という人間の全てを知る。


☆ ☆ ☆


 その少年には、十歳以前の記憶がなかった。

 気が付けばどこかの薄汚れた裏路地にいて、空腹と虚無感によって体と心が死にかけていた。

 親に虐待でもされたのだろうか、全身が痣だらけで右腕が折れている。視界は悪く、骨が折れていない左手でまぶたの上を触ると、大きなこぶができていた。


 彼は自分がなぜこんな事になっているのか分からなかった。

 だが、それを見ていたクリスには何となくその理由が分かっていた。

 ――恐怖と悲しみから心を守るために、脳が記憶を消したのだろう。彼は、自らの名前すら覚えていなかった。

 推測でしかないため確かなことは言えないが、実の両親からの虐待や度重なる暴力、心無い言葉は十歳の少年を徹底的に痛めつけ、その心をズタズタに引き裂いたのだ。


 けれど少年は、そんな自分の状態に特に疑問を持たなかった。最後には親に捨てられてこんな所で死にかけているというのに、どこか他人事のように死へ向かって行く自分を憐れんでいる。


「あれ、ぼく、死ぬんだ……」


 はあ、と疲れたように息を吐いて、少年は虚ろな瞳を空に向ける。

 空一面に広がる夜空に散りばめられた小さな星々の光はとても頼りなく、今の死にかけた自分と同じだな、とどうでもいい感想を抱く。

 やがて小さく瞬いていた星々の灯りすら消えて、大きく黒い雲が空を覆った。ぽつ、ぽつと雨が降り注ぎ始めると、次第にその勢いは増して行き、少年の体を打ち据えそのぬくもりを奪っていく。

 さらに死が近付いてきて、いよいよこれはどうにもならないと悟った。


 そんな時だった。


「――大丈夫? お母さんは?」


 黒い髪と優しい笑顔が特徴的な可愛らしい女性が、傘を差し出して雨から守ってくれた。




 女性の質問に「覚えてない」と答えると、彼女は少年の手を引いて裏路地を出た。そのままよく分からない道を歩き続けると、大きな建物にやって来た。

 そこは孤児院だった。

 少年のような捨て子や身寄りのなお子供たちを育てるための施設だ。

 太陽の消えた世界において、人々の心はたった二百年前までよりも遥かに荒んでおり、他者に対する接し方に欠陥がある人間は年々増加していった。それは自らの子供に対しても例外ではなく、孤児や捨て子の数は決して少なくなかった。

 彼が引き取られた施設には、他に十人ほどの子供たちがいた。みんな彼よりも年下で幼い子たちだ。


「ここがあなたの家で、この子達があなたの家族よ」

「……かぞ、く……?」

「そう。あなたが一番年上だから、お兄ちゃんね。今は難しいかもだけど、ゆくゆくは彼らのお兄ちゃんとして笑えるようになってね。……それまではお姉ちゃんが一緒に頑張ってあげる」


 修人は子供たちを見る。彼らはキラキラとして瞳で少年を見つめると、わっと寄ってきた。


「おにいちゃんおにいちゃん、名前はっ?」

「にいちゃん、あそぼあそぼ!」

「その前にご飯食べようぜごはん!」

「…………っ」


 しばらく圧倒されていた少年だったが、ふと気が付くと口を開いていた。


「なまえ、おぼえてない」

「ほえ?」

「ぼくのなまえ、覚えてない」

「そっかー……ねえねえ、ユキ姉! にいちゃんの名前どうする?」

「そうねー」


 しばらく考え込んだ女性は、顎に人差し指を当てて数秒悩むと、


修人(しゅうと)、でどうかな? 今は何も覚えてないらしいから、これから色んなことを学んで欲しい。いっぱい学んで、立派な人になる。色んなことを修める人になってほしい。それで、修人(しゅうと)よ」

「……しゅうと」

「そう、修人。今日から君は風鳴修人。――ようこそ、風鳴(かざなり)孤児院へ」


 それが、風鳴(かざなり)修人(しゅうと)という少年の第二の人生の始まりだった。




 それからというもの、修人は名前の通りに様々なことを学んでいった。勉強はもちろん、友達付き合いや弟たちの面倒、それから――人助けや正義というものを知った。


「おいおい、カズ。そのオモチャはユイナが使ってたものだろ? だったら勝手に取ったらだめだ」

「ええーでも!」

「でもじゃない。カズだって使ってたオモチャをユキ姉に取られたら嫌だろ?」

「それはそうだけど……」

「なら返すんだ。ほら、ユイナが使い終わったら次はカズが使えばいいだろ?」

「うー……わかった! シュウ兄の言う通りだ! 我慢する! ごめんなユイナ!」

「う、うん……!」



「おい、お前よくも俺の妹をいじめてくれたな!」

「な、なんだよおまえ! 別に良いだろ、関係ないだろお前なんかに!」

「関係なくない! 俺はユキ姉にみんなを守るように言われてるんだ。だから今すぐ謝れ!」

「や、やなこった! なんでおれが!」

「謝れよ!」


 妹が苛められていると知って、上級生五人に喧嘩を売ったこともあった。



「シュウ兄、お誕生日おめでとうー!」

「え」


 鳴り響くクラッカーに面喰っていると、修人にとって唯一の年上であるユキが前に出てきて、その頭を撫でた。


「今日は修人がこの孤児院に来た日だからね。今日が誕生日だっていうことにしたの。今年で十一歳だよね」

「まあ、うん……」


 顔を赤くして頭を撫でられる修人は、ぷいとみんなから顔を背けた。

 それから、一言。


「みんな、ありがと……」

「はい、どういたしまして」

「「「「「「「「「どういたしましてー!」」」」」」」」」」


 可愛らしい合唱がとても嬉しくて、修人は目の端から涙を流していた。




 だけど。

 その幸せは、たった一日で壊れることとなる。




 魔術師とは染色へと至ることを目的とする者達である。この太陽の上らない世界では太陽を空に掲げることを目的とする者が大半だが、中にはそうでない者もいる。古き伝統を守り、未だに偽神の領域へと足を踏み入れんとする者達は数多いる。

 そして、往々にしてそうした者達は倫理観というものが欠如しており、非道な実験や非人道的な試みを躊躇なく行うことがある。

 風鳴孤児院は、その標的に選ばれた。


 いま思えば、実験の内容は悪魔の創造だとかそんなものだったのだろう。人の身を媒体に悪魔を生み出し、この世に召喚させる。そんなことが可能なはずはないのだが、狂った魔術師は躊躇なくそれをやる。

 そして、当然実験は失敗する。

 被験者の子供たちは悪魔の個我によって自我を塗り潰された上、醜悪な化け物になって人も友も家族も分からずただ人を殺し回る。


 ただ、修人にとってそんなことはどうでも良い。

 その日彼は、学校の帰りに少しコンビニに寄り道をしてから帰った。

 家に近付くにつれ嫌な騒がしさが大きくなっていく。良くないことが起こっているのが十一歳だった彼にも理解できた。

 家に帰れば、みんながみんな泣き叫んでいた。

 痛い、苦しい助けて。お化けになりたくない。痛い痛い痛い。助けて、苦しい。殺して。死にたい。水が欲しい。みんなはどこ。助けて、助けて助けて助けて。

 体中に変な模様が浮かんだ弟たちが、泡を吹き血涙を流して床の上で魚のようにもがく。


「みんな!」


 弟の一人に駆け寄ると、彼は安心したような目で修人を見て、


「よか、った……シュウ兄はぶじだったんだ、ね……」

「なにが、何があったんだよ!?」

「シュウ、にい……おねがい、……おれ、を……ころして……」

「は……?」

「いたい、いたいんだ……ずっとずっとずっと頭の中が破裂しそうで、痛い! 痛い痛い痛い! はやく、早く楽にして! やだよ、こんな痛いのがずっとつづくのはやだよ!」

「で、でも……」

「はやくぅ! 死にたい死にたい死にたぃいい!」

「あ、あ……」


 必死の形相で詰め寄って来る弟は、本当に切羽詰まっていた。


「これ、あるから……だから、頼む、よぉ……」


 渡されたのは、工作で使うようなハサミ。

 それを手に取り、そして弟の顔とハサミを交互に見る。


「はやく……」

「あ……」

「おれ、化け物になりたくない! お化けになって、人を殺したくない!」

「でも俺……!」

「早くっッッッ!」

「ぁああああああああああああああああああ!」


 そこから先のことは覚えていない。

 ただ、みんなの元を訪れたことだけは覚えている。

 その後、生きていた人たちはいなかったから、きっとみんなの元を回って、そしてみんな駄目だったのだろう。


 弟も妹も全員殺して殺して殺して。

 返り血まみれになりながら最後の一人の元へと向かう。

 ユキは、無表情のまま涙を流して立っていた。


「ユキ、ねえ……」

「修人……」


 少女の手には、五芒星とその周りにいくつかの文字のようなもの――厳密にはヘブライ語――が描かれた紙を右手に握っていた。


「しゅうと、私ね……何も覚えてないの……」

「ユキねえ……っ」

「知らない間にみんなに変な薬を飲ませていて、気付いたらみんな苦しんでた……」


 暗示、洗脳魔術というものだろう。黒幕の魔術師は自らの正体を隠すために、孤児院で最も信頼されているユキを操って、よく分からない薬か何かを飲ませたのだ。今頃、元凶たる魔術師は、部屋の中で優雅にくつろいでいるのだろうか。

 それすらもどうでも良い。


「ねえ、しゅうと……わたし、お姉ちゃん失格だよ……」

「そんなこと……っ」

「だから、ね……」


 そう言うと、少女はポケットから果物ナイフを取り出すと、一息に自分の胸に突き刺した。


「ぁあああ! ユキ姉!」

「ぐ、ぶ……っ」


 口から大量の血を溢して地面に落ちるユキを寸での所で受け止めた。絶望に暗く濁った瞳が修人を見つめ、その端から雫が落ちる。雫はただ暗い夜の空を映していて、この世界では涙すら輝けないのだと、子供ながらに修人は思った。


「しゅうと、よく、聞いて……」

「ゆき、ね、え……」

「修人は優しいから、みんなを殺しちゃったことを、後悔するとおもう、けど……でも。それでみんな……救われた、のよ……」

「う、そんな、そんなこと、ない!」

「しゅうとがいなかったら、みんな、ずっと痛い痛いって叫びながら。人を殺さなきゃならなかったの……。だから修人は、良いことをした……わかった……?」

「なにが、いいことだ……おれは、独りだけいきて、みんなころして、だから……」

「修人」


 そこで、強くはっきりとした声が彼を捕らえた。


「生きて。きっと、辛いことが続くと思う。きっと、いっぱい自分を責めちゃうと思う。だけどね……いつか、いつか必ずあなたを守ってくれる人や、救ってくれる人が現れるから……」


 守る? 救う? こんな自分を?

 楽しいことをしている間に弟たちが苦しい想いをしていて、そんなことも知らずに呑気に帰宅し、その後その大切な弟たちを殺したこんな自分が?

 今こうして、たった一人救えたかもしれなかった姉すらも見殺しにしておいて?

 最愛の家族を何人も何人も何人もその手に掛けた自分が、いつか救われることを願って生き続けるだと?


「だから、大丈夫……。しゅうとは、修人のままでいなさい。きっとまたいつか、昔みたいに普通で、平凡で、当たり前で……だけど、とても楽しい毎日が帰って来る、から……」


 ――無理だ。それは許されない。


 そんな言葉は、口から出なかった。

さっきの言葉が、最後の一言だったから。

 ユキはたった一人残った弟に生きてくれと言った。

 幸せになることを諦めず、救われる日を夢見て、いつかまた普通で平凡で当たり前の日常が帰って来ると信じ続けて、生きて欲しいと。

 その気持ちは、分かっている。

 唯一生き残った弟に、幸せになって欲しいというのは姉ならば当たり前の願いだったはずだ。


 だけど。


「そんな、こと……」


 それを、本人が認められるかどうかなんて、別問題だった。


「そんなこと出来るわけないだろお……っ」


 たったひとり、静かになった孤児院の中で、少年は大粒の涙を流し続けた。


「こんな、こんなの……! 俺はみんなを殺したんだよ!? みんなを、殺したんだ! 殺した殺した、殺したんだ! 家族を、手に掛けた! そんな人間が、救われることなんてない!」


 いいや、そんな生ぬるい話ではない。


「もう俺は、普通の人とは違う! こんな、こんな汚い体が、みんなと同じなもんか! 何が普通だ、何が平凡だ、何が当たり前だ! そんなのもう、無理だよ……っ!」


 それからずっと、ずっと、少年は一人で泣き続けた。

 そうして全部を吐き出した後になって、ようやくぽつりとこんなことを言う。


「……もう、いい……」


 流し過ぎて枯れた涙。その痕をぬぐって、少年は虚ろな瞳で空を見た。


「もういい……おれは、もういい。おれなんかどうでも、いい……だから、他の人。他の人だ……ちょっとでも、ちょっとでもいいから、人を、助けよう」


 だってそうじゃないと、自分が生き残った意味がないから。

 どうして自分だけが生き残ったのか。その理由は簡単だった。

 弟たちと同じように不幸に見舞われた人たちを、一人でも多く救う。

 救ったらその次を救って、また次を救って。

 きっと。

 皆から託されたものはそれだ。

 生きた自分が家族から受け継いだものは、そういう類の使命だ。



 ありもしない使命を勝手に作って、そして少年は無限の砂漠の中を歩き続けた。

 少年の人生が終わった瞬間だった。その日から彼は、死んだように生きることになる。


☆ ☆ ☆


「――『染色(アウローラ)』――」


 赤髪の魔術師『聖槍の尖兵』は、小手調べも様子見も何もなく、戦いの始まりから己の心象の全てを曝け出した。



「――――『千魔覆滅・慈悲の聖槍(サルワティオ・クリス・ロンギヌス)』――――」



 彼の根底にあるものはクリスティア=アイアンメイデンという少女の救済だ。この広い世界でただ独り、永遠の苦しみに捕らえられ続ける一人の女の子。彼女を囲う苦痛の檻から解放することこそが彼の至上至極にして唯一無二の信念だ。

 オルガ=ディソルバートはクリスティアと出会う以前から尖兵として数多くの魔族や魔術師を殺してきた。人間や他の長命種を危険に晒すような凶悪な者達を、贋作の槍で貫いてきた。

 それが総聖堂〝十一尖兵〟の使命。人に仇なす数多の邪悪を打ち滅ぼす槍こそが彼らの存在意義である。


 故にオルガもその枠から外れない。彼もまた数多の邪悪を刺し貫き、血の池と死体の山を作ってきた。

 だが、彼が最初に求めたものはそんな諦めたような結末ではなかったのだ。

 彼は人の、亜人の、魔族の良心を信じていた。

 この世の生きとし生ける者は皆、情愛や慈悲、正義の心を必ず持っており、故に対話をすれば分かり合えるはずであると。互いに心を曝け出し合い、正面から話し合えば、分かり合えない者などいないと。


 だが、そんな彼の戯言が通るほど裏の世界は甘くない。

 殺せと命じられれば殺すしかなく、また未熟な彼では命は奪わず話し合いで解決するなどという理想も遥か遠いものであった。


 だが、ある日クリスティア=アイアンメイデンという少女と出会い、それが大きな契機となった。

 この世には、殺す以外に救済の道がない誰かもいるのだと、ようやく気付いた。

 オルガはクリスティアを救いたい。だが、彼女を救うには殺すしかない。

 その理想と現実の乖離、あるいは衝突によって生まれた染色がこれである。


 僕は魔族を救いたい。だけど現実はそうはいかない。彼女は既に救いを拒んでおり、諦めている。故に彼女を苦しみから解放するにはその命を絶ち、罪悪感や自己嫌悪の全てを忘れさせる他ないだろう。

 殺害という道でしか救えぬ者がいるのなら、その罪は僕が背負おう。誰かの恨みも憎しみも全て僕が受け止めて、そして苦しみから解放してみせる。

 それを救いと呼ぶことはおこがましいのかもしれない。

 それでも。

 そんな最悪で薄汚い方法であったとしても。

 それでも救える心があるのなら、己の心を殺してでもこの聖槍でもってその心臓を貫こう。


 少年の背後に浮遊していた五本の聖槍、そして両手に握られていた二本の聖槍もまた消え去った。代わりに、彼の胸の中心から深紅の輝きが発生すると、より鮮烈かつ鮮やかなルビーの色をした聖槍がゆっくりと浮かび上がる。

 穂先を太陽(ひかり)の奴隷へと向け、徐々にその全貌を表していく。

 長さはおおよそ百八十センチ程度で、オルガの身長よりも少し大きい。造形は先まで使用していた偽槍と大差ないが、柄も穂も等しく淡く赤色に光るその様は幻想的ですらあった。

 魔の根源を断つが如き緋色の輝きは、ルビーの放つそれよりもなお美しい。

 長い柄を掴むと、器用に手のひらの中で槍を回し、その柄頭を地面に打ち付けた。

 コォン……――、と耳ざわりの良い音が鳴り響き、槍の調子が良いことを確かめるとさらにクルクルと回し――両手で固定。穂をヴィロス・アスカスィバルの首元へと真っ直ぐ向ける。

 腰を落として低く息を吐くと、大声一喝。


太陽(ひかり)の奴隷よ、その信念は見事と言える。人のため、民のため、己が身を使命に差し出し私欲を捨てたその理想、感嘆に値すると魔を狩り君を狩る敵たる僕から称賛を贈ろう。しかしその手段は許容できない。共に手を取るに値しないと断じ、これより断罪の儀を執行する。覚悟しろ。これより君が受けるは模造の聖槍なれど、しかしてその輝きと神性は(まこと)なり!」

「光栄だよ、聖槍の担い手よ。だがしかし、私たちはお互い相容れないか」

「そうだ。行くぞ――!」


 床を蹴り抜き太陽の黄金炎を操る暗器使いへの懐へと躊躇なく踏み込んだ。

 両者互いに敵を己が間合いに収めている。

 先に仕掛けたのはヴィロスであった。彼は太陽の炎によって形作られた無数の刀剣を服の下から生み出すと、それらを束ね、鈍器のように扱った。

 左方向からの攻撃。対するオルガは跳躍することで回避を試みた――が、ジャンプ力が足りず、未だ刀剣によって作られた(ハンマー)の進行方向から逃れられていない。


 しかし――


「――ふっ」


 赤髪の魔族狩りは穂先を下に、柄頭を天へと向けてその一撃を受ける。

 衝突。

 聖槍の穂と中心のちょうど中間辺りのポイントと、刀剣を束ねたハンマーが接触した。てこの原理によってオルガが力負けし、穂が僅かに己の身体の方向へと押し返された。――その、瞬間。


「はァアアっ!」


 気合と共に槍を両手で押し出した。空中にいるが故、足を固定し力を拮抗させることも不可能。当然ながらオルガは後方へ押し戻される。――もしも、攻撃を真正面から受けていれば。

 しかしオルガは槍と槌を正面衝突させていない。攻撃の力をほんの少しだけ上へと逃がすように力を加減していた。よって、彼の体は後方――即ち並行方向――ではなく、垂直方向へと僅かだけ浮き上がり――


「――――ッッ」


 刀剣の槌を中心に、槍の衝突部分を作用点として車輪のように一回転。刀剣の真上を高跳びの要領で飛び越えて、絶体絶命の一撃を躱した。


「らァアアアッッ!」


 オルガは回転運動のエネルギーを槍に乗せ、がら空きになった心臓へと渾身の突きを叩き込んだ。

 華麗な回避からの熾烈な一閃。その一撃はあのクリスティアですら完全なる回避は不可能だろう。

 しかし。


「まだだ! その程度では倒れんッッ!」


 左肩が潰されているというのに、太陽の輝きに焦がされ続ける哀れな伝道師は、激痛すら我が試練でしかないと絶叫し、左腕を無理やり振るい太陽炎の暗器の束をオルガへと叩き込む。


(この男、回避をしないだと……ッ!?)


 あまりの異常性に戦慄し、槍の穂先が僅かにぶれた。

 それが分かれ目だった。

 オルガの槍は心臓を捉えずその少し上――右の肺を貫き、

 対してヴィロスの太陽の槌はオルガの右半身を強かに打ち据えた。


「が、ァアア……ッ!」

「ぉ、ぉオオ、ォオオオオッ!」


 刺された傷が抉れることも構わず、全身を捻ってフルスイング――オルガを吹き飛ばした。

 赤髪の少年は床に叩き付けられ瓦礫を吹き飛ばしてさらに転がっていく。十メートルほど転がってようやく停止すると絶叫を上げた。


「がぁァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」


 右半身を派手に焼かれ、のたうち回る聖槍の尖兵へ、さらに数本炎の刀剣を叩き付け爆撃。爆炎と煙幕の向こう、屋上の縁で停止して意識を失う魔族狩りの少年を一瞥すると、彼は視線を切って眠っているクリスティアと修人を注視した。


「なるほど、記憶の交換が終わりいよいよ契約か。その前に少年の息の音を止め、真祖も全身を細切れにした上で保存するとしよう」


 黄金の炎を発する剣を右手に持ち、肉も神経もズタズタに潰れた左腕を使って右の肺に刺さった聖槍を引き抜いてその辺に捨てた。気絶しかねない激痛が男を襲うも、それを無視して歩き出す。


「待てッッ!」


 だが、その進行を妨げる者がいた。

 先ほど完膚なきまでに破ったはずのオルガ=ディソルバートである。ヴィロスの注意が二人へと注がれるや、彼は気絶から立ち直り無手でヴィロスの腰へと抱き着いたのだ。


「既に満身創痍に見えるが、槍も持たずしてこれ以上何を足掻く?」

「うるさいッ! 槍などなくとも!」


 そう言うと、オルガはヴィロスの身体をクラッチしたまま後方へと反り投げた。


「この身一つあれば、クリスティアをお前から守ることなんか造作もないんだッッ!」


 その脳天をコンクリートへと叩き付けた。

 ゴギ……ッ! とヴィロスの首の骨が砕ける音が響き、それを確認すると腕を放して離脱。落ちていた聖槍を拾い再度構えた。

 バランスを崩しかけるも、何とか足を地面に縫い付けて耐えきった。

 目の前で数秒微動だにしなかった太陽(ひかり)の奴隷だったが、オルガが突っ込んでこないと判断するとゾンビのように起き上がる。


「不思議だな」


 神父の皮を被っていた時に浮かべていた皮肉げな笑みとは似ても似つかない、愉快で仕方がないとでも言いたげな楽しそうな笑みを浮かべながら、彼は折れ曲がった首を元に戻した。


「なぜ君はそうまでして戦う? 君はあの真祖に懸想していたのだろう? ならば今、君の心中は穏やかではないはずだ。先に彼女と知り合ったのも、強く彼女のことを大切に想っているのも君だ。それは君自身が理解しているはず。たった数日前に現れた間男が、君の片思いの相手からあらゆる愛を受けている。だというのに、なぜ君はそこまで本気で彼らを守れる?」


 それは悪魔の誘惑などではなく、戦士の興味故の質問であった。


「彼女はともかく、彼を守る義理は無いはず。理性や論理の話をしているのではないと分かっているな? そうだ、君は本気であの『二人』を――風鳴修人とクリスティア=アイアンメイデンを守ろうとしている。何故だね? なぜあの少年をそれほど傷付いてまで守るのだ。彼と特別な友情や信頼関係があるわけでもあるまい」

「そんな事か……。君は、男としては最悪だな」

「なに?」


 圧倒的劣勢に立っているはずのオルガ、しかし何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 それは、修人の前でもクリスの前でも絶対に見せない強い笑みだった。


「惚れた女の子の想い人だからこそだよ。彼が死ねば彼女は泣く。あれほどまでに他者との関わりを拒否し続けたクリスティアが、眷属にして永遠に添い遂げたいと深く想っている男だぞ! 簡単な話だッッ! 僕は彼に! 風鳴修人に! あの馬鹿で頭のおかしい、けれどとても心優しい憎い男に期待しているんだ! 彼ならば――己の命なんて顧みずに彼女を守ろうとした彼ならば! あの馬鹿ならば、彼女の心を救ってくれるはずだとッ! そして何よりっ!」


 漢、オルガ=ディソルバートは槍を固いコンクリートへと力の限り叩き付けると、怒りを込めた怒声を放った。


「彼は僕と約束した! 彼女を殺して救うか、守って救うか、その決着を付けようとッッ!

 男と男の約束を(たが)えさせるような格好の悪い真似を、彼にさせるわけにはいかないッッッ!」


 勝算はない。

 オルガ=ディソルバートとヴィロス・アスカスィバルでは決定的な力の差、経験の差、そして信念に対する思いの差が存在する。

 奇跡が起きようとも、彼の力では黄金の吸血鬼には届かない。

 それでもなお、彼は約束を交わした少年と懸想した少女のため、無謀な戦いへと身を投げる。


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