回想三
――やめよう。
――何かを求めてはならない。
――私は、罪を重ね過ぎた。
――ただ歩き続けるだけの機械になろう。
そうやって、少女は歩き続けている。
太陽が世界から消えて数年すると、吸血鬼が作ったある王国が生まれ、数十年とせぬ内に世界有数の力を付けた。世界各国から敵視されたその国は、しかしその圧倒的な武力を矛として、戦争を起こそうとしていた。
吸血鬼の王国――UKVと、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアを擁する連合軍との大戦争。
その準備段階において、UKVは世界を放浪するクリスティア=アイアンメイデンという少女の特異性、戦闘能力、そして存在を危惧し、その力を封印することに決めた。
単純な罠だった。
危険な魔獣をある地域に出現させ、狂ったように人の世を守ろうと世界を放浪していた彼女を誘い込む。戦いの後に疲弊した彼女に混乱の魔術を掛け、魔術を封印した。
少女は寄る辺を失った。数百年という歳月の経験で得た体術や戦闘勘は失われずに済んだが、それまで少女を支えていた莫大な戦力が使えなくなったのだから。
これまで感じたこともない不安が襲ってきた。
それでも少女は、「■■■■」とだけは言わなかった。
そしてそれから、少女は何度も敗北することになる。
ある魔女狩りの組織に捕らえられたことがあった。
その時に受けた仕打ちは、はっきり言って最悪だった。自らの性と同じ拷問具で全身をズタズタに裂かれたのち、神性を帯びた神具で滅多打ちにされ、遊び半分で作られた疑似的な日光を発する神性の高い光が満ちた部屋に一か月放り込まれた。
皮膚は焼け爛れ、叫び過ぎて声は出なかったし、涙が本当に枯れることをあの日知った。
それでも少女は、「■■■■」とだけは言わなかった。
何とか逃げ切った後も、十一尖兵を始めとした魔族狩りに何百度と殺されかけた。
ある日、とある十一尖兵と出会った。彼はどうやらクリスに一目惚れしてしまったようで、すぐには殺そうとしなかった。
だけど、話をしている内に彼もようやくクリスの救いのなさに気付いてくれたのだろうか。
殺すよ、と言った。
とはいえクリスも、簡単に殺されるつもりはない。
この身が背負う業は、死で贖える重さではないことを知っていたから。
彼女はまんまと彼の前から逃げおおせると、それからも救済と殺人を繰り返した。
誰かを救おうとするたびに、誰かを殺さなければならなくて。
だけどその負の連鎖を断ち切ることも出来ない。
赦されたいわけではなかった。ただ、償わなければならないから、こうやって無間の荒野を歩き続けていたつもりだった。
そもそも、赦されようと思うこと、救われようと思うこと、それ自体が既に罪だろう。
そんな甘えた考えを、これまで彼女に殺された者達が聞けばどう言うだろうか。
クリスティア=アイアンメイデンが出した答えとは。
千年を歩いてきた孤独な少女が手に入れた答えとは。
「――――私は、永遠に人を助ける機械として在ろう。
悲劇のある所に行って、そして助けられる命を助け、切らねばならぬ命を切ろう。
救いも赦しも繋がりも求めぬ。
ただ、歩き続けるだけの無であるべきだ」
それは、彼女の人生の終わりを意味していた。
クリスティア=アイアンメイデンという少女の終わり。
砂漠を歩き続ける機械としての始まり。
そうやって、彼女は千年間歩き続けた。
そうあらねばならなかった。
だから、自分が救われる未来などいらない。そんな道は必要ない。あってはならない。
そんな希望は醜く汚く浅ましく卑しく下らない。
そんな自己暗示を、千年間続けてきた。
結局、自分の本当の心にも気付けないまま。
少女は、私は塵だ屑だと罵りながら、歩き続けた。
そしてそれまでの一度として、「■■■■」とだけは、固く誓って言わなかった。




