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Starry Pandemonium  作者: 焼肉の歯車
第一編 灰色の胎動
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序章 悠久種・吸血鬼

 この二百年、空に太陽が上ったことは一度もない。


 永遠に開けぬ夜の世界。まるで地球の時間が止まってしまったかのように空はその色を閉ざした。降り注ぐは星々の微細な輝きと、淡く大地を濡らす弱々しい月光のみ。

 闇が支配するこの世界は魔窟である。

 エルフやドワーフ、天部の末裔、魔術師――そう言った魔族や亜人、人外化外に異能者たちが跳梁跋扈し、我が物顔で通りを歩く様を見れば、誰もがここを伏魔殿(パンデモニウム)だと断じるであろう。


 永劫留まり続ける星夜。

 あらゆる種族が生きるこの夜の世界を人々は『永遠の夜ステアリー・パンデモニウム』と呼んだ。


 そして。

 この永遠の夜という世界の中に数いる種族の中でも、ひときわ強大な力を持った種族があった。

 悠久種・吸血鬼。

 夜を住処とするまつろわぬ高貴なる人外が、この世界の半分を握っていた。

 また、吸血鬼に真祖という概念在り。



 これは、悠久を生きる少女と、彼女に見初められた罪に塗れし眷属の物語である。



☆ ☆ ☆


 痛みは連鎖する。

 死を撒き散らす人外はその力を惜しみなく放出し、か弱き市民を己が血で作成した凶器でもって躊躇なく殺傷する。殺人という手段でもって血の花道を自らの手で演出するその様は悪魔のそれだ。


 行進する影は一つ。

 高い身長と整った顔立ちを持つその男は、閉じた口の隙間から鋭く尖った牙を覗かせ、優雅に赤い地獄の中を歩いていた。


 パチッ、パチ――木造の家屋が火炎に包まれ激しく延焼しながら崩れていく様を目の端に収めながら、貴族然とした足取りでゆっくりと標的を追い詰めていく。

袖や裾に余裕のあるぶかぶかな衣服を靡かせて、男は悠然と歩いていた。

 腰まで届く藍色の長髪は、至近で轟々と燃え盛る大火に照らされ激しい赤に染まっていた。


「そうか、まだ逃げるかっ」


 彼の視線の先には小さな背中。

 140センチにあるかどうかという程度の矮躯の、黄金のように煌めく長い金髪を振り乱す少女。足元には何も身に着けておらず、この地獄の窯のように熱い地面を素足で駆けている。身に着けた血のように真っ赤なドレスは所々がほつれ、あるいは破れていた。元は高価なものであったのだろうが、今やその面影は全くない。

 ただ前だけを見るその瞳はルビーのように鮮やかな赤色。

 容姿の特徴だけを取り上げてしまえばただの幼女にしか思えぬ彼女であるが――


「ちッ、しつこいなストーカー吸血鬼が! 百年単位で付きまとう変態なんぞ対象外だ。どうしてこう、男のストーカーってのは気持ち悪いんだ……? 全盛期なら細切れにして魚の餌にでもしてやったのだがなッ」


 その口調や態度、皮肉げな表情から、どうにも年齢とは大きく乖離した印象を与えてくる少女であった。


 吸血鬼の四つの頂点である『神祖』『深祖』『清祖』『真祖』――裏の世界において『シンソ』と呼ばれる吸血鬼の最果ての内の一人。

真祖――手配名(コード)生贄(ゴート)』クリスティア=アイアンメイデンである。


 赤熱するアスファルトの上をひた走りながら、彼女はさらに速度を上げる。周囲の景色が線となって後方へ流れていく。人間には到達できぬ人外の速度でもって逃走を図る。その速度、秒速にしておおよそ三十メートル。無限に近い魔力を内包した吸血鬼だからこそできる芸当。身体能力強化・体組織とスタミナ回復、それらの魔術を無意識の内に発動し、加速したのだ。


 魔術とは本来、ある程度のイメージを固め、表層意識――即ち妄想――を具現化させる概念である。故に人間が扱おうとするならば、それなりの時間や工夫が必要であるのだが、吸血鬼にそんなものは不要である。理由は単純、長い永い年月を歩いている内に慣れるからである。


(まあもっとも、体組織の回復――つまり超速再生は別物だがな)


 心の中で小さく吐き捨て、少女はさらに加速。頭がおかしくなるほど長く生きたが故の無尽蔵の魔力を用い、呼吸と同義となるほどに習慣化したイメージの固定化を行って、並みの吸血鬼ですら視認できぬ速度にまで到達した。

 このまま引き離し、逃げ切る。

 幼い少女の顔に勝利を確信した喜色が浮かぶ。

 敵を巻いた後に一定期間地下に潜って時を待てば、また日常に戻れる。


 ――そう、あの無味無臭の、水一つない砂漠のような日常に。

 ――血の臭いが離れないたった独りの毎日に。


「ふん……少し異常事態に浸り過ぎたか? 歳を取ると感傷的になってしまって駄目だな。それもこれも全部あの三流吸血鬼のせいだぞまったく……」


 顔をしかめてそんなことを言っている内に随分と差を付けてしまっていたらしく、後方に吸血鬼の気配はなかった。

 少女は立ち止まり、心底軽蔑したような視線を、走ってきた方角へと向けた。


「たかだか三百年かそこら生きただけの若造が私を追いかけまわすなど……アホか。無駄な体力を使わせよって。雑魚は雑魚らしく草でも食ってろというのだ」


 吸血鬼は悠久の時を生きる。それこそ無限の時を歩き続ける種族である。故に、時間の感じ方もまた人間とは大きく異なる。

 人間が百余年生きるところを、吸血鬼は平均五百年生きると言われている。不死身かつ不老。その死因も多くが戦死。戦いに敗れて死ぬというものである。

 たかが三世紀程度しかいていない若造など、真祖として少なくとも千年以上を生きている彼女にして見れば人間の赤子とそう変わらない。


「三百年ねえ……」


 視線を映し、少女は空を見上げる。

今日も空は黒い。本来ならば満点の夜空が見えるのだが、何万光年向こうで燃える恒星の小さな輝きは、地上で燃え盛る業火のオレンジに呑まれてしまって今は見えない。


「ふん。まあ太陽のヤバさを知っているだけ良しとしてやろう。……それにしても、あの年代の吸血鬼は本当に多くてかなわん……。人間でもないのだから結婚もする必要ないというのに」


 べぇ、と舌を出して夜空の真ん中で怪しく光る満月に不満を漏らすクリスティア。

 ひとつ息を吐き出し伸びをすると、首を鳴らして次の行き先について思考を伸ばす。


「…………」


 ただその前に、背後を振り返って炎に呑まれてしまった街を眺めた。

 そうして、一言。


「……ごめんなさい」



「――そうだな。これは君が招いた事態だ! 真祖殿っ!」



「――――ッ、貴様、いつの間に追いついたッ?」


 真横から聞こえた声に、クリスティアが飛び退(すさ)った。犬歯を剥き出しにし、驚愕と困惑、そしてこの程度の若造に不意を突かれた怒りを表情に浮かべる。

 藍色の長髪と緑色の瞳。そしてどこか楽しげな笑みを浮かべる男は、クリスティアの問いには答えず、一つの小さな呪文を唱えた。


悪魔と私の経路を繋げアケスス・ディアボルス――――接続(コネクショヌ)、〝アザゼル(アザゼル)〟」


 それは吸血鬼が血の中に飼う悪魔から力を強奪するための呪文であった。


「貴様、まさかその歳で悪魔使役(サンギス・ススキタティオ)を……ッ? ちッ、厄介なッ! それならそうと早く言わんか面倒くさい!」


 混乱しつつも相変わらず悪態を吐くクリスティアに、男は何も返さない。

 彼は右手を掲げると小さく笑い――――

 そのぶかぶかの袖の奥。濃密な闇の空間から血色の刀剣が、ダムが決壊したかのような勢いで溢れ出した。

 暗器――数えるのも馬鹿馬鹿しい無数の刀剣がクリスティアの上半身を襲う。


(こいつ、また面倒な……ッッ)


 上半身を捻りながら後方へ仰け反ることで辛くも回避。鼻先数ミリを通過した刃に背筋を震わせながらも第一陣は乗り切った。だが――


「では次だっ! 千年を生きる古き真祖殿! この程度で壊れてくれるなよッ!」

「ぐ――っ」


 無理な回避により少女はバランスを崩している。ここへさらに暗器を叩き込まれてしまえば蜂の巣になることは避けられないであろう。真祖という特別な種である以上死ぬことはないだろうが、行動不能になることは確実だ。そうなれば――


(終わる……)


 得体の知れない呪いに身を蝕まれるのか、科学の粋を集めた機械の電極に繋がれるのかは知らないが、とにかく残りの千年近い余生がまともなものでなくなることは確実だろう。

 ならばどうするか。答えは一つ――相打ち覚悟で敵を殺す。


 吸血鬼の最上位種であるが故、再生能力に関しては悪魔使役を使える程度の上位吸血鬼に引けは取らない。先に完治するのは少女の方だ。

無理な体勢から手刀を放ち心臓を貫けば相打ちは確実だろう。ならば方針は定まった。迷う必要は皆無なり。

 少女はルビーのように鮮やかな赤の瞳をスッと細めて殺意を放出する。


「死ね」


 絶対零度の声と共に放たれる一矢が男の心臓を貫かんと唸り、

 無音で溢れ出した無数の暗器が真祖の全身に穴を開けようと猛った。

 そこへ――



聖槍複製(ランケア・ファケレー)



 遠方から深紅の槍が飛来し、クリスティアへと掲げていた男の左の二の腕に接触し、吹き飛ばした。それによりクリスティアを蜂の巣にするはずであった暗器はあらぬ方角へと放たれる。

 男の態勢が崩れたことにより、クリスティアの手刀もまた狙いを外れて男の右肩を深く抉り抜くに留まる。


「ぬ……」


 小さな声と共に男が大きく下がった。血と肉が周囲に飛び散りグロテスクな絵面が展開されていた。

 ぼとり、と吹き飛んだ腕が赤熱した地面に落ち、続いて多量の血液によって血だまりが生まれる。


「再生、しない……?」


 一瞬の静寂の後、一番初めに声を上げたのはクリスティアであった。吸血鬼の再生魔術をもってすれば一瞬で治るような傷でありながら、腕が地面に落ちてなお再生する気配のないその異様な事態に言葉を失う。

 ただし、それは初見故の驚愕ではない。知っているからこそのものであった。


(これは、ロンギヌスの……)


 地面に突き刺さった深紅の槍を見て、彼女は一人の少年を思い出していた。

 複製魔術によって贋作とはいえ吸血鬼の再生魔術を阻害する聖槍を扱う一人の少年を。


「久しぶりだね、クリスティア。そして――お初にお目にかかる、名も知らぬ吸血鬼よ」

「ほう。君は?」


 槍と同じく深紅の髪。女ウケの良さそうな美系の顔の少年。白い祭服を纏いその上から赤色の外套を纏った姿は、聖職者のようにも見える。

 否――彼は真実、神に仕える信徒である。


「僕は総聖堂〝十一尖兵〟が序列第五位、『聖槍の尖兵(ロンギヌス)』オルガ=ディソルバートだ。彼女を悪用させはしない。真祖たる彼女は――――僕の手で終わらせる!」


 叫び、背後にさらに五本の聖槍を、そして両手に新たな槍を一本ずつ生み出して少年は男へと駆け出した。背後で浮遊する五本の槍が一斉に男へと殺到し、そこへ畳みかけるように少年が二槍の乱舞を叩き込んだ。

 ロンギヌスの槍と悪魔アザゼルの力をそれぞれ使役する魔術師と吸血鬼が死闘を演じる。

 ある種神話の再現とも言える戦いの余波は暴風という物理的な形となり、近くにいたクリスティアを吹き飛ばした。


「く、ぅあ……ッ!」


 吹き飛ばされた彼女は、離れた場所から数秒の間その光景を見ていたが、


「今の内か。……すまぬオルガ、利用させてもらう」


 すぐさま背を向けて走り去ってしまう。


「…………くそ」


 こんなに醜い行為をしておいて、胸の底で静かに眠るひとつの願いに吐き気を覚える。

死にたいほどの自己嫌悪に包まれて、けれど死を選べなくて――少女はその吐き気を振り払うように走り続けた。

 いつしか地獄の赤は遥か彼方へと置き去りにされていて、今はただ、静かな夜空だけが少女を見下ろしていた。


 明けることのない、暗い昏い夜空だけが。


連載です。とりあえず一巻分のみですが、二巻以降も書こうと思っています。よろしくお願いします!!

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