雪だるま
前作が200文字ということで、今作は1000文字の作品になります。
次作は5000文字ですね。
それは、ちょうど冬が近づいている頃のことだったと思う。
『お兄ちゃんは何でもできるって、本当?』
病の床に臥した妹は、あどけない表情でぼくにそう尋ねた。優等生だったぼくを褒める周りの大人の言葉を、鵜呑みにしているらしかった。
『本当だよ。雫の夢、何でも叶えてあげる』
笑ってそう言うぼくに、雫はこう言った。
『じゃあ、雪だるまが作りたいな!』
ぼくの住む町は、とても暖かかった。今までに、雪を見たことなんて一度もなかった。
『雪なんてこの辺じゃ中々降らないからなあ』
『・・・できないの?』
雫は、とても悲しそうな顔をした。ダメもとで言った、そんな気配は全くない。ガラス玉のような目は、心から兄を信じていると伝えてきた。
『いや、できるさ。お兄ちゃんに任せな』
妹のためなら何だってやってやれる、そんな気がしていた。
何をできるかを考えて、ぼくは神さまに手紙を書くことにした。きっと届くはずだと思った。
神さまへ
ぼくの妹が、雪だるまを作りたいといっています。
ぼくもまだ子供です。でも、妹はさらにその半分の景色しか見られていないんです。
だから神さま、どうか妹の願いを叶えてください。
結局、ぼくの願いが届くことはなかった。八百万いるというのに、その中で一人だってこの小さな少女の願いを叶えてくれる神はいなかった。
小雨が降る中、雫は息を引き取った。ぼくは、自分があまりにも無力であることを知った。
それから月日はいなくなった少女のことなど気にも留めずに流れ、ぼくは中学生になり、やがて雫の三回忌の日がやってきた。
朝目覚めると、窓が濡れていた。昨日、雨なんて降っていない。ぼくはかじかんだ手に無理やり力を込め、窓を乱暴に開けた。すると、白い絵の具を散らしただけの景色が広がっていた。
この町に雪が降った。ぼくは驚きと共に外に出た。寝間着のまま空を見上げると、顔がまばらに濡れた。
手紙の返事を出すのに一年もかけやがった。舞い散る雪を見て、ぼくはそう呟いた。
ぐしゃぐしゃと、乱暴に庭の雪をかき集めた。数センチの積雪を両手一杯にとり、必死に固めた。
ぼくの力は強くない。なのに、どんどんとそれは形になっていった。
雪は少ししかなかったのに。それも、凄く柔らかいものだったのに。
そう思っている途中で、ぼくは自分の頬が濡れていることに気付いた。
雪のせいなのか、涙のせいなのか。
答えは分からなかったが、その雫が目の前の雪だるまを形作ったことは確かだった。