3 王子様のお気に入り
広い部屋に大きな窓。白い壁は金細工の施された重厚な作り、執務机や家具は使っているのかを疑いたくなるほどに磨き上げられ深く艶がある。ファブリックは深みのある赤で統一されていて、一つ間違えば華美で趣味の悪い部屋になってしまいそうな豪華さなのに、上手く調和させて明るく落ち着いた印象を与えていた。
その室内でリアムは執務机に山と積まれた書類を見て溜息を吐いた。
「コナー、増えているぞ」
「そうでしょう。突然の外出でしたから」
「仕事を放って来たのですか。益々幻滅しました」
城に連れてこられたセレジェイラは、今日は書類整理だけなので暫くの間執務室の一角で待つよう言われた。仕事部屋に普段から女性を連れ込んでいるのかと、呆れつつも自分も仕事なのだと従った。
「私は遅くとも五時には帰りますので、手際よく熟さないと今日は部屋にいるだけになりますね」
コナーに此方へと促された書棚の前の、おそらく本を読む簡易的なものと思われるソファへと座りながらセレジェイラは言った。簡易用といってもさすがは王城、王子用。大きさも座り心地もアークライトの来客用のソファよりもずっといいものだ。
「随分冷たいな。励ましの言葉はないのか?」
「頑張って下さい」
「笑って」
上着を側近に渡し執務椅子に座りながら言うリアムに感情も込めず言えば指示が入った。
顰めっ面をすれば出来ないのかと意地悪そうに笑われて、挑発だと分かっても仕事と割り切りセレジェイラはにっこりと笑った。
「殿下、早く書類を片付けてお話しましょう。待っています」
「愛想笑いでも美しいな」
リアムはくっと小さく笑った。皮肉にも取れる態度に些かむっとして、セレジェイラは立ち上がると執務机に脚を向け置かれた書類の一束を机の中央に置いた。
「これを一時間で終わらせて下さい」
「無理を言うな! 倍はかかる」
「私の聞き及んでいる殿下なら出来ます」
「噂とは怖いものだと言っただろう」
「いい噂は信じたほうがいいんですよ。出来ないような王太子殿下のお話相手にはなりたくありません。出来なければ帰ります」
「それは許さない」
「許されずとも帰ります」
「頑固者め」
「何とでも。時間内に終わったら休憩にしましょう。待っています」
もう一度微笑んでくるりと踵を返して部屋の壁一面の書棚へと足を向けた。
「コナー、俺が雇ったのは秘書だったか? お前以上に厳しいぞ」
「頼もしい方ですね」
背後でこんなはずではなかったというような会話が聞こえる。何とでも言えばいい。王子が話相手として招いたのはこういう女だ。
「私を話相手として連れて来たのでしょう。話をする時間を作ってもらいませんと」
「言ってくれる」
並べられた本の背表紙を見ながら、視線を向けずに言えば、リアムの苦笑にコナーが小さく笑う雰囲気が伝わる。
『王太子殿下は聡明な方だ』という噂。ただのお世辞か本当の事かは分からない。リアムの言うようにあの書類の量を一時間は厳しいだろう。ただ、セレジェイラとしては、男性、特に次期王となるのならばあれくらいの仕事は出来て欲しい。一時間半以内に出来れば合格だ。
「殿下、暇潰しに此処にある本は読んでもいいですか?」
「構わないが、読みたいジャンルを言えば用意させるぞ。其処にあるのは執務関係のものと歴史書、その類いの小説が数冊だけだ」
リアムは書類に目を通しサインしながら答えた。その姿は様になっていて、確かにただ遊んでいるだけの王子ではないらしいと見える。
「歴史書でいいです。お借りします」
真面目な顔で書類に向かう姿は格好いい。目の端にその姿をとらえ、セレジェイラは一冊の本を手に取った。
「セレジェイラ、終わったぞ」
かけられた言葉に視線を上げれば、得意気なリアムが立っていた。時計を見ればあれから五十分程だった。仕事は本当に出来るらしい。
「ほら、出来るではないですか。私はもう少し本を読みたいので後一時間分書類を終わらせて下さい。この国の歴史って詳しくみるとこうなんですね。面白いです」
「一般の本には載っていない事も書いてあるからな。そんなことより! 何をしに来たんだ、お前は」
「あっ!」
セレジェイラは本を取り上げられ 、むうっと眉を寄せた。
「仕事一時間の休憩時間は十分ですが、二時間では三十分です。どうしますか?」
「何の店なんだ? 此処は……」
「嫌なら解雇してください」
「十分の休憩は隣に座るが三十分では膝の上にのせるぞ。どうする?」
「三十分も膝にのせれば足が痺れます」
「要らぬ心配だ」
「セクハラですよ」
「喜ばないのはお前くらいだ」
「……では、代わりに良いことを教えます。次の書類の一番上、西区の整備費用水増しされていますよ。一般の相場を調べ直した方がいいです」
言われた事にリアムは怪訝な顔をする。
「何故分かる」
「レンガ一つが銀貨一枚? 高いものでも三つ買えます」
「……コナー、検分を。セレジェイラは書類の見方がわかるのか?」
「教育は受けていますから数字くらい読めますよ」
アークライト夫人は賢い人で、これからの社会には女性も教育を受ける必要があると、それにかかる金を出し渋る人ではなかった。更に言うと、継母は現在当主代理であり、継母の兄の援けを借りながらではあるが領地の管理もしている。その仕事を手伝っているのは他ならぬセレジェイラだ。
相場に関しては普段から買い物にも行くのである程度ならわかる。そんなセレジェイラだから“シンデレラ”と言われてしまうのだけれど。
「下半期の女官の審査を受けようとも思っていましたし」
女官は王族付きの準秘書官のようなもの。十六になると試験を受けることが許される。主に王族の私的な部分を支える仕事で婚姻前の女性が箔をつける為になることもある。セレジェイラは結婚相手を見繕うのにいいだろうと思ってのことだが。
「書類を見て気付いてからよりは時間の短縮になりましたでしょう? では、右側の書類全て、あと一時間頑張って下さい。お茶菓子はマカロンがいいです」
セレジェイラは取られた本を奪い返し、再び視線を落とした。リアムの溜息が聞こえて静かな足音が遠ざかった。
「セレジェイラ、休憩だ。これ以上の延長はしない。腕が痛い」
一時間後、リアムは再び本を取り上げコナーに渡すとセレジェイラの隣に座り込んだ。
「溜めずにコツコツ片付ければいいのですよ」
「そうですね。お陰で今日は外出していたというのに定時には書類が片付くでしょう」
コナーは受け取った本に栞を挟みコンソールに置きながらセレジェイラに賛同した。
「コナー様も甘いのですよ。甘やかし従うばかりが側近、執務補佐ではないでしょう」
「これは手厳しいですね」
「甘やかし従うばかりの男に俺の側近は勤まらないさ。最終的にその日の仕事はその日のうちにやらされる」
セレジェイラの非難をコナーは静かに笑って受け入れた。彼はアークライト邸でも特に言葉を発することはなく静かにリアムの傍にいた。これで仕事が勤まるのだろうかと思えば、リアムが彼を擁護した。
「まあ、信頼していらっしゃる。コナー様が女性であれば殿下の妃として申し分ないでしょうに!」
「セレジェイラ様はその私よりも殿下に仕事をさせるのがお上手ですよ」
「殿下の妃になるのに必要なのはそういった能力ではないでしょう」
「貴女が言い出したのですが? 執務補佐の私は助かりますよ」
「ダイアナ様はしっかりしていらっしゃる方ですから適任だと思います」
「ダイアナ様は基本リアム様に甘いですよ」
「美しくて甘くて身分も申し分ない。何故決断しないのでしょう」
「本当ですね」
屁理屈を返すセレジェイラにコナーは苛つく様子も見せず微笑んで返事をする。流石は王子の側近というのか、沈着冷静と言えば聞こえはいいが、神経が図太い。これならリアムがたとえ癇癪を起そうが仕事をさせそうだ。
「お前達、随分と気が合うようだな?」
「これは失礼しました。どうぞゆっくりとご休憩を」
リアムの少しトゲのある言い方に謝罪してコナーが下がると侍女がお茶の準備の為に入室し、テーブルの上にとりどりの菓子が置かれた。
リアムはその中のひとつに手を伸ばすとつまみ、隣のセレジェイラの腰を引き寄せた。
「セクハラです!」
「これくらい仕事のうちだ。ほらマカロンだぞ。口を開けろ」
カチャンと茶器の当たる音がする。そちらを見れば驚いた顔の侍女がいた。侍女は慌てて凝視していた視線を落とした。年若い侍女だ。こういう現場は始めて見たのか。
「申し訳ありません!」
「いいえ。悪いのは殿下です。ほら、驚かれています」
セレジェイラは目前にあるリアムの手を避けた。
「気にするな」
避けた手が再びセレジェイラの口に運ばれた。退く気はないのだろうと諦めて、セレジェイラは一口それを口にした。と、残ったものをリアムは自分の口に入れた。
「行儀の悪い方ですね!」
「初めてした」
「良く言います……ああ、いつもはされる方ですか」
「それもない。だから侍女が驚いている。人に食べさせて貰うなんて煩わしいだろう」
「まあ、それは残念。して差し上げようと思いましたのに」
「その気もないのにお前こそよくも言う。出来るのならやってみろ」
「煩わしいとまで言われて出来ることではないでしょう」
セレジェイラがチョコレートを一つ取ると、その手がぐいっと引かれリアムがそれをぱくりと食べた。
「本っ当にお行儀が悪いですね!」
「そういう遊びだと思えばいい。次は何にする? 食べさせてやろう」
「煩わしい事を何故するんです!」
「お前にするのは楽しい」
「私は自分で食べます!」
セレジェイラが別のチョコレートを取ろうとすれば大きな手が伸びて先に取られた。そうしてまたセレジェイラの口許に運ばれた。「いりません」と睨めば、リアムの顔は楽しそうに微笑んでいる。強引に口に入れようとする手を押しのける。
いたちごっこをする中にコナーが声をかけた。
「リアム様、お楽しみのところ失礼いたしますが、明日の執務の確認をお願いします」
「後にしろ。セレジェイラ、俺は引かないぞ。観念しろ」
セレジェイラが眉を寄せながら口を開けばチョコが押し入れられた。咀嚼する様を見てリアムは満足げに瞳を細め、指に付いたチョコを舐めとった。
「セレジェイラ様の時間確認もありますので、そのまま聞いていただければたすかります」
こんな中で動じずに話しかけるコナーに苛ついた。
「コナー様! 殿下を放置しすぎです!」
「休憩時間にすることには余程のことが無ければ口出しはしないことにしています」
「余程のことでしょう!」
「楽しんでおられますので、この程度なら」
「どの程度からなら止めるのですか!」
「無理やり押し倒したりですかね」
「似たようなものでしょう!!」
セレジェイラはソファの肘掛けに追いやられ押し倒される寸前の姿勢になっている。押し退けようと触れた胸板は服の上からは分からないほどに固かった。押したところでびくともしない。文武に優れていると言われるように武も磨いているらしい。
「確かにこんなに強引なリアム様は初めて見ますが人目もないしいいでしょう」
「甘い!! 甘すぎます! 甘やかしていては立派な王にはなれません!」
「はは!!」
声を上げて笑ったのはリアムだ。
「何が可笑しいのです!?」
「いや? “立派な王になれない”等と本人を前にして言うのは煩い中年の教師ぐらいだと思ったが。しかもこの歳で言われるとはな。女性といてこんなに楽しいのは初めてだ。コナー、予定を読み上げてくれ」
「はい。明日は十時から定例会議。十二時南部地区代表者方と会食。十四時より五件の謁見。終わり次第書類整理です」
「まあ! 楽な仕事ですね」
「何処が楽だ。一日中気が抜けないだろう」
セレジェイラが言い捨てるように言えばリアムは眉間に皺を寄せた。
「そんな顔を見せてはいけません。為政者たるもの人前で辛い顔をしないで下さい。常に余裕を持ち憧れの対象でなければならないのです」
「……なぜ?」
「そうあって欲しいからです」
「もっと高尚な理由は無いのか……」
「ないです。私がそういう為政者が好きなだけです」
「は、はは、……あはははははは!!」
何が可笑しいのかリアムは先程より声を上げて笑った。
「お前は面白い女だな、セレジェイラ。肩の力が抜ける。人前では取り繕うのでここでは許してくれ」
「別にいいですけれど。私は普通です。殿下の周りにズケズケとものを言える女性が居なかっただけでしょう」
「ああ、なるほど。普通の女性は俺の前では自分を装って言いたいことを言わないからな。本心を言っていいと言って本当に遠慮なく言ったのはセレジェイラが初めてだ。建前の無い会話は気分がいいな」
「不敬だと思わないのですか?」
「許せと言ったのはお前だろう」
「そうですね。明日の執務は楽そうですが、話し相手になる時間は無さそうですね。お休みでいいですか?」
「迎えに行かせるから十三時に来い。謁見前に抱き締める時間くらい取れる」
「セクハラはやめてください。抱き締めるなんてさせませんよ。殿下が手が離せない時間は城内を散策しても?」
「……何が目的で?」
「暇潰しと釣りです」
「何を釣る?」
「お分かりでしょう?」
「明日は専用の部屋を用意させる。そこから出るな」
「囲われる気はありません!」
「恋人になれと言っている!」
「嫌だと言っています!」
また水掛け論が始まったかと思ったが次のリアムの言葉で方向が変わった。
「では、秘書官になれ」
「はい?」
「秘書官になれば会議も謁見も控えの間にいるか別部屋にいても仕事がある。釣りなど出来まい。散策は俺が一緒の時だ」
「それでは城にいる意味がありません! なんの権利があってそこまで束縛するのです!」
「王子にはどんな権限もある。それだけ気に入っているということだ。給金は倍出す」
倍という言葉に心がゆれる。地位的には女官よりも上の王子直属の秘書となれば高位の貴族たちと出会う確率も上がるか。
「……午後からの勤務で?」
「九時五時、残業も場合によってはある。残業手当ては別に出す」
「女官の制服ですか?」
女官、侍女には当然制服がある。公的部分を支える秘書官が動きにくいドレスでは仕事にならない。そういった服を揃えるにも金がかかる。
「秘書官としての制服を作ってやろう」
「分かりました。お受けします」
もともと女官になろうとしていたのだ。こんな割のいい仕事はない。セレジェイラは二つ返事で引き受けた。
夕刻、セレジェイラが帰った後で、アルコールの香りのするお茶が執務机に置かれた。
「思いきった人事ですね」
「どちらにしろ秘書官が必要だったしな。丁度いいだろう」
「殿下に仕事をさせる為の秘書官としては申し分ないですね。調べましたが、教育は水準以上のものを受けています。数字が読めるだけでは書類の見方はわかりませんし、仕事をするだけの能力もあるのでしょう。家で出納帳でも付けているのでしょうか。見直せと言われた書類も確かに水増しされたものでした」
「俺に仕事をさせる為の秘書か」
ふっとリアムは思い出したように笑った。
「“そういう為政者が好きだから”……こんな個人的な理由、はじめて聞いた」
「そうですね。普通は国の為、民の為、王族の務めと言うでしょう」
「人に面と向かって馬鹿と言われたのも初めてだ。手強いな」
「今までが苦労知らずですから、いい経験ではないですか」
「お前も言うな。さて、どうしたものか」
「真面目な方が好みのようですからそのようにしてみては?」
「十分真面目だろう?」
「どうでしょうか。私としては宝の持ち腐れと思う部分も多くあります。そんな部分も見抜かれているようではないですか。あの量の書類を一時間で片付けろと言われてその通りにやりましたからね」
「あれは正直きつかったが、女性に仕事が出来ないと思われるのも情けないからな」
「女性によく思われたいと思うのも初めてでは?」
リアムは執務椅子に背を預け指を組んだ。
「……妃としてどう思う?」
「それは殿下次第です。が、あれほど拒まれて手離さないというのはどういうことなのかと此方がお訊きしたいです。初対面で自室に誘い、次の日には執務室に入れるなど答えがみえたようなものでは? ……“話し相手”なんて仕事初めて聞きましたよ。筆頭者の変更を致しますか?」
「……ダイアナも悪くはないのだがな。アークライトのシンデレラがあれほどとは思わなかった。舞踏会で一目で心を奪われた王子の気持ちが分かった」
「やはり奪われたのですか?」
「やはり、か? どうだろうな。他人にやる気になれないのは確かだ。……だが、あれが俺に気のあるように見えるか?」
「……どうでしょうね……」
「王太子として失敗する訳にはいかないからな。慎重にもなる」
「期限はリアム様の二十歳の誕生日。あと一年余りです。しっかりとお考えください」
『しっかりとお考え下さい』の言葉にリアムは一度瞳を閉じて考えた。
「……金の靴と銀の靴を用意しろ」
「サイズは?」
「明日調べさせる」
リアムは側近に指示を出しアルコールの入った紅茶に手を伸ばすとそれを静かに飲んだ。
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「おはようございます」
「おはよう、セレジェイラ」
翌朝八時。誰もいないはずの王子の執務室に入れば、当の王子本人にまばゆい笑顔で挨拶を返されセレジェイラは露骨に嫌そうな顔をした。
「なんだ?その顔は」
「執務は九時からですよね。何故一時間も前からいらっしゃるのです。もっと早く登城しなければなりません」
秘書ともなれば上司より当然早く仕事に来て下準備をしなければならない。一時間あれば十分だと思ったが、当の上司が一時間早いのではもっと早く来なければならなくなる。
「ああ、それは必要ない。今日だけだ。お前に用事があってな」
「何でしょうか?」
「隣の部屋に行け。秘書の制服を作るのに採寸が必要だ」
「わざわざ合わせて作ってくれるのですか。わかりました」
セレジェイラは隣室へと向かった。そうして採寸を終えて執務室に戻ったときには出て行った時以上の仏頂面をしていた。
「何が気に入らないんだ? よく似合っているのに」
セレジェイラが着ているのは秘書の制服として用意された一着で、採寸の間にその場でサイズ補正されたものだ。
「なにか厭らしい感じの制服です」
「そんなことはないだろう。一応軍服だぞ」
紺色のアンダースカート付ワンピースジャケット。ダブルボタンだから確かにタイプ的には軍服だ。けれど膝丈フレアーのスカートはひらひらとして戦いには適さないだろう(戦うつもりはないが)。明らかにこれは男の目線を意識したものだ。
「可愛いし似合っている」
セレジェイラは呆れ顔でリアムを見る。
「もっと格好いいものが良かったです。似たようなデザインで十着も……。毎日日替わりで着て来いということですか?」
「そうだ。楽しませてくれ」
「変態」
「そういうことを言うと執務室では下着にさせるぞ」
「セクハラ!! 訴えますよ!」
「いいぞ。賠償金はいくらだ?」
さらりと返すその言葉に、確かに賠償金など痛くもないかと諦めた。
「もういいです。会議の時間ですよ。移動を」
「セレジェイラは」
「私は秘書の仕事の確認とスケジュールの調整を隣室で」
「熱心だな。秘書とはいっても俺の傍にいればそれでいいんだぞ」
「給金を貰うのですから与えられた仕事くらい出来ます。早く行ってください。理由もなく遅刻は私が許しません」
「本当に頼もしい方が秘書になって下さいました」
昨日と同じようにリアムとセレジェイラの応酬にコナーが小さく笑う。二人が出て行った後で、セレジェイラは王子の公務スケジュールを確認しだした。思った以上に詰め込まれているそれを見て、仕事のし甲斐はありそうだと思う。
王子の一存で秘書となった伯爵令嬢。本当に傍にいるだけではただの情婦と思われる。
きちんとすべきことをしていれば、見る人が見れば能力のある女だと分かってもらえるはずだ。そう見抜いてくれる人こそに出会いたい。ついでに秘書として本当に身を立てられれば男に頼らずに済むかもしれない。何より貧乏性と言われればそれまでだがセレジェイラは働くことが嫌ではない。リアムの執務中、本を読んで時間を潰すよりもずっといい。
そうして
最近、王太子リアムの仕事が早い
そんな噂話がされることになる。
元来、リアムは仕事のペースが遅いわけではない。側近が優秀な事もあるが、優先すべき事由を的確に判断し時間までには必ず終わらせていた。だが、ここのところ急なものでなければ半日から一日の猶予をもって仕事を終わらせている。
それは、新しく迎えた秘書官である王太子のお気に入りの美しい伯爵令嬢セレジェイラ・アークライトのお陰であり、また空いた時間を彼女と過ごす為だとも言われることになるのだった。




