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11 攻防戦

 今日の午前の公務は王との謁見の為キャンセルになっていた。

 リアムの執務室に二人で戻れば、コナーは別の仕事に出ていると書置きがあった。リアムは午後まで少しゆっくりしようと言うが、セレジェイラは気持ちを落ち着けるためにも自分の仕事をしようと書類に手を伸ばした。

 けれど書類に届く前にその手が掬い上げられ、甲に口付けられた。


「王と王妃の承認も得たな」


 これぞ王子というような優雅な所作と魅惑的な顔。手の甲へのキスには敬愛や尊敬という意味が込められている。本命だと言っているのだ。


「おかしいでしょう! 呪いをかけた女の娘です!」


 セレジェイラはその手を払いのける。リアムは気にすることなく、くすりと笑った。


「気にする必要はない。お前は確かにアークライト(貴族)の血を引き、その教育を受けた娘。お前は知らないようだが、周囲はとっくにお前を俺の婚約者として見ている。王子を甘やかさない秘書官と評判もいい。王と王妃に反対されることを期待しても無駄だぞ。王は何も言えないさ。自分の蒔いた種だ。王妃()も報告したとき微笑んだだけだった。知り合いとは俺も驚いたが、随分と気に入られているようじゃないか」

「誰が許しても私が嫌なんです!」

「だから何故?」

「いい加減にしてください! ダイアナ様の涙に心が揺れたでしょう! 浮気をする証拠です!」

「確かに可愛いと思った。でもそれだけだ。欲しいとは思わない。他の男に譲れる程度だ」

「キスした癖に!」

「挨拶だ。それでも駄目だと言うのならもう二度とセレジェイラ以外とはしないと約束する」

「要りません! そんな約束。王子として賓客に挨拶のキスは必要でしょう!」


 セレジェイラはふいっと顔を背けた。

 リアムから、はぁ、と疲れともとれる溜息が聞こえた。それはそうだ、いい加減愛想を尽かしたくなっても仕方がないことをセレジェイラは延々と言っているのだ。


「セレジェイラ。喩えどこぞの国王がお前に結婚を申し込んでも俺は譲らないぞ。お前は俺だけのものだ」


 それでもリアムはまだセレジェイラを諦めないつもりのようだ。何が彼をこんなにも意固地にさせているのだろう。


「私は私と私の夫となる人のものです」

「それは俺だ」

「私は私を生涯愛してくれるか、生涯面倒を見てくれる権威ある男性と結婚したいんです!」

「それは俺だ! 俺は生涯愛し面倒をみる権威ある男だ。何が不満だ!」

「貴方が貴方であることです!」


 睨み合い、暫し沈黙。

 リアムは鋭い視線のまま、咎めるような冷たい声を出す。


「納得できん。どういう意味だ。それほどに俺が嫌なら何故此処にいる。求婚され嫌だと思っている女がその相手と二人きりになる? ありえん。いい加減にしろはこちらの台詞だ」

「貴方は仕事の上では上司として尊敬できます。仕事をしに来たから此処にいるんです。それ以上ではありません! 殿下こそ意固地にならないで下さい。呪いを解く為とはいえ、必死すぎます」


 引くものかとセレジェイラもリアムから視線を外さない。

 虚勢を張るのは得意だ。ずっとそうやって生きてきた。


「呪い? そんなものどうでもいい。俺は俺の意思でセレジェイラが好きだと言っているんだ。お前こそ素直になれ。いまだに俺を納得させられる理由を言えないじゃないか」

「嫌だと言っているんですから納得すればいいじゃないですか! 理由は心が休まらないからです!」

「納得できん」


 納得できないのではなく納得する気が無いようにしか思えない。

 平行線をたどる言い合いに再びリアムは溜息を吐いて、声を落とし穏やかな調子で言った。


「セレジェイラ。こんなことは言いたくなかったが、金を出せばお前は俺の妻になるのか? そうならば幾らでも出す」

「馬鹿なことを仰らないで下さい!」

「本気だ。セレジェイラ」


 リアムはまっすぐにセレジェイラを捕らえれる。綺麗な顔は犯し難いほどに真剣で『本気だ』という言葉に嘘はないのだろうと思われた。


「だったら! キス一回金貨十枚です!」

「いいだろう」

「んっ!!」


 もういっそ軽蔑されたらいいと、自暴自棄にも似た気持ちでぶつければ、抵抗する間もなく唇が触れた。

 唇が触れるだけ、だというのにセレジェイラは逃げられないように腰を強く抱かれた。そしてしばらくすると唇を唇で優しく甘噛みされた。角度を変えて何度も何度も。


「は、あ……ん、いや……や、め……」

「……もう一度だ」


 ふっと唇が離れセレジェイラの頬にリアムの唇が触れた後、耳元で艶のある声で呟かれた。

 再び触れた唇はその柔らかさを確かめるように舌でなぞられた。


「んっ、あ……あ」

「可愛い声だ。もう一度」


 回数を重ねるごとにキスは深くなっていく。

 空気を求めて薄く唇を開いてしまえば、するりと舌が入ってきた。どこをどうすればいいのか知り尽くしているかのようなその動きにセレジェイラは瞳をぎゅっと瞑り、リアムの服を握りしめる。


「あっんん……」


 一方的に舌を絡められたあと、濡れた唇を舐められ漸く離れた。リアムは(うま)かったとでも言いたげに瞳を細め自分の濡れた唇を親指で拭いその指を舐めた。


「金貨三十枚だな。この先はいくら払えばいいんだ?」

「っ……」


 セレジェイラは自分の口許を手で覆う。自分でも我慢が出来ずに涙が零れた。


「泣くな。金を払えばしていいと言ったのはお前だ」

「お金を払ってまでこんなこと!」

「金でお前が手に入るならいくらでも払う」

「一時の感情でそんなことを言うものではありません!」

「一時の感情? これがそんなに生易しいものだと思うな。ほら此方を向け」


 強引に顎を掬われて、涙を舐めとられる。確かに一時の感情ならばとっくに嫌気がさしているだろう。することは強引ともいえるのに触れる手も唇も優しくて、息の詰まる思いがする。


「いや……もう、やめて……」

「止めるものか。触れていいと言ったのはお前だ」

「やめて……お願い……私、自分が情けない……」


 お金をもらえばキスすることを許せるような自分が情けない。しかもリアムのキス自体が嫌とは思っていない。これではまるで娼婦だ。実母と同じような人間だと思い知った。


「お前は自分のことが分かっていないんだな。お前は俺にキスされてもいいからそう言ったんだ」

「違います!」

「違うと言うのなら、お前は俺に触れてもらう理由が欲しかっただけだ」

「何ですか! それ!! 意味が分かりません!!」

「お前はいつも物を貰う時に理由を欲しがる」


 大抵はセクハラの代償、仕事に必要な物としての名目だ。まるで理由なくては物は貰わないとでも決めているように。

 そしてそんな理由で物を貰うことですらリアム以外にするのを見たことも聞いたこともない。


「“金を貰ったから結婚した”それで自分を納得させられるならそうすればいい。だが、お前は俺以外にはそんなことを絶対に言いはしない」

「勝手なことを!」

「真実だ。本当にキスされたら嫌だ、そう思う相手に自尊心の強いお前が言うものか。物を貰って見返りを求められたら困る相手に強請ることもあり得ない。俺にならいいと思っているからそう言うんだ」

「違います! わかった風に言わないで!」

「いいや、違わない。お前は俺の事が好きなんだ」

「勝手に決めないで!」

「決めつけなければお前は前には進まない」


 崩れそうな足元を必死に踏み堪える。

 本当は分かっている。

 リアムの言うことは真実だ。

 リアムはセレジェイラに贈り物をすることで見返りを本気で求めたことが無い。いつも戯れのように触れようとするだけ。本気で嫌がることは絶対にしない人だと知っている。だからセレジェイラはリアムには強請ることもできた。

 それ以上にセレジェイラはリアムになら許せる。……触れることを心のどこかで許せていた。

 でも、だめ。駄目だ。


「物など欲しいなら欲しいと言えば俺がいくらでも与えてやる。アークライトは俺が守ってやる。俺はそれが出来るだけの財と権力がある」

「殿下」

「俺以上の男はいない。だから俺のものになれ」


 リアムは執務机に両手をついてセレジェイラを閉じ込める。

 見つめる瞳は吸い込まれそうなほどに澄んでいて、頷いてしまいそうな気持ちをセレジェイラはどうにか耐え視線を落とした。


「だめ……だめです。殿下ではだめ……」


 涙目になりながら否定すれば、リアムの額がセレジェイラの肩に置かれ、そのままずるずると胸まで顔が下りた。胸の谷間に顔を埋めるようにして深く溜息を吐いた。


「ああ、もう本当に…どうしたら俺のものになってくれるんだ」

「なりません……」

「お前を愛しているんだ」


 何度言われても呼吸が止まりそうになる。

 リアムの顔は胸にあるのだ。それは隠しようもなくて、リアムは胸の中で顔を上げた。


「心臓が跳ねたぞ。鼓動も早い」

「ふ、普通……愛しているなんて言われたら鼓動くらい早くなります」

「顔も赤い」

「この距離でその顔でそんなことを言われれば赤くなります」


 見ないでと言うようにセレジェイラは顔を手でかくして逸らしたが、その手を外された。


「ほう、そうか。お前はこの顔が好きなのか。なるほど良いことを聞いた」


 にやり。今度はとても意地悪く笑うと体を起こし、その上品な美貌を近づけてきた。


「セレジェイラ、好きだ。愛している」

「卑怯です!」

「何が? 俺は告げているだけだ」

「やめて下さい」

「嫌なら突き放せ。出来ないのが俺を愛しているという証拠だ。セレジェイラ、愛している。好きだ。お前が欲しい」


 突き放せと言うくせに突き放せないように頭と腰に腕を回して体中を拘束してくる。密着しているからリアムの心音も聞こえる。彼の心音も確かに早くて、反ってそれが意味するところを察してしまえば嬉しくすら思う。

 でも、そんな風に思ってしまってはいけないのだ。


「いや……無理なんです」

「何が無理だ」

「私にはリアム王太子殿下の妃が勤まらないと言っているのです!」

「何故だと何度も聞いているが納得出来る答えは一度としてない!」


 リアムの声もキツくなる。その物言いにセレジェイラも思わず乗ってしまった。腕の中で顔を上げて精一杯咎めるような視線を投げつけ言い放った。


「貴方の愛情を独り占めしたくなるからです!」

次話 完結です。

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