人工知能の話
昔の漫画にあったロボットが空を飛び、悪と戦うような時代にはならなかったが、
今はロボット…むしろ中身の人工知能が世界中で活躍する時代になっている。
デパートの受付嬢、スーパーのレジ打ち、警備員、宇宙開発と幅広い。
しかし、人工知能の急速な社会進出は一部の人から職を奪い、社会問題になった。
24時間不眠不休、文句を言わない、人件費がかからない人工知能に敵うわけがない。
まだ人の手が必要な職はいくつも残っているが、いずれ人工知能に取って代わられる時代が必ず来る。
「じゃーかーらー!わしが欲しいのは炊飯器じゃのうて、水着じゃって!」
「炊飯器、8階家電売り場でお買い求めできます」
目の前で神様と人工知能が言い争っている。どうやら「じゃ」をジャーと認識してるらしい。
見ていて面白いが、雨が本降りになる前に帰りたいので手を差し伸べる。
「水着」
「水着、現在サマーキャンペーンを実施中です。6階スポーツ用品でお買い求めできます」
「なんでじゃ!」
「単語だけ言えば良いんですよ」
人間ほどアドリブがきかない所が人工知能の弱点だろうか。
受付が機械化されたことで、受付嬢の職は失われた。これが良かったのか悪かったのかは賛否両論だ。
無人のディスプレイに向かって話しかけるのが不気味だと言う人もいれば、便利になったと答える人もいる。価値観は人それぞれなので、この手の問題は永遠に消えることはない。結局は流行して世の中に浸透すれば誰も文句を言わなくなるのだが。
「6階までエレベーターで一気に行きますか、他に見るものないし」
「ミサオがそれで良いなら、そうするかのう」
受付を後にしてエレベーターの方へ向かう。土曜日の昼過ぎというのに人が少なく感じるのは雨が降っているからなのか、デパートの経営が危ういのかは定かではない。
少し待つとエレベータが到着し、扉が開く。
「エレベーターは昔から変わらんのう、まぁ操作する人はいなくなったがな」
「完成してるシステムってことですかね」
「かもしれん」
6階のボタンを押して扉を閉める。静音制御なんちゃらで音もなく階層が進んでいく。
ポーン、6階です。
水着売り場に行くとそこそこに人はいたが、店員はそこまで忙しい様子ではなかった。
水着を買うとは決めていたが、何を買うかを具体的に決めていなかったので色や柄、種類の豊富さに迷いが生まれる。
「水着をお探しですか?」
「あぁ、はい、そうです。私とてん…妹の分を」
そこまで長考していた覚えはないが、店員に声をかけられる。
他にもお客さんはいるのになぜ私たちにターゲットを取るのか。
「どのような物をお探しですか?」
「いやぁ、何だろう、露出控えめだけど子供っぽくないような」
「わしはセクシーな奴じゃな」
お年を考えてください。
「そうですね…少々お待ちください」
仕事にまじめな店員さんで助かった。普通は見た目が小学生の客にセクシーとか言われたら笑いそうなものだ。
「セクシー路線なんですか?」
「セクシー路線じゃろ」
ツッコミ待ちかと思ったけど、そうではなかった。本気でセクシー路線を目指す女性の目だ。
私に止めることはできない。
「…そういえば、店員さんは人間でしたね」
「そうじゃな、いずれロボットの店員になるのかもしれんがのう」
「24時間営業の無人デパートとか」
「デパートがそこまでする必要はなかろうに」
コンビニと違って近くにあるわけじゃないし、確かに24時間は必要ないか。
あればあるで便利かもしれないが、街まで行く電車が終電では意味がない。
「電車が無人で24時間運行なら需要あるかも」
「デパートよりもそちらが先に実現するかもしれんな」
「そういえば一部で運用開始するってニュースでやってましたね」
じわじわと着実にロボットや人工知能が生活に侵食している。私はまだ学生なのでわからないが、
当事者側の人達にはたまったもんではないのだろう。
「未来では人間の代わりにロボットが世界を支配するのかな」
「人間が楽するために作ったものがそこまでするかのう」
「どういう意味?」
「あくまでロボットや人工知能がしているのは作業だけじゃ。生きるために働いてるわけではない。
目標や夢もなくただひたすら命令に従って働いとるだけじゃよ」
「仕事してる人の大半がそうなんじゃないの?」
「じゃから、そういうのは人工知能に職を取られていくんじゃよ。
人間が人工知能に勝つには色々考えねばならん」
「考える…かぁ」
「1つの目標を達成する点で言えば人間は人工知能に勝てんじゃろう。
じゃが、寄り道に関しては人間のほうが上じゃ。探索木にはない選択肢を人は見つける」
「寄り道って、良いことなの?」
「良いことじゃよ、多分な」
「お待たせしました。すみません、候補を探してたら時間がかかってしまって」
戻ってきた店員さんの手には何着もの水着。私と天日様の要望のものを選んでくれていたようだ。
「いえ、ありがとうございます」
「ではいろいろと合わせてみるかのう、ミサオはどっちが良いと思う?」
セクシー路線の神様が提示したのはヒモっぽい何かと裸より恥ずかしそうなデザインの水着。
「…どっちも却下」
買い物をしている間に降っていた雨は止み、外はすっかり晴れていた。
とはいっても風が強いのか雲の動きが速く油断できない。
雨が降った後に晴れると蒸し暑くなり、体感気温と不快値が一気に跳ね上がる。
帰り道で耐えかねた私達はコンビニに避難した。
「あー涼しい…アイス買って帰りましょう」
「わしは冷たいお茶を買うかのう…」
アイス売り場に直行しようとした時、フード付きの分厚いコートを着た男性とすれ違う。
こんな暑い時期に何を考えて…
ぼとっ
と男性のコートの下から何かが落ちる。
「あ、何か落としましたよ…え」
直後、男性と目が合い、互いにハッとする。
落としたものは未開封の電池。なぜこんなものが?
新品の電池マニアじゃなければ
「ちぃ!」
私が次の言葉を発する前に男性は出口へ走り出す。
「万引きだ!」
男性が入口のゲートを通っても防犯ベルはならなかった。
無人化したコンビニはセルフサービスになり、店員は一人もいない。
本来であれば会計を済ませていない商品を持って店を出ると即通報される。
あのぶ厚そうなコートに機械を誤魔化す細工でもしていたのだろう。
未然に防いで私が気づいたおかげで手ぶらだった可能性もあるが、問いただす必要がある。
気づけば私も走っていた。目の前の犯罪を許すわけにはいかない。
「な、なんじゃ、急に!万引き?!」
手にお茶を持った天日様がお菓子コーナーから顔を出す。
「天日様!これ!あとここで待っててください!」
「のわっ!紙袋を急に投げるな!…って、どこ行くんじゃ!」
天日様を置いてコンビニを出る。まだ男性は視界の中。そこまで足は速くない。追いつける。
空は再び雲で埋まり、一雨降りそうな雰囲気になっていた。