ご近所の話
「ただいまー…って誰もいない?」
学校もバイトもなく、たまには早く家に帰ろうと思って帰宅したが家には誰もいなかった。
鍵が閉まっていたので当たり前と言えば当たり前だけど。
天日様は私が家に帰るといつもは出迎えてくれるが、この時間は外出していることもあるらしい。
制服から私服に着替えるため、まっすぐ2階の自室に入るとテーブルの上には置手紙があり、
「すぐ近くの神社にいる。夕飯までには戻る てんじつ」と達筆で書かれていた。
すぐ近くの神社は自宅から徒歩5分ぐらいにある、おんぼろの稲荷神社のことだ。
狐の像の鼻が欠けていたり、耳が欠けていたりと、とにかく古いとすぐにわかる。
稲荷神社は天日様の元職場らしいが、全国に何万とある稲荷神社のどこで働いていたのだろうか…
天日様が何をしているのか興味があるし、制服のまま神社に行くことにした。
神社までの道は高い木が多く、夏の強い日差しが和らぐ。風が吹けばもう少し快適な気候になるのだけど。
鳥居をくぐり、境内に入ると強い日差しは木漏れ日となり、日差しによる暑さはほとんど消えた。
小さい頃はここでセミを乱獲していたのを思い出す。全部リリースしたけど。
そんなことを考えながら、本殿の裏に回ると目的の人物が立ち話をしていた。…ひとりで。
誰もいない方を向いて何かを話す天日様、ボケには勝てなかったのか…それとも…
「天日様?誰とお話しされて…」
私が天日様に声をかけた瞬間、空気が一瞬で凍り、背筋がぞくっとした。背後にだれかいる…
さっきまで後ろには誰もいなかったはず…しかも圧力というか何かに押さえつけられるような力を感じる。
慌てて振り向いても、やはり誰もおらず、得体の知れない力によって押し潰されるような状態が続く。
「これ、驚かすでない。その子はわしが世話になっている家の者じゃ」
天日様の一声で、押さえつけられるような感覚は消え、気温も夏の暑さに戻った。
「な…何が起きたんです?」
「イタズラされただけじゃよ、姿を見せんか阿呆」
天日様の視線を追うと、その先に人影がうっすらと浮かんできた。
…人ではない、頭の上に尖った獣の耳…神様だろうか。
瞬きもしないうちに半透明だった人影はしっかりと色づき、私の目でもしっかり確認できるものになった。白いパッツンのロングヘアー、頭の耳も白い紅白の巫女服を着た美しい女性だ。立派な複数の白い尻尾が神々しさを際立たせている。
「なんだ、でかくなった吉田の一人娘か。天日様と私はいま大事な話をしている。早々に立ち去れ」
胸だけじゃなくて態度もでかいなこの神様。というか私のこと知ってる?
「あー、もうやめいやめい!堅っ苦しい話はしてないじゃろ!威厳とか出さんくて良いぞ、カエデ!」
「そうなんですか?えへへ、ごめんね、ミサオちゃん」
カエデと呼ばれた神様は先程までの尊大な態度から一転して近所の優しいお姉さんみたいな感じになった。つり目は変わらないがこうも印象が変わるものか。
「あ、あの、私のこと知ってるんですか?」
「もちろん、小さい時から知ってるよ。もう高校生なんだね」
「カエデはこの辺りの担当じゃからな、年数的にも余裕で知っとるじゃろ」
話の内容的にカエデ…様はこの稲荷神社の担当らしい。いやこの辺りってことはもっと広い?
「ええっと、それで…天日様とカエデ様は何を話していらっしゃったのですか?」
「じょしか…お狐会のお店どうしようかなぁって」
「え?」
「夜景のきれいなイタリアンか、三ツ星シェフのフレンチかで悩んでいてのう。
電話で話すような距離でもないし、直接ここで会議しとったんじゃよ」
さっき大事な話って言ってましたよね?
「ミサオちゃんはどっちが良いと思う?」
「え?いや、どっちでも…個人的にはイタリアンですけど」
「よし、イタ飯じゃな」
「予約いれちゃいますね」
私の一声で決めちゃったよこの神様たち。
カエデ様は左手の袖をめくり、籠手のようなものを右手の指で操作すると本来人間の耳がある場所に手の平を当てた。
「あ、もしもし?予約をしたいのですが…」
電話?ウェアラブルってやつ?最先端技術を使いこなしてらっしゃるのか?
「うーむ、わしもそれにしようかのう」
「ウェアラブルデバイスって…こんな形の売ってましたっけ」
「ん?カエデのはオーダーメイドじゃな」
オーダーメイド。この神様もあれか、お金持ちか!
「うーむ、まぁまだ良いか。スマホももう少し使えるじゃろ」
「天日様!予約取れました!」
「でかした!」
私はいま自分が何を見ているのかよく分からなくなっている。
ただ一つ、神様は新しいもの好きということだけが改めて良くわかった。
「あ、そうそう。裏で育てていた夏野菜が収穫できたんですよ。持っていきますか?
今年のゴーヤは出来がいいですよ」
「おお、ゴーヤか!そうじゃ、カエデも一緒に夕飯を食べるか?わしが腕によりを掛けるぞ?」
「わぁ、いいんですか!一人で食べるの寂しかったんですよー!」
「あー、ミサオよ。そういうわけなんじゃが…」
「いいんじゃないですか?両親もこの辺りを見守っていた神様を無下にするようなことはしないと思います」
「ミサオちゃん、ありがとー!神様視覚化技術の普及、万々歳って感じ!」
カエデ様がフレンドリーに私に抱きつく、胸がでかい。
「それにしても…お二方って…」
天日様は身長130㎝程で体型も、その、慎ましい。
一方、カエデ様は身長170㎝無いぐらいで…体系はグラマラスの化身みたいなものだ。
同じ狐の神様でどうして、こう、差があるのですか…と聞こうとしたがやめた。たぶん天日様がへこむ。
「いえ、なんでもありません」
「ん?変な奴じゃの」
「ゴーヤチャンプル!私、ゴーヤチャンプルが食べたいです、天日様!」
「よぉし任せろ!麦酒が足らんくなるぞ!」
お二方がどういう関係なのかは分からなかったが、
いつもよりも賑やかな食卓は全員笑顔が絶えず、料理が一層おいしく感じた。
今日はそれだけで満足だ。