式神の話
日曜日の朝は目覚めが良いとそれだけで得した気分になれる。
時計を見るとまだ8時。二度寝しても良いが、早いうちに行動して、休日を長く使うのも良い。
「…天日様はとっくにお目覚めか」
私のベッドの横には綺麗にたたまれた布団。何時に起きたのだろうか。
とりあえず顔を洗うために、軽く伸びをしながら一階へと降りる。
「おお、ミサオ起きたか。待ち侘びたぞ!」
階段を降りると、足音でわかったのか天日様が待ち構えていた。
「待ち侘びたって…ふぁ、何時に起きたの…何かありました?」
「ほれ、これじゃよ」
そう言うと、天日様は私にチラシをくれた。
「テクノ電機、お客様感謝セール、夏を乗り越えるスーパー家電が安い」
「違う違う、そこじゃぁない。チラシの一番下じゃよ!」
「えーっと、最新技術「式神」。神々の力があなたを守る防犯グッズ…おお?」
式神。神様の視覚化が発展し、人工的に神様もどきを作り出す技術。初めは見えるだけだったが、ついに現実世界に干渉できるまで技術が向上した…とテレビの特番でやっていた。
「あー、製品化まできたんだ」
「うむ、人間が式神を使役するなんて千何百年ぶりじゃろうか。しかも、科学的に作り出すとは…いやはや、驚かされるばかりよ」
うむうむと頷く天日様。本当に何年生きてるんだろう。
「いやぁ、科学ってすごいなぁ」
「じゃろう、そうじゃろう」
「……」
「……」
沈黙によって、鳥のさえずりが聞こえる。
「買わんのか?」
「買わない」
「なんでじゃ!若者はもっと新しいものに目を輝かせて飛びつくもんじゃぞ!?お主はみょーにその辺枯れておるな!」
「いやいや、天日様が式神みたいなものだし」
「わしはミサオの式神ではない!」
ぷんすこ怒る神様は見た目相応の怒り方で微笑ましい。
「自分で買えば良いじゃないですか、お金持ちなんだし。そもそも天日様は式神とか使えるんじゃないんですか?」
「…いや、使えるし、お金もあるんじゃが…その、こんなもの買ってるところを他の奴に見られたら恥ずかしいし…」
もじもじとする天日様を見て、魔法少女グッズを買いたいけど恥ずかしがるお年頃な女の子を想像した。
というか、見られて恥ずかしいものなのか。
「新しいもの好きですよねぇ、天日様」
「人の道具は便利だからのう、昔から大好きじゃ」
前に聞いた話だと術は結構疲れるらしく、代用できるものは代用していくのが天日様スタイルらしい。
着物を着た狐耳の神様がスマホを操り、PCでインターネットショッピング、SNSで仲間内と連絡…今の世を満喫してるなぁとは思う。
「天日は式神も使えなくなった老ぼれなんて噂がたったら面倒くさいのじゃが…うう、しかし…」
「あー、そういうことなら、私が天日様のお金で買って、あとで天日様に渡せば良いんじゃない?」
「おお、名案じゃな!さすがミサオじゃ!では早速行くとするかのう!」
お店に付いて来るつもりか。それより
「開店までまだ2時間あるし、私は寝巻き。おまけにお腹も空いている。わかりますね?」
テクノ電気は最寄駅から3駅隣にある、駅近型の大型電機量販店だ。開店時間に合わせてきたが10人ほどすでに並んでいた。
「あんまり人が並んでないですよ」
「むぅ」
最新技術とは言え防犯グッズとなればそこまで人は集まらないものなのだろうか。
並んでる人も男性しかおらず、防犯グッズが必要な感じには見えない。
そんなことを思いながら最後尾に並ぶと、すぐに開店した。
「う、売り切れるかもしれん」
「大丈夫だと思います」
天日様だけそわそわしながら店内に入ると、男性たちは一階の防犯グッズ売り場ではなく二階に駆け上がって行った。
「あれぇ」
「な、わ、わしらだけか!?式神を買いに来たのは!」
思いの外注目されていない技術だったらしい。
それともほかに理由があるかもしれない。
「あ、お客様、ゲーム売り場は二階ですよ」
入り口で立ち止まっていた私たちに女性の店員さんが声を掛けてきた。
「あー、ゲーム、じゃなくて、その、式神を買いに来たんです」
「式神…あ、防犯グッズのですね。ご案内しましょうか?」
店員さんに案内されたスペースにはこじんまりとしながらも辛うじて特設コーナーとしての威厳を保っている式神売り場があった。
「…天日様、これ大丈夫なの?」
「か、買ってみないとわからんじゃろ!」
「ご自分用ですか?それとも妹様用のでしょうか?」
妹?妹なんていな…いた。キャスケット帽をかぶって耳を隠し、着物から洋服に着替えた天日様のことだ。
「あ、そうなんですよ!いやぁ、妹がね!どうしても欲しいって言うから仕方なく、妹が!」
ぐぬぬと反論を堪える天日様を見れただけでこの買い物に来た甲斐があった。
「お色はどうします?」
「し、白で」
例えどんなに大人びたことを天日様が言っても背伸びした女の子にしかならない状況だ。
「こちらでよろしいですか?」
「それでお願いしようか…します」
「はい、他にお買い求めのものは…」
「ないの、です」
「ではレジへどうぞー」
変な言葉になる天日様で笑いそうになりながらも、堪えつつ、平静を装ってレジへと向かう。天日様から事前にお金は貰っているので私の懐は痛まない。
「試しに使ってみますか?いざという時にピンを抜けないと意味がないので」
「やってみる?」
「…まぁ、確認は大事じゃな」
店員はパッケージから商品を取り出し、状態を少し確認してから防犯ブザーのようなものを天日様に丁寧に手渡す。
「そのリングに指を入れて思いっきりピンを引っ張ってください、あ、お姉さんは少し離れてください」
「こ、こうか?」
私が少し距離を置いてから天日様は言われた通りに力を込めてピン引く。
ばしゅっ!という音ともに一瞬で天日様を覆うように半透明のお札のようなものが球状に展開された。
「おお…すごい」
あまり興味はなかったが、いざ目にするとすごい技術だ。
「この式神は…何をしてくれるのかの…ですか?」
「はい!こちらの式神は使用者をあらゆる攻撃から守ってくれるものになっております。瓦礫や暴漢、日本では無いと思いますが銃弾も弾きます」
「おー、すごい!よかったですね!てんじ…」
天日様の反応はいまいちで、なんだこれはみたいな表情。
「…しょぼ」
しかも小声で何か言ってしまった。
「あ…怖かった、かな?」
店員さんも心配になるほどのリアクションの薄さ。
「ん?…あー!いや!すごい!式神すごい!」
語彙力のない褒め言葉が天日様の口から出る。気を使っているのだろうが、嘘だとバレバレだ。
天日様がピンを挿し直すと展開されていた式神が一瞬で消えた。
「買う?」
「…ここまできて買わんわけにもいかんじゃろ」
ひそひそと小声で確認を取り、支払いを済ませ、逃げるようにお店から出る。
逃げる必要などないが申し訳ない感をあの場の全員が感じていたはずだ。これは仕方のない逃走なのだ。
何とも言えない結果で家路につくことになり、私達は
駅のホームで電車を待っていた。
「それで…どうなんです。その式神」
「期待外れじゃ。もっと人型の守護でも出てくると思っていたのじゃが…式が簡単すぎて思わず口が滑ってしまった」
「簡単なんですか?その式神」
「うむ。まぁ、あれじゃな人間が自分の力だけでやったのじゃ、そこは褒めてやらんとな」
上から目線の感想だが、実際上なのだから仕方のないことだろう。まだまだ神様の技術に科学が追いついていないことが良くわかった。機会があれば天日様の式神を見てみたいなぁ。
「それより姉上、お茶でも飲んでから帰らんか?もちろん姉上の奢りじゃ」
姉?姉なんて…いた。私だ。調子に乗ったツケの清算を天日様が求めている。
「…はぁ、いいですよ。くるみで良いですか?ケーキ半分こならお昼も問題ないでしょ」
「おお、いいのう。さすが姉上!」
午前中はどたばたしたが、午後は大人しくしていよう。爽やかな日曜日はもう期待できない。
今日のお昼は何かなどと話しながら私達は再び電車を待つのであった。