人と神様の話
真紀が珍しく寝坊して待ち合わせの時間が1時間延びてしまった。
現地にいる私にどうしろというのだ。
駅の付近で1時間突っ立っているのも辛いしどこかに避難したい。
でもお金はかけたくない。
困ったらファーストフード店に行ってドリンクで粘るに限る。
そういうわけで私はバイト先と同じチェーンのファーストフード店でコーラを頼み、
テーブル席でスマホをいじっている。
「だからリンちゃん、そこの問題文の数字を公式に入れて計算するだけだって」
「ああああ!もー!わからない!電卓使えばいいじゃん!」
「電卓じゃ計算できないからやってるんだよ!」
隣がうるさい。
夏休みの数学の宿題でもやっているのだろうか。
金髪と銀髪なので不良かなぁと思ったけど、髪を染めたような感じはしない。
2人ともその髪色が似合っていて自然だと思ったからだ。
海外の人って感じでもないし不思議である。
それよりなぜ夏休みなのに制服?これどこの高校のだっけ。
「キキョウの教え方が悪い!」
「リンちゃんが馬鹿なんだよ!」
「なんだとこら!」
「ぐにに!」
リンちゃんと呼ばれている銀髪の子がキキョウと呼ばれている金髪の子の両頬をつねり始める。
すぐに金髪の子も反撃し、互いに両手で両頬をつねる形になっていた。
…巻き込まれても嫌だし、見なかったことにしよう。
真紀は慌てて移動しているのかチャットにも反応がない。
いかにこのドリンクを長持ちさせるかという遊び以外にやることがなくなってしまった。
天日様に今の心境をチャットで実況しよう。
「天日様、暇です」
返事はすぐに返ってきた。
「そう言われても困る」
誰でも困ると思う。
バシャッ!
ドリンクのカップが倒れて中身が零れた音…冷たい!
「あー!ごめんなさい!」
「キキョウが暴れるからだぞ!」
「ふんっ!」
「うぐっ!?」
金髪の子が銀髪の子を力でねじ伏せた。力関係がよくわかる。
「あの、大丈夫ですか?ごめんなさい」
「スカートがちょっと…結構濡れたけど大丈夫です」
金髪の子が何事もなかったように謝罪する。
問題ないと返したかったが、思いのほか濡れていて誤魔化せなかった。
下着にも少し被害が出ている。
「いてて…ちょっとじゃないじゃん…キキョウ乾かしてやれよ」
「この街は変な機械あるんだっけ?それなら良いかな。失礼しますね」
金髪の子が服の濡れた部分に右手をかざす。
吸われているような感覚に驚くが、服と彼女の手の間に
黒い水の球ができていることに気付き更に驚いた。
「キキョウは水とか液体をいじれるんだ、すごいだろ」
銀髪の子がなぜか自慢げだが、自慢したい気持ちもわかる。
そうこうしている内に服からコーラが抜け落ち、完全に濡れる前の状態に戻った。
金髪の子は浮かんでいたコーラをカップに戻し、ストローを抜いて蓋を閉めた。
「驚きましたか?」
「とても」
「私達は神様だからな」
そう言うと2人とも頭からそれぞれの髪色の狐耳をぴょこんと出し、
人間ではないことをアピールする。
「なるほど」
「…反応薄くないか?」
「最近はもう珍しくないのかな」
残念そうな顔で顔を見合わせる2人。
身内に神様がいるので向こうが想定していた反応を取ることはできなかった。
すごいとは思うが、神様ならできるよなぁという感想になっている。
「知り合いに神様がいるので、その、同じ狐の神様の」
「なるほどね…狐?そいつの名前は?」
「天日、様ですけど」
天日様の名前を聞いて2人ともギョッとした。
狐界隈ではビッグネームっぽいし、そういう反応になるのか。
「嘘だろ、おい」
「あなた、もしかして…吉田ミサオさん?」
金髪の子が私の名前を出す。有名人でもないのに、なぜ知っているのだろうか。
「そうですけど…なぜ私の名前を?」
「…あなたは天日様に気に入られた人間として狐の中でも一目置かれているんですよ」
一部界隈で有名人だったらしい。
「神様が無償で同居するなんて、普通じゃないからな」
「そうなんですか」
「そうなんだよ。まぁでもあれだな、思ったよりも普通だな、お前」
どんな姿や性格を想像されていたのだろうか。
「私の名前はキキョウ。漢字はお花の名前そのまま」
「私はリンドウ、竜の胆で竜胆だ。かっこいいだろ?」
「桔梗…様と竜胆様ですね。よろしくお願いします」
「様付けは別に良いかな…慣れないし」
「おう、ちゃんでもさんでも呼び捨てでもいいぞ。
一応、お前たちと同じ年頃ってことになってるからな」
それで制服を着て数学の宿題をやっていたのか、神様も色々な事情があるのだなぁ。
「じゃあ、桔梗さんと竜胆さんで。
2人はどういうご関係なんですか?」
「双子の姉妹、似てませんけどね」
「本当にな」
「ははは…」
確かに多少顔つきは似ているが性格は真逆だ。
制服を着ているので服装の差異はないが、私服の趣味はきっと違うのだろう。
「これも何かの縁です。連絡先を交換しませんか?」
「良いのか?まぁ良いか!私も私も!いいだろ?」
「はい、喜んで」
笑顔で承諾する。
これで天日様と楓さんに続いて4人目の神様の連絡を手に入れることになる。
楓さんはこの間コンビニで会った時に無理矢理登録させられた。
すごいラフな格好だったし、手に持った袋にはビールの缶が大量に詰まっていた。
真白さんは…神様ではないらしい。
神様4人と雪女1人と知り合いの一般人は一般人と呼べるのだろうか。
3人でスマホを寄り合わせ連絡先を交換し、何か雑談でもしようかというタイミングで
真紀からチャットで連絡がきた。
「駅着いた!!!!」
1時間と言っていたが40分でのご到着。遅刻してなかったら褒めてあげたい。
「すみません、これから友人と会うので、この辺りで失礼します」
「あ、そうなんですか…残念ですね。また今度お茶でも飲みながらお話しましょう」
「はい、今度はゆっくりと」
「はぁ…宿題に戻るか。またな、ミサオ」
「頑張ってください」
2人に見送られながら、ファーストフード店を出て駅に向かう。
周囲をよくよく見ると、人間とは少し違う存在、神様がちらちらと見受けられる。
人と談話している神様、誰かと待ち合わせをしている神様、私の町では見られない光景だ。
この街では神様が視覚化できる装置があり、人と神様の交流が可能になっている。
接触はできたりできなかったりするらしいが、神様は人と変わらずに活動できる、らしい。
視覚化装置の設置の早かったこの街は、海外の研究者からも注目されている、らしい。
今のところ私と天日様のように、人と神様の関係は良好で、特に問題も起きていない。
先日の式神の件があるので、起きてない訳でもなさそうだけども…
とにかく、見えるようになってしまった以上、仲良くやっていくしかないと思う。
関係性が悪化して大惨事にならないことを祈ろう。
そういえば今日真紀と見る映画が異星人と人間の生存競争みたいなやつだったっけ。
映画だから仕方ないけど、平和に解決できないものなのだろうか。




