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お狐様の見る世界  作者: ネナイコ
第1部 ミサオ
15/28

恋と雪女の話

上田さんの財布も無事見つかり、私たちの夏が再開された。

年寄りくさいかもしれないが、この瞬間、この輝きというのは大事にしなければならないと思う。

意味なんて無くても笑えればそれでいいし、楽しいことはどんどん記憶に残していくべきだ。

もちろん誰にも迷惑はかけないように。


「あたっ」


「ミサオー、何ぼーっとしてるのさぁ!ヘイパス!ヘイ!」


ビーチボールを額で受けてしまった。思いにふけっている場合じゃない。

運よく足元に転がったボールを拾い、

真紀に向かって軽くスパイクを打ち込む。


「それっ!」


「うわっ!誰がスパイクしろって言った!涼子!行った!」


突然の速球にも対応できるのは流石バレー部。

荒井さんは素早く真紀のフォローに入り、トスで柔らかい球に戻した。


「ほい。あーやっぱりさぁ、吉田さんもバレー部入ればいいのに」


「運動は好きだけど、競うのって苦手なんだよね」


「あ、ちょっとわかるかも、はい!」


上田さんが私に同意しながらトスで天日様にボールを渡す。


「ほあああああ!!!」


バレー完全初心者の気合の入ったトス。

弾かれたボールは誰もいない天日様の後方へ飛んで行った。


「消えたぞ!?」


「うしろうしろ」


「加減が難しいのう、これ」


首をかしげながら、ボールを拾いに行く神様を見れるのは貴重だと思う。


「そろそろ戻ろうかー、日が明るいうちに撤退だ撤退!」


「ういーっす」


まだ15時ぐらいだけど、良い頃合でもある。

民宿に戻ってシャワーを浴びてだらだら遊んでいたらすぐに夕食みたいな流れだろう。

部活組がてきぱきと動き、私と天日様が自分の荷物をまとめ終えたころには

拠点がすっかり片付いていた。


民宿に戻り、各自シャワーや着替えを済ませ適当にアナログゲームで遊んでいると

あっという間に夕飯時になっていた。

わいわいと部屋を移動し、食堂というか民家の居間を広くしたような部屋で料理を待つ。


「ここの料理おいしいんだっけ?」


「そう!口コミやらネットでも評価高いのよ!海が近いから魚介が新鮮なんだろうけど…

 2年ぐらい前から評価がちょっと上昇したとか?きっと腕の良いシェフでもいるのよ!民宿だけど」


真紀からは事前に選定理由を聞いていたが、新たな情報が手に入った。2年前…。


「お待たせしました。こちらアジのお刺身とトビウオのなめろう、お味噌と薬味と魚を叩いたやつです。この後は山菜の天ぷらと煮凝りとデザートを順にお持ちします。お味噌汁はボリボリ…ナラタケで、ご飯はお代わり自由です」


真白さんが料理を運んでくると同時に、いろいろと今日のメニューの説明をしてくれた。

素人目でも鮮度の高さが光沢でわかるアジの刺身。なめろう?もおいしそう。トビウオ食べれるんだ。


「おいしそー!ご主人が作ってるんですか?」


「お味噌汁と天ぷらは高田さんが、冷たいものは私が作りました」


荒井さんの質問に答えながら、真白さんが皆のコップに麦茶を注ぐ。

ふわっと漂う冷気で料理の鮮度の理由がわかったような気がした。

天日様も察してはいるようだが、3人がいるので黙っている。

麦茶が注ぎ終わると、一斉に「いただきます」をし、全員女子を捨てて料理にがっついた。



最後のデザート食べ終えたころに、温かいほうじ茶を持って高田さんが奥から出てきた。


「おいしかったですか?」


「うむ、大したもんじゃ。天ぷらも味噌汁もうまかったが、

 刺身は鮮度だけじゃないうまさがあったの」


天日様が満足げに答える。全員が同意見だ。


「それはよかった!刺身は真白さんが作ってるんだけど、僕も負けないようにしないとね!」


爽やかな笑顔、ふと真白さんの方を見るとすごい顔になっていた。惚れてるにしても緩みすぎである。


「あの、やっぱりお二人はご結婚されてるんですか?民宿って夫婦の方が経営されてるイメージ強くて」


上田さんが攻める。いや、普通の質問だが事情を知っているとそう感じる。


「いや!その結婚だなんて!そんな!あはは!」


真白さんが激しい。


「真白さんは従業員だけど、家族みたいなものだよ。それに」


「それに?」


高田さんの意味深なセリフに女子高生全員が聞き返す。


「僕には海外留学している、その…恋人がいるからね」


は?

真白さん!?


「え?」


知らなかったの!?


「海外留学の恋人!すっごいロマンチック!」


事情を知らない真紀が恋話に食いついた。


「でも、真白さんみたいな女性と一緒に住み込みって…大丈夫なんですか?」


荒井さんが攻める。そうだ、同じ屋根の下男女が一緒に住んで何もないはずが…


「真白さんは確かに魅力のある方だけど、それで手を出してしまったら信頼を損ねちゃうからね」


何もなかった。健全な関係でいらっしゃる。真白さん?2年間何もなかったの?


「…」


真白さんが固まっている。心なしか夏なのに部屋が寒い。


「ん?真白さん、顔色悪いけど大丈夫かい?今日は暑かったから…」


「ははは、ダイジョウブですよ。マシロはダイジョウブです。

 ちょ、ちょっと、今日はもう、お休みしますね、ははっ、ええ、はい。あ、お客様、ごゆっくり」


ぎこちない動きでふらつきながら真白さんが部屋を出ていく。

人知れず恋に破れた雪女の背中は小さく見えた。


「あやつらが失恋率高いのは昔からじゃよ…まぁさすがにこれは可哀そうではあるが。

 今夜は愚痴でも聞いてやるか…」


ナンパ全敗の天日様からも同情される真白さん。


部屋の気温があがり、むわっとした空気が窓から入り込む。

…雪女の静かな恋の炎は真夏の夜の中で静かに消えていった。

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