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お狐様の見る世界  作者: ネナイコ
第1部 ミサオ
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化けの皮

一瞬だった。

わしの目でも一瞬の出来事だった。

フナムシ女が部下に操を取り囲ませ、食い殺そうとした。

わしはすぐに操に取り付くフナムシどもを払いのけようと思った。

…そうする前に操はフナムシ女のほうに駆け、そのまま首を片手で掴み壁に叩きつけた。

フナムシ女は何が起こったかわかっていない顔をしていた。

たぶん、わしも同じ顔をしていただろう。わかってはいたが…


「なんだ、こいつ何」


フナムシ女が何か言う前に操はスマホを握った手でフナムシ女の顔面を殴った。


「ばげっ、なんで?え?なんでこいつ」


操は再びスマホを握ったままの手でフナムシ女の顔面を殴った。

ディスプレイにはフナムシの体液がこびり付き、画面の光が歪む。


「げほ、げぼ、ちょっと待って、悪かった悪か」


操はスマホを投げ捨て、握りこぶしを作ってフナムシ女の顔面を殴った。

綺麗だったフナムシ女の顔は3発の拳ですでにボコボコになっている。


殴りにくかったのか、操はフナムシ女を壁に抑えつけるのを止め、

首を掴んだままフナムシ女を床に叩きつける。床にいたフナムシ達が散り散りに逃げていく。


「ちょ、やめ…たすけ」


操は近くに転がっていた石を握りしめて、フナムシ女の顔面を殴った。

歯と思われる白いものが数個体液と一緒に口から零れる。


「非礼を詫びます、お狐様!だから、こいつ止め」


操は石を握りしめた手でフナムシ女の顔面を殴った。

これはわしの意思ではないし、もう見てられん。


「操!もうやめろ!そやつはもう戦意を失っとる!もうこちらに危害は加えん!」


操は石を握りしめた手でフナムシ女の顔面を殴った。


「それ以上は、おまえ…死ぬぞ!殺す気か!?」


操は石を握りしめた手でフナムシ女の顔面を殴った。

その手はもはや体液にまみれ、人の手であるか一瞬分からない程だ。


「窃盗で命を取るやつがおるか!」


操は石を握りしめた手はフナムシ女の顔面を…殴る寸で止まった。


「…たしかに」


操は納得したのか、首を押さえつけていた手を放し、握りしめていた石も手放した。

石はどちゃりと鈍いを音を立て床に転がる。


「財布を返してください」


普段の操の口調と変わらないはずなのに、とても冷酷に感じる。


「う、うぅ、逃げないから…ちょっと待って…」


フナムシ女はよろけながら部屋奥にあった箱を漁る。

力が弱っているのかフナムシ女の体の一部が崩れており、

ぼとりと落ちた左手首はフナムシの群れとなり部屋の隅へ逃げていった。


「こ、これ、さっき盗ってこさせた奴…」


残った右手でフナムシ女はかわいらしいピンク色の財布を操に手渡す。

操は本物かどうか確かめろと言わんばかりにわしにそれを見せる。

正直潮やら体液やらで匂いは怪しいが、上田の財布に違いないだろう。

無言で頷くと、操はまたフナムシ女のほうを向く。


「全部」


「いや、中身はまだ取って…」


「今まで盗んできた財布、全部出してください」


「ひっ」


フナムシ女は慌てて箱へ引き返し、財布が詰まっていると思われる麻袋を取り出し操の前に置く。


「中身は?」


「え?あの、その…だって…もう何年も前のもあるし…」


フナムシ女は中の金を使ってしまったようだ。何に使ったんじゃ。


「じゃあ、仕方ないか」


操は諦めたようにさっき手放した石を掴む。

フナムシ女がぼこぼこの顔でもわかるぐらい絶望しとる。


「操、まて。金ならこいつから財布の持ち主に全額以上返させる。それでいいだろ」


「…天日様が言うなら、そうだね。うん、返してね?」


「絶対返します!返じますから!その、凶器、手放して、ください…」


どちゃっと石が床に転がる。


「はぁ…フナムシよ、これで懲りたじゃろ?来週、で通じるか?

 その時に使いを向かわせるからそいつの言う通りにするんじゃぞ。逃げるなよ?」


「あぁ…あぅうう…わ、わだじ、フナムシだけど…お狐様信仰してもいいですかぁ…?」


別に構わんが、ご隠居勢に言われても少し困る。


少しの沈黙の後、この部屋に不似合いの軽快な曲が流れる。操がこの間買ったCDの曲じゃな。

放り投げたスマホから流れているようだ。真紀の奴じゃろうか。


「真紀かな」


「お、お前ら取ってこい!」


フナムシ女の声を聞いてフナムシが群れを作り、操のスマホを各々の背に乗せ運んできた。


「ど、どどどうぞ」


「あ、どうも。やっぱり真紀からだ」


さも当然に受け取ったが、フナムシが群れとるだけで普通の女子は失神するもんじゃないのか?

わしの価値観は古いのかもしれん。


「戻りましょうか、天日様」


「そうじゃな。財布は無事…まぁ無事に見つかったしのう」


ボロボロのフナムシ女を見ながら頷く。


「お邪魔しました。もう人から物を盗まないでくださいね」


「はい!もちろん!死にたくないです!盗みません!待ってますから!逃げませんから!」


ぺこぺこ土下座するフナムシ女。最初の威厳はもうどこにも残っていない。

操は後ろを振り向かずに部屋を出ていく。


「こうなる前に止めるべきだったか…すまんな」


「とんでもない!命を助けてもらったんです!も、もうおとなしく海藻だけ食べて静かに暮らします…」


フナムシは雑食のはず…海藻だけ…


「おい、お前。まさか生きた人間は食ってないじゃろうな?」


「え?食べたことないですけど…」


「食い殺すと言っておったじゃろ」


「あ、あれは、ああやって脅して少し齧れば、人間は尻尾をまいて逃げるんですよ!

 たまに迷い込んだ人間はあれで追い返してたんです…もう何十年も来ないから安心してたのに…」


「命拾いしたのう」


「え?」


「じゃ、来週な」


きょとんとしたフナムシ女を部屋に残し、わしも来た道を戻ることにした。



操を監視しろとは言われとるが、それを止めろとは言われておらん。

十分に役目は果たしているし問題は無い。

明後日の女子会では適当に報告しとけば良いじゃろう。

それにしても操がこうなるのは見てきた限り3回目じゃが…条件がわからん。

式神の時は警察に通報して逃げ回っていただけじゃし、

貧乏神に取りつかれていることを知っても何も起きんかった。

人間社会ではいたって普通の女子高生のはずじゃ。何も支障は出ていない、今は。

人間が我々を見れるようになって交流が増えたことによって操の中に何かが生まれたのか…

それとも、本性なのか…人間が忘れていた防衛本能と言うべきか…

推論は多く出るが、一つには絞れん。

本人に聞いても、記憶があいまいになってて、

わしが神通力で何とかしたとか言い出すしのう…

本当に記憶があいまいなのか?何か隠しとるのか?


考えているうちに外に出ていた。トンネルの中のじめじめした空気から一転して、

カラッとした熱い空気がわしの身を焼く。


「天日様、気づいたら上田さんのっぽい財布持ってたんですけど…」


「なんじゃ、中に入る必要なかったのう。入り口で待ってる間に見つけたのか」


「私、ぼーっとしてて…いつ拾ったのかな」


「腹も減っとるし、この太陽じゃ。ぼーっともするじゃろ。なんにせよ見つかって良かった」


「そうですね、とりあえず真紀達のところに戻りましょうか」


「うむ、焼きそばと海がわしらを待っておる」



慎重に動かなければならない。

変な事を聞いて操を傷つけるのは本望ではない。

内なる獣が姿を見せるか、化けの皮が剥がれるその日まで。

その日まで、この平和な日が長く続くことをわしは願う。


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