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お狐様の見る世界  作者: ネナイコ
第1部 ミサオ
13/28

フナムシの話

午前中からお昼にかけてビーチバレーやら水遊びで真夏の海を堪能した私達は昼食のため、

一度荷物を置いたビーチパラソルの下に集まっていた。


「さっきからソースの匂いが漂っててつらい」


「わかる」


真紀の同意を求める独り言に強く同意した。

海や山で食べるカレーや焼きそばは、なぜあそこまで美味しくなるのか。

もっと研究されても良い分野だと思う。


「あれ?お財布が…」


「どうした上田」


「お財布が無いの…さっきまであったのに」


「ええ…!?嘘だろ…?」


荒井さんが驚くのも無理はない。一応荷物は誰かが一人が残って、

主に天日様が見張っていたはずだからだ。


「さっき飲み物買ってたから、宿に置いてきたわけじゃないよね。この万全の態勢で盗まれたの?」


真紀もテスト直前ぐらいの真面目な顔つきになった。

大抵のことでは動じない真紀がこうなると空気が重くなってしまう。


「まさか、むぐっ」


「あー失せ物か?しかたないのう…一肌脱いでやるか」


真紀の口を抑えながら、逆ナン全敗で落ち込んでいた天日様が立ち上がった。


「一肌脱ぐって、天日様」


「まぁ元とは言え神様みたいなもんじゃし、こういう失せ物探しは得意じゃよ」


困った時の神頼みという言葉がこれほどぴったりなシーンはなかなか無いと思う。


「でもこんな人がたくさんいる中で…いつ無くなったかもはっきりわからないし…」


「そこは神通力とかそんなんじゃよ、うん。ほれ、お前ら3人はこれで飯を食ってこい」


天日様は露出を諦めて着たパーカーのポケットから諭吉を一枚真紀に手渡した。


「せっかくの旅行じゃ、楽しまんとな」


諭吉を手渡された真紀は一瞬戸惑っていたが、天日様の意図をくみ取ったように諭吉を握りしめた。


「お釣りはいらない感じですか?」


「いるに決まっとるわ。わしらの分の焼きそば買っておけよ!」


いつもの真紀に戻ってしまった。しかし、それはとても安心できる状況でもあった。


「あ、あの、本当に良いんですか?」


上田さんがおずおずと天日様に確認する。


「構わん構わん。必ず見つけるから安心しろ」


神様が必ずというと物凄い信頼感があるというか、普段は信じられない「必ず」という単語が

本当に頼もしく感じる。


「私も天日様と一緒に探すから、3人で先に食べてて。見つからなかったら交代ね」


天日様をひとりにするのもあれなので、私も一緒に探すことにした。


「全員で探したほうが良いような…いや、神様が言うんだ。信じよう」


沈黙を守っていた荒井さんも最終的には合意してくれた。


「とりあえず、落とし物で届いていないか確認してからご飯に行くよ。

 見つかったら連絡、お互いにね」


真紀はそう言うと上田さんの手を引っ張り、詰所のほうに歩いて行く。

天日様を見つめていた荒井さんも二人のあとをすぐに追いかけた。


「…どうやって見つけるんですか?」


失せ物探しに自信があると天日様は言ったが、本当に神通力とかを使うのだろうか。


「匂いを追う」


「犬ですか?」


「狐じゃよ」



5分ぐらい天日様が上田さんの匂いを辿っていると、人の気のない磯まできて足が止まった。


「ここにあるんですか?」


「いや、あのトンネルの先じゃな」


天日様の指した場所はいかにも出そうな感じのトンネル。しかもすぐ上の道には道路と新しいトンネル

があり、絶対に使われていないオーラが出ている。


「あそこですか?」


「やめときな、嬢ちゃんたち」


背後からの声に二人とも振り返る。

地元の人だろうか、釣り竿とクーラーボックスを持ったおじいさんだ。


「あそこはフナムシトンネルって呼ばれててな、程よく水没してるからフナムシが大量にいるんだ」


出るには出るが、霊ではなくフナムシが出るらしい。


「出るのはフナムシだけか、…ご老人」


天日様のほうが年上だろうが、見た目年齢的には正しいと思う。


「女の霊が出るって話は聞くが、まぁ見間違えだろ。わしが言いたいのは

 トンネルの先は崩落してどこにも繋がっとらんし、危ないから入らんほうがええぞってことだ。

 んじゃ、気を付けて砂浜に戻りなよ」


そう言い残すとおじいさんは道路のほうに歩いて行った。


「ミサオは別に無理せんでもええぞ」


「でもあそこに上田さんの財布があるんですよね」


「匂いはしとるな」


「じゃあ、行きましょう」


人が立ち入らない場所には、そういう輩がいるものだ。

天日様の鼻がトンネルを指しているということは犯人がそこにいるということ。

もしかしたら、あのおじいさんもグルなのかもしれない。考えすぎか。


「…怖いもの知らずじゃのう」



トンネルの入口まで来ると、遠目で見る何倍も曰くつき物件のオーラを感じることができた。

磯に来てから視界にフナムシがちらついていたが、この辺りは後ろを見なければどこにでも

フナムシが見える。トンネルの中は暗く、明かりが無いと進むのも難しそうだ。

スマホの懐中電灯モードをオンにして暗がりを照らすとフナムシが大量に影に逃げ込んでいった。

基本フナムシは臆病なのだろう、私の歩みに合わせて道を開けてくれる。踏む殺すことはなさそうだ。


「ミサオ!待たんか!」


フナムシは何を食べるんだっけ、海藻とか、生物の死骸?動かないものなら何でも食べる感じか。

今この場で静止したらフナムシは私に襲いかかってくるのか。心臓を止めないとだめだろうか。

そういえばフナムシは釣り餌に良いってお父さんが言ってたな。短時間なら泳げるらしい。

動きが速いからフナムシを捕まえる時間のほうが長くなったって笑ってたっけ。

潮のにおいが強くなってきた。いや、海水が腐った臭いだ。足元はほぼ水没しており、

藻やら何やらでサンダル越しでもぬめってる感触がある。壁にはフナムシがいっぱいいる。

ふと後ろを振り返ると入口の光が小さくなっていた。天日様は私の後ろをついてきている。

それにしてもこんなところを拠点にする人間はいるものなのか。

はっきり言って長い時間いるには快適さが足りないと思う。しかし財布を盗むような奴が、

人間以外にいるだろうか。この奥にいるのはそういうのが好きな変人か、狂人、そして犯罪者だ。

天井からもカサカサと音がしているのに今さら気づいた。フナムシトンネルの由来が

フナムシまみれのトンネルではなく、フナムシがトンネルを形成しているからだったら

命名者のセンスに感服する。


「ミサオ!」


風が顔に当たる。奥のほうにぼんやりと明かりが見える。日の光ではなく人工的なものだ。

光のもとへ駆けるとそこは蝋燭に囲まれた広い空間だった。

私の部屋よりやや大きいぐらいか、天井は低い。

そして部屋の隅に白い帽子をかぶり白いワンピースを着た女性がぼろぼろの椅子に座っていた。

清楚なお嬢様っぽいのは見た目だけで、顔は…


「…ここまで来るなんてよほど肝が据わってるか、狂人だけよ」


そう言いながら女性は立ちあがった、160㎝ぐらい。

部屋中にいたフナムシが女性を守るように周囲を蠢いている。


「上田さんの財布はあなたが盗んだのですか?」


「なに?他人の財布を探してこんなところに来たの?どういう頭してんのよ?…あぁそういうこと」


女性は後ろにいた天日様を睨みつける。


「ミサオ、こやつは人間じゃない。聞いとるか?おい?」


「財布はあなたが盗んだのですか?」


「変な奴の財布を盗んじゃったわね…まぁそもそもこの辺は私の縄張りだし、

 人間どもを泳がせてやってるだけありがたいと思いなさい」


「返してください。あと警察に通報します」


「はぁ?おい狐、こいつ馬鹿なのか?」


「おい、やめろ」


「そこの狐がお前に教えてやってただろ?私は人間じゃないんだよ!

 人間どものくだらない法やルールや決まり事、そんなの無意味さ!」


「やめろと言うておる!」


「トラウマはくれてやるが、命は貰う。この部屋に入った時点でお前らは終わってのさ!

 食い殺してやる!」


フナムシが女性の声に応えるように一斉に飛びかかってきた。

足元のフナムシの群れが私の足をつたい体中に張り付く。しかも齧ってるやつもいる。

そう、そういうこと。


「やめろ!」


















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