集え新たな仲間達 -幹部編-
ある日の午後、私はアリスと共に松木市という所に来ていた。
ここは塩頭市から電車で30分ほど離れた所にある街で、アリスの説明では、古くからの史跡が多く残る観光都市なのだそうだ。あちらこちらに蔵や武家屋敷を改装した商店があり、江戸時代に立てられた城も天守閣付きで残っているらしい。天守閣付きで城が残っているのは珍しいわけで、ぜひ見学していきたいという旨をアリスに伝えたのだが、本日の用事を片付ける方が先と、やんわりと断られた。非常に残念で仕方がない。
今歩いている所は、元城下町といった感じの観光商店街のようで、古い木造家屋が立ち並んでおり、土産物屋を中心に色々な店が入っている。飲食店の軒先からは甘い匂いが漂ってきており、それを感じる度にアリスの体がぴくりと反応していた。どうやら甘い匂いの元に興味津々のようだが、職務を全うしなければいけないという使命感から、己を自制しているようで、横目で見ながらも、立ち止まる事はなかった。
しっかりとした子だなとは思うが、もう少しぐらいは子供っぽいところがあっても良いとも思ってしまう。
「で、その適職の人というのはどういう人なのだ?」
さて、私達がこんな所に来た理由。それは前組織時の生き残りの一人に会う為だ。
前回の人員は99.9%がやられたと聞いていたが、その0.1%に含まれる一人がこの辺りに住んでいるらしい。どんな人物なのかの説明をまだ受けていなかったので、着く前に聞いておこう。
「猛虎将軍という方で、前回の組織の時にはマスターの右腕となっていた大幹部様です。残忍で獰猛、陰湿で卑劣極まる作戦を得意としていて、その手腕はJHKに戦慄を与えただけではなく、マスターですら恐ろしい男だと唸らせていました。彼ほど優秀な人材はいません。ぜひ組織に戻ってもらうべきだと思います。あ、そこ右です」
アリスに言われたとおり、路地を曲がる。道が結構入り組んでいるようで、細い路地も多い。昔の名残なのだろう。
「獰猛で残忍……か。そういう怖い人をスカウトするのはちょっと躊躇してしまうな。私としては今回はなるべくクリーンで平和的な組織にしたいのだが」
「あ、次は左です。ですが、ご安心ください。マスターが復活されたと聞けば、喜んで参戦してくれるでしょう」
「いや、だから、そういう人をスカウトするのは困るというかだな……」
「ここです」
どうやら話をしている間に目的地に着いたようだ。目の前には辺りと同じ古い日本家屋が建っている。暖簾が出ているようで、ここは何かの商店のようだ。
「……漬物屋、か?」
暖簾は紺色の染物生地で作られているようで、丸の中にカブのような野菜が入った絵が白色で描かれている。古い書体で書かれているので上手く読めないが、これは園田屋で合っているのかな?
「はい、創業百三十年の老舗漬物屋です」
「ずいぶん年季の入った店だな。ここにその、目的の人がいるのか?」
「はい、猛虎将軍のご実家は老舗の漬物屋と聞いています。住所も合っているようですし、ここで間違いないでしょう」
「……残忍で獰猛で陰湿で卑劣な悪の幹部が漬物屋」
私の頭の中で、筋肉隆々の鬼の形相をした男が、雄たけびをあげながら糠床をこねくりまわす絵面が浮かんだ。なんというか、非常にシュールだ。
ちゃんと野菜を漬けているんだろうな? 殺した人間が隠し味とか言われそうで、正直怖い。
「さぁ、参りましょう。すみませ~ん」
「あ、おい、アリス」
私が変な想像をしている間に、アリスは躊躇無く店内へ入っていった。仕方がない、覚悟を決めて私も行くか。百聞は一見にしかずだ。鬼でも蛇でも幹部でも出てこいだ。
暖簾をかき上げ、店内に足を踏み入れると、少し酸味のかかった匂いが鼻につく。いかにも漬物屋らしい、食欲をそそる匂いだ。
店内は土間になっており、木で出来た樽がきれいに並べられていて、その上には商品である漬物が置かれている。かなりの種類があるようで、漬物の事はよく分からないが、どれも非常においしそうだ。
内装は昔のままにしてあるらしく、土壁や柱は年季を感じさせる色合いをしており、天井を見上げると剥き出しの柱に裸電球がぶら下がっていた。こういう昔チックな造りは好感が持てるな。
「は~い、いらっしゃいませ~!」
私達が店内を物色していると、店の奥の暖簾から着物姿の女性が現れた。
女性と言うには少々幼い感じではあるが、たぶん、中学生ぐらいだろう。少し栗色かかった髪を頭の両端で結んでいて、小豆色の着物に茶色の帯を締めている。着物には野菜のような絵が描かれており、なんとも漬物屋らしい感じだ。
「って、うわ、コスプレおじさんとようじょだっ!」
仰け反りながら、おおげさに驚かれる。大変失礼な驚き方だ。
「……コスプレおじさん」
「……ようじょ」
隣にいるアリスと目が合い、黙ったままお互いを確認しあう。たしかに、コスプレおじさんと幼女の組み合わせに見えない事もないのだが。
お、アリスの眉が微妙に寄っている。大変不服のようだ。
「あははははぁ~、ごめんなさい。で、本日は何のご入用?」
店員はバツの悪そうな顔をしながら、明るく振舞うと、接客を始めた。
「ぬか漬け?たまり漬け?私のお勧めはあさ漬けなんだけどね、こっちのやつもとてもおいしいのだ」
彼女は手慣れた感じで、てきぱきと商品を説明していく。笑顔と元気があって大変よろしい。
お勧めされるまま試供品の野沢菜の漬物を食べてみるが、コリコリしていて非常においしい。ほのかに魚介系の風味が感じられるのだが、何か隠し味でも入れているのだろうか。これはご飯が進みそうだぞ、他には何かないのか?
おぉ、このカブの漬物も旨いな。なに、飛騨地方の特産品で、千枚漬けと言うのか。
なに、これはイナゴ? バカを言うな、虫なんて食べられる訳がないだろう。……おいしいのか? うーむ、ちょっと興味を惹かれるなぁ。
「えと、お漬物はまた今度で」
店員に進められるまま試供品を食べていたところを、アリスに止められてしまった。つい浮かれてしまった、申し訳ない。
手に持っていた大根の漬物を口に放りこんで、アリスの隣に戻る。
「あの、猛虎将軍はいらっしゃいますか?」
そうそう、それだ。その猛虎将軍と言うのに会いに来たのだったな。
「猛虎将軍?」
店員は頬に指を当て考える仕草をした後、何かに気付いたらしく、なるほどと手を叩いた。
「あぁ~、源じぃちゃんの事?」
「源じぃちゃん?」
鈴を三回鳴らし、目を閉じて手を合わせる。
鈴の音が鳴り止むのに合わせて手を下ろし、仏壇の隣にかけてある写真を見上げた。優しそうな老人がそこには映っていた。
「猫田 源一郎。猛虎将軍の本名です」
「……なるほど猫だけに虎か」
先ほどの店員は私達の後ろで一緒に手を合わせている。どうやら彼女は猛虎将軍の孫だったらしく、名前を出すなりここへ連れてきてくれた。
ここはこの家の仏間のようで、ほのかに線香の香りが漂っている。
「せっかく来てもらったのにごめんなさい。源じぃちゃん一昨年に亡くなってて。98歳ぐらいだったかなぁ、大往生だったんだよ」
「そうだったんですか」と少し寂しそうにアリスが言う。
「ところでおじさん達は源じぃちゃんと、どういう関係? お友達? 隠し子?」
「いや、私達は……」
「前回の組織で共に戦った仲間です」
私が答えようとすると、いつもの表情に戻ったアリスが代わりに説明してくれた。
「組織?」
店員は怪訝そうな顔をして考え込んでしまった。いきなり組織と言われても、普通は分からないだろう。というか、悪の組織ですとこの場で言ってしまってもいいものだろうか。普通に考えれば、悪の組織と言う名前が出ただけで、驚くか、怖がられるかなのだろうが。
「……もしかして、ゾルバデスの人?」
「はい、申し遅れました。私はアリス、こちらは大首領様です」
悩んでいる間にアリスがあっさりとネタ晴らしをしてしまう。私は控えめに「どうも」と頭を下げた。
「うわぁ~うわぁ~、本当にいたんだぁ~っ! こりゃ大変だぁ~っ!」
店員は慌てて立ち上がるとそのまま廊下へ飛び出してしまった。どたどたと廊下を慌しく駆け回る音がする。
「お姉ちゃん、お父さんにお母さんっ! ちょっとちょっと大変だよ~!」
しばらくした後、私は何故か園田家の面々と向かい合っていた。いきなり部屋を飛び出されてしまったので、もしや警察を呼ばれたのか、とも考えたのだが、それは杞憂に終わったようだ。
「まぁまぁ、大首領様なんですって? 父がお世話になりました」
30代半ばぐらいに見える和服の美人さんが穏やかに微笑むと、丁寧にお辞儀してくれた。物腰は柔らかく、仕草も優雅だ。
髪の色は、先ほどの店員と同じく、薄い茶色かかった色をしていて、後ろ髪をまとめたものをバレッタのようなものでたくし上げている。髪型のせいもあり、頭を下げられるとうなじが良く見えるのだが、そこはかとない色気が漂っており、思わずドキッとしてしまう。
そんな私の気持ちは表情に出ていたらしく、アリスの私を見る目つきが険しい。あれ、妬いてるのか?
「ほぅ、これが父さんの言っていた大首領様か。いや、なかなか立派な方じゃないか」
その隣には作業服を着た男性が座っており、腕を組んだまま、うんうんと頷いている。黒髪をオールバックにしており、いかにも職人といった顔つきだ。穏やかな表情はしているが、目つきは鋭く、頬に無駄な肉が無い精悍な顔立ちをしている。
「えぇっと、あなたがたは?」
「これは失礼しました。私は源一郎の娘の洋子と言います。こちらは主人の博。娘の雨と雪です」
園田母はそう言って、隣に座っている人物を紹介する。
「改めてはじめまして~! 雨ちゃんですっ!」
先ほどの店員、園田 雨が元気よく手を伸ばし挨拶をする。着物から着替えたようで、現在はセーラー服を着ていた。先ほどよりもぐっと子供っぽく見えるのは気のせいだろうか。
「初めてお目にかかります、園田 雪と申します。よろしくお願いいたします」
こちらは対照的に物静かに、優雅な仕草でお辞儀をする。髪は長く、腰ぐらいまであるのではないだろうか。前髪はきちんと切りそろえられており、優等生的な感じを受ける。顔の造りは姉妹である園田 雨と同じようなのだが、どういう訳かこちらの方が大人っぽく見えるから不思議だ。こちらは黒を基調としたブレザーを着ており、仕草もあってか、良いところのお嬢様に見えた。なんとも対照的な姉妹だ。
「どうも、博です。父さんからお話は伺っています。なんでも偉大な方なのだそうですね。お会いできて光栄ですよ」
最後に園田父に挨拶される。どういう言われ方をされていたのかは知らないが、過大評価もよいところだ。
園田 雨は隣に座る園田 雪に「本当にいたんだ、すごいねすごいねっ!」と話している。
話を聞くと、猛虎将軍は自分の家族には、自身の行ってきた事や前の組織の事を教えていたようで、家族全員が私達の事を知っていたそうだ。ただ、その組織の関係者に会うのは今日が初めてらしく、いきなりの訪問に大変驚いたらしい。
「それで本日はどのようなご用件ですか?」
「つい先日、マスターが復活されましたので、新たに組織を立ち上げる事になりました。ぜひ猛虎将軍にも参戦して頂きたいと考え、ここに来たのですが」
そこでアリスが言いよどむ。猛虎将軍が亡くなっていた、とは言いたくないのだろう。
彼女の気持ちを察したのか、園田母は、「そうだったんですか」とだけ言った。
「父も生前は組織の復活を夢見ておりました。腰が曲がり、足腰が弱り、頭の毛が全て抜け去って、痴呆が進み、寝たきりになって介護用おむつが必要になり、家族の顔も思い出せない状態になっても、組織の復活はまだかと、それだけは常々私に言っておりました。それだけ父は組織の事を愛していたのでしょう」
園田母が遠い目をする。
猛虎将軍は、娘の夫の技術が一人前だと判断した後、いきなり店を継がせたかと思うと、そのまま数年どこかに雲隠れしてしまったそうだ。数年後、彼はふらりと帰ってきたそうなのだが、どこへ行っていたのかと聞くと、悪の組織の幹部をやってきたと言ったそうだ。いきなりそんな事を言われた園田家の面々は大変驚いたらしい。行方不明になっていただけでも問題なのに、悪の組織で一仕事、しかも幹部までやってきたのだと言われたら、誰だって驚くだろう。
初めは祖父が悪行を働いてきた事に、後ろめたい気持ちがあったそうだ。家族以外の者に知られる事を恐れたとも言っていた。
だが、猛虎将軍は、悪の組織で働いてきた事を、なんとも思っていなかったようだ。むしろ、それは誇りであり、素晴らしいものであったと家族に語っていたそうだ。その話を聞き続けるうちに、家族達の受け止め方も変わってきた。段々と許容してもよいと思うようになり、最終的には、祖父の人生を素晴らしいものにしてくれたと、感謝すらしたそうだ。それほどまでに彼は、組織を愛していたのだろう。
園田母が教えてくれた猛虎将軍とは、そういう男のようだった。
よく見れば園田家の面々は皆一様に沈んだ顔をしていた。なんともいたたまれない雰囲気になってしまっている。
「いえ、その、もう一度、線香をあげさせていただいてよろしいですかな? そこまで思ってくれた者に対し、私も礼をしたい」
話の流れを変える為に、そう提案してみる。
「はい、父もきっと喜びます」
目じりを指先で拭うと、園田母は笑顔でそう言った。
しばらくして仏間には、私とアリスだけが残された。
園田家の面々は何やら準備があると言って、部屋の外へ出て行ってしまった。
「残念でしたね」
アリスが私を見つめている。少し寂しそうだ。
もしかしたら、アリスにとって猛虎将軍と言うのは大切な人物だったのかもしれないな。親しい者が亡くなったと聞けば、私だって悲しい。アリスも今、悲しみを感じているのだろう。その感情を表に出してこない姿勢は立派だが、ここは私が気遣ってやるべき場面だ。
「そうだな。だが、聞けば子供三人、孫二人に見守られて逝けたという。それはとても幸せな事だと私は思うよ」
「そうなのですか? 私には幸せとはよくわかりませんが」
「幸せの定義は様々だがな。誇りを持てる仕事をし、大切な人達と最後まで一緒にいられたというのであれば、それは十分幸せだと、私はそう思う」
「なるほど、では、私は幸せですね。マスターのお傍にいられるのですから」
面と向かってストレートに言われると恥ずかしい台詞ではあるが。彼女がそう思ってくれるのであれば、今後もそう思ってもらえるように努力しよう。
さしあたっては、ショックを受けて落ち込んでいるアリスを励まさなければならんな。
そうだ、帰りにどこか寄っていくか。甘い匂いに興味津々だったはずだし、そういう物を食べれば、少しは元気が出るだろう。女の子は甘いもので出来ているという話を聞いた事があるし、ぜひ、そうしよう。
「そうか。さ、私達はお暇しよう」
「はい」
園田父に声を掛け、店を出る。彼はわざわざ店先まで見送りに来てくれた。ありがたい事だ。
「どうもお邪魔しました」
「いいえ、こちらこそ何のお構いもできなくて、申し訳ありませんでした」
猛虎将軍はいなかったが、せっかく知り合えた一つの縁だ。漬物もおいしかったし、日を改めて、また伺うとしよう。
その場から立ち去ろうとすると、「ちょっと待っていてください」と呼び止められる。
「なにか?」
「いえ、準備に少々手間取っているみたいでして。雨、雪、まだなのか~っ!?」
「今行くのだ~っ!」
「は~いっ!」
店の奥からドタドタと走り回る音が近づいてくる。暖簾が勢いよく捲れあがると、園田姉妹が飛び出してきた。
二人とも服装こそ先ほどと同じではあったが、園田 雨は巨大なリュックを背負い、園田 雪はこれまた大きなボストンバックを背負っている。
園田 雨のリュックからは傘やら木刀やらが突き出していて、横には鍋やらフライパンやらがぶら下がっており、ガラガラと音を立てている。リュック自体もパンパンに膨れ上がっており、ちょっと刺激を与えただけで中身が飛び出してきそうだ。
園田 雪の方は、ボストンバックの他に、長い筒のような物を持っている。釣竿でも入っているのだろうか?
パッと見た感じ、キャンプにでも行きそうな姿ではあるが、これはどういう事だろうか?
「父の代わりになるかどうかはわかりませんが、この子達を連れて行ってください」
遅れて出てきた園田母がそんな衝撃発言をする。
「えぇぇっ!?」
驚きのあまり仰け反ってしまう。そんな話は聞いてない。
「よろしくお願いしま~す!」
「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」
二人は対照的ではあるが、のん気に挨拶。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ったっ! いいですか、奥さんっ!」
「奥さんだなんて、そんな……ぽっ」
園田母が変な部分に反応して頬を赤く染める。頬に手を当て、いやんばかんと腰を振る。そんな部分に反応しないで欲しい。じゃなくて!
「変な所で照れんでくださいっ! いいですか、娘さん達をどこに送り出そうとしているのかわかっているのですか!?」
「えぇ、悪の組織ですよね?」
「分かっているなら止めるでしょう!? 自分で言うのもなんですが、悪の組織ですよ!? 娘さんを悪の道に進めたいのですか!?」
そうだ、私たちは一応、悪の組織だ。大事な娘を悪の道に進めようなどという愚行は、親のする事ではない。それにこんな若い娘を預けられても、扱いに困ってしまう。
「ですが、これは父の遺言でもありますし。それに私も主人も娘達自身も賛成しているのですよ?」
「えぇぇっ!?」
「あいにく私はもうこんな年齢なので無理ですが、娘達はぴっちぴっちです。しっかりやってくれるでしょう」
「し、しかしですな……っ!?」
いくら祖父お勧めで、家族満場一致な話であっても、こんな若い娘を悪の道に引き込むのは……。
ふと園田姉妹を見ると、二人とも悲しそうな顔をしている。私に断られた事がショックだったのだろうか?
「大首領様、雨ちゃん達はお邪魔なの?」
そう言いながら園田 雨は私の目の前に来ると、こちらを見上げ、目を潤ませながら訴えってくる。やめろ、その目は反則だ。
「いや、そういう訳では……」
「大首領様、女性のあぷろーちを無下に断るものではありませんわ?」
私がうるうる視線にたじろいでいると、園田 雪がしなを作って、私に寄りかかってくる。やめろ、指先で胸をいじくるな。
いつもなら私が困っているとすかさず助け舟を出してくれるアリスだが、こんな時に限って助けてくれない。助けを求めるように目で合図を送るのだが、目をそらされてしまった。あれ、なんで? もしかして、不機嫌?
「う、うぅぅぅぅむぅぅぅ~~~~っ!」
全身から脂汗を流しながら、二人の攻撃に耐えていると、園田 母は表情こそ穏やかなままであるものの、口元を吊り上げ、こう言った。
「娘達の事、よろしくお願いしますね?」
その顔は、まさしく悪の大幹部の血を引いていると、私は思うのだった。
「いってくるのだ~っ!」
「お父様もお母様もお元気で~!」
「しっかりやってこいよ~!」
「日本を征服するまで帰ってきちゃだめよ~!」
結局、私は二人の参加を断りきる事ができなかった。己の不甲斐なさ感じながら、三人を引き連れて、とぼとぼと路地を歩く。
「……いいのかなぁ、これで」
「よかったのではないでしょうか。幹部候補が一気に二人も増えた事は喜ばしい事です」
私の隣を歩いていたアリスが、そんな事を言う。どうやら機嫌は直ったようで、今はいつもの表情に戻っていた。
「ね、ね、大首領様。基地ってどこにあるの? やっぱり地下に作ってあるの?」
「ま、まぁな」
「おぉ、やったのだ~!」
園田 雨が無邪気そうに笑う。なにがやった~なのかは分からないが、ご期待に添えられたようだ。
「悪の組織だぞ、悪の。いいのか、これで」
やはり今から理由をつけて家に帰したほうがよいのではないだろうか。先のある若い娘達を悪の道に引き入れるのには、やはり抵抗がある。私の悩みを察したのか、園田 雪は「いいのですよ」と微笑みながら答えた。
「私も雨も小さい時からずっと夢見ていた事が実現したのです。おじい様は私達に何度も何度も組織の、そして大首領様のお話をしてくださいました。そう、それはおとぎ話を語るように、懐かしそうに、嬉しそうに。普段から優しいおじいさまでしたが、組織のお話をされているおじい様の目は、いつも以上に輝いていて、優しかったのを覚えています」
「だからね、私達、二人で決めたのだ。いつか大首領様と一緒に戦えるチャンスがあったら、組織に入れてもらおうって。だって大好きな源じぃちゃんがいたところだもの。素敵に決まってるのだ!」
二人はそう笑顔で言った。祖父が愛した組織だから、自分達も入りたいと思った。その思いが今日、叶った。だから嬉しいのだと、教えてくれた。
彼女達の笑顔がとてもまぶしい。こんな笑顔をされたら、何も言えなくなってしまう。
「マスター」
「なんだ?」
「お悩みのところ、大変申し上げにくいのですが、私もお二人には参加してもらった方がよいと思っています。その……」
アリスは少し躊躇った後、「猛虎将軍のお孫さんなので」と、消え入りそうな声で言った。その表情は少し照れくさそうだ。
珍しい表情をするものだなとも思ったが、すぐになるほどな、と得心がいった。
彼女達は猛虎将軍の孫である訳で、アリスから見れば、その猛虎将軍の面影を感じる事ができるのだろう。昔仲良かった人物と一緒にいたいと思うのは、別に不思議な事ではないし、むしろ、私以外の人物に対してのそういう感情があった事を嬉しく思う。
彼女達が在籍するのは悪の組織なのだろうが、その組織が本当に悪かどうかは私の采配一つだ。彼女たちは参加する事を強く望んでいるようだし、無理に拒めば彼女達の想いを踏みにじる事になるだろう。そうなるのであれば、ここは一つ、受け入れてやるのが筋なのかもしれないな。
なにより、アリスにも年の近い友人は必要だ。
「……わかった、もう何も言うまい。二人ともついてくるがいい」
私の言葉を受けて、園田姉妹は嬉しそうに笑った。
「さっすが、大首領様、話がわっかるーっ!」
「はい、ありがとうございます!」
その二人の笑顔を見るアリスも、どことなく嬉しそうな顔をしていた。
そうだ、せっかく地元人間がいるのだ。彼女達に先ほど考えていた事を聞いてみよう。
「ところで、お前達二人は土地の者だったな。この辺に何かおいしいお菓子はないのか?」
「あ、それなら、この先の幸運堂って和菓子屋さんが有名なのだ! 真味糖ってお菓子が有名で、とってもおいしいのだっ!」
「真味糖とはなんだ?」
「鬼胡桃と蜂蜜などを用いた和風タッフィーですわ。裏千家淡々斎宗匠の命名によるお茶席菓子で、信州を代表する格式ある銘菓として広く知られいるものです」
さすが地元人間、良く知っている。
「なるほどな。では、帰りにそこに寄って皆の分を買って帰ろう」
皆の分という所で、アリスがぴくりと反応する。
「アリス、用事も済んだし、少しぐらい寄り道しても、問題はないよな?」
「えぇ、問題ありません」
すまし顔でそう答えるが、どことなくそわそわしているように見える。やはり、甘い物が好きなようだな。
「あとね、あとね、ジョナサンってケーキ屋さんが駅前にあってね! ここのシュークリームが絶品なのだ!」
「ほぅほぅ、他には何かないのか?」
「先ほどと同じ和菓子の系統になってしまいますが、酒饅頭も有名ですわ。ほら、あちらの通りにあるのがそうです」
「白い湯気が上がっています。店頭で蒸し揚げているのでしょうか?」
あれがおいしい、これがおいしい。
二人が話し、アリスが興味を持つ。今までになかった賑やかさが、心地よい。
私達はお菓子の話に盛り上がりながら、商店街を進んでいった。