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せいふくっ! -今日から始める大首領-  作者: れぎゅ
第一幕 目覚めてみれば一知半解
2/22

大首領 目覚める

 気がつくと私は深い闇の中にいた。

 上下左右、全ての方向が闇に閉ざされ、自分が横になっているのか、浮いているのかさえ分からない。完全な闇の中、そんな空間に私はいた。

 その空間の中で、私は私が眠っているという事を自覚できた。これが噂に聞く、覚醒睡眠という奴だろうか? 寝ているのに自身を知覚できるというのは、なんとも不思議な感覚だった。

 頭も体も重く、起きようとする気分にもなれない。まだもう少し、このまどろみを感じていよう。起きる理由もない。

 私は考える事をやめ、この眠りに身をまかせようとした。


『…………たぁ……』


 声が聞こえた。細く、か弱く、聞き取る事も難しい。だが、声色からして幼い少女のように感じられる。

 誰だろう、私を呼んでいるのだろうか? だが、私は眠いんだ、静かにして欲しい。


『……ます……たぁ……ますたぁ……ますたぁー……』


 声は続ける、呼び続ける。

 延々と続くその呼び声が、私の意識を眠りの底から持ち上げる。急速に意識が覚醒するのを感じ、仕方なく、目を開く事にした。

 起きたくはないのだが、しつこく呼ばれては起きない訳にもいかない。


『ます……たぁ……』


 分かったから、そんなにしつこく呼び続けないでくれ。今、起きるから。

 目を開けようとして、瞼の重さに驚く。瞼がこんなに重く感じるのは初めてだ。眉間と眼球に力を込め、少しずつ瞼を開いていく。

 視界に入ってきた景色は、白くにじみ、ぼやけ、焦点も定まらない。この感じは、貧血でふらついた時の感覚に似ている。

 軽く頭を振り、ふらつく頭を右手で押さえ、足を一歩前に踏み出すと、ドシャンと重量感のある音が聞こえた。なんだか、体が異様に重い。それにドシャンとはなんだ? 手や足を見てみるが、別に変なところはない。


「ぬぅ……ん!」


 気合を入れて立ち上がろうとするが、足が震え、素直に立ち上がる事ができない。車椅子生活に慣れた老人のようで、筋肉が思うように動かないし、それに加え、体の間接がギシギシと悲鳴を上げる。起き上がるだけでこれ程苦労するとは、一体どういう事だ? そういう歳でもないはずなのだが。


『ます……たぁ……。お目覚め……に……なったの……ですね』


 声に少しではあるが喜びの色が感じられた。私が起きた事が分かったらしい。


 視界が安定してきたので、辺りを見回す。

 暗くてハッキリとは見えないが、それなりに広い部屋らしく、壁はむき出しのコンクリートで作られているようで、ところどころヒビが入っており、床には崩れた岩石の塊が無数に転がっていた。

 私の足元には赤く豪華であったであろう絨毯が敷かれているが、薄汚れており、ところどころが破けている。この部屋の状況、一言で言うなら、廃墟だ。

 後ろには豪華な装飾が施された椅子があり、どうやら私はここに座りながら寝ていたらしい。椅子の質感は良くも悪くも金属剥き出しであり、お世辞にもすわり心地はよさそうには見えない。こんなものの上で座った姿勢で寝ていれば、そりゃ体は痛かろう。

 しかし、私はなぜこのようなところにいるのだろうか。そもそも私はなぜこんな所で寝ていたのだろうか?

 そんな単純な事を思い出そうとして、私は何も思い出せない事に気付いた。何も、そう何もである。


 私は……誰だ?


 私は私が分からない。性別は分かる。男だ。だが、名前も年齢も、昨日の事も、この場所の事も、なにもかもが分からない。

 なぜだ、なぜ思い出せない。


『こちらへ……もっと……こちらへ……』


 声が私を呼ぶ。辺りを見回してみても、声の主は見当たらない。


「私を呼ぶのは誰だ?」


 野太い男の声が、口から吐き出される。捉え方によってはダンディーに聞こえるかもしれないが、普通に聞いたら怖そうな声色に感じる。これが私の声色らしい。


『どうぞ……こちらへ……ますたぁ……』


 声は私の問いに答えない。ただ呼ぶだけだ。

 ますたぁとは私の名前の事だろうか? 声の聞こえる方向には扉があり、この部屋の唯一の出口のようだった。

 もしかしたら私を知る人物なのかもしれない。まずは、この声に従ってみよう。


 よく分からないまま、重い体を引きずり、通路を歩いていく。

 この声の主も私の記憶にはないのだが、どういう訳か願いを叶えてあげなければならないと言う不思議な義務感を感じてしまう。しかもこんな状況なのに、私は恐怖を感じていないようなのだ。普通に考えれば、目覚めて記憶がなく、こんな訳の分からない場所にいれば、恐怖を感じるはずだというのに。その事を考えようとするのだが、頭の中は依然ぼやけたままであり、考えはまとまらない。


『もう少し……こちらへ……』


 声に導かれるまま、通路を進む。一歩歩くたびに、全身の力が抜けていくようで、正直しんどい。息もあっという間に切れてきた。だが、声が呼ぶ限りは進まなければならない。そうしなければいけないという不思議な使命感が湧き上がる。なんなのだ、この感覚は。


 しばらくして、行き止まりに突き当たった。これ以上先へは進めそうもない。


『今……お開けします……』


 どこからか空気の抜ける音がし、軽い振動音が聞こえると、次の瞬間、目の前の壁に亀裂が走り、表面が崩れだす。崩れた壁の向こうには空間が広がっており、どうやら隠し部屋か何かのようになっていたようだった。隠し部屋は先ほどの部屋と同じように剥き出しのコンクリートで作られているようなのだが、暗くてそれ以上は分からない。よく見てみると部屋の中心は薄ぼんやりと明るくなっており、どうやら何かの光源があるようだ。


 瓦礫を乗り越え、部屋に入り、その光源へと進んでいく。


 光源に見えたのは、カプセルだった。しかも、人間が一人まるまる入りそうな大きさで、3mぐらいはあるだろうか。上と下には無機質な機械の蓋がしてあって、そこには無数のゴムチューブが繋がっている。ケーブルの先は闇の中で、どこに繋がっているのかは分からない。昔、映画で怪物やクローンを培養する機械を見た事があるが、まさにこんな感じだった気がする。まるでSF映画のセットだな。

 光はカプセルの台座から出ているようで、薄ぼんやりと中に入っているものを照らしているようなのだが、液体が濁っているのか、中身がよく見えない。ちらちら映る影から推測すると結構大きいもののようなのだが、なんだろうか。

 中身を見ようと顔をカプセルへ近づける。


「なっ……!?」


 その中身の正体に、驚きのあまり声が詰まる。

 カプセルの中身は人間だった。しかも、全裸の少女で、見た目からして小学校低学年ぐらいではないだろうか?

 肩口ぐらいで切りそろえられているであろうブロンドの髪が、カプセルの中でふわりふわりと揺れ、口元からは時々気泡が漏れている。

 外国人なのだろうか? 端正な顔立ちに、凹凸の少ない体。柔らかそうな肉。一瞬、少女の大事な部分に目が行きそうになり、慌てて目を逸らす。これを端的になんと表現すれのでいいのだろうか。少女のホルマリン漬けとでも言えばいいのだろうか。

 これは一体何だ? なんでこんなものがここにあるんだ?


『ようこそ……ますたぁー……』


 先ほどの声がはっきりと聞こえる。


「お前が……私を呼んだのか?」


 考えにくい事だが、このカプセルの中に眠る少女が私を呼んでいたようだ。この状態で呼べるものなのか? そもそも生きているのか?

 少女の口は動かない。だが、確かにこのカプセルの中から声が聞こえる。辺りを見回してみても、スピーカーのようなものは見当たらない。


「……お前は、誰だ?」


 カプセルの中の少女に声をかけてみる。この少女を、私は、知らない。


『私は……ますたぁーのしもべ……』


 カプセル、いや、少女はそう答えた。信じられない事だが、彼女は生きていて、なおかつこの状態で意識があるらしい。


「しも……べ? お前は私を知っているのか?」

『はい……。私、以上に……ますたぁーのことを知る者は……いません』

「では、教えてくれ。私は一体何者なのだ? 記憶が……私が一体何者かの記憶が無いのだ」


 こんな状況、普通に考えればありえないのだが、それでもこれが唯一の手がかりだ。不思議に思うよりも先に、私は私が一番知りたい事を尋ねた。


『ますたぁーは……全知全能の……この世で唯一のますたぁーです……』


 それでは答えになっていない。私は誰なのか、もっと具体的に、そう、例えば三丁目の佐藤さんで職業はサラリーマンとか……そういう具体的なものが欲しいのだ。


『そのように……お困りになった顔をなさらないでください……。今はまだめざめたばかり……。記憶がこんざつして……いるので……す』

「どうすれば、記憶が戻るのだ?」

『私が……めざめれば……』

「目覚める?」

『私は今……眠っている……状態です。私は……ますたぁーの……補助をする……せいたいえ……んざんき。私が……眠ったままでは……ますたぁーの……記憶が完全に……もどらないのか……と……』


 なるほど、今は休眠状態という訳か。という事は、これはSF映画とかであるコールドスリープのようなものなのだな。今の時代にこんな技術があったとは、いやはや、信じられん。

 しかし、目覚めさせるといっても、一体何をすればよいのやら。


『私の名前を……およびください……。そうすれば……私のしすてむは……起動を開始しま……す……』


 音声認識という訳か。だが、肝心な彼女の名前が私には分からない。


『私は……あり……す……。ますたぁーの……忠実な……しも……べ……』

「あり、す?」


 尋ねるように彼女の名前を口にする。その瞬間、周辺の闇に赤や青の小さな光の点が灯もり、機械の動作音が響き渡る。暗くて今まで見えなかったが、この部屋は巨大なコンピューターで埋め尽くされていた。今なら機械自身の計器の明かりで、それがよく見える。カプセルが振動し、繋がれているゴムチューブらしきものが微動する。何が起こるんだ?


『……音声認識……対象をますたぁーと認定……。ひゅーまのいどこんぴゅーたー……ALICE……起動を開始……します……』


 カプセル内部の発光が急激に加速し、それに合わせ、ガラス部分が音を立てて上にスライドしていく。中に満たされていた液体が周囲にあふれ出し、足元がすくわれそうになる。発光はさらに激しさを増し、暗闇になれていた私は思わず目を逸らしてしまった。


「う……く……!」


 発光が弱まり、機械の動作音が静かになった。しばらくして、水を打つ音が数度聞こえたかと思うと、伏せたままの私の視界の中に、少女の足が映った。

 本当に生き返ったのか?


「おはようございます、マスター。こうしてまたマスターにお会いする事ができて光栄です」


 少女の声がする。先ほどよりもはっきりとだ。視線を上に上げようとして、見てはいけないものが目に入り、慌てて伏せ直す。直視してはいけない、直視してはいけない、直視してはいけないっ!


「……マスター?」


 彼女が怪訝そうな声色で私に問いかける。私の態度の意味がよく分かっていないようだが、紳士として顔を上げるわけにはいかない。


「……その、なんだ」

「なんでしょう?」

「服を……だな」

「服?」


 私が目を伏せ続ける理由、それは彼女がカプセルに入ったままの姿だという事だ。つまり。


「お前は……裸ではないかっ!?」


 まだ幼いとはいえ、相手は少女だ。見ず知らずの男に裸を見られて嫌な思いをしないはずがない。いや、別に私が過剰に反応している訳ではないぞ? 私は別にロリペドフィンという訳ではないのだ。少女の裸を見たぐらいでどうにかなるような人間ではない。

 ……じゃないよな? 記憶がないので、はっきりと断言できないのが悲しいところだ。だが、私の倫理が見てはいけないと警鐘を鳴らす。


「あぁ……これは大変失礼致しました。マスターの御前で、このような格好ではいけませんね」


 そう言うと彼女はないやらぶつぶつと唱えだす。次の瞬間、彼女の体が発光し、軽い絹づれの音がしたかと思うと、彼女の足は靴を履いていた。


「これでよろしいでしょうか?」


 恐る恐る視線を上げる。青色のパンプス、白いレースのついた靴下、青色のワンピース……一瞬で服を着た、一人の少女がそこには立っていた。

 彼女を良く見てみる。セミロングの髪は首元で綺麗に切りそろえられており、白いレースのついた蒼いカチューシャがブロンド色の髪を際立たせている。少し眠そうに垂れ下がった目は赤く燃えるような色をしており、顔の柔らかそうな質感もあり見た目より幼く感じさせる。白いレースのシャツに青色のワンピースを着用しており、フリルのついたエプロンをしている。これはエプロンドレスというものでよいのだろうか? 胸元には赤い石がはめ込まれた金色のブローチ。腕には彼女の腕の細さに似つかわしくない、太目の重厚そうな腕輪をしているようで、鈍い銀色の光を放っている。身長はそれ程大きいようにも見えず、小学校1~2年生程度ぐらいだろうか。客観的に見て、かわいらしい子だ。

 ひとまず裸ではなくなったようなので、安心しておく。


「あ……あぁ。いや、それ、どういう仕組みなんだ?」

「これですか?」


 なんでも彼女の腕にしている腕輪には分子レベルに圧縮された服が入っていたそうで、それを展開し、装着したとの事だ。なんだ、その超技術。まるで大昔の特撮ヒーローの変身みたいではないか。変身の掛け声で一回転すると、あっという間にバトルスーツ姿に変身……みたいなあれだ。

 彼女は、何がおかしいんですかと、不思議そうな顔をしている。なんだろう、この違和感。こんな技術、ないはず、だよな?


「……ところでいかがでしょうか?」

「なにがだ?」

「記憶、です。私が正式に起動した事で、マスターの記憶野も正常に作動しているはずなのですが」


 言っている事の意味は分からないが、ひとまず自分の事を思い出そうと頭を回転させてみる。不思議と頭のもやは晴れ、先ほどよりも思考がクリアーになった感じがする。


「いかがでしょう?」

「……ダメだ、さっぱり思いだせん。先ほどより頭はハッキリしたように感じはするのだが」


 何一つ状況は変わらなかった。


「おかしいですね。本来であればこれで完全に戻るはずなのですが」


 あまり困っていないといった顔で、彼女は小首をかしげる。


「どうしたらいいのだ? 他に手段はないのか?」

「そうですねぇ……」


 これまたあまり考えているようには見えない顔で、彼女は唸る。この少女、ほとんど表情が動かないのだが。これが素なのだろうか。


「……諦めましょう」


 しばらく唸った後、彼女の出した答えは諦めるだった。


「……はい?」


 思わず間抜けな返事をしてしまう。いや、本当に意表をつかれたからだ。


「諦めましょう。たぶんですが、今のマスターは長い眠りから覚めたばかりで、寝ぼけていらっしゃるのです。ですので、時間が経てば少しずつですが思い出していくはずです」


 これが寝ぼけているレベルなのか? 自分の事が分からなくなるようなレベルの寝ぼけなんて、聞いた事がない。


「マスターの場合、一度お眠りになると10年単位ですから。時間比較で人間達の452,600倍です。ですので、寝ぼけレベルも452,600倍なのですよ、きっと」

「……10年? 普通は10年も眠れんぞ?」


 なんとなく違和感を感じる言い方だ。


「人間達の、と言ったな。アリスちゃんとやら、一つ尋ねたいのだが」

「なんでしょう」


 当たり前であるであろう内容の質問を、彼女にする。


「……私は人間だろ?」


 彼女の眉が微妙に上がる。どうやら驚いているようだ。私はそんなに変な質問をしたのか?


「何をおっしゃいます。マスターは人間などという下等生物とは比較できないぐらい高次元で高レベルの存在です」

「おいおい、私はれっきとした人間だぞ。ほら、このように手だって普通の人間の形をしている訳だし」


 そう言って彼女に自分の手を見せる。ちょっと骨太だが、普通の成人男性の手だ。私にはそう見える。

 彼女は私の手をしばらく見つめ、その後、私の目をじぃっと見つめた後、分かりましたと静かに答えた。何が分かったのだろうか?


「どうやら、マスターの空間認識能力に欠損箇所があるようです。ただちに修正致します」


 彼女は目を閉じると、ぶつぶつと何かを唱えだした。それと同時に私の頭にチクリと痛みが走る。偏頭痛のような痛みだが、それにしては非常に痛い。思わず目をつぶってしまう。


「これでよろしいかと思います。ご自身のお姿を一度見て見られればよろしいかと」


 痛みが急速に引き、私は目を開けて自分の手を見た。その異様さに声が詰まる。


「な……んだ……これ……」


 人間の手はそこにはなかった。まず異常に太い。ボディービルダーのような太くたくましい腕だ。しかも、その腕は黒ずんだ金属の甲冑のようなものを纏っている。


「なんだ、これは! 先ほどまでは普通の人間の腕だったはずなのに!」

「空間認識能力の欠損部分を修正しましたので、正常に物が見えるようになっています。今見えているものが本来の姿です」


 そんなあほな!?

 体をべたべたと触ってみる。どこもかしこも見た目どおり金属の手触りだ。指先から足の付け根まで、全身甲冑姿だ。しかも、この甲冑は先端がとがっていたり、湾曲していたり、金色の模様が描かれていたりと、まるで装飾鎧のようになっている。

 こんな格好をしているのであれば、先ほどの重厚な足音もするだろう。肩には赤い布がついており、後ろを見てみると、どうやらこれはマントのようだった。

 頭も金属の触感で、兜まで被っているようだが、視界には兜のかの字も見えない。だが、私は確かに何かを被っているようだった。


「な、なんでこんな物を被っているんだっ!? ぐぬぅぐぬぅ! どうせ飾り物だろ!? ぐぬぐぬぐぬぬぬぬぅ~っ!」


 混乱したまま甲冑を、この場合は兜を脱ごうとする。だが、抜けない。兜がぴったりと頭にくっついているようで、びくともしない。


「ぬ、抜けんっ! 取れんっ!」


 兜の頂点にある角を両手で思いっきり引っ張る。縦に引こうが横に引こうがビクともしない。むしろ、兜ごと首が抜けそうになる。


「マスター、それ以上はおやめになったほうがよろしいかと」

「な、なぜだぁ~~~~~!? アロンアルファーだって、引っ張れば取れるぞ~~~っ!?」

「その角はマスターの頭蓋骨の一部です。力で抜いてしまうと頭にそのまま穴が空いてしまいますよ?」


 だって、人間の頭は甲冑のような形をしていない。これはただの甲冑ではないのか?


「ぜぇ……ぜぇ……私は一体なんなのだ……」


 結局、兜は脱げず、脱ぐのを諦める。荒い息を吐きながら、がくりと肩を落とす。訳が分からなくて、もう脱力するしかない。


「ですからマスターはマスターだと」

「……それでは答えにならんのだ。そもそもお前は私の事をマスターと呼ぶが、いったいなんのマスターなのだ?」

「マスターはマスターです」

「いや、だから」


 同じ答えしか返ってこない。こうなったら質問の仕方を変えよう。


「分かった。質問の仕方を変える。お前は私の事を知っているのか?」

「はい」


 肯定する。表情は変わらないが、いや、ちょっと自信がありますという気持ちは伝わってくるな。どうやら本当に私の事を知っているらしい。


「では、教えて欲しい。私は何者なんだ?」

「闇の大首領様です」

「……はい?」


 今の質問、何かおかしかったか?

 おかしくないよな。もう一回だ。


「も、もう一度聞く。私は何者なんだ?」

「闇の大首領様です」


 答えは変わらなかった。


「その、それは名前、なのだろうか? ヤミノダイ シュリョウさんみたいな」

「おっしゃっている意味が良く分かりませんが」

「うん、私も正直混乱している。その、なんだ、それは悪の組織か何かの長で、世界征服とかしちゃったりする、あの大首領さんの事かな?」


 闇の大首領なんて言われて、私が連想するのはそういう人物だ。幼い頃にテレビや漫画で見た、悪いやつの代表格、それが大首領だ。だが、そんな人物はこの世に存在しない。空想の産物だ。


「悪ではありませんが、その認識で間違いはないかと。マスターは闇の大首領様で、この組織の長であり、その組織活動は世界征服をする事でした。組織の名前はゾルバデスといい、腐りきったこの世の秩序をマスターの名の下に粛清する事を目的としていました」


 彼女はとんでもない事を言い始めた。なんだ、そのおもしろ設定。


「街を破壊し、人間を殺し、全てを浄化した後に、新たなる秩序を作る。マスターのその行動方針は、この国の人間達からは悪魔の所業と恐れられ、ついた呼び名が闇の大首領です。征服活動は順調に進み、怪人、戦闘員も順調に増え、制圧地域も拡大し続けました。ですが、この国はJHKというヒーロー組織を立ち上げ、生意気な事に、マスターに抵抗を始めました。初めは微々たる力でしたが、徐々に力を増していったヒーロー達の力は私達の組織の脅威となっていきました」


 そこで一旦、言葉を区切る。言い難い事でもあるのだろうか。


「そして、10年前。ヒーロー達は、本拠地であるこのアジトに総攻撃をかけました。そして激しい戦いの末、日本征服まであと一歩というところで、マスターは殺されてしまった訳です。ですが、マスターはいつの日か、必ず復活すると言って絶命されました。そして、今日、この場にマスターがいらっしゃいます。私は今日と言う日が必ず来ると信じていました」

「えっと、そんな話を信じろと言うのか? ヒーローがいて、悪の組織があって、それで私はそこの長で。人間達を殺し続け、最後には私自身も殺され、復活したと。そんな話を信じろと言うのか?」

「はい」


 ハッキリと言い切られてしまい、唖然としてしまう。よりにもよって、こんな突拍子もない事を言われるとは考えてもみなかった。

 この国には悪の組織があって、ヒーローと戦っていた。しかもその組織の長が私だと言うのか。何を馬鹿な事を。

 私の常識がそんなものは嘘だと叫ぶ。こんな話、信じるだけ馬鹿らしい。子供の言う事だ。テレビの特撮やアニメと現実がごっちゃになっているのだ。世迷いごとだ、と。


「そんな事ある訳……っ!」否定しようと口を開きかけて、言い淀む。


 では、先ほどの彼女の目覚めや着替えはどう説明すればいい。あんな物が私の記憶している世界にあっただろうか? 答えは無いだ。

 私の脱げないこの鎧も同じだ。ドッキリか何かだと言えばいいのだろうか。テレビか何かの企画に突然巻き込まれて、もう少ししたら看板を持ったレポーターが出てくるんだろと考えればいいのだろうか。

 そもそも、なぜ、私は私の事が分からない。彼女の話を受け入れて、素直に認めればいいのか? それとも自身の価値観に従い、話を否定すればいいのか?


 分からない、何も分からない。

 どうすればいいのだ……。



「……そのようにお悩みにならないでください」


 彼女が私の頬に触れる。いつの間にか、彼女は私の前で、見上げるように立っていた。彼女の目がまっすぐに私を見つめている。その瞳には慈愛のような色が見て取れた。この眼を、私は知っているような、気がした。

 手から伝わるぬくもりは、頬から頭へ、全身へと伝わるようで、荒ぶっていた私の心を静めていく。心地よい。


「先ほどの話の続きになりますが、マスターはヒーロー達の手によって殺されてしまったというのが、前回の結果です。マスターのお体は、四肢がもがれ、頭と胴は切断され、破損していない場所を探すほうが難しい状態にありました。更に最後の止めとばかりに、切断された頭部は打ち砕かれたと記憶しています。それだけの損傷から再生、復活をされたのであれば、脳に何らかの障害が残っていてもおかしくはありません」


 彼女は続ける。


「現に先ほどまで、マスターの空間認識能力は欠損状態にありまし、同じように、脳や体内の器官で再生しきっていない部分があってもおかしくはありません。その結果、マスターの記憶障害が発生しているものと考えられます。早急に対処したいところではありますが、私の方からでは異常個所を正確に感知する事ができできませんし、治療もする事はできません」


 瞳を一度閉じ、何かを考えた後、再び私の目を見つめる。その眼はやはり優しい。


「ですが、マスターの体には自己再生機能が備わっています。今は欠損状態にある箇所も、ゆくゆくは再生され、正常な機能を取り戻すでしょう。今は記憶が戻られていない事で、不安はあるかもしれません。ですが、それはいつか直ります。必ずです。ひとまず、そうなのかもしれないという程度に、現在の状況を考えてみられてはいかがでしょうか?」


 それでよいのだろうか?

 彼女の言う事は奇想天外で、まるで空想世界の物語だ。五体をばらばらにされた人間が復活するなど、ありえない。だが、判断材料である記憶が何もない私が、何かを否定する事はできない。

 もう少し、情報が集まってから判断しても……よいだろう。そう考えるしか、今の私には出来る事がない。


「……分かった、一旦、お前の話を信じることにする。話を続けてくれ」

「はい」


 彼女の手が離れる。少し名残惜しい。


「それではまずは、改めてご挨拶を。おはようございます、マスター。またマスターにお仕えする事ができる事を嬉しく思います」


 彼女、アリスはそう言ってぺこりとかわいらしくお辞儀をした。


「えと、アリスちゃん……だったかな」

「マスター、私の事はどうぞアリスとお呼びください」


 アリスは姿勢を正すと私の目を見て、そう言った。


「そうは言うが、私にとっては初対面であるからして」


 そこまで口にしかけて、口を閉じる。この子は私の事を知っていると言う。つまり、私はこの子と初対面ではないはずだ。知っている人間に知らない人間扱いされるのは、子供ではなくても悲しいはずだ。

 言い方を変えなければならないな。


「その、だな。もしよかったらお前の事も教えてくれないか? お前は私の事を知っているようだが、失礼な話ではあるが、私にはお前が誰なのかの記憶もないのだ」

「私の事ですか? かしこまりました」


 彼女は迷い無くそう答えた。


「私の名前はアリスと申します。今から五十年前にマスターの補助をする為に、マスターの手によって作り出された生体演算機です。肉体は不老細胞を移植されており、年齢的な成長はほとんどありませんが、それ以外は素体である人間のままになっていますので、戦闘などには適していない作りになっています。一応、骨格と筋肉は強化されていますので、腕力はそれなりありますが、素体の弱さもあり、成人と同程度の強度しかありません。その代わり、私の脳は電子的な補助装置が組み込まれており、高度な演算から機械の遠隔操作まで、幅広い電子活動が出来るように作られています。眼球は人工の物と入れ替えられており、望遠機能や特殊波形の照射、暗視機能等があります。他にも細かい仕様はあるのですが、些細な部分ですので、いずれ機会をみてご説明させていただきます。特技はマスターの体の補助で、マスターのその強大なお力の制御をサポートできます」

「ちょっと待て待て」


 色々と訳の分からない事を言われてしまった。


「なんでしょうか?」

「私が作ったというのか? お前を?」

「はい」


 何を当たり前の事をといった表情をしている、ように見える。


「強大な力を持つマスターは、ご自身の力が強大であるがゆえに制御に苦難されておりました。そこで自身の力を制御、補助をする為に私をお作りになったと聞いています」

「しかし作ったと言われても……」


 それじゃまるで人造人間ではないか。


「前回までの組織は人体改造を行い、怪人と呼ばれる戦闘員を作っておりましたので、私にも同じ技術を使われたのだと思います」


 なんか現実離れした話になってきたが、先ほどの話もある。まずはそういう事だという事にしておこう。


「なるほど。しかし、お前は普通に人間に見えるな」

「それはマスターがお作りになったからです。組織の者が作り出した怪人は、コウモリ人間だったりハチ人間だったりしました。それは肉体と強化のバランスが破綻していたからです。ですが、そこはマスターのお力によるものなのでしょう。見ての通り、この体には人体としての一片の破綻もありません。まさに匠の技ですね」


 アリスを観察してみる。髪は艶やかで触り心地がよさそうではあるし、やわらかそうな頬はほんのりと赤く色づいている。

 胸は呼吸に合わせて上下に動き、その体を抱きしめれば温かく柔らかな感触が得られるだろう。現に先ほど触れた彼女の手は、柔らかく、そして暖かかった。

 どう見ても、彼女は人間にしか見えない。うぅむ、信じられん。


「私に関してはこのぐらいなのですが、よろしかったでしょうか?」

「もう一つ。これは確認なのだが、私とお前の関係は?」

「主と下僕、もしくは所有者と所有物とでも言うのでしょうか。私はマスターに作られ、マスターの為に存在しております。ですから『さん』などつけず、呼び捨てになさってください」

「だが……」


 記憶にない少女を呼び捨てにするのには抵抗がある。


「呼び捨てになさってください」


 だが彼女は納得しない。


「しかし……」

「呼び捨てになさってください」


 頑なに譲らない彼女に私は折れる事にした。


「……わかった。アリス。これでいいのだな?」

「はい」


 彼女は満足げに頷いた、ように見えた。意外とがんこな子のようだ。

 この子はアリス、アリスだ。カタカナ三文字、ア・リ・スだ。そう呼ぶ事にしよう。


「では、こちらからよろしいでしょうか?」

「あぁ、なんだ?」

「マスターが目覚めた事はいずれ、JHKに知られてしまうでしょう。それに伴いヒーロー達がマスターを滅ぼしにやってくるはずです。あのような者達ごときにやられるようなマスターではないのですが、今は復活なされたばかりで、本調子でない事は、先ほどの件でよく分かりました。残念な事ではあるのですが、非力な私一人ではマスターをお守りする事はできません。ここは組織を本格的に動かした方がよろしいかと思います」

「まず先に聞きたい。JHKとはなんだろうか?」

「日本ヒーロー協会の略称です」


 アリスの話を要約するとこうだ。

 この国、つまり日本にはJHKというヒーロー達が集まった組織があり、彼らは日夜、悪の組織と戦い続けているそうだ。私は悪の組織のリーダー、つまり大首領である訳だから、私の存在に気付けば、必ず倒しにやってくるらしい。

 ヒーローだ悪の組織だと考え出すと、また話が分からなくなるので、まずはそういうものだと理解しておく、強引に。


「納得はしていないが理解だけは強引にできた。話を続けてくれ」

「はい。まずマスターはゾルバデス……あぁ、これは前回の組織の名前でしたね。まだ名前がありませんので『組織』という名前としておきます。マスターはこの組織の長であり、コアであり、全てであります。マスターのお仕事は組織を立ち上げ、ヒーロー達を根絶やしにし、この世界を混乱の渦に陥れる事です」

「待て待て待て」

「なんでしょうか?」

「つまりは、あれか? 私はこれから悪の組織の偉い人として、世界を混乱させ、ヒーロー達と戦わなければならないのか?」

「結果としてそうなりますね」

「そんなバカな」

「事実です」


 追い討ちとばかりにアリスに言い切られる。


「私は一般人であるからして、そのような事はできんと思っているのだが」

「いえ、マスターは神をも超える偉大な方です。出来ない事などこの世にはありません」

「悪の組織といったら悪い人なんだが?」

「マスターのされる事が善であり、全であり、それに仇名すものは全て悪なのです。悪のという呼ばれ方はあちら側の勝手な価値観です」

「だが、世界を混乱させるなんて……」

「マスターがするのだからそれが善なのです」

「う、うぅむ……」


 何を言っても切り返されてしまうので、思わず唸ってしまう。だって、悪の組織を運営してくれといきなり言われても、普通は困る。


「何を葛藤されているのか分かりかねますが、組織を立ち上げ、運営する事はマスターにとって良い事だと思います」

「なぜだ?」

「以前と同じ事をしていれば、現在の出来事と過去の出来事が一致して記憶が戻る可能性が高くなるからです」


 リハビリみたいなものか。確かに、以前と同じ事をさせ、記憶の回復を誘発する記憶障害の回復法はありそうではあるが。


「だが、私は悪の組織を運営した記憶がないから、いきなりそんな事をしろと言われてもだな……」

「運営と言っても全てをマスターが行う訳ではありません。組織の運営は基本的には私が行います。マスターは都度判断をして頂くだけで結構です」


 誇らしげな顔をして「その為に私がいるのです」とアリスが言った。


 組織の呼び方はどうであれ、アリスの言う事は一理ある。彼女の知る私と同じ事をすれば、私が何をしていたのか、ゆくゆくは何者であったのかが分かるかもしれないし、その活動をしていく中で、私自身が思い出すかもしれない。

 ただ、まぁ、悪の組織ってところに引っかかりを感じるのはたしかだ。

 私が長であるならば、悪さのさじ加減はできるのか……な?


「わ、わかった」


 非常に不本意であるが、状況から見てこの答えしか見つからない。このとんでもない事実を言う少女以外に、今の私が縋れるものがないのだ。


「では、何からすればいいのだ?」

「そうですね。では、こちらへどうぞ」


 そう言うとアリスは部屋の外へ出て行った。


「お早く」

「あ、あぁ」


 どこへ連れて行こうというのだろうか。私は慌ててアリスを追いかけた。




 アリスと二人で薄暗い通路を進む。初めこそ私の前を歩いていたアリスだが、今は私の横で並ぶように歩いている。

 通路はあちこち破損しており、崩れた壁や天井からは、良く分からないケーブルが何本も垂れ下がっていた。床板も破損箇所が多く、大小様々な穴が開いていたり、崩れていたりする。アリスが言うには、前回の戦いの跡らしい。確かに何か戦闘でもあったと説明されたほうがしっくりくる光景ではある。


「そういえば、マスター。組織の名前はどうしますか?」


 そんな事を急に聞かれた。


「前回と同じではいかんのか?」

「それでもよいのですが、心機一転という意味でも新しい名前をつけるべきかと」

「ん~、そう言われてもいきなりは出てこないな」


 いきなりそんな事を聞かれても困ってしまう。悪の組織の名前なんて考えた事もない。

 私が悩んでいるのに気付いたのだろう、アリスは少しだけ考える仕草をする。


「それでは、『悪の秘密結社』というデフォルトネームを採用します。後で変更するのは認知という意味で大変なのですが、この際、仕方が無いでしょう」


 ずいぶん安直なネーミングだな。そんなものでいいのか。


「基本に忠実と言ってください。つきました」


 目の前には大人が3人ぐらいは並んで入れそうな大きさのドアがあった。ここが目的地のようだ。

 ドアノブがないので自動ドアだとは思うのだが、ドアの前に立っても開く気配が無い。壊れているのだろうか。


「解錠します」


 アリスが小声で何かを呟き、扉に手をかざすとドアが軋みながら横にスライドしていった。それ一体どんな魔法だと聞くと、遠隔操作でドアに電力を通し、鍵を開けたとの事だ。


「ここは司令室です。マスターの仕事場ですね。今は私とマスターの二人きりですが、活動を進めていくと構成員も増えますし、すぐに手狭になるでしょう」

「……本当に特撮の世界だな」


 部屋の様相は、例えるなら飛行場の管制室になるのだろうか。あぁ、いつかテレビで見たNASAのコントロールセンターも似ているかもしれない。

 目の前には何も映し出していない巨大なスクリーンがあり、大きすぎて一体何インチあるのかも分からない。部屋を囲むように謎の計器が鎮座しており、その前には椅子が何個も並んでいる。オペレーターの席といった感じだ。部屋の中央には大きな机があり、指令官用のデスクといった雰囲気だな。

 この部屋は通路に比べ破損が少ないようで、前回の戦闘とやらの被害に巻き込まれなかったのかもしれない。


「何かおっしゃいましたか?」

「いや、なにも」


 私が部屋の様相に驚いている間、アリスは部屋の隅で計器をいじっていた。しばらくして計器が動き出し、スクリーンに灯かりが灯る。よく分からない英語の羅列が何百行も上へ流れた後、緑色の線が画面の上下左右に走り、どこかの地図が表示された。この地図は標高が分かる地形図とでもいうのだろうか、緑色の線で描かれているところが、いかにもレーダーっぽい。

 他のよくわからない計器も、作動音をさせながらよく分からないものを表示し始めているし、部屋の照明も点灯した。アリスがこの部屋に電力を通電させたのだろう。


「マスター、どうぞ、そちらへおかけください」


 アリスに言われるまま、部屋の中央にあったデスクに座る。重厚感のある革張りの椅子で、すわり心地は悪くは無い。


「では、説明します」


 アリスは私の横に立つと、デスクの右端を指で二回叩いた。すると彼女の目の前の床がスライドし、そこから端末のようなものが競り上がって来る。こんなところもまさに、特撮チックだ。

 端末を操作している彼女の手つきは素早く、指先の動きが目で追いきれない。電子系統の操作が得意と言う彼女の説明は本当なのだろう。やがてスクリーンに、この周辺であろう地図が表示され、赤い光点が灯る。


「ここが現在私達がいる、アジトの場所になります」


 地図で見る限りはここは山深い山中にあるようだ。周辺に街らしきものは表示されていない。


「世界征服が最終目標ではありますが、いきなりスケールの大きい目標を立てても、今のマスターには大変だと思います。現在のマスターは記憶がない状態ですから、リハビリを第一に考えたいと思います」


 アリスが端末を叩くと、建物の図面のようなものが表示された。4階建ての横に広い建物らしく、図面には山の斜面も描かれている。もしかして山を横に掘りぬいて作ってあるのだろうか。


「まずは現状ですね。アジトの状態ですが、設備の80%が破損により稼動できない状態になっています」


 建物のあちらこちらが赤く塗りつぶされていく。何の施設かは分からないが、そこが使えない施設のようだ。


「特に怪人作成のプラントと兵器開発室のあった研究区画、それと電源設備のあった発電区画の破損がひどく、復旧させる事が困難な状態です。今のアジトはJHKに場所が知られているという事を考慮すると、新たなアジトを用意するべきでしょう。アジトをゼロから建設するのは大変なので、設備の生き残っている支部が残っていればよいのですが、その辺は追々調査していきたいと思います。一応、小型発電機と保存食料は無事のようなので、当面の生活に支障はありません」


 次いで名前の書かれたリストが表示される。ほとんどの人物には横線が引かれている。


「組織の構成員は前回の戦闘の結果、99.9%がやられています。安否の分かっている者には声をかけるつもりですが構成員は一から集め直しと考えてよいと思います。しばらくの間は私と二人だけになりますが、マスターに不自由をさせるつもりはありませんので、ご安心ください」


 そう言ってアリスは胸を張る。「私がなんでもします」と顔に書いてあるようだ。こんな子供に頼らなければならないのは、大人として恥ずかしいのだが、いたしかたあるまい。


「総合すると、設備・人材・資材の全てがほぼゼロの状態というのが今の現状です。不利な状態からのスタートのようにも思えますが、一から全ての事を経験できると考えれば、リハビリという意味では、むしろ都合が良い状態とも言えます。時間は掛かるのでしょうが、私もマスターにも寿命という概念はありません。問題ないと判断します」


 今さらりと、とんでもない事を言われなかったか?


「さて今後の活動なのですが、まずはベースとなる地域の確保を行いたいと思います。ベースになる制圧エリアは組織の基盤となる場所となりますので、これは早急に手を打つべき事案です。さしあたって、ここを制圧したい考えています」


 地図が右側にスクロールしていき、赤く表示された街が映し出される。縮尺がどの位かは分からないが、そう遠く離れている訳ではなさそうだ。


「いきなり制圧と言われても、何をすればよいのやらなんだが」

「ご心配には及びません。私がしっかりとサポートさせていただきます」


 表情を変えずに頼もしい事を言ってくれるアリス。彼女はその後もあれやこれやと現状を教えてくれると、善は急げとばかりに出撃の準備に取り掛かってしまった。どうやら今日はこのまま先ほどの街を制圧しに行くらしい。出来るのか、そんなの、私に。


 自分の価値観が通じない世界。訳の分からない現状。悪の組織、眠っていたアリス、不可思議な体、ヒーロー、制圧……。この短時間におきた事がが頭の中を、ぐるぐると駆け回る。


 私はこれから一体どうなってしまうのだろうか。ただただ、不安は積もっていった。


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