プロローグ
「……どうしてこうなった」
全国各地にある有名な某ハンバーガーショップのカウンターの前に私は立っている。今は昼のピークを少し過ぎた時間帯で、利用客は私達以外には誰もいない。
店内の窓はショーウィンドウのガラスのように大型の作りとなっており、午後の日差しを余す事無く取り入れる事に成功している。日差しは暖かく、その日差しを浴び、スピーカーから流れる静かなリスニングミュージックを聞きながら、コーヒーでも飲んだのであれば、落ち着く事、間違いなしだ。
だが、そんな店内において、私の声は似つかわしくない程、重く、暗いものだった。
「どうしてでしょうか」
私の横に立つ少女―――アリスは不思議そうな顔でそう言った。
肩で切りそろえられたブロンド色の髪、表情のあまり動かない顔。よく言えば大人しい、悪く言えば無表情。眠そうに垂れ下がった目は、入り口の先にあるものを見つめている。
「本当に分かっていないのか?」
私の認識が間違っているとは思えないが、念の為、アリスに確認を取る。
彼女は首をかしげ、「何がですか?」と答えた。
「確認しよう。私達はつい先ほど、このハンバーガーショップに昼食を食べに来た」
「はい」
「店員は私を見るなり、悲鳴をあげ、店長を呼びに行ってしまった。それは、まぁ、失礼だとは思うのだが、店長さんも謝罪してくれた事だし、解決はした」
「はい」
「注文を終えた後、私達は財布を持っていない事に気付いた」
「はい」
「お金がないのではハンバーガーは食べられない。私は注文をキャンセルして店を出ようとした」
「はい」
「そこでお前はどこからか手榴弾を取り出し、ハンバーガーを出せと店員を脅し、出さなかった店員に向け手榴弾を放り投げ、フロント内を爆破した」
そして―――
「警察を呼ばれた」
「はい」
彼女と私の見つめる先。入り口のドアから見えるその先には、数台のパトカーとたくさんの警察官、そして大量の野次馬が見えた。パトカーの赤色灯がキラキラ光り輝いていて、目に痛い。
警察官達は皆一様に重装備で、防弾ベストや手持ちの防弾シールド、ヘッドガード付きのヘルメット等で身を固め、ライフルや警棒、人を取り押さえるのに使う先端がU字になった棒を持っている。その中の一人、指揮官と思われる警察官が拡声器を使い「お前の母さんが泣いているぞ」「抵抗は無駄だ、大人しく出てきなさい」と叫んでいる。昔、テレビで凶悪殺人犯の立てこもり事件の映像を見た事があるが、目の前の光景は、まさにそんな状況だ。
そう、私達は、今、テロリストか何かだと判断され、包囲されている。
私の背後から、ガシャンと何かが砕ける音が聞こえた。振り返って見てみると、先ほどまで天井に掛けられていたメニュー表が落ちたようで、プラスチックで出来たプレートが粉々に砕け、フレームは修復できないほど歪んだ状態で曲がっていた。
メニュー表が落ちてくるなんて、なんて不備な作りの店舗だ……と思ってはいけない。大抵、天井に掛けるメニュー表は地震が起きても落ちないように、しっかりと固定されているものだが、その固定するべき天井がまるまる吹き飛ばされてしまっているのであれば、落ちてきたとしても不思議ではない。
そう、天井は無いのだ。代わりに大きな穴がぽっかりと開いている。無いのは天井だけではない。フロントの机も、調理する機械も、ステンレスの棚も、ここで働く従業員も全て無い。アリスが手榴弾で吹き飛ばしてしまったからだ。
それはさておき。
「前回もその前も、言っただろう! むやみやたらに手榴弾を投げつけてはいけないと! 今回はなんで手榴弾を投げたんだ!」
「それは店員が商品の提供を拒否したからです。拒否さえしなければ、私も事を荒立てるつもりはありませんでした」
「あの場合は、お金を持ってきていなかった私達が悪かったのだ! お金が無ければ商品は買えない! それが世の常識なのだ!」
「お金が無ければ、略奪すればよいだけだと思うのですが?」
「それが大間違いなのだ!」
アリスに悪びれた様子も無く、何がおかしいのかと本気で思っているようだ。
彼女の境遇や、今の私の立場を考えれば、それも分からない話ではないのだが、だからといって、こんな蛮行を許す訳にはいかない。
「そうはおっしゃいますが、私達は悪の組織です。悪の組織が律儀にお金を払って買い物をするのはおかしいと思います。現に前回の組織では、基本的に物資は略奪していましたし、このような場合であれば問答無用で惨殺していました。抵抗するものには制裁を。これは悪の組織のセオリーだと思いますが」
「悪の組織でも、ハンバーガが食べたければ、ちゃんとお金を払って購入するのだーっ!」
悪の組織。
そう、私は今、悪の組織に身を置いている。
誰もがテレビや映画で見た事があるだろう。世界征服を目指し、街を破壊し、人々を殺し、ヒーロー達と死闘を繰り広げる、あの分かりやすい悪の組織だ。イーとかキーとかギルだの叫ぶ戦闘員がいる、あの悪の組織だ。その悪の組織の長というポジションが今の私だ。
おかしな話だと思うだろ? 私もそう思う。悪の組織なんて現実にある訳がない。私だってそう思っていた。
だが、しかし、現実は厳しい。
悪の組織は存在し、ヒーロー達も存在し、私はその長に光臨しなければならなくなってしまっている現実がある。横にいるアリスも、組織内では私の秘書官的な立場にある子で、見た目は小学校低学年ぐらいの女の子に見えるが、これでも組織のナンバーツーなのだ。
おかしな話だと思うだろ? 私もそう思う。だが、しかし、これが今の私の嘘偽りの無い今なのだ。
「分かりました。マスターがそう仰るのであれば、次回からは金銭で購入する事にします」
そう言うとアリスは私に対し小さく頭を下げた。どうやら私の言い分を素直に受け入れたようだ。
大抵の場合、彼女は私の言う事を素直に受け入れる。私に対し依存とも呼べる素直さを持っていると分かったのは、最近の事だ。
彼女とて、悪気があってこういう事をしてしまった訳ではない。だが、悪気がない分だけ始末に終えない。
幼い頃から悪の組織で育ってきたアリスの常識や倫理観は、少し、いや、だいぶズレている。その為、なんの変哲も無いごくごく一般的な行動に対し、予想外の結果を出してくる事が多い。今回の件も、その一つだ。
「残念な事に、従業員が全員いなくなってしまったので、ハンバーガーが手に入らなくなってしまいました。ですが、こちらのお店は全国展開のチェーン店です。少し歩けば違う店があるでしょうから、ハンバーガーはそちらで入手しましょう」
この状況でハンバーガーの心配とか、正直、どうでもいい。その前に、まずはこの現状をどうするか、だ。
……謝って出て行ったら許してくれるだろうか? 許してくれないだろうなぁ。
そうなると逃げるしかないのだが、あれだけの警察官を相手に、無事逃げきれるのだろうか。
「この程度、包囲のうちにも入りません。マスターのお力であれば、この三倍……いや、十倍の警察官がいても殲滅できるでしょう」
いや、ざっと見て三十人ぐらいはいるぞ。向こうは重装備で身を固めているようだし、どう考えたって多勢に無勢、一人じゃ無理だ。
拡声器を使ってこちらに喚いている警察官の動きがヒートアップしてきた。腕を振り回し、足は地団駄を踏み、顔を赤く膨れ上がらせ、「いい加減、ぶっころすぞ、このやろぅっ!」と息荒く叫んでいる。何の返答もしてこないこちらに対し、怒り心頭のようだ。警察がそんな物騒な言い回しをしてはいかんと思うぞ?
「では、手早く相手を殲滅し、包囲網を崩した後、この場から退避しましょう。右手を前に出してください」
アリスに言われるまま、右手を前に差し出す。
「そのまま警官隊に向けたままにしておいてください。細かい操作はこちらで行いますので」
そう言うと、アリスは目を閉じ、ぶつぶつと何かを唱えだす。次の瞬間、私の右手の手のひらが発光し、熱を持つ。
これはけっこう……いや、かなり……いや、いや、いや、我慢できないぐらい熱いぞ!
「アリス、アリスさん! 手がめちゃくちゃ熱いんだがなっ!?」
「手を動かさないでください。照準がずれます」
「だが、しかし、これは……あつ、あつ、あづぅっっ!」
「男は我慢の子ですよ、マスター」
「我慢できる限界を超えておるのだっ!」
光と熱の増加は加速し、渦を巻き、手のひらの先に球体を形作る。球体は熱と質量を持ち、周辺の大気を歪め、巻き上げる。
なんか、昔、こんなのを見た事をあるぞ。野菜をもじった名前の宇宙人が手のひらから出していたヤツだ。
「……こんなもんですかね」
「お前、まさかこんなものを相手にぶつける気じゃ……ぐあっ!?」
球体が膨張し、瞬間、縮んだかと思うと、轟音を発しながら、手から放たれた。球体は床板をえぐり、入り口のドアをぶち抜き、爆風で周辺のものを吹き飛ばしながら、警官隊まで一直線。着弾とともに、光と熱を周囲に撒き散らし、その場にあるものを吹き飛ばした。
煙を吐きながらパトカーが宙を舞い、砕けたアスファルトが雨のように降ってくる。
煙が晴れた後、警官隊はおろか、そこにいた人達は、きれいさっぱり吹き飛んでいた。
着弾地点と思われる場所には半径十m以上はあるだろう巨大なクレーターが出来上がっており、今の威力を物語っている。
大惨事だ。
「あ……あわわわわわ……」
その惨状にうめき声しかでない。
私は手を前に突き出した姿勢のまま、凍りついた。
「さぁ、今のうちに逃げましょう」
アリスが私の手を引く。その感触で一気に現実に引き戻される。
「いや……しかし……人々の救助が……」
「この国の人間はあのぐらいの攻撃では死にはしません。心配するだけ無駄です」
彼女に手を引かれるまま、走り出す。
「しかし、あの爆発で無事と言うのは信じられないのだが……」
「それならばよい言葉があります」
「なんだろうか?」
「今の爆発はフィクションです」
「意味が分からんわ!」
走りながら――この場合は逃走しながらなのだが――周囲を確認してみると、警察官達が目をまわして気絶している姿が見えた。かすり傷ぐらいはしていそうだが、本当に無事のようだ。一般人の方も同じような感じで、本当に死人は出ていないようだ。パトカーが吹っ飛ばされるような爆発に巻き込まれても、かすり傷程度でするとは。何度か見た光景ではあるが、それでもその度に驚いてしまう。
「……ありえないとは思うのだが、本当に無事のようだ」
「だから言ったのです。さ、急ぎましょう」
アリスの速度が上がる。見た目に反して彼女の足はとても速い。繋いだ手が引っ張られ、私も転ばないように速度を上げる。
後ろ髪を惹かれる思いを感じながら、私達はその場から逃走した。
逃走しながら考える。
どこでどうしてこうなった? 私は人生のどこをどう間違えた?
今日までに何度も自身に問いかけた質問。だが、答えが出ないのは分かっている。答えが出ないのだから、今は受け入れるしかないと割り切ってさえいる。
そうでなければ、今のような光景を許容できるできる訳がないし、信じる事すらできない。
それでもこのような事態に出くわすたびに、問いかけずにはいられない。
どうしてこうなった、と。
私――大首領が彼女と共に悪の組織なんてものに在席しているのには、理由がある。
その理由は私に関わるとある問題を解決をする為なのだが、残念な事に進展は牛歩で、いつ解決するかの見通しは立っていない。
だがそれもいつかは…………
「マスター、お金を持っていないので、財布を取りにアジトへ寄った後、次のハンバーガーショップに向かいますがよろしいですか?」
「……こんな状況で再度ハンバーガーショップへ行く気にはなれんぞ」
「そうですか。では、私が何かお作りしますね」
私達の横を消防車と救急車がセットで駆け抜けていった。
きっと先ほどのハンバーガーショップへ向かったのだろう。公務員の皆さん、迷惑をおかけして申し訳ない。走りながら後ろを振り向き、軽く頭を下げ謝罪をする。
アリスは私のそんな仕草を不思議な物を見る目で見ていたが、私の視線に気付くと少しだけ口元を緩め、笑顔で言った。
「さぁ、マスター、アジトへ帰りましょう」
はじめまして、こんにちわ。
小説なんてものは生まれて初めて書くので、色々と見苦しい部分も多いと思いますが、自分が読みたいなと思う作品をつらつらと投稿していきたいと思っています。
今後ともよろしくお願いします。