第七話
努力、友情、勝利(`・ω・´)
カタルナ軍港への航海は順風に恵まれ、波にも恵まれた。
航海日誌には、当直らが航海が順調であると記すページが並ぶのみ。
敵フリゲート艦の監視にしても、ハロルドががっつり見張りを増強していた為に、万事つつがなく完了。
全く、上手く行くときは全てが順調だなとアルバはほくそ笑んだものである。
事実、不慣れなテリブル号の乗員でさえも、何だかんだと手間取らずに住んだのは幸いだ。
ファルケ号が観ているのだぞと口に出すまでもなく、王政府の人間らに無様な様を晒さずにすんだという点ではアルバにとって天の恵みというべき順風であった。
そして、その順風によって頃合良く巡航から帰港する途上であった艦隊主力と会合にも成功する。
洋上で表敬のやり取りに赴く際、司令長官に外地貴族としての軍務を果たすために着任した旨、手土産代わりのフリゲート艦一隻と、捕虜とした人員もろとも差し出した瞬間は全てが順調であった。
さすがに、自分の艦に乗り合わせている『アボット三等海尉』と『マルタ二等海尉』が、『ミス・
アメリア・アボット』と『ミス・マルタ・ハルツ・イェルネ』であると報告した際は呆れられもしたし、苦言も呈されたが……戦果というのは艦隊で同僚となる勅任艦長らにとって敬意の対象だ。
何より、大半の艦長はアルバ同様に外地貴族だ。負傷した、と称して旗艦会合に顔も見せないファルケ号のジーン・トランプ勅任艦長を腐す一幕にした瞬間ににじみ出る王政府への反感と、同族意識からなる紐帯は意外に居心地がよいものでもある。
そんな、外地貴族らの空気を読んだのだろう。
先行し、艦隊の帰還を報告いたしますとRUN ファルケ号が信号にて具申した時、嫌な奴が居なくなって清々するとばかりに旗艦が了解。
かくして、意気揚々とカタルナ軍港へ白海艦隊と共に入港するアルバにしてみれば前途は明るいはずであった。
……何故か、上陸した直後に完全武装で乗り込んでくる海兵隊さえ居なければ。
咄嗟の抗議も、艦隊司令長官の怒気混じりの叫び声にも怯むことなく、淡々とアルバの拘束を宣言する海兵隊の指揮官。
命令書を見せろ、とひったくるなり司令長官が叫んでいた。
『総督閣下へ直ちに面会を請う』、と。
そして彼が重武装の外地貴族からなる士官ら、二ダースを率いて憤激収まらないとばかりに駆け出す中、アルバは渋々ながら、『総督公邸』の『客人』となることを余儀なくされる。
尤も、それを『拘禁』と評するべきではないだろう。
これが、戦果を上げて戦列に加わらんとする外地貴族に対する王政府の対応かと怒り狂う同僚艦長ら。
彼らが平然と『私も客人足りえますかな』と総督へ面会を申し込むなり、アルバを『客人なのだから』と称して総督公邸の『貴賓室』へ案内し、あまつさえ艦隊士官らで総督公邸を事実上占拠してくれたのだ。
歴戦の勇者らが、そろってワインとチーズを『総督公邸公費』でアルバを囲みながら振舞ってくれる瞬間は、金の心配をしなくてよい最高の宴だった。
そして、艦隊司令長官が酔っ払った素振りでこっそりアルバへ耳打ちしてくれた事実が、アルバに自分の境遇を理解させてくれる。
曰く、『ファルケ号に、お忍びの第三王子殿下が乗艦され、あまつさえ……『戦死』なされた』とか。
で、まあ、ジーン・トランプ勅任艦長の責任問題に留まらないということだろう。ぶっちゃけ、王政府の政争だ。
アルバは、まあ、巻き込まれた被害者というわけだ。それは、外地貴族出身の艦隊士官らが親身に味方してくれるわけである。
弁護役を買って出てくれた、オーラス・クリストフ勅任艦長に至っては外地貴族ながらも本国の法令に関して助言を求められるほど法に精通し、法学の博士号まで持つやり手だ。
弁護にかかる費用は、艦隊士官らが『カンパ』してくれるというのだから、破格の待遇だろう。
そして、呆れたことに、というべきだろう。
勅任艦長の何人かは、総督府の事務方に並々ならぬコネというのを有しているらしい。なんと、王政府の任じた検事役が用紙した書類の写しをあっさりと入手。
裁判の判事を務める高等法院の面子さえ、内々に把握する始末だった。
だからこそ、軍事裁判の開廷を告げられた時、アルバとしては王政府の人間がいっそ、心の底から憐れむ余裕さえあったのだ。
「被告人、アルバ・バレッタ勅任艦長、前へ」
事前の情報通りに、高等法院の中では比較的中立よりの面々が並んだ判事連。
「被告は第15代バレッタ伯爵として外地貴族の義務である軍務に際し、74門搭載二層艦 RUN テリブル号を指揮していた。相違ないか」
「ありません。裁判長閣下」
「では、被告人。当軍事法廷は国王陛下より信託されし権限によって、いくつか貴官に寄せられている疑義を問う」
形式通りのやり取りにしたところで、アルバにしてみれば『事前に暗記しておいてくれたまえ』とクリストフ勅任艦長から渡された台本どおり過ぎていっそ笑い出したいほどであった。
「検察官?」
はい、裁判長閣下、と頷き立ち上がる法服の男性。
落ち着いた物腰ながらも、どこか顔色の優れない検察官にアルバは心底……同情していた。
被告人ながら、というべきだろうか。
あるいは、被告人だから……というべきかもしれないが。
「被告人バレッタ艦長、我々検察側は貴官の忠誠義務、敢闘精神、任務への服従に関する三点について告発するものである」
一言一句、事前に読まされた台本通りの展開なのだ。
秘書でも買収したのだろうか?
思わず、そっと視線をクリストフ勅任艦長に向けたくなる瞬間とはこのことだろう。
「第一に、貴官は外地貴族として定められている王室への忠誠を全うしていないと我々は判ずる」
堂々と読み上げる彼には申し訳ない。
「第二に、我々は貴官が危機にある友軍を見捨てていたずらに戦闘を回避しようとした疑惑について、貴官の敢闘精神を疑うものである」
準備不良で、責任をアルバに押し付けようとしてくる王政府の人間らに感じるべき感情ではないのだろうが……彼らは、自ら、死地に飛び込んだようなものだ。
「第三に、検察側としては遺憾ながら貴官は白海貿易船団に対する外地貴族の神聖な義務である航路保全に手抜かりがあったと告発せざるをえない」
「弁護側、主張は?」
「オーラス・クリストフ勅任艦長です。バレッタ艦長の主席弁護人として、弁護側はすべての容疑に対し無罪を主張し、被告人、バレッタ艦長にかけられた不名誉な告発に対する謝罪を要求します」
さらり、と無罪以上の要求を口にするクリストフ勅任艦長の頼もしさよ。
「第一に、王室に対する忠誠心の点でいうならば、バレッタ艦長はその点で賞賛されてしかるべき忠実さを示していると言わざるを得ません。第14代バレッタ伯爵閣下が、白海海戦後の海難事故で壮絶な殉職をなされてまだ一年も経過せぬ今、軍務に列せんと戦列巻を指揮して軍列に加わっているのです。この第若き15代伯爵の有様、まさに外地貴族の模範とすべきではありませんか」
「異議あり! いくら言葉を重ねようとも事実はごまかし得ません。被告人は、第三王子殿下の危機を見過ごし、あまつさえ救援を怠ったのですよ!」
「事実誤認も甚だしい。この点で、検察側は友軍を救援しないかった咎をもってアルバ艦長が王室に不実であるかのように語られる。ですが、思い出していただきたい。アルバ艦長の義務は、第一に『カタルナ軍港』への着任であり、ついで白海貿易航路の航路保全へ協力することです」
「異議あり! アルバ・バレッタ艦長は国王陛下の勅任艦長なのです。彼には、国王陛下にゆだねられた信頼に応じるべき義務があったと検察側は言わざるをえません!」
舌戦を交わす検察と弁護の両者は、外見だけ見ればつばぜり合いというところだろう。
「弁護側、言い分は?」
だが、さり気なく判事がこちらに水を向けてくれるように……全ては壮大な茶番である。
「弁護側といたしましては、国王陛下に対し、アルバ艦長は外地貴族の義務を完璧に果たしていると我々は確信しています」
証人を、と裁判長が口にするや否や、我も我も、と勅任艦長連中が証言台に向かおうとする素振りを見せ、あまつさえ、書類を手にした艦隊司令長官がさっと読み上げるのだ。
「この点について、テリブル号の全士官らが宣誓付きの証言を残してくれています」
いいですかな、と視線で説諭するかのように検事役を睨みつける司令長官。
「曰く、船団襲撃の報を受けると同時に出航。船団が襲撃された地点へ急行し、洋上で襲撃されたと思しき脱落商船と、交戦中のRUN ファルケ号を視認。信号を送るも、ファルケ号からの応答なく、敵フリゲート艦一隻が、脱落商船に対する襲撃を行うそぶりを見せたために、商船の保護を目的に応戦」
戦闘報告を読み上げるかのような淡々とした口ぶりながら、それは実に明瞭な圧迫だった。
「就航前の戦列艦テリブル号を急遽、現場に直行させた判断は、正しいでしょう。アルバ艦長の行動があればこそ、我々はこうしてファルケ号と商船を一応とはいえ救助することができたのです」
「異議あり! せめて、国王陛下の軍艦同士で緊密に連携を保つべきでした!」
「異議あり! アルバ艦長は、かなう限りの努力を払いました。回収されたファルケ号の航海日誌でも、テリブル号からの信号は確認されています。一方で、ファルケ号は信号を送った記録を残してはいません」
さっと交わされるやり取りだが、弁護側に隙はない。
「従って、アルバ艦長はRUN ファルケ号に第三王子殿下が乗艦あそばされている故を知るはずがありませんでした。そもそも、カタルナ軍港の艦隊司令長官ですら知らされていなかったというではありませんか。いったい、どうすれば殿下が乗艦あそばされているがため、救援に赴く必要があるという事実をアルバ艦長が思い至れるというのでありましょうか?」
「敵フリゲート艦が戦列艦に挑戦することを疑うべきでありました!」
「失礼ながら、敵フリゲート艦は『商船』へアプローチしていたものと見做さざるをえませんでした。ご理解いただきたいのですが、白海貿易航路保全という観点から見た場合、商船の護衛は優先されてしかるべきでしょう。それこそ、王政府の訓令によって船団護衛が最優先とされているはずです」
「では、アルバ艦長は同義的に責任が一切ないと弁護側は主張なさるのか?」
「はい、裁判長閣下。まことに遺憾ながら、第三王子殿下の護衛を怠った王政府の担当者こそが真に責められるべきでありましょう。この点について、国王陛下の勅任艦長であるアルバ艦長他、軍人らを責めたてるのは筋が違います」
さらに、とクリストフ勅任艦長は一瞬だけ間を持たせたまま、静まり返った後に爆弾を投じる。
「それどころか、実のところ我々は告発したいのです。アルバ艦長が、拿捕した敵フリゲート艦の航海日誌によれば、同艦はフロレル号。ノーランド共和国の正規軍に属するフリゲート艦です。我がローラン連合諸島王国と不倶戴天のノーランド共和国に属する事は尤もですな。ですが……一つ、問題が」
「問題とは、どのような?」
静まり返った法廷内部を見渡しながら、ゆっくりとした声でクリストフ勅任艦長は炸裂弾を放り投げる。
「はい、裁判長。奇妙なことに、航海日誌によれば……何故か、フロレル号の艦長以下士官は『重要人物』とやらが『白海貿易航路にて護衛任務に従事するRUN ファルケ号』に搭乗しており、『如何なる犠牲を払っても、同艦を拿捕せよ。不可能であれば、『重要人物』を殺害せよ』と厳命されいたというでは在りませんか」
「なっ!?」
「実に不思議です。アルバ艦長どころか、白海艦隊の誰もが知らないはずの重要人物の所在が、何故か、遥か遠路のノーランド共和国では知れ渡っており、あまつさえ、遠路はるばるフリゲート艦が2隻も派遣されてくる?」
これは、どこに問題があるか自明でしょうとばかりにクリストフ勅任艦長は言葉を続ける。
「私としては、ジーン・トランプ勅任艦長にぜひとも、同じ勅任艦長として王室に対する義務からも、説明をいただきたいと願う次第ですが如何ですかな?」
仲間が助けてくれました(`・ω・´)
え?
外地貴族強すぎて、王政府が怖がる(´・ω・)?(・ω・`)
そんな、何かの間違いだよ、皆忠実な藩屏だから(˘ω˘)