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第六話

アルバは、拿捕賞金に目がくらんだ!

勝利の朗報というのは、存外、あっけなく届けられる。


敵艦と絡まりあうようにして近接戦闘に突入したRUN テリブル号は実にあっけなく敵艦を下す。


水兵らの錬度を案じていたアルバとしては、悪くない結果であった。単純に技量でなく艦の性能差がもたらしてくれた勝利だが、勝利は勝利だ。


フリゲート艦ともなれば、なにより、拿捕賞金がたっぷり。

一財産どころの話ではない。


テリブル号の全乗員にとってみれば、待望の褒章が出航して直に分け与えられるというわけだ。それも、殆ど難戦せずに。


労せず、収入があるのは素晴らしいことだ。


アルバにしてみれば、枯渇寸前の財布を思えば、まさに天の恵みというべき戦果である。


艦長としての箔付けという要素がないでもないが、名誉よりもまず金のありがたみが頭をよぎってしまう。


バレッタ伯爵家とローラン連合諸島王国の旗を高らかに敵艦へ取り付ける水兵らにしても悪い気持ちではないのだろう。


だが、敵艦の艦長から受け取った剣をアルバに差し出しつつ、副長のハロルドが呟いた一言がアルバに苦い現実を思い起こさせる。


「艦長、拿捕完了です。ファルケ号の救援に赴かれますか?」


さらり、と差し出される提案。


観れば、今尚もがくように殴り合っているらしいファルケ号ともう一隻のフリゲート艦だ。


こちらが片付いた手前、放置する訳にもいかないだろう。ついでにいえば、アルバが苦労して手に入れた拿捕賞金をあの僚艦とも分かち合わなければいけない。


いっそ、沈んでくれればと思うがそういうわけにもいかないだろう。


「救援、か。そうだな、ミスター・ポートマン」


だから、曖昧な声頷きつつアルバとしては声に苦渋の色が滲むのを抑えようがなかった。


なにしろ、金が惜しいとか、王政府の艦長を助けるのは気が進まないとかいう好き嫌い以前の問題なのだ。


掩護に行くにせよ拿捕した敵フリゲート艦を放置するわけにはいかない。


通常であれば、海尉連中の中で有望な人間に一隊を預けるのだが……74門二層戦列艦で海尉クラスの士官に事欠かない筈であるテリブル号にはちょっとした特殊な事情がある。


正規士官のうち、マトモに艦を指揮できるのはハロルドのみ。無論、アルバ自身が艦長ではあるが経験の欠如はどうしようもない。


その点でいえば、マルタもアメリアも、それこそ、クララも似たようなものだ。


「さて、どうしたものだろうな」


「失礼ですが、あまり選択の余地がないかと」


普通であれば、ハロルドの補佐を受けつつアルバが指揮を執るのだが……拿捕した敵フリゲート艦のことを考えるとハロルドを出すしかない。


なにしろ、降伏したとはいえまだまだ人数が残っている敵フリゲート艦。


これを監視する人間は『睨み』が聞いて、かつ手練である必要がある。事実上、ハロルド以外に適任は居ない。


一応、拿捕せずに焼き払うという選択がないではないのだが……そんなことをすれば、みすみす一財産を焼き払うようなものだ。撃破賞金など、雀の涙。


やはり、拿捕して王政府からきっちり拿捕賞金を毟り取らねばバレッタ伯爵家の屋台骨が折れてしまう。


まったく、バレッタ伯爵家が股肱の士官らが父と共に全員、海没してしまったことが今更ながらに悔やまれるとはこのことだ。


「非常に遺憾だが……ハロルド、頼めるか」


「消去法で、そうならざるを得ませんね。敵艦の排除は、無理をなさらないでください」


「戦えると思うか?」


周りの将兵に聞こえないよう、声を極力潜めつつ、アルバは肝心の悩みを打ち明ける。手練の士官と、熟練の水兵を拿捕した艦には送らざるをえない。


フリゲート艦を回航するとなれば、流石に数人で済ませるわけにもいかないだろう。


そうなれば、それだけ、テリブル号の戦闘組織は弱体化する。


第一、アルバ自身、自分のの指揮でファルケ号ともみ合っている敵艦と殴りあうというのはぞっとしない。


早めに指揮が取れるようにならなければとは思うのだが、そう思うだけで戦闘指揮が出来る物でないという事ぐらいはアルバとて理解している。


「威圧するに留めるのが宜しいかと。幸い、ファルケ号と戦っている敵のフリゲート艦には艦長の指揮で僚艦があっさりと屠られたようにみえるでしょうから……」


敵艦の艦長が良識的であれば、戦列艦まで援軍に来る状況下で戦場に長居するとも思えないだろう。


「逃げてくれるというわけだ。それを期待しよう。よし、では……」


行動を、と口に仕掛けたところで、言葉は駆け寄ってくる伝令の声に遮られる。


「艦長! サネ候補生からです! 至急、お越し願いたいと」


「ミスター・サネから? わかった! すぐに行くと伝えろ!」


上手くやってくれ、とハロルドに言い残すとアルバは信号書を片手にファルケ号と何事かを遣り交わしているクララの下へ向かう。


「何事だ?」


「艦長、RUN ファルケ号からです。敵フリゲート艦を振り払ったとのこと」


滑り止め用の砂がばら撒かれた甲板の奇妙な感覚に戸惑いつつ、艦長として最低限度の威儀を保ったアルバの問いに対し、クララは双眼鏡を覗き込んだまま、信号を読み上げて寄越す。


「それはよかった。救援に行く手間も省けたな」


肩の荷が下りるとは、このことだ。


「王政府の艦長にしては、やるではないか」


驚いたものだ、と感想を呟きつつも、一先ずは後始末だなとアルバは頭を切り替え始めていた。


敵フリゲート艦は一隻を拿捕、一隻を撃退。襲撃者が事前の報告どおり二隻であれば、戦闘は終わりだ。


一応、そこで漂流しているらしい商船を救助するにせよやるべき事は後始末である。


「すみません、艦長。続きがあるようです。……? 信号係、今の信号を問い合わせろ!」


苛立たしげに呟くクララ。


「間違いじゃない・・・・・・?」


「ミスター・サネ、何事かね?」


ファルケ号に向けて発せられる信号旗と、ファルケ号からテリブル号へ信号旗で交わされるやり取りをなんともなしに眺めていたアルバは、クララのうめき声に嫌なものを感じつつ、一応、冷静さを保った声で訊ねていた。


「ファルケ号は、直ちに軍医を送るようにと、本艦に『命令』しています」


一瞬、唖然としたところでアルバはクララが口にした信号の意味を理解する。


「軍医を送る? いや、まてテリブル号に、ファルケ号が『命令』だと?」


「はい、艦長」


王政府の艦長が、外地貴族の自分に『命令』!?


それも、フリゲート艦の艦長が戦列艦の艦長に?


戦隊司令でも乗り合わせているならば兎も角……。


「おい、艦長名簿と船籍記録を照合しろ! ファルケ号の艦長は、私の先任か?」


咄嗟に怒気が零れかけるのを抑えつつ、信号書や諸々の書類を管理しているクララにアルバは尋ねていた。


そして、問われた方もあらかじめ調べていたのだろう。


「……RUN ファルケ号を指揮されているのは、王政府に属するジーン・トランプ勅任艦長です。爵位は騎士爵ですが、軍歴上は勅任艦長に昇進されて2年先任です。しかし、爵位の規定によりアルバ艦長は五年分の先任兼が認められているために、アルバ艦長に優先権があると考えられますが」


ゆっくりとした口調ながら、クララが告げるのはその『ジーン・トランプ』とやらが王政府の権威に驕って自分に『命じている』という事実だった。


「信号用意! こちらの情報を送ってやれ。相手の艦長に来艦するよう伝えろ」


「アイアイ、キャプテン!」


まったく、戦闘で動転したのか知らないがふざけたことだ。


「負傷者と死者の報告を。艦の損害状況も、なるべく早めに報告してくれ」


「艦長、それは、ハイネマン軍医に対する申し送りで宜しいでしょうか」


「ああ、そうだ。その通りに頼む。それとミスター・ポートマンにも、申し送りで敵フリゲート艦の状況を分かり次第、伝えるように、と」


「はい、艦長」


やるべき後始末の指示を出し始めたアルバは、順次、片付けていくべき手順に思いをはせる。事務手続きと同じで、段取りが肝心だった。


「艦長! ミスター・アボットからです!」


とはいえ、それはあくまでもテリブル号の艦長としての仕事。


敵艦に切り込んで制圧下においていたアメリア三等海尉からだという伝令には、アルバは一瞬、戸惑っていた。


「何事だ?」


ハロルドを飛ばして緊急で告げるべき報告なのか、という疑念。


「敵艦の様子ですが、奇妙だ、とのことです。私掠船にしては、整いすぎていると」


だが、言葉を理解した瞬間に、アルバは駆け出していた。


海賊だと思っていたが、と訝しみつつアルバは拿捕したばかりのフリゲート艦に観察の眼を向ける。


艤装は標準的なフリゲート艦というべきで、サイズからして三十六門艦といったところだろうか。


だが、確かに……甲板や艤装がつい先ほどまで続いていた戦闘で荒れているにも係らず意外に整えられていることをアルバは見て取る。


私掠船にしては、妙に規則正しく整頓がされているかのような具合。その違和感から辿るようにして敵艦に視線を向ければ、降伏した敵艦の水兵らと士官らが妙に整った服装であることに気が付かざるを得ない。


こういってはなんだが、三等戦列艦に挑みかかる時点で向こう見ずな私掠船だろうと無意識のうちに片付けてしまっていた。


だが、よくよく見れば……それこそ『正規軍』の軍艦そのものだ。


白海貿易航路に対する通商破壊だろうか?


だとすれば、ますます疑問が増える。通商破壊に従事する正規軍の艦ならば、彼我の戦力差など自ずと理解できるであろう。では何故、敵のフリゲート艦は『逃走』ではなく『交戦』を選んだのだろうか。


いや、とアルバはそこで考えるのを辞める。


捕虜とした敵フリゲート艦の艦長から、艦隊司令長官辺りが聞き出すべき事情だろう。


「艦長、RUN ファルケ号より本艦に信号です。艦長負傷のため、来艦できず、とのこと。カタルナ軍港への航路を先導するとのことですが」


「漂流商船を無視できんないだろう。拿捕したフリゲート艦の問題もある。そう伝えてやれ」


なにしろ、アルバには決断すべきことが既に山積みなのだ。


火急の用件でなければ、今はあまり考えたくない。


その点でファルケ号の艦長というのは、全く、負傷していたにせよ気遣いが下手糞な奴だった。


確かに、カタルナ軍港へ着任しなければならないのは事実だ。ここで、王政府の士官相手に『航行準備不良』を口実に帰港しようものならば何を言われるか分からない。


だが、拿捕した敵艦に、救助すべき商船を放置できないのも事実。


「希望するならば、家に寄港するか、と聞いてやれ」


「必要なし。差し支えなければ、ファルケ号が海尉と数名の支援要員を派遣するそうです。曳航して、カタルナ軍港へ向かいたい、と」


だが、ファルケ号から返されてくる信号によってアルバの不機嫌は一瞬で解消される。


自分でも安直だと思わないでもないが、親切な申し出というのは存外、嬉しいものだ。


「何? よし、そうさせてやれ。艦長負傷で軍医が必要だったというのか、聞いてくれ」


「軍医の派遣要請は、負傷者が多数出た為だそうです」


「ふむ、一応の筋は通っている」


頷きつつ、アルバは王政府の人間も存外物分かりがよいのかと笑いだしていた。


戦闘中の緊張が去れば、多少のいざこざを水に流すのも悪くない。


さり気なく、こちらに気を使うやりようといい……存外、王政府の人間も無能ではないらしい。


「よろしい、針路をカタルナ軍港に向かわせよう。些か、早急だが……ああ、商船に手紙を託しておくか」


「はい、艦長」


さて、カタルナ軍港だ。


司令長官から、お褒めの言葉一つくらいは、もらえるだろう。

アルバは、戦闘に勝利した!

ファルケ号と合流した!


さあ、軍港へ、むかおう!

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