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第四話

テリブル号、脱湾内ニート。

「艦長! いました! 脱落した商船です!」


檣楼に登った見張り員からの報告。


それに対してRUN テリブル号の勅任艦長、アルバ・バレッタ伯爵はいかにもという表情で鷹揚に頷きつつ、心中では咄嗟に勘定していた。


手持ちの海尉は、アメリア、マルタの両子爵令嬢と副長のハロルド。


候補生ならば、クララも含むが……はっきり言って、女性士官ないし、士官候補生を商船に派遣すれば厄介ごとを招くだろうということぐらいは想像が付く。


が、ハロルド無しで戦う? 


それも、論外だ。


「ミスター・ポートマン! カッターを用意してくれたまえ。必要であれば……水兵、10名ほどを手助けに派遣してくれても構わない」


「艦長、よろしいのですか?」


「良いも悪いもない。それが、私の義務だろう」


副長にしてみれば、しかし、それも相当に渋々ということなのだろう。実際、熟練水夫が艦全体で不足している段階で商船へ十人も割くのは断腸の思いでもある。


だが、航路の保全ということ。貿易に携わる全ての人々があればこそであるというローラン連合諸島王国なのだ。外地貴族にとっての、いや、王国に住まう人間として海との契約が持つ意味を思えばやむをえなかった。


「艦長! 帆が見えます!」


「方角は!? どっちの方角だ!」


だが、見張り員が告げる続報に全てが振り出しに戻る。


「本艦へ急速接近中です!」


「先の命令、待て!」


ちらり、と視線を向けたアルバにハロルドはでしょうな、とばかりに頷く。

普通、襲われた商船は『未知』の船に近付くことなく一先ずやり過ごそうとするものだ。


我が物顔で突っ込んでくる?


ならば、それは、きっと襲撃者だろう。


「アルバ艦長?」


分かりきったことだが、これも形式だ。


「戦闘準備!」


「「「アイ・アイ、サー!」」」


号令一下、動き出す乗組員らの動きはまずまず。

とはいえ、アルバにしては困ったことに……『RUN テリブル号は砲撃訓練をただの一度もしたことがない』のだが。


なにしろ、湾内に停泊していたのだ。そりゃ、砲撃訓練を停泊中にやらかすわけにはいかない。


まぁ……演習に使う火薬代だってタダじゃないのだが。いや、本当にタダじゃないのだ。それどころか、貴重な砲弾と火薬を此れでもかと使うわけでもある。


流石に、熟練水夫連中は慣れているだろうが……100人程度では、半舷の大砲だってどれだけ命中させられるだろうか?


「艦長、さらに艦影の向こうに帆です! 一つ……いえ、二つです! 二隻が、絡まりあっているようです!」


だが、檣楼の見張り員から寄越される報告でアルバは現実に引き戻される。


「ミスター・ポートマン。君はどうみるかね?」


「脱落した船団の一隻と敵艦、というところでしょうか。或いは、絡まりあっているというのが護衛のフリゲートかもしれません」


「見事なものだな。救援も期待できなかっただろうに、殿というわけか」


つまるところ船団護衛のフリゲートが一隻は足止めしてくれているというわけだ。どんな艦長かは知らないが、名誉と義務を心得た人物なのだろう。


まったく、王政府には期待できない類の人物だ。外地貴族の誉れ、というべきだろう。


「ともかく、近寄ってみるしかないだろう。なんとか、しなければ」


まったく、どうやってこの事態に対応すればよいのだろうか、と。

内心でしかし、アルバとしてはやや困惑しつつ状況を整理する。



事の発端は、檣楼で水兵らと共に見張りに当たっていたアメリア三等海尉からの報告だった。


バレッタ伯爵領の港湾施設に駆け込んでくるのは一隻のスクーナー。


減帆せず、殆ど全速で湾内に突っ込んでくるその商船の存在に気がついたアメリア三等海尉の報告。


それは、滞りなくクラーク候補生を経て、艦長室でやりくりに頭を悩ませていたアルバ勅任艦長とハロルド副長へと申し送られた。


程なくして、商船が掲げている非常事態を注げる信号旗を読み取ったハロルドに耳打ちされたアルバは厄介ごとの臭いに嘆きつつ、商船に事情を聞こうと船長を呼び出し……そして、愕然とする。



独航船ではなく、船団が襲われたのだ。


それも、白海貿易航路を行き交う定期船団が襲撃されたという急報。


敵はフリゲート艦二隻、という報告を耳にした瞬間、アルバは即座に出航準備を命じていた。


どたばと即席の水兵らが熟練者の足を引っ張る中で、何とか出航したRUN テリブル号は一路、船団の辿っていた航路を辿り……そして、遂に見つけたのだ。



報告どおりならば、おそらく、船団の船は大半が逃げ延び……襲撃者はここに留まっているという状況だろうが。


ともかく、ここに至ってはこちらに向かってくる敵フリゲート艦に対処するしかない。


であるならば、とハロルドの助言を受けつつアルバは漂流している商船と敵フリゲートの間に割って入るように艦の進路をやや変更する。


こちらをやり過ごせば漂流中の商船を狙えず、さりとて尻に戦列艦をとなれば大抵の敵は逃げをうってくれることだろう。


哀しいかな、テリブル号は74門搭載の二層戦列艦。フリゲート艦よりも殆ど圧倒的な戦列艦だが、船足だけはどうにもならない。


……厳密言えば、ほんの数ノット差なのだが、それでもフリゲート艦が逃げに専念すれば捕らえるのは至難の業だ。


そして、テリブル号の砲撃術はなんと此れが初の発射という始末。逃げる敵の帆を狙ったところで、まず、命中は期待できるものではない。


セオリー通りに敵が逃げるのを追い払ったことでよしとするしかないだろう。


或いは、味方と思しきフリゲート艦と絡まりあっている敵を拿捕することが出来るかもしれないが。しかし、欲をかいて失敗するよりも今は手堅く行くべきか。



「艦長、失礼します」


「なにかな、ミスター・イェルネ?」


「あの絡まりあっている船ですが、片方はRUN ファルケ号のようです」


そんな悠長なアルバの思考は、しかし、歩み寄ってきた散切り頭のマルタ二等海尉によって一瞬、中断を余儀なくされる。


あえて、平然とミスター扱いしているが、アルバにしてみれば厄介な『部下』である彼女。その言葉に込められた言外の意味は、しかしアルバではなく副長のハロルドが即座に反応するほど激烈だった。


「何? ファルケ号?」


イエス、と頷くマルタに合わせて顔に渋面を浮かべてみせるハロルド。


「ミスター・ポートマン?」


説明しろ、と目線で問うアルバに対し、ハロルドはそっと耳打ちするように囁く。


「ファルケ号は……私の記憶では『王政府』の直轄艦です。定期船団の護衛につくような類の艦ではありません。まして、このような外地貴族領近海で殿を勤めて奮戦するというのも奇妙です」


王政府の艦が、外地貴族の名誉を守る為に奮戦する? それは、ありえない。


だからこそ、アルバは険しい表情を浮かべてしまっていた。


「面倒事か?」


「おそらくは」


何事かはわからない。


だが、備えておく必要だけはある。


「心得ておこう。しかし、やるしかあるまい」


「割って入られると?」


「戦列艦一隻とフリゲート一隻、それに対してフリゲート二隻では戦争になるまいよ」


どのみち、戦列艦相手に戦争をやらかすなどフリゲート艦には荷が重過ぎるのだ。


まして、クララの言い分を信じるならば、だが……テリブル号は三等戦列艦としては異例の火力と速力を併せ持つ。


実際、船足は意外な速さを見せてもいる。鈍重な戦列艦を相手取るつもりの敵フリゲート艦にしても、船足の侮れない戦列艦相手に悠長なことは避けてくれるだろう。


「ミスター・クラーク! 信号を送れ! RUN ファルケ号に本艦の到着を知らせてほしい 『本艦は貴艦を援助可能』、だ」


「イエス・サー!」


駆け出すクララに、指示を出し始めるハロルド。


「では、私共も下の砲列に?」


手持ち無沙汰だったのだろう。アメリアが、一応の部署となっている砲撃指揮を執りましょうかと訊ねてきたところでアルバは首を横に振る。


「いや、海兵隊がいないのだ。貴官らには接舷切り込みに備えて、気心の知れた水兵を集めてもらえないか」


「それは、我がアボット子爵家由来のもので固めても宜しいのですかな?」


「テリブル号の乗員から選抜してもらいたい。混成が理想だが、とかくはいわん」


どのみち、バレッタ伯爵家領の水兵らが不慣れで敵艦に切り込めるほどでないならば、足並みをそろえるべきだった。


だからこそ、指揮系統上の混乱を避けるためにもアメリアとマルタには……ある種の接舷戦闘までは今回は待機してもらうことになるだろう。


「それでこそ、ですな。では、失礼」


「失礼致します、艦長」


もっとも、それとて彼女らにとっては異存がないらしい。はきはきとした応答と、ぎこちなくも規定どおりに出される敬礼。


帽子で答礼しつつ、アルバはふと艦尾甲板で一人たたずむ思いに駆られていた。


気が付けば、誰もが戦いに向けて動いている。


それを、確かに自分は命じた。


だが、何故だろうか、と彼は困惑する。


良くも悪くも、誰も彼もが戦いに望むというのにいとも平然としているという事実にアルバは少しだけ憮然とする。


「不思議なものだな。16859スクード14ドナルド3カッパードが海の藻屑となるか、名誉ある勝利を収めるか。いやはや、本当に、不思議なものだ」


自分だけなのだろうか。


こう、どこか落ち着かない思いなのは。


「艦長?」


「ああ、なんでもない。ミスター・サネ」


「大丈夫ですよ、艦長。テリブルは負けません」


はっきりと断言するクララ。

その迷いのない表情に、ふとアルバは訊ねていた。


「何故?」


「だって、テリブルですから」


やれやれ、だ。


だが、なるほど。自分の艦なのだ。信じるぐらいは、したほうがいいのだろう。


「よろしい、私も信じてみよう。テリブルならば、とね」

テリブル号は、負けません!

これからも、テリブル号の活躍に、ご期待ください(˘ω˘)







いや、終わりませんよ(´・ω・)?(・ω・`)

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