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第二話

ちょびっと短めに。

人生とは、予想外のことばかり。


そんなことを、つい先日思ったのではないだろうか。


僅かに、現実逃避しながらバレッタ伯爵家の第15代当主にして、ローラン連合諸島王国海軍の誉れある三等戦列艦テリブル号の勅任艦長を拝命しているアルバ・バレッタ艦長は呆然した内心を押し殺し、今日も艦尾甲板上に立ち尽くしていた。


「ミスター・アルバ! 私共も、志願いたします!」


志願の盛大な申し出は、何時だって嬉しいものだ。


特に、バレッタ伯爵家の行政用に残っていた紙とインクで、一カッパード銅貨も要することなくアルバがとにかく安上がりに刷らせたビラに反応して『軍役』に参じてくれるという珍しい人間と言うのは貴重だろう。


しかも、二人もだ。単なる冷やかしではなく真剣そのものという表情もポイントは高い。


キリリと引き締まった表情に、はきはきとして良く通る澄み切った声。意志の強そうなアンバー色の瞳と、思慮の深そうなブルー色の瞳。挙措の一動作、一動作には厳格な教育を受けた人間特有の折り目正しさすらうかがえる。


当初、アルバへの面会を取り次ぐことを渋ったであろうハロルドを説き伏せる技量も無視すべきではないだろう。むしろ、特筆に価するといってもよい。


なにしろ、ハロルドというのは中々手ごわい相手だとアルバ自身が17年間かけて学んでいる事実である。その頑固なハロルド翁の強固なノーだ。それを、あの、ハロルドの気分を害せず撤回させる機転というのは士官としてはきっと稀有な要素に違いない。


二人とも、性格こそ違えどもアルバの期待した応募者の中では資質で言えばきっと最上級の類と言うほかにないであろう。


だから、アルバははっきりと意思を決する。


「大変ありがたい申し出に感謝いたします」


丁寧に。


そう、どこまでも丁重に。


「ですが、まことに恐れ入りますが本艦は既に十分な応募者と勇敢な紳士諸君の助力を宛にできる状況であります」


「私共の志願を、拒否される、と仰れる?」


凛とした意志の強そうなアンバー色の瞳がこちらをじっと睨んでくる中、アルバは言葉を選ぶ必要を咄嗟に悟る。


ハロルドを言いくるめる連中だ、油断はならなない。


だから、そりゃそうさという本音を腹の底に飲み込む。そうして、アルバはあくまでも他所向きの笑顔を保ったままで殊更流麗な調子で言葉を返す。


「拒否、と受け取られるのは私の不徳のなすところでありましょう。マイ・レディ、どうか、ご無礼の程を平にご容赦を。何分、社交の作法もおぼつかない若輩者なれば。どうぞ、私がお二人の愛国的なお申し出に対し、感謝する言葉を適切に紡げないことをご海容願えれば幸いです。至らぬ我が身なれど、武人として、王国海軍の一員としてお二方のご不安を払うことが出来ればと願うばかりであります」


そりゃそうだろう、とアルバとしては叫びたいところだ。

確かに、自分はぼかしたとはいえ『売官』することをビラで告知した。


そりゃぁ、もう、盛大に告知した。いや、領内にとにかくロハで刷ったビラをばら撒いただけだがとにかく宣伝はした。


だが……いくらなんでも、アルバだって想像していないわけである。


明らかに、お家柄が宜しいであろうと。教育を受けたであろうと、一目で理解できる貴族階級と思しきご令嬢二人。


そのお二方が、堂々たる物腰のご令嬢が前に出る形ながら……はっきりと戦列艦の士官へ志願されてくる?


「ミスター・アルバ。謝罪は結構です。志願を、受け入れいていただきたい」


「おお、マイ・レディ。お二方にそれほどまで我が海軍の前途を案じていただけること、或いは私どもの至らぬ所以かと慙愧の念に私の身は張り裂けそうとなるばかりであります。ですが、なればこそ、私どもとテリブル号に機会をお与え頂ければと願うばかりであり……」


貴族の理屈云々以前に、軍艦に女性を乗せる時点で海軍としては大問題である。


いや、貴婦人を『護衛』であればなんら問題はない。就役している現役の戦列艦であれば、長期航海の折には現地へ赴任する王室からの勅任官とそのご家族が目的地まで同乗するなど珍しくもない話だ。


縁故に出会う機会でもあるし、貴族同士の紐帯を深める上でも断るという話しはあまり聞かない。逆に、徹底的にその一門を嫌っているという証左に『同船をお断り』するのもなくはないが。


「失礼、ミスター・アルバ。お言葉を遮る無礼を承知でお願い申し上げます。私どもに、機会をください」


「機会などと、そのような!」


だが、当たり前だが軍艦と言うのは非常に閉鎖的な空間である。そして、えてして退屈しきった若い水兵らが押し詰められているのだ。かの空間に女性を乗組員として乗り組ませることが適切な空間であるだろうか? この胸を問えば、戦列艦の艦長どころか、全ての知識人が即座に拒否反応を起すことだろう。


「ミスター・アルバ! 話だけでも、お願いさせていただけませんか」


「どうぞ、私の思いを誤解していただきたくはありません。マイ・レディ、お言葉を返すようで私としては真実、苦衷にありますが、どうぞ、ご理解ください。お二方から愛国のご芳情を頂戴できましただけで、テリブル号としては無常の栄光となすものであります。ですが、お二人のような身分あると思しき貴婦人にとってテリブル号は私どもとしても実に遺憾ながら、甚だ適せざることを国王陛下より勅任艦長に任じられております、」


が、そこでアルバの滔々と逃げ口上を述べようとする口は意外なことに、此れまで沈黙を保っていたもう片方のご令嬢からの一言で遮られる。


「長口上は欠伸の種と申しますよ?」


「失礼?」


「ご不快になられていなければ、宜しいのですが。私共とて、遊びで申し出ているわけではありません。アルバ閣下、どうぞ、それ相応の所以が私共にもあることをご理解いただけませんか」


こちらを見つめてくる碧眼は、どこまでも澄んだもの。これで、社交の場であれば喜んで耳を傾けるだろう。


だが、ここは戦列艦の艦上なのだ。だからこそ、所以、とアルバは黙りこくった胸中で繰り返す。


そりゃ、何かあるだろうなとはどれだけ勘が悪かろうと察しは付く。さぞ身分ありげな女性らが、こと此処に至るまで『家名』も『名前』さえも名乗ることなく、しかし一歩も引くことなく『戦列艦』に志願するとなれば尋常ではないだろう。


だから、どうか、巻き込まれることなく穏当にお帰り願おうとアルバは努力しているのだ。


「そのお申し出を私は、おそらく受けることが出来ますまい。そうである以上、僭越では在りますがお二方の名誉を慮れば、お名前を伺うことなくお帰りいただくことこそが誰にとってもあらまほしき帰結たりえると私としては考える次第であります」


「伯爵閣下、では、このビラは偽りと申されますか?」


差し出されるのは、自分のばら撒いたビラ。


偽りなどと、と返したアルバへ断固とした口調で令嬢はその文面を艦上に響けとばかりに読み上げてみせる。


『神聖にして、崇高なローラン連合諸島王国は武門の誉れ高きバレッタ伯爵家領にいる全ての諸君に告げる!


外地伯爵であり国王陛下の忠勇な僕である軍歴十七年の勅任艦長、第十五代バレッタ伯爵家当主であるアルバ・バレッタ伯爵は王国の忠勇にして善良な全ての臣民に対し、名誉ある祖国の守り手たらんことを呼びかける。


アルバ・バレッタ艦長指揮下の戦列艦、七十四門搭載二層艦テリブル号は諸君に栄光の門戸を押し開くであろう!


親愛なる全ての諸君。今や、祖国に奉仕せんと欲する全て諸君! 機会の門戸は全ての自由な臣民に対し、開かれている。


紳士足らんと欲する諸君も、また、その例外ではない! 


王国の誉ある連合王国海軍に奉仕したいと願う全ての諸君。己の義務と、己の価値を証明したいと願う全ての諸君! 


諸君が、紳士として祖国に貢献することを欲し、『心身のみならず、高貴な軍役の義務につき物の諸懸案に対しても相応の負担を共に分かち合う覚悟』を示す限り、諸君もまたバレッタ伯爵貴下の正当な戦列艦士官として遇される事は間違いない!


我々は、相応の義務を果たすものを求め、それ以上の一切を望まない。栄光と名誉ある戦列艦での軍務を望むものは、速やかにその旨をバレッタ伯爵家の戦列艦、七十四門搭載二層艦テリブル号まで申し出られたし。


同艦は、現在、バレッタ港において最終の出航準備中であり、光輝ある義務を果たさんとする勇敢な諸氏の参列を待望する次第である!』


そして、彼女は勅書を奉じたかのように恭しく一礼し、ちらり、と艦上に轟いたことを確認した上でアルバへ問う。


「閣下、閣下は『バレッタ伯爵家領にいる全ての諸君』に、『機会の門戸』が開かれていると仰られたではありませんか?」


「し、失礼、マイ・レディ?」


「私どもが『紳士足らんと欲する』のであれば、それは、『紳士ではない』という論法によってお拒みになる先例となりうるのでしょうか?」


嫌な論法だ、とアルバは咄嗟に言葉を遮ろうとし、しかし、機先を制されてしまう。気の強いほうに隠れていたが、おとなしいかと思った側は随分と弁が立つ。


この状況下、話もせずに追い返したと乗組員一同に示すことは……今後の募集に甚だ悪影響を及ぼす事は間違いない。


取り分け、本気でアルバが貴族出身でない『非ジェントルマン』をジェントルマンと同列に処遇するか半信半疑の人々にとっては死活的な関心事項になるだろう。


「ミスター・ポートマン! 悪いが、艦長室に同席してくれたまえ!」


「イエス、サー」


アルバ・バレッタ勅任艦長17歳。


テリブル号の艦上においては神と同等足りえる権能を与えられる彼だが、しかし、テリブル号は金がかかるのだ。彼女を動かすまでは、アルバは金の足りない憐れな艦長に過ぎない。


「さて、有意義なご相談が出来れば、と思いますよ」


格好をつけようとも。


幾ら、言葉を取り繕うとも。


金がないのだ。


ああ、現実は いつも金貨と ご相談 それにつけても金の欲しさよ。

(´・ω・`)


アルバ君の言い包めスキルは悲しいことに、フーシェさんレベルじゃないんです。


フーシェさんレベルであれば、今頃、ニマニマしていることでしょう(´・ω・`)


がんばれ、アルバ君。

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