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勇者サトリ

作者: 小声奏

 瑠璃は茫然として目の前にひれ伏す人々を眺めた。

 世界遺産にでも登録されていそうな、趣のある建物は一見教会のように見えた。

 カラフルなステンドクラスに、馬鹿でかいパイプオルガン。十字架は無かったけれど、瑠璃にほど近い場所で平伏している人々が身に着けている服はカソックに似ている。

 広い構内に一堂に会した人々は、ゴスペルを歌う代わりに、ひたすら瑠璃を崇める言葉を口にしていた。

曰く、

「救世主様!」だの、「おお、救いの御子が御降臨されたのじゃ」だの、「神よ。感謝いたします」だの、「なんと凛々しくお美しいお姿か」だの……

 おかしい。とってもおかしい。

 なにがおかしいって、今の瑠璃の姿はワゴンセールでゲットした上下セット千円の室内着なのだ。しかも、風呂上りで、髪に櫛も通していないありさまだ。凛々しくお美しいなんてありえない。

 というか、今のこの状況があり得ない。

 瑠璃は平凡な高校生だ。成績は小学生の頃から中の中。そればかりか運動神経も容姿も何もかもが普通。家から近いという理由だけで選んだ高校に進学したのはこの春の事だ。

 いつも通りの日常をこなし、汗でべたつく肌をシャワーで流し、冷蔵庫を開けて風呂上りの一杯(牛乳)で喉を潤さんとしていたところだったのに。

 なぜ牛乳パック片手に、見たこともない場所で見たこともない人々に、ひれ伏されているのだろう。

 あまりの事態に自失する瑠璃の前に、苦み走った顔つきの中年の男が進み出た。

 豪奢なマントは真紅で白いファーで縁取りがしてあり、頭上には輝く冠が鎮座している。

 まるで物語に出てくる王様のようだと瑠璃は思った。

 男は澄んだ湖のような美しい青い瞳に瑠璃を映した。


「勇者よ。我らの願いをお聞き届けくださったこと感謝いたします」

『ああ、憂鬱だ』


 渋く低い声が、高い天井に響く。

 と、同時に、脳内に響くもう一つの声があった。


「私は、聖レーヴェンガルドが国王クノール・コッホ・カウフフェルト」

『今朝のキレも最悪だった』


 瑠璃は目の前の男をまじまじと見つめた。

 王様のようだと思ったら本当に王様だった。

 いや、そんな事よりも、一体全体何がどうなっているのか。

 耳から入る声とは別に、頭の中に直接語りかけてくる声。それは紛れもく眼前の男から発せられているのだ。


「どうぞ、神より授けられしそのお力で、我が国をお救い下さいますよう、伏してお願い申し上げます」

『若い頃はぶいぶい言わせた俺様が……まさか尿のキレに悩む日がこようなんて』


 にょ……尿?

 ぽかんと呆ける瑠璃の様子に、国王だと名乗った男が不審げに眉をよせる。


「勇者殿?」

『出し切ったと思ったのに、まさかの失態!』

「いかがなされました?」

『ちょろっと漏れちゃったのばれてないよな? だれも気付いてないよな?』


「えーと……」


 忽然と見知らぬ場所に放り出された事には耐えた。周りの人が皆平伏しているのにも耐えた。賞賛の嵐を浴びせられるのにも耐えた。勇者と呼ばれた事にも耐えた。

 だが出会ったばかりの男性の、下の事情を頭の中に語りかけられ……瑠璃のキャパシティーはあっけなくオーバーした。


「あっ! 勇者殿!」

『股が冷てぇ!』


 結果、瑠璃はその場で卒倒したのだった。


 瑠璃は天蓋付きの大きなベッドの上で目を覚ました。

 ふと隣を見れば、紺色のワンピースに白い前掛けを身に着けた女性が、目を見開いて瑠璃を見ていた。


「お気づきになられたのですね」

『まあ、寝顔も幼かったけれど、起きていても幼いわ』

「ご気分はいかがですか?」

『こんな子供を勇者と祀り上げて魔王退治なんて、正気かしら』


 優しげな笑顔を浮かべる女性はまだ若い。二十代前半ぐらいだろうか。

 落ち着いた態度は、瑠璃の学校に赴任してきた新任の女教師を彷彿とさせた。


「私、勇者様のお世話を申し付かりましたメリーナと申します。水をお持ちしましたが、お飲みになりますか?」

『やっぱりジュースにすべきだったかしら』


 頭の中に響く声が消えていないことに瑠璃はがっくりしていた。

 しかし威厳ある佇まいで神妙な顔をして瑠璃に語りかけながら、その実、尿のキレの心配ばかりをしていた王様に比べれば、メリーナは随分まともそうだ。


「さあ、どうぞ。よく冷えていますよ」

『そうそう冷えていると言えば、ニナとクリストフってば最近おかしいわよねえ。あーんなにアツアツだったのに、最近なんっかよそよそしいって言うか。倦怠期? それとも浮気? あー、ありえる。クリストフってばアレだからねえ。苦労するから止めときなさいって言ったのに。なんたってアレだから……』


 そうでもなかった。

 冷たい水で喉を潤しながら、瑠璃は明後日の方向を眺めた。


「お腹はすいていませんか? スコーンとサンドイッチをご用意しておりますが」

『そうそうアレと言えば確かデニス様もアレだったわねえ。中身はアレでも魔王討伐隊の随行に選ばれちゃうんだから、腕は確かなんでしょうけど。あれ? アレと言えば、ディータ様もアレじゃなかったけ。んん? そう言えばリオ様もアレだって話を小耳にはさんだ事があったような……。あらやだ。勇者様の随行ってばアレばっかりじゃない!』


 瑠璃は青くなった。

 勇者様と言えば、瑠璃の事である。

 勇者と言われた時から嫌な予感はしていたけれど、どうやら魔王を討伐しなければならないらしいときた。

 魔王ってどんなだろうとか、魔王を討伐出来れば家に帰れるのだろうかとか、拒否権はあるのだろうかとか、疑問は山ほどあった。

 だが、瑠璃が今一番気がかりなのは魔王のことよりもなによりも

 ――アレって何なの!?

 である。

 アレが何なのか瑠璃は見当もつかない。しかし、決して良いことではないだろう事はひしひしと伝わってくる。

 アレが何なのか全く分からないけれど、アレな人ばかりのパーティで魔王討伐だなんて、一介の女子高生にすぎない瑠璃に無茶ぶりもいいところだ。


「あの、私、勇者なんですよね……?」


 恐る恐る尋ねれば、メリーナは痛ましげに眉を寄せてから、思い直すようにまた微笑を浮かべた。


「ええ、そうですわ。悪しき魔王現れし時、神の寵愛を受けし勇者が異界より現れ国を救う。我が国にずっと昔から伝わる伝承です」

『あ、でも、ルーヘン様は違ったかも。あの方、堅物が服を着て歩いているって有名だものねえ。アレじゃない人がいて良かったわ。さすがにアレばっかりじゃね。今は大丈夫そうだけど、まだ子供だし分からないものねえ。そうそう分からないと言えば、今は王妃一筋の王様が若い頃はやんちゃだったって本当かしら。うーん、若い頃の王様に出会ってみたかったわあ。あの青い目で見つめられて、あの低い声で囁かれたら、なーんて考えただけでくらくらしちゃう! そうそう、くらくらと言えば、クララが……』


 どんどんと違う方向に流れていくメリーナの声から意識を逸らせて、瑠璃は考えた。

 神の寵愛を受けた覚えなどないけれど、王様が言っていた、力には覚えがある。

 今、脳内にメリーナの取り留めもない思考を伝えてくるこの声だ。

 でも、と瑠璃は首を傾げる。人の心を伝える声が聴けることが魔王討伐の役に立つとは思えない。そんなものより、どかんと一発派手な魔法が使えるようにでもなっていたら良かったのに。

 それにこの力の事を誰かに言ってしまっていいものだろうか。

 王様が下着を汚してしまった事を知っているだなんてばれた日には、魔王討伐に発つ前に、王様に暗殺でもされそうだ。

 そう考えた瑠璃は、この迷惑極まりないだけの力の存在は秘めておこうと決めたのだった。


 その後、瑠璃が目を覚ましたと聞いて飛んできた王様に、詳しい説明を受けた。

 魔王なる存在が現れたのは今からおよそ一年前のこと。

 魔王は東の果てにある森を本拠地とし、ゆっくりと進行する病のように、じわじわとしかし確実に聖レーヴェンガルドを侵略していっているのだとか。

 国の騎士と言う騎士、兵と言う兵を、魔物の侵攻を止める為前線に駆り出し、必死に抵抗を続けているものの、ジリ貧一直線。

 どうしようどうしようとオロオロしていた所、神のお告げがあり、勇者の来訪があることを知る。んでもってカビた伝承を思い出して、勇者の降臨に備えていた……っと。

 重々しい雰囲気の中語られた話はもっと陰惨なものだったけれど、王様の心の声――やっぱり下の心配ばかり――がだだもれだった瑠璃には、どうにも事態を深刻に受け取る事ができなかった。


「魔王討伐は大変な危険と苦難を伴うでしょう」

『俺のあっちも危険だけど……』

「そこで勇者様をお守りする騎士を選定させていただきました。何れの男も、選りすぐりの強者達です」

『何れの男も二十代のぴっちぴちですよ。あーあー、若いっていいよなあ。キレで悩む日がくるなんて思ってもいないんだろうなあ。くっそくっそ』


 ――きた。

 あくびをかみ殺しながら王様の話を聞いていた瑠璃は、一気に身を固くした。

 メリーナの心の声が本当ならアレな人物達である。


「入れ」

『でも、いつかは悩む日が来るんだよ。ザマーミロ』


 扉が開き、鎖帷子の上に黒い外套を羽織った男たちが入ってきた。

 男たちは全部で四人。メリーナの心の声にぴったりと合う人数だった。

 王様も瑠璃からみれば長身の偉丈夫であったが、男たちはその王様よりもさらに背が高く、鎖帷子の上からでも隆々たる肉体が想像できる。

 瑠璃の前に来ると、男たちは次々に跪き頭を垂れた。

 まず初めに、向かって一番右の赤い髪が印象的な男が口を開いた。大柄な男達の中でも一番の長身を誇っている。


「我が名はデニス・ゼーベック。魔王討伐の一員に選ばれましたこと、身に余る誉。我が命に代えても勇者様をお守りさせていただきます」

『くっ、今日は前鋸筋の仕上がりがいまいちだ。トレーニングの見直しが必要だな。しかし、小胸筋は素晴らしい出来だった。小円筋もいい具合だ。脊柱起立金も、上腕三頭筋も、大腿四頭筋も文句のつけようがない。……ふっ、やはり俺の体は素晴らしい。他の奴らよりも俺の肉体が一番だ。ああ、ほれぼれするこの筋肉。きっと勇者様もお気に召してくださるだろう。……にしても、勇者様は体のラインが薄いな。まだ若いとしても、アレが全く見当たらんのはどうしたことだ』


 ――全然分からないから……

 いくら、鎖帷子の上からでも鍛えられた肉体が見て取れるといっても、その仔細まで分かるはずがない。己の筋肉に陶酔する男、デニス。アレとはもしや、筋肉愛好家を示すのだろうか? などと考えながら、瑠璃は何とも言えない顔で会釈を返した。

 次に顔を上げたのはデニスの左隣で膝を付く男だった。

 背に垂らされた輝かんばかりのプラチナブロンドと繊細な面立ち。眉目秀麗な面容と、他の男達より、少し線の細い体がよく合っている。


「私はディータ・シーベルク。此度の使命に命を賭する所存でございます。どうぞお見知りおきを」

『あああ、しまった。この角度。つむじが丸見えではないですか。勇者の視線はどこに注がれているのでしょう。もしやつむじですか? 私のつむじを見ているのですか!? なんということでしょう。やはり、結わえておくべきでした。まさか美の神の愛を一身に受けた男とまで言われたこの私に、若ハゲなどという試練が降りかかろうとは。今晩も夕食は昆布とわかめづくしにしなければ。はあ、魔王討伐の責務に耐えられるか心配です、私の髪が。そうだ、携帯食を全て昆布に変えてみてはどうでしょうか。……それにしても勇者にはアレがないですね。……私には髪がありませんが。まあ、まだ子供ですし。将来を楽しみにするとしましょうか』


 瑠璃はつむじに向きそうになる視線を必死に押しとどめなければいけなかった。

 心の声さえ聞こえなければ、気付かなかったかもしれないのに……

 瑠璃の葛藤をよそに、ディータのさらに左隣の男へと自己紹介は移る。

 癖のある茶色い髪。吸い込まれそうな青い人は垂れ気味で愛嬌がある。恐らく四人の中では最年長だろう。瑠璃と目が合うと、男はぱちりと片目を瞑った。


「リオ・ブラーシュです。麗しい神の寵児よ。貴女様のことは必ずやこの私がお守りすると誓いましょう」

『麗しいって言うか、可愛らしいって感じだな。まさか勇者が女性とは驚いたが、悪くねえ。野郎を守るより余程遣り甲斐があるってもんだ。余計な野郎が3人も付いて来るってのが気に入らねえけど。どうせなら、俺以外全員女にしてもらいたかったぜ。ハーレムパーティなら誰にも傷一つ付けないよう頑張るんだがなあ。あー、右を向いても左を向いてもむさ苦しい。謁見が終わったら、誰かひっかけて連れ込み宿にしけこむかねえ。……しっかし、見れば見るほど、アレのねえ嬢ちゃんだな。いくら子供とは言え、こりゃねえぜ。揉んでやれば育つか?』


 瑠璃はひくりと頬を引きつらせた。

 アレ……が何なのか分かった気がしたのだ。

 思わず胸を隠すように腕を組んだ瑠璃の前で、最後の男が口を開いた。

 短く整えられた髪は黒く、親近感が湧くが、鋭い目つきと固く引き結ばれた口元が、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

 瑠璃はごくりと喉を鳴らした。メリーナの心の声によると、彼の名はルーヘン。堅物が服を着て歩いていると評判の、皆と違ってアレ――瑠璃の推測が確かならおっは○い星人――ではない唯一の同行者なのだ。

ストイックな容貌から受ける第一印象は、まさにメリーナの言うとおりだと思えたが、果たして……


「ルーヘン・フェスカ。よろしく頼む」

『つるぺたキターーーーーーーー。ぺったん! ぺったん! ぺったん! ぺったん!』


 駄目だった。むしろ一番駄目だった。

 その日、瑠璃は一日に二度卒倒するという、なんとも情けない経験をしたのだった――



 魔王討伐なんて冗談じゃないが、あのメンバーと旅をするなんてもっと冗談じゃない。

 瑠璃は能力の顕現がないことを理由に、与えられた城の部屋で籠城を決め込んだ。

 すると毎日毎日やってくるのだ、四人のへん……騎士たちが。


 赤髪の騎士、デニスはプロテインを土産にやって来てはこう言った。


「勇者様、部屋にこもりきりは体に毒ですぞ。どうですか、一つ素振りなど。このデニスが御指導いたしましょうぞ」

『俺の筋肉の見せどころ! むしろ俺の素振りを見てくれ。ああ、この邪魔な服を脱いで、思う存分勇者様に我が肉体を観賞していただきたい。さすればきっと勇者様の気鬱も晴れるだろう。……ふむ、本日も勇者様の胸に成長は見られずか。だが、この万能食物プロテインさえ摂取すれば、きっと!』


 絶対に晴れない自信がある。あと、数日で成長してたまるか!

 瑠璃は気分が優れないので、と言ってデニスを追い返した。

 麗しのプラチナブロンドの騎士、ディータの手土産は予想通りの昆布だった。

 甘辛い味付けは、佃煮に酷似している。


「料理長と携帯食の打ち合わせを行っておりまして。瑠璃様のご意見を窺いたいのですが、いかがですか? 女性には、もう少し甘い方がよろしいでしょうか?」

『何が何でもこの携帯食を通さねばなりません。デニスの筋肉馬鹿にまかせては全てプロテインになってしまいます。その為には瑠璃様の言質が必要ですからね。今日こそは是と言わせて見せますよ。ふっ、この私の美貌をもってすれば瑠璃様の心を虜にするなど容易いはずです。……昆布に胸の成長を促す効果もあれば良いのですが』


 プロテインよりはましかもしれないが、毎食昆布の佃煮は勘弁してほしい。そして大きなお世話である。

 瑠璃は食欲がないと言って、ディータにお引き取り願った。

 茶髪の軟派騎士、リオはセンスのよい服と下着を片手に現れた。


「慣れない環境はストレスが溜まるでしょう。どうです、気分転換に俺と町へ出てみませんか? お洒落をするだけでも気分が上向きますよ。美味しい甘味を出す店を知っているんです。ご案内させてください」

『気分が萎むと、アレまで萎んじまいそうだよなあ。これ以上無くなったらどうする。紅一点の嬢ちゃんにはもうちっと女らしくなってもらわねえとな。今は子供でも旅が終わるころには……。あー、いいねえ。色っぽくなった嬢ちゃんと凱旋。いやいや愛の逃避行ってのも捨てがたいか。何にしろ、嬢ちゃんには付けるところに肉を付けてもらわんとな。その為には乳製品たっぷりの菓子を山ほど食べて、最新の育乳下着を着用してもらわにゃあ』


 大事なことだから二度言おう。大きなお世話である。

 瑠璃は苛々を抑え、熱っぽいので休みたいと言って、ディータを追い出した。

 瑠璃が最も警戒する、黒髪の騎士ルーヘンは紺色の布を持って現れた。

 一体なんだろう? と首を傾げる瑠璃にぶっきらぼうに布を突きだすとルーヘンは言った。


「体がなまっては良くない。俺で良ければいつでも付きあうので言ってくれ」

『スクミズ 少女! 少女! 少女!』


 瑠璃はぷるぷると震える腕で紺色のそれを握り締めた。

 ――なんで異世界にスクール水着が存在するの!?

 破いてやろうか。と、思わず引き伸ばしてしまったが、伸縮性のある水着は伸ばしても伸ばしても裂ける気配がない。

 瑠璃は怒りを押し殺し、またの機会に、と笑顔でルーヘンを追い払った。

 ――またの機会なんて、一生こないけどな!


 へんた――騎士四人に加え、尿のキレを心配する王様の毎日の来訪、さらにはメリーナの脳内噂話に耐えきれなくなった瑠璃は、とうとう魔王討伐の旅に出ることを決心した。それもこれも、さっさと魔王をぶちのめして、6人とおさらばするためである。

 出立の見送りは盛大なものだった。

 城の中庭から城下を囲む防御壁の大門まで、見送りの人々で溢れかえり、瑠璃たち一向にゴメの雨を降らせた。聖レーヴェンガルドの主食であるゴメを降り掛ける行為には無事の帰還を願う意味があると言う。

 だが、瑠璃にはそれが何より不吉に思えた。なぜなら、ゴメは生米にそっくりでライスシャワーに思えてならなかったのだ。加えて、メリーナの脳内劇場では、魔王討伐から帰った瑠璃が変た……騎士四人のうちの誰かとゴールインする筋書まで出来上がっていたものだがら、胸中は穏やかではなかった。

 暗く沈んだ瑠璃を大門の外で迎えた王様が、有難い逸話付きだと言う聖剣を恭しい仕草でもって押しつける。


「勇者殿」

『くっくっくっ』

「ご無事の帰還をお祈り申し上げます」

『やったぜ! 男の諸事情に強い薬師をついに見つけたぜ。これで俺様のパンツはいつでも無事帰還出来るはず!』


 王様を殴らなかった自分を褒めたいと瑠璃は思った。



 魔王討伐の旅は困難を極めた。

 主に瑠璃の精神衛生的に……


「危ない! 勇者様!」

『うおおお、唸れ俺の筋肉! 見よ、躍動する大胸筋、ほとばしる汗! ……勇者様の胸も躍動するようになれば良いのだが』


「あちらの木の陰に下がっていてください、瑠璃様」

『木の陰ですよ! あちらの岩場は駄目ですよ! つむじが見えてしまいますからね! ……胸の谷間がお目見えするのはいつのことでしょうかね』


「瑠璃様、お早くお下がりください」

『あー、かったるい。宿についたら女! 酒! 女! 3ピー(自主規制)! ……嬢ちゃんは相変わらずだな。やはり揉むか?』


「はっ!」

『つるぺたあああぁぁああーー!』


 もうやだ……

 瑠璃は木の陰に隠れながら、涙をぬぐったのであった。

 そんなわけで、頬を濡らす事数知れず、瑠璃はとうとう魔王の居城へと到着した。

 ちなみに瑠璃が有難い聖剣を振るったことは一度もない。

 四人の変態達は変態だが、一騎当千の強者であったのだ。

 その鬼神の如き戦いぶりによって、瑠璃は文字通り傷一つ負うことなく、魔王城へたどり着いた。

 尖塔の立ち並ぶ魔王城は、その名に相応しい陰気さを備えた城であった。

 現れる敵を、切っては捨て千切っては投げ、四人の変態は、薄暗くおどろおどろしい城を破竹の勢いで進み、そしてとうとう諸悪の根源の元へ。

 瑠璃たちがその居室に踏み込んだとき、敗戦の匂いをかぎ取った部下は既に散り散りに逃げ、配下の者はたった一人しか残されていなかった。


「貴方が魔王……」


 魔王と聞いて、ジャバ○ハット的なぶよぶよ生物を想像していた瑠璃は、玉座に座す魔王の姿を見て驚いた。魔王は白髪の混じり始めた、渋いおじ様だったのだ。

 その傍に控えるのは、30半ばの怜悧な顔つきの男で、変態騎士達を目の前にしても、少しも慌てるところがない。

 魔王は玉座から立ち上がると、真っ赤に濡れた双眸に瑠璃達を映し、唇を釣り上げて笑った。


「よくぞ、ここまでたどり着いたものだ」

『ああ、憂鬱だ』


 掠れた重低音が、高い天井に響く。

 と、同時に、脳内に響くもう一つの声。

 どこかで経験したようなシチュエーションだ。


「私は、魔王ゲルベルト・グィド・ディーチュ」

『今朝の〇ちも最悪だった』


 しかも内容まで似ている。


「どこからでもかかってくるがいい。返り討ちにしてくれるわ!」

『若い頃はぶいぶい言わせた俺様が……まさかE〇に悩む日がこようなんて』

「どうした?」

『せっかく若い嫁さんをもらったのに、新婚初夜にまさかの失態!』

「臆して声も出ぬか?」

『〇たなかったのデーレンダールにはばれてないよな? 気付いてないよな?』


「えーと……」


 魔王とはいえ、ロマンスグレーのおじ様の下の事情なんて知りたくなかった。

 固まる瑠璃の前に、それまで魔王の隣で控えていた男が、滑り出る。


「お待ちください」

『全く、嘆かわしい』

「陛下御自らお相手なさることはありません。このデーレンダールにお任せを」

『だから30も年下の相手はおよしなさいと忠言申し上げたのに。まさか初夜で役立たずになって逃げられるとは……情けないにもほどがあります』

「来ないのならば、こちらから参りますよ?」

『挙句に腹いせに人間を攻めて、これですからね。あーあー、もう、上司が色惚けだなんて、やってられませんね』

「覚悟なさい」

『ほんと死ねばいいのに』


 ばれてます……

 顔色一つ変えずに淡々と魔王を罵倒するデーレンダール。

 瑠璃は魔王が気の毒になった。

 だから、一つ提案をした。


「あの、いい薬師を紹介するので、停戦しませんか? 元気になればきっと奥さんも戻って来てくれると思うんですけど……」


「――えっ!?」

『――えっ!?』


 魔王は、そのいぶし銀の顔いっぱいに驚愕を浮かべて絶句したあと、こくりと頷いた。

 かくして、勇者瑠璃の忍耐と同情により、聖レーヴェンガルドの危機は去ったのである。

 ちなみに、結局聖剣は一度も使わずじまいだった。


※※※後日談※※※


「か、感謝申し上げます。勇者殿……」

『ま、まじか……ばれてんのか……』


 薬師を紹介してもらうに当たって、心の声が聞こえると暴露しなければならなかった瑠璃に、王様は戸惑いながらも誠実に対応してくれた。

 魔王軍との講和をもぎ取ってきたかいがあったというものだ。

 感謝の印に、地位でも名誉でも金銀宝石でも、何でも叶えると聞いた瑠璃は、変態四天王を前に、ずっと考えていた願いを口にした。


「人里離れた場所に家を建てて下さい」


「なんと、なぜそのような所に?」

『い、言うなよ? 誰にも言うなよ?』


 瑠璃の願いを聞いて驚いたのは王様だけではなかった。

 変態四天王が口々に瑠璃を引き留める。


「お待ちください。勇者様は我が国の英雄。私としては是非とも、我ら騎士を束ねる騎士団長の地位についていただきたい」

『まだ俺の筋肉を余すところなく見せていないではないか! 外腹斜筋も広背筋も半腱様筋も素晴らしい状態だと言うのに! それにプロテインの豊乳効果もまだ実証出来ておらぬ』


「そうです。なぜそんな場所にお住まいになるなどとおっしゃるのです」

『瑠璃様のご指導のもと味付けされた昆布は絶品でした。しかし、まだまだ昆布道は極めておりません。究極の逸品を。そして私に髪を。さらに瑠璃さまに胸を!』


「瑠璃様、苦楽を共にした我らと離れるなどと、寂しいことをおっしゃらないでください」

『まだ揉んでねえし。まだ育ててねえし。まだ何も教えてねえし。男の夢だよなあ。自分が育てた相手と3ピー(自主規制)。夢の為にもやっぱ揉んで育てねえとな』


「行くな。傍に……いてほしい……」

『つるぺたあぁぁぁ……』


 もう我慢の限界だった。

 瑠璃は変態共一人一人を見据えて口を開く。


「デニスさん、私、過剰なマッチョは苦手なんです。ディータさん、いくら良いと言っても昆布だけではかえって駄目だと思います。バランスの良い食事を心がけてください。リオさん、ピーピーピーピー煩いです。それから、ルーヘンさん! 私、生えてますから!」


 瑠璃の絶叫は、扉の外にまで響き渡ったのであった。



 その後、瑠璃は希望通り人里離れた場所で心穏やかに暮らせたかと言うと……


「勇者様、見てください、このヒラメ筋の閉まり具合。どうです、素晴らしいと思いませんか? さあ、共にプロテインを食しましょう」

『マッチョが苦手だなんて、御可哀想に。俺が瑠璃様に筋肉の魅力を教えて差し上げねば! そしてプロテインを摂って勇者様に胸を!』


「瑠璃様、先日卵が良いとの話を耳にはさみまして、持参してまいりました。他に、青魚や豆類も良いそうです。そうそう日光の浴びすぎは良くないという話も」

『これ以上、私の美貌を損なうなど、神に対する冒涜です。知られてしまっているのなら、隠しても仕方ありませんし、相談相手になっていただかなくては。そうそうバランスの良い食事は胸の育成にもいいらしいですしね』


「瑠璃様、籠ってばかりじゃ体に障りますよ。芝居でも見に行きませんか? それとも流行の服を買いにいくってのはどうです?」

『ピーピーピーピーってなんだろうな? 俺そんなに煩かったか? 何かわからんが、まあいいか。ああ、早く育てて3ピー(自主規制)してえ……』


「瑠璃、剃ろう」

『生えているということは、思っていたより歳がいっているということ。即ち合法ロリキタコレ』


 そうでもなかったりする……

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― 新着の感想 ―
[一言] 勇者必用無いだろ! 4人の人類側の秘密兵器で勝ってるよ! 恐るべし秘密(にしておきたい)兵器。
[良い点] アレ以外は好みだったのかしらと、 育てる気でいる三人に残念な物を見る目を向けながら見てました。 テンプレなのに、イケメンズなのに、実力派なのに残念ww 意外とそのままの君がすき派(良いよ…
[一言] 最後のルーヘンの台詞は内情が何も隠れてない!w
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