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下校する青年

「気を付け! 礼!」


「……」


 学級委員の号令で、無言で礼をする俺たち。

 入学当初、終礼のときの挨拶が『ありがとうございました』派と『さようならー』派で二分されたことがきっかけである。


 最初はどちらともごちゃ混ぜになった挨拶だったのだが、次第に『これ、いっそ何も言わなくていいんじゃね?』みたいな雰囲気になっていって、行き着いた先がこれだ。

 教師も注意をしたり、どちらかひとつに定めたりしないまま、もう10月になった。


 このことに関して、ハルは何か言いたげであるが、結局はこの流れに流されている。

 現代の高校生に挨拶は大切だ云々言っても鼻で笑われ偽善者扱いされるのがオチなので、無理もないだろう。


 おそらく俺たちは、『授業の初めと終わりの挨拶はちゃんとやっている』ことを理由にしてクラスが変わるまでずっと目を逸らし続けるんだろうな。


「さて、帰ろう、ハル」

「うん!」


 まるで何かに追われているかの如く、我先にと教室を出ていくクラスメイトたちがいなくなったので、安全に出ることが出来る。


「帰宅部はいいよなー」


 と、口を尖らせながら大河が言う。

 コイツは弓道部で、たしか、地方大会の成績は中の上くらいだったはずだ。


「いやいや、俺も部活の代わりにバイトをやっているし。……今日は休みだけど」


 公立高校にしては珍しく、バイトOKを公言している我が母校。

 これ目当てで入学する生徒も多く、大河のように部活動をやっているのは全校生徒の三分の一にも満たない。


「私も、家に帰ってからお稽古があるし。……今日は夜に少しする程度だけどね」

「まあ、俺もしばらくは部活休止なんだけどな。親に成績がバレちゃってさー。この世の終わりみたいな顔をしてたなー」


 と、苦笑する大河。そりゃあそうなるだろう。自業自得だ。

 ……いや待て。


「じゃあさっきまでの会話はなんなんだ……」


 お前ら早く帰れて羨ましいな的な話じゃなかったのか。


「……あ、でも塾があるから」

「それは俺たちと似たようなものだろ……」


 ただ単に他人を羨ましいと思いたいだけなのだろうか。


「……まあ、いいや。それじゃあな。花ちゃん、倉科さん」

「また明日、大河君」

「花ちゃん言うな」


 中学時代に呼ばれていたあだ名だが、女の子みたいであまり好きではない。

 苗字が『花園』なので仕方ないのだが……燐花だったら似合っていたのかもしれないな。


「そういえば、小学生の頃はハルからは『燐ちゃん』って呼ばれていたんだよな、俺……懐かしい」


 兄妹二人で返事することもあったけど。


「……また呼ばれたいの?」


 少し顔が赤くなっている。

 小さい頃の記憶でも思い出したのだろうか。


「いや、そういうわけじゃないけど。今の呼び方も、説明はできないけど何か落ち着くし」

「……うん、それは私もなんとなく分かる気がする」


 何とも言えない気分になったので、教室の鍵を取って外に出る。

 いつの間にか教室には俺とハル以外誰もいなくなっていた。

 ……気を遣われているのなら申し訳ないな。




 職員室に鍵を返し、下駄箱に向かう。


「……下駄箱と言えば」


 着いたと同時にハルが何かを思い出したように口を開く。

 心当たりがあるし、嫌な予感しかしない。


「……この前下駄箱に入っていた、お手紙、はどうしたの?」


 『お手紙』を強調して言うハル。

 アレは一週間とちょっと前、竜子とルナ関係の件が最も重要な面に差し掛かかっていたときのことだった。


 下駄箱の中に、あからさまなラブレター的な手紙が入っていて、その場面をハルにバッチリと見られたのだ。

 結局、その手紙の主は『ルナの保護者』だったのだが、それを説明すると少しややこしくなる。

 ……あの神はルナに似ていて本当に意地が悪い。


「アレはイタズラだったよ。後ですぐに種明かしされてさ。俺たちをからかいたかったらしい」

「……誰がやったの?」

「それを伝えて関係がギクシャクするのは嫌だから、名前は伏せる。二度としないように注意したからさ」


 あの神、本当に二度としないだろうか。

 ……やりそうだな。杞憂であってほしいけれど。


「ま、まあ、私には全く関係ないんだけれどね! でも、家族的な関係として一応気になったというか……」


 ……ハルは多分、俺のことが異性として好きなのだろう。

 間違っていたら恥ずかしい事はこの上ないが、今までの人生の中で一度くらいは『好き』だと思われているはずだ。


 もちろん俺も、ハルの事を異性として強く意識し始めているし、家族のように暖かく包んでくれるところが好きなんだと思う。


 しかし、竜子と出会ってからそれは少し変わってしまった。彼女たちと出会う事がなければおそらく俺たちは恋人になっていたのだろうが……

 実際に出会ったのだから、これから先のことは何もわからない。


「どうしたものかなぁ……」

「……? どうしたの?」


 無意識に独り言を呟いていたらしい。

 何でもないと誤魔化し、靴を履く。



 学校から徒歩十五分、俺の家からだと十分くらいの場所に、カフェ『ユリーカ』はある。

 真っ白く神秘的な直方体のような建物と、造花が『これでもか! オラァンッ!』という圧倒的なオーラを放ちながら咲乱れている扉が特徴的である。


 そのすぐ近くの看板には『OPEN』の文字が書かれていた。余程のことがない限り、定休日は無い。

 扉を開けるとそこには見慣れたダンディなおっさんがいた。


「あら! まぁ! 燐斗君にハルちゃんじゃない!」


 掃除の最中だったのだろう。

 モップを持ちながら満面の笑みを浮かべているこの人こそが、この店の店長、ベンさんこと、ベンジャミン井上だ。

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