昼休みの青年
「大河ー、四限終わったぞー」
結局、朝のホームルームから四限目終了までグッスリと眠っていた前の席の男の肩を叩く。
教室の後ろから二番目、左端から二番目の席という、眠るのに適した場所なので、普段も気持ちよさそうに寝ているのだが、今日は授業の初めと終わりに起こされないという奇跡が四回も続いたので、過去最高記録である。
まったく誇れたものではないが。
大河は寝ていても勉強に着いていけるタイプではないので、段々と成績が下がっていって、今や学年ワースト10に入るほどであるが、それでもこうも堂々と寝ることができるのはいっそ清々しい。
獣の唸り声のような音を出しながら大河は顔を上げる。そして時計を見た瞬間声を上げる。
「……おっ、これ最長記録だ!?」
やたらと嬉しそうだ。
しかし、繰り返しになるが、もちろん誇れることではない。
ハルもただただ呆れたように大河を見ている。
「大河ー! 飯食いに行くぞー! 早く来ーい!」
「おおー、分かった」
丸坊主のクラスメイトに促され大河は教室を出て行った。
いつものように廊下に数人の坊主がいて、その集団は食堂へと向かって行く。
やっぱり、一人だけ髪を伸ばしている大河が浮いて見えるな……
大河は剣道部と仲が良く、いつの間にか、昼食を剣道部と一緒に食堂で食べるようになっていた。
入部する事はなかったが、剣道部のノリに合ったらしい。
一方、弁当組の俺とハルは教室に残り、鞄から弁当を出す。教室に残っているのはクラスの三分の一くらいだ。
「……って、アレ? 燐斗、どうしたの? そのお弁当」
ムッとした顔で俺を見るハル。どうしたものか……
「あー、えっと、これはだな、朝起きたらいつの間にかルナが気まぐれで作っていた弁当なんだけど……」
「えー! 今日は私のお弁当の日なのに……」
俺とハルの間で、日ごとにどちらかが二人分の弁当を作るルールがあり、今日はハルの番だった。
「大丈夫。ルナが作ってくれた弁当は量が少ないからさ。ほら、児童用の小さい弁当箱だし。ハルが作ってくれた弁当もいつも通り、美味しく頂くよ」
単なる嫌がらせかもしれないが。
……いや、女の子向けの魔法少女アニメの弁当箱なので間違いなく嫌がらせだ。
ネット通販で要らんモンを買いやがったのだろう。
神側でお金を出してくれるのだろうか?
「……それなら、いいけど。はい、燐斗の分のお弁当だよ」
明らかに不機嫌になっている。俺は漆塗りっぽい、いかにも高そうな弁当箱を受け取り、まずはハルの弁当の蓋を開けた。
「わあ! 今日は肉か!」
ハルの弁当は普段はこてこての和食で、肉と言っても煮物に入っている鶏肉くらいしかない。
なのでたまにある、この焼き肉が入っている日はテンションが上がる。
「うん! いつもより多めにしたから思いっきり食べて! そのかわり、少し野菜が少なくなっちゃって、バランスが悪いけど……」
さっきとは打って変わって、嬉しそうに説明するハル。弁当を見ると、弁当の面積の半分は白米、もう半分の三分の二くらいは焼き肉、残りの面積にだし巻き卵とプチトマトが詰められていた。
肉と一緒に炒められている玉ねぎとプチトマト以外は野菜が入っていない。
「でも、たまにはこういう日があってもいいと思うぞ。嬉しいし」
「ならよかった! さあ、食べよ食べよ! ……あ、るなちゃんのお弁当はどんな感じ?」
「ああ、たしかに気になるな。……どれどれ?」
弁当を開けると、中には、色鮮やかな野菜炒めと、ほうれん草のお浸し、仕切り越しに置いてある、皮に工夫をしたウサギ型のリンゴが入れられていた。
そこに白米や肉はなかった。
「……偶然、よね?」
そう、おそらく、ハルの弁当に足りない栄養素がそこにはしっかりと詰め込まれていた。
まるで、マジックのようだ。
「……ああ、本当は米無しで野菜だけっていう、ルナ的に絶望的な状況に俺を追い込みたかっただけだと思うぞ。ルナはハルが弁当を作っていることを知らなかったわけだし、結果的に、ハルの弁当に足りない野菜を補うことになっただけだ」
いや、違う。わざとだ。あの女神はわざとやっている。
あの初源の神ならば、ハルの事は既に知っているだろうし、俺たちの間のルールを知っていても当然だし、ハルの弁当の中身を知ることも容易いだろう。
「だよね……っていうか、燐斗、結構酷いことをされてない?」
心配そうに俺を見るハル。俺からしてみれば、これはルナなりの俺に対する思いやりであることが分かるが、ハルにとっては、幼馴染が幼女から酷いイタズラをされているように感じているのだろう。
……そう考えると情けないな、俺。
「大丈夫大丈夫。子供のイタズラは残酷っていうし。……まあ、今回は行き過ぎているから、後でちゃんと注意しておくよ」
実際はお礼を言うことになるのだが、注意、というかお願いもしたほうがいいかもしれない。
「そう? ならいいけど……」
「さあ、食べよう! 飯が冷める……いただきます」
「元々冷めているけどね。……いただきます」
クスクスと笑いながら、弁当を食べ始めるハル。
俺も焼き肉を一口食べる……美味い。
ソースに少しだけ特製出汁が入っていて、味に深みが生まれている。それにしても、冷めていてもこれだけ柔らかいという事は、結構高い肉なのだろう。
日本舞踊の大家である倉科家にとっては些細な出費なのかもしれないが、俺としては頭が下がる思いだ。
うちは食費が二人分増えたので、少しだけやりくりを考えなければならなくなった。
「美味いよ、ハル」
「ふふ、よかったぁ」
ハルの柔らかな微笑みに胸を打たれながらも、箸はどんどん進む、ルナが作ってくれた弁当も少しずつ食べる。
それにしても、帰ったら竜子とじっくり話した後にルナとも話さなければいけなくなった。少しだけ気が重い。……あ、家に帰る前に甘いモノも買うんだっけか。
「ごちそうさまでした」
二人で声を合わせて言う……さて、昼休みは何しようか。
「あ、燐斗、今日の放課後、時間ある?」
「……まあ、暗くなる前に帰れるなら」
あまりにも遅くならなければ大丈夫だろう。話を聞く時間はまだまだあるわけだし。
……まあ、ハルも遅くまで出かけるタイプではないから心配する必要はないか。
「じゃあ、放課後、ベンさんのカフェに行こう!」
「ん、いいなソレ。行こうか」
元々、甘いものを買いにそこに行くつもりだったので好都合だ。
ちなみに、『ユリーカ』は俺のバイト先のカフェで、『ベンさん』は店長だ。俺がいないときは店長一人でやっているらしい。
それならば俺がわざわざバイトで行く必要があるのかという点については、ノーコメントで。
「……ああ、店長と言えば、また面白いことがあったんだけど」
「なになに!? 聞かせて!」
ハルは店長のファンみたいなものだ。『カフェの店長なのに、ファン?』と思うかもしれないが、実際に会ってみるとよく分かる。
店長は色々と武勇伝や面白い話があり、それは現在もどんどん生まれている。
あの店長はそういう人だ。
「これは三日前の話なんだけどさ……」
と、店長の武勇伝を語っている間に昼休みが終わった。ハルの笑顔が沢山見れたから、大満足だ。