一般人が知りえない領域の住人
「……それは、災難でしたね」
苦笑いをするしかない俺。少なくとも、あの竜人集団の中で紅い髪の竜人といったら竜子、つまり、バハムートしかいない。
「……さすがに、胡散臭く思うか」
屶さんも苦笑する。どうやら勘違いしているみたいだが、訂正はしない方がいいかもしれない。
「いや、まあ……」
「まあ、ワタシもあのタイプは初めて見たのだがな。今までワタシが相手にしてきた化物は異形の者たちばかりだったから、コスプレか何かだと思って油断した」
まあ、分からないでもないが……
「……人間そっくりだったんッスか?」
とりあえず、知らない体で話を進めよう。
「ああ。それも、浮世離れした美女だった。一度見たら忘れないような顔だ」
……この店で竜子を働かせて大丈夫だろうか。うっかり鉢合わせしてしまったら大変なことになりそうだ。
「うっかり近づいたら大変な目に遭いそうッスね……」
実際、大変な目に遭ったけど。
「ああ、もしそんな美女を見かけても軽率に声をかけるなよ。竜人は他にもわんさか居て、そいつらは粗方片付けたが、肝心の赤髪の竜人はまだ行方が分からないからな」
竜人の数が段々と減っていっていたのはそういうことだったのか。……この人とは敵対したくないな。
「ええ、気を付けます。……そういえば、屶さん、この店は初めてッスよね?」
店長の反応からして間違いない。
「ああ、そうだ。というか、ここ、中央区には訪れる事自体が初めてだ。家から遠くてな……想定よりも長く滞在してしまったが」
よかった。という事は滅多にこの店に来ることはないか、二度と来ないかだろう。
「……ってか、仕事でこの地域を訪れたんッスよね? 学校は大丈夫なんッスか?」
どこに住んでいるかは知らないが、二週間程は仕事に追われていたらしいので学校どころではないだろう。
「ああ、仕事で出席ができないときは『出席停止』ということにしてもらっているし、成績も融通を利かせてもらっているんだ。ワタシが住んでいる地域の人々は借神狩禍家の仕事に理解が深いので助かる」
「それはいいッスねー。……それじゃあ、俺は仕事に戻るんでー」
思った以上に話し込んでしまったな……
「待て待て。次はキミの番だろう?」
……げっ。
「いやー、さっきの話を聞いた後に俺が話すような事なんてないんッスけど……」
「ワタシが赤裸々な素性を教えたというのにか!?」
「それ、自分の家柄を乏していることになりますよ……」
「む、そういうつもりはなかったのだが……」
「まあ、そういう事で、俺はこれで」
「まあ待てよ。ワタシもそこまで馬鹿ではないんでね。キミが平凡な人生を送ってきた一般人ではないということは分かるよ。……ワタシはそういう人との繋がりが欲しいんだ」
「……繋がり?」
「ああ。ワタシのように、一般人が知りえない領域の住人がこの世界には何人もいる。嘘を見抜く能力を持つ少年、予知能力とも言えるような圧倒的な計算能力を持つ天才、人智を超えた知識で完璧な人工知能を作り上げた青年、まだまだ他にもいる。……ワタシたちは協力すべきだと思わないか?」
今述べられた人達の殆どが昨日ルナが話していた『天才』と呼ばれる人たちなんだろう。バハムートがあなたを襲っていなければな……
「その考えは間違っていないと思いますし、素晴らしいとは思いますけど……」
現在はバハムート、竜子が無害であることを伝えた方がいいのだろうか? 物分かりが良ければいいが、そうでなければ屶さんと竜子の殺し合いが始まってしまうかもしれない。
「そうだろう? 何を躊躇う必要がある? さあ、キミの話を聞かせてくれ」
「……」
「……」
ジッと見つめられる。……怖い。こう言っては失礼なのだが、この人、美少女なのだが結構キツイ顔をしている。銀髪のオールバックとツリ目と凛とした雰囲気がそう感じさせているのかもしれない。無言で向き合うまではそんな事、少しも感じなかったのに。
「……分かりました」
このまま黙っているのは得策ではない。
「そうか! ワタシは嬉しいぞ!」
嬉しそうに笑う屶さん。……この人は声と表情があるかないかで印象が全く変わるタイプなんだな。
「……と、いっても、俺は屶さんみたいに、生まれながらのって訳ではなく、二週間前までは平凡な人生を歩んできた人間だったんッスよ」
「ふむ。そういうタイプか……ああ、続けてくれ」
「二週間前、俺はとある女神と出逢いました」
竜子の存在は伏せた上で、軽くあの話をしよう。




