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変な客

 終礼が終わり、いつものように生徒が一斉に教室を出て行く。

「さて、バイト行くかー」

 鞄を持って立つ。いつもは少し間を置いてから教室を出る大河も珍しく生徒の波に混ざっていったようだ。……急ぎの用があったのか、それともただの気まぐれか。

「今日は夕方のお稽古がある日だー」

 『んーっ!』と伸びをするハル。ハルの稽古……昔はよく見学していたが、最近は見学していないな。

「……次の舞台はいつなんだ?」

「……二週間前くらいに言わなかったっけ?」

 目を細めて俺を睨むハル。多分、あの騒動の真っ只中のときに言われたのだろう。そんな事を言われたような……

「えっと、たしか……来週の土曜、だよな?」

 脳をフル回転させてなんとか思い出す。

「うん、当たり!」

 にっこりと笑うハル。……間違ってなくてよかった。

「……場所は国立劇場か?」

 まあ、ハルが出演する倉科家の公演と言ったらここか博多座くらいで、博多座は長期休みのときだけなので、実質一択だ。

「うん! 当たり!」

 感覚が麻痺していたが、ハルは日本でトップクラスの劇場の舞台に上がるような少女なんだよな。

「……すっごいよなぁ」

「も、もちろん脇役よ? 二演目で八役」

 顔が真っ赤になるハル。……それにしても、八役、か。

「さすが、『素踊りの名家』だな……」

 ……あ、しまった。

「倉科流は素踊りだけが主じゃないんだけどー」

 不服そうな表情になるハル。……俺は褒め称える意味での呼び名だと思っているのだが、倉科家からしてみればそうは思えないらしい。

「ああ、もちろん、それはよく分かってるよ。……舞台、見に行くよ」

「本当? ……それなら、竜子ちゃんとルナちゃんと一緒に見に来てほしいな」

 竜子とルナもか……まあ、それもいいかもしれない。

「……チケット買えるかな」

 一週間前と言うことは良い席は既に売り切れてしまっているだろう。席を取れるかどうかすらも怪しい。

「……はい、これ」

 ハルが何かを差し出す。

「チケット、三枚分……」

 昼の部のチケットだ。番号を見ると連番になっている。……元々俺たちに拒否権はなかったということか?

「……えっと、代金は?」

「あ、大丈夫大丈夫! 御祖母様から、『友達を誘いなさい』って、四枚貰ったチケットだから!」

「おばあさまが? ……珍しいな」

「うん……まあ、貰っちゃったから、誰かに渡さないとなーって思って。燐斗も、竜子ちゃんとルナちゃんが居た方がいいでしょ?」

 ハルの満面の笑み……怖い。

「いや、別にそんなことは……あ、最後の一枚は誰に渡すんだ?」

「うーん、どうしようかな。……よく考えたら、その人って燐斗達の横に座るのよね」

 俺はいいとして、竜子かルナの隣か……キャラの濃さを要求されそうだ。

「……あ! ベンさんは!?」

「おばあさんがビックリすると思うぞ」

 孫娘の友達が座っているであろう席にゴツイ褐色スキンヘッドおじさんが座っていたら驚くだろう。それに、店長は店があるだろうし、行くとしたら一般客としてひっそりと行くだろう。というか、実際に何度かひっそりと見に行っているらしい。

「うーん、日本舞踊に興味ありそうな友達で、竜子ちゃんたちの横に座っても大丈夫そうな人か……」

「まず日本舞踊に興味がある友達が少ないよな……」

 更に、あの美女、美幼女の隣に座って委縮しない人か……居ないだろう。

「……何人か心当たりはあるんだけど」

 ……え、あるの?

「その人たちはもう招待されているんだよね……」

「どんな人たちなんだ……?」

「燐斗もビックリするくらいの凄い人なんだけど……見れば想像はつくと思うよ。席も近いし」

 ……席、近いの? 俺でもビックリするくらいの有名人って事か?

「そうなのか。まあ、その人達と会うのは楽しみにしておくとして……」

「……うーん、四人目はもう少し考えてみるね」

「ああ。……さて、帰るか」

「うん」


「それじゃ、また後で」

 下校途中の分かれ道で俺たちは別れる。ハルはユリーカを通って家に帰ることもできるが、少し遠回りになるのでここで別れるのが丁度いい。

「うん! バイト頑張ってね!」

「ああ、ハルも稽古頑張って」

「うん!」


 さて、バイトだ。



「むぐうぅー……うぅー……」

 ユリーカに入ってすぐに目に入ったのは、カウンターに突っ伏して唸っている客だ。声からして、おそらく女性だ。店長が困ったようにその客を見ている。

「……あらぁ、燐斗君っ!」

 俺に気づいて笑顔で近寄ってくる店長。

「……店長、どうしたんッスか? あのお客さん」

 小声で店長に尋ねる。

「来店して十五分くらい、あの調子なのよぉー。他にもお客さんがいるんだけど……それに、まだ注文も聞けていなくてぇ」

 店長が困り顔で答える。

「なるほど……じゃあ、俺が聞いてきますね」

「勇気あるわねー……」

 竜や神に比べたら変な客くらいどうってことない。

「すみません、とりあえず注文を頂けないでしょうか?」

「……ホットコーヒー」

 ガバッと顔を上げ、また突っ伏した。……一瞬だけ顔が見えたが、俺と同い年くらいの少女だった。

 コーヒーを淹れ、あの少女の元へと持っていく。

「……ホットコーヒーです」

 少女が顔を上げたのでホットコーヒーを置く。

「……フー、フー」

 すると、すぐに息を吹きかけ始めた。……一気に飲み干した!?

「……ふう!」

 満面の笑みだ……ハルや竜子とは違うベクトルで怖い。

「……火傷していないッスか?」

「ああ、大丈夫だ。……すまんな、不運なことが立て続けに起こってしまい、気を取り乱していたんだ」

 笑顔で説明する少女。さっきまでとは全然違う。……改めて見ると、美少女だな、この人。

「なるほど。……落ち着きましたか?」

「ああ。コーヒー、美味(うま)かったよ。ありがとう」

「ああ、それはよかったです」

 愛想笑いで返す。

「本当に美味かった……もう一杯、頂けるだろうか? それと、マロンパフェを追加で」

 話してみると、普通の人だなー。

「ええ、かしこまりました」


「助かったわぁ燐斗君! それにあのお客さん、普通の女の子みたいだから安心したわ!」

 おかわりのコーヒーを淹れた俺は店長からマロンパフェを受け取り、トレイに乗せて持っていく。

「……お待たせしました。ホットコーヒーとマロンパフェです」

「ああ、ありがとう」

 にっこりと笑う少女。……こうしているのを見るとさっきまであんな事をしていたなんて信じられない。

「……あんな事をする程の不運って、何があったんッスか?」

「仕事が長引いてな、予定よりも二週間も遅れてしまった。そこからドミノ倒しのように次々と……」

 働いているのか……

「って、二週間も遅れるって……どんな仕事なんッスか?」

「イタコだ」

「……はい?」

「……ああ、言い換えると、霊媒師だ。神や霊の力を借り、(わざわい)を狩る、霊媒師」


 ……ハイ普通の人じゃないっと。

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