事件の続報
「……ふわぁ」
授業が終わると、気が抜けて大きな欠伸をしてしまう。
「燐斗ー、まだ二時限目が終わったばかりよ?」
「んー、でも、眠いものは眠いし……」
「どうしたの? いつもより睡眠時間が短かったとか?」
「いや、睡眠時間はたっぷりととったんだけど、それでも、授業って眠くなるものじゃないか?」
集中しようとは思うのだが、いつの間にか寝てしまいそうになっていたりする。説明が下手な教師だと尚更だ。さっきの授業は化学だったのだが、これがもう、説明が下手で下手で……
「えー……そう? いつもよりも疲れているのかなーって思ったんだけど」
「あー……疲れているとしたら、朝のイテテテテテテテッ!」
頬を思いっきり引っ張られる。……というか、俺が想像したのは竜子のアレのほうだけど。
「……」
満面の笑み! よく見せてくれるあの笑みとはぜんっぜん違う! これはとても怖い!
「いや、ほら、ハルが来る前にも色々あったんだよ! 結構慌ただしくてさ……」
頬を引っ張られているままだが、割とはっきりと発音できるものなんだな。めっちゃくちゃ痛いけど。……もしかして今引っ張られているのは頬じゃなくて顔の端じゃないか?
「え、あ、そうなの? てっきり、あの話を掘り返したのかと思った……引っ張ってごめんね?」
ハルが手を放したので、引っ張られていた部分を手で覆う。……すっごく熱くなってる!
「たしかに、勘違いしてしまうよな。俺の方こそ、ごめん」
「う、うん……」
……微妙な雰囲気になってしまった。
「……えっと」
何かを話さないといけないのだが、何を話そうか。……ルナのこと?
「ちょ! ヤバくね!?」
朝、でかい声で話していた三人組の内の一人、黒沢君が叫ぶ。
教室にいたクラスメイト全員が黒沢君を見る。それに気づいた彼はバツが悪そうに目をキョロキョロとさせている。
「何かあったの?」
三人組の内の一人、東安さんが黒沢君に尋ねる。
「あー……朝話してたあの事件の続き、なんだけどさ」
よく見ると、黒沢君はスマホを持っている。もうニュースに取り上げられていたのか……ちなみに、うちの高校は休み時間中はケータイの使用が許可されている。授業中に扱っていたり、音が鳴ったりするとそれなりの処罰は受けるが。
「マジ!?」
三人組の一人、田山さんが叫ぶ……やっぱり五月蠅いな、こいつら。
「ああ、お前、犯人を捜しに行こうって言ってたけどさ、やめた方がいいんじゃね? 犯人、頭イっちゃってるわ」
「は? どういうこと?」
「殺され方がやべえんだよ!」
昨日の事件の殺害方法も人間業ではなかったと思うが……ひょっとすると、聞く側の精神的ダメージが大きい殺され方だろうか。
やめろやめろ。そんなものを大声で話すな。
「はぁ? 素手で人を殺してる時点でもうヤバいじゃん! それよりもっとヤバいって言うの!?」
「今回、被害にあったのは母親と赤ちゃんだったんだけどさ、母親のほうは服を脱がされて頭を切断されていて、赤ちゃんの方は……燃やされているんだよ。しかも、生きたまま……って、書いてあったぜ」
「……マジ?」
なるほど、えげつない殺し方だな……
「こんなことで嘘は吐かねーよ! 今回は犯人から襲ったっぽいから、やっぱ危ねえよ!」
たしかに、昨日は、『パトカーから脱出する』という目的があったのと、逃走するのに邪魔になる自分に突っかかってくる者を殺していて、必要以上に殺している印象はなかった。が、今日の事件はそういう目的がなさそうだ。……いや、待てよ? 犯人は囚人服って言ってたし、『服を入手する』という目的があったのかもしれない。
「た、たしかに……やめた方がいいかも」
だとすると、赤ちゃんはとばっちりをくらっただけなのか? ……考えたくはないが、『赤ちゃんを燃やしてみたかった』とか……? いや、これ以上考えるのはよそう。そもそも、本当に同一犯なのか、まだ分からないだろう。情報伝達が早すぎるので、確定的な情報とは言い難い。
「……酷い事件だな」
ハルとの会話が途切れていたのを思い出して彼女に話を振る。
あまり良い話題ではないのが悔やまれるが。
「……職員室で話題になっていたのはそのせいだったのかな」
僅かながらに彼女の顔色が青くなっているのでゆっくりと背中をさする。
「ああ、それに、昨日よりも東京に近づいてきているのもあるだろうな」
「……こっちに来なければいいけど」
「……そうだな」
いや、それはそれで不安だな。……ルナの言ったように、神々がどうにかしてくれるのだろうか。俺が、いや、俺だけだと呆気なく殺されるだけだな。普通の人間だし。あの反応的にルナは協力してくれるか微妙だから、竜子に協力してもらって、俺たちがどうにかしたほうがいいんじゃないか?
「おーい、授業始めるぞー」
いつの間にか教壇に立っていた数学教師とチャイムによって全員が黙って席に着く。
……俺は、どうすればいいのだろうか。
『燐斗君、自分が幸せになれる道を自分で選ぶのよ』
何故だか分からないが、今朝のおばさんの言葉が脳内に響いた。




