目を逸らす青年
「……はあ」
お土産を台所に置いておき、トイレに籠る。たしかに、『今度燐斗の家に行くね!』とは言っていたが、こんなに早く来るとは思ってもいなかった。……いや、迎えに来てくれるついでに家に上がってくるのは別にいい。
「……どうしよう」
ただ、アレから一時間半、竜子の色っぽい姿が脳内にこびりついていて、ずっと前かがみ状態だ。
出会った時の竜子は、まだ『バハムート』だったので、服なんて着ておらず、彼女の肌を覆う物は自前の鱗のみだったが、隠されている部分はきっちりと隠されていた。……ビキニアーマーみたいな。今思えば腕だけはしっかりと鱗に覆われていたな。
……ちなみに、竜子は翼と尻尾を収納すると、鱗も体内に溶けていき、角以外は人間と全く変わらない身体になる。
二週間前からの七日間は、そんな『バハムート』と彼女が率いる竜人達やそれ以上の露出度を誇るルナを筆頭とする女神たちと会う機会が多く、それからの同棲生活でも、まあ、色々あっているので、だいぶ露出耐性はついたと思っていたが……見るのと触れるのとでは訳が違う。
思えば、今日のように竜子にしっかりと触れたのは、一週間前に竜子を抱きしめたあのとき以来だ。あのときは、無我夢中だったし、それ以上に伝えたいことがあったから今日のようにはならなかった。
……竜子、あんなに良い香り、していたか? 一週間前のあのときは血の臭いと少しだけ鼻にツンとくる汗の臭い、獣のような臭いしかしなかった。まあ、アレが普段の匂いではないとはいえ、ルナが何かやったのかもしれない。
竜子の肌、柔らかくて温かかったし、竜子の無防備な寝顔、可愛かったし、あんなに無防備な格好で…………いかん、また思い出してしまった。
こういうときはあれだ。治まるまで永遠にカットされ続けるバナナとか、カッターでチョン切られることとか、鑢でアレがああなるみたいな事を考えていよう。
…………駄目だ。どうしても思い出してしまう。
思えば、二週間くらい前から慌ただしくてまともな処理もできていない。同棲生活が始まってからは、女の子と一つ屋根の下で暮らしているという事で自重しているし。
……ルナは自重していないっぽいが。というか、アイツはソレをする必要があるのか?
「……あ」
二階から誰かがゆっくりと階段を下りている音がする。もちろん。竜子しかいない。
……竜子のあの恰好をハルに見られてはまずい!
急いでトイレから出て階段を駆け上がる。曲がり階段なのでぶつからないように気を付けなければいけない。
「……んぅ、おはよう、燐斗」
気をつけていたが階段の半ばくらいで竜子とぶつかりそうになる。まだ眠いのか、大きな欠伸をしながらおもいっきり伸びをする竜子。Yシャツが上に引っ張られ、股間ががら空きになっているので思わず目を逸らしてしまう。
「おはよう、竜子、早速で悪いが、服を着てくれ。ハル……昨日の朝に竜子が会った女の子が今リビングに居るからさ」
「……なるほど、すぐに着替えよう」
ボケーッとしていたが、ハルが家に居る事を聞いた瞬間にキリッとした表情になった。
「ああ、ごめんな。頼んだぞ」
……いや、何で謝っているんだろう、俺。
「うむ。……ああ、燐斗」
「……? どうした」
「ベッドに寝かせてくれて、ありがとう。……燐斗の匂いに包まれて幸せな気分になることが出来た」
笑顔でそんな事を言うものだから、ドキッとしてしまう。……こういうことを平然と言えるのっていいよな。俺が同じことを言えるかというと、もちろんそんな度胸はないし、変態みたいになるだろう。
「ああ、うん……」
「……ああ、すまない。その、重かった、のだろう?」
申し訳なさそうな表情と、恥ずかしそうな表情を足して半分に割ったような表情で俺の顔を見つめる竜子。
「いやいや、違う。さっきの返事は、ほら、照れていただけだ。それに、竜子は俺よりだいぶ身長も高いんだし、痩せ過ぎず、太り過ぎず丁度いいと思うぞ? ……たしかに、お前の部屋までは運べなかったけれど、それは俺の腕力が無いせいだ」
俺の腕力や運動神経は中の下か中の中くらいだ。……いざという時は皆を守れるようになるように、力をつけないと。
「……そうか。ああ、ところで燐斗、なぜそんなに前傾姿勢なのだ? ルナに何かされたのか?」
「自分の恰好を見直してから言えよ……」
いつものようにYシャツの一番下のボタンだけはとりあえず留めてあるという感じで、肩は丸出しだし、胸はその艶やかな髪で辛うじて一部が隠されているといった感じだ。
「……ああ、なるほど。しかし、珍しいな。燐斗がこれほどあからさまに興奮しているとは」
「興奮しているとか言わないでくれ……仕方ないだろ。見るのとお姫様だっこするのとでは訳が違うんだから」
「お姫様だっこ? そうかそうかっ! 吾輩をベッドに移動させてからずっと興奮しているのだな!」
しまった。墓穴を掘ってしまった。……それにしても、すっごい嬉しそうだなお前。
「お姫様だっこ……うーむ、眠っていたのが悔やまれるな」
「寝ていなかったらそんなことしてねーよ……じゃあ、俺はちょっと、ハルとルナの様子を見に行ってくる」
「うむ。吾輩もすぐに行く」
竜子はまた階段を上がっていき、俺は階段を下りてリビングへと向かった。
「二人とも、仲良くやっているかー?」
俺はリビングの扉を開け、
「すみませんでした!」
瞬時に閉めた。
うん、閉める直前に幼馴染から喘ぎ声交じりで自分の名前を呼ばれたりしていた気もするが、気のせいなんだと信じたい。
うん、気のせい、気のせいだ。
もう一度リビングの扉を開けると、正しい光景が目に入るはずだ。……ほーら!
「変わってねえぇぇ……」
自分でもびっくりするくらい変な声が出た。




